電荷には「これ以上分けられない最小単位」があるのでしょうか。
1909年、アメリカの物理学者ミリカンは、油滴を宙に浮かせるという驚くほどシンプルなアイデアで、電荷の最小単位──電気素量──を測定することに成功しました。
微小な油の粒に載った電荷を一つずつ数えるこの実験は、物理学の歴史に残る精密測定の傑作です。
水はコップに好きな量だけ注げるように見えますが、ミクロに見れば水分子1個が最小単位です。同じように、電荷にも「これ以上分割できない最小量」があります。それが電気素量 $e$ です。
あらゆる物体がもつ電荷は、電気素量 $e$ の整数倍です。電荷 $q$ は次のように表されます。
$$q = ne \quad (n = 0, \pm 1, \pm 2, \pm 3, \ldots)$$
この性質を電荷の量子化といいます。「量子化」とは、物理量が飛び飛びの値しかとれないことを意味する言葉です。
日常的には電荷は連続的に変化するように見えますが、それは電気素量が極めて小さい($e \approx 1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$)ためです。
$1\,\text{C}$ の電荷には約 $6.2 \times 10^{18}$ 個の素電荷が含まれており、個々の「粒」を日常で意識することはありません。しかしミクロの世界では、電荷が1個2個と数えられる「粒」であることが本質的に重要になります。
✕ 誤:$e = -1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$(電気素量は負の値)
○ 正:$e = +1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$(電気素量は正の値として定義される)
電気素量 $e$ は電荷の大きさの最小単位であり、正の値です。電子がもつ電荷は $-e$ です。陽子がもつ電荷は $+e$ です。問題文で「電気素量 $e$」と書かれたら、$e > 0$ として扱いましょう。
ミリカンの実験のアイデアは実に素朴です。帯電した微小な油滴を、電場の力で空中に静止させる──それだけです。しかし、このシンプルさの中に深い物理が隠れています。
装置は次の要素からなります。
実験は次のステップで行います。
水滴ではなく油滴を使うのは、水は蒸発しやすく、観察中に質量が変化してしまうからです。油は蒸発しにくいため、長時間にわたって安定した測定ができます。
また、油滴の半径は $1 \sim 2\,\mu\text{m}$ 程度と非常に小さく、重力と電場の力、空気抵抗がちょうどうまくつり合うサイズです。
✕ 誤:すべての油滴が自然に帯電している
○ 正:X線照射や摩擦によって人為的に帯電させる必要があります
中性の油滴には電場は力を及ぼしません。X線を照射すると周囲の空気がイオン化され、生じたイオンが油滴に付着することで帯電します。
油滴にはたらく力を分析し、電荷を求める方法を見ていきましょう。ここでは、空気抵抗を無視して基本的な考え方を押さえます(高校物理の範囲)。
負に帯電した油滴(電荷 $-q$、$q > 0$)が、上向きの電場 $E$ の中で静止しているとします。油滴にはたらく力は次の2つです。
静止条件は「力のつり合い」ですから、
$$qE = mg$$
$$q = \frac{mg}{E}$$
平行板電極間の電場は一様で、その大きさは、
$$E = \frac{V}{d}$$
$V$:極板間の電圧 [V]、$d$:極板間の距離 [m]
したがって、電荷は次のようにも表せます。
$$q = \frac{mgd}{V}$$
電荷を求めるには油滴の質量 $m$ が必要ですが、$10^{-15}\,\text{kg}$ 程度の微小な油滴を天秤で量ることはできません。ミリカンは、電場をかけないときの終端速度から質量を求めました。
電場がないとき、油滴は重力で落下しますが、すぐに空気抵抗とつり合って等速(終端速度 $v_t$)で落下します。ストークスの法則より、空気抵抗は $F_{\text{drag}} = 6\pi\eta r v_t$($\eta$:空気の粘性率、$r$:油滴の半径)です。
つり合いの条件 $mg = 6\pi\eta r v_t$ と、油滴の質量 $m = \frac{4}{3}\pi r^3 \rho$($\rho$:油の密度)を組み合わせると、半径 $r$、ひいては質量 $m$ が求まります。
半径 $r$ の球が粘性率 $\eta$ の流体中を速さ $v$ で運動するとき、受ける抵抗力は、
$$F = 6\pi\eta r v$$
これは低速度で球形の物体が粘性流体中を動く場合に成り立つ法則です。空気中の微小な油滴の運動はこの条件をよく満たします。
高校物理では通常、質量は「既知」として与えられるので、ストークスの法則を使う計算は求められません。しかし、「電場なしで終端速度を測定し、油滴の質量を決定する」という実験の流れは理解しておきましょう。
✕ 誤:油滴の静止条件は $qE = mg$ だけで十分
○ 正:厳密には空気の浮力も考慮すべき。ただし高校物理では、浮力が無視できるものとして $qE = mg$ で計算するのが一般的です
入試問題では「浮力は無視する」と明記されるか、そもそも浮力に触れないことがほとんどです。ただし、浮力を考慮する場合は $qE = mg - \rho_{\text{air}} V g$($V$:油滴の体積)となることを知っておきましょう。
ミリカンは多数の油滴について電荷 $q$ を測定しました。その結果、測定された電荷はすべて、ある最小値の整数倍になっていることを発見しました。
たとえば、測定された電荷の値が次のようであったとします。
| 油滴 | 電荷 $q$ [$\times 10^{-19}\,\text{C}$] | $q/e$ の比 |
|---|---|---|
| 油滴A | $3.2$ | $2$ |
| 油滴B | $6.4$ | $4$ |
| 油滴C | $4.8$ | $3$ |
| 油滴D | $8.0$ | $5$ |
| 油滴E | $1.6$ | $1$ |
すべての値が $1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$ の整数倍になっています。この最小単位が電気素量 $e$ です。
$$e = 1.602 \times 10^{-19}\,\text{C}$$
もし電荷が連続量であれば、測定値はばらばらな値になるはずです。しかし実際には、すべての測定値がある値の整数倍でした。これは、電荷に「最小のかたまり」が存在することの直接的な証拠です。
ミリカンの実験の偉大さは、「電荷が量子化されている」という事実を、疑いようのない実験的証拠によって示した点にあります。
ミリカンの実験で $e$ が求まると、トムソンの実験で求めた比電荷 $e/m$ と組み合わせて、電子の質量が決定できます。
$$m = \frac{e}{e/m} = \frac{1.6 \times 10^{-19}}{1.76 \times 10^{11}} \approx 9.1 \times 10^{-31}\,\text{kg}$$
これは水素原子の質量($1.67 \times 10^{-27}\,\text{kg}$)の約 $\frac{1}{1840}$ です。
✕ 誤:測定値の最大公約数を求めれば電気素量がわかる
○ 正:実験値には測定誤差があるため、数学的な最大公約数をそのまま求めてもうまくいきません
実際には、多数の測定値について「すべての値がある値の整数倍で近似的に表せるような最小の値」を統計的に求めます。測定値同士の差を取ると、それが $e$ の整数倍に近いことを確認するのが実用的な方法です。
ミリカンは1909年から1913年にかけて、数千個の油滴を測定し続けました。1つの油滴の測定に数時間かかることもあったといいます。彼の粘り強い精密測定が、電気素量の値を高い精度で決定することを可能にしました。
この業績により、ミリカンは1923年にノーベル物理学賞を受賞しています。
ミリカンの実験は、トムソンの実験と対をなし、電子の性質を完全に決定する役割を果たしました。
Q1. 電気素量とは何ですか。その値を答えてください。
Q2. ミリカンの実験で油滴を空中に静止させるとき、つり合う2つの力は何ですか。
Q3. 測定された油滴の電荷が $3.2 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$4.8 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$6.4 \times 10^{-19}\,\text{C}$ であったとき、電気素量はいくらと推定されますか。
Q4. なぜ水滴ではなく油滴を使うのですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
質量 $m = 3.2 \times 10^{-15}\,\text{kg}$ の油滴が、極板間距離 $d = 0.010\,\text{m}$ の平行板電極間で静止した。極板間の電圧は $V = 980\,\text{V}$ であった。重力加速度を $g = 9.8\,\text{m/s}^2$、電気素量を $e = 1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$ として、次の問いに答えよ。
(1) 油滴の電荷 $q$ を求めよ。
(2) 油滴に付着している電子は何個か。
(1) $q = 3.2 \times 10^{-19}\,\text{C}$
(2) $2$ 個
方針:静止条件 $qE = mg$ と $E = V/d$ を用いる。
(1) $E = \dfrac{V}{d} = \dfrac{980}{0.010} = 9.8 \times 10^4\,\text{V/m}$
$q = \dfrac{mg}{E} = \dfrac{3.2 \times 10^{-15} \times 9.8}{9.8 \times 10^4} = \dfrac{3.136 \times 10^{-14}}{9.8 \times 10^4} = 3.2 \times 10^{-19}\,\text{C}$
(2) $n = \dfrac{q}{e} = \dfrac{3.2 \times 10^{-19}}{1.6 \times 10^{-19}} = 2$ 個
ミリカンの実験で、5個の油滴について電荷を測定したところ、次の値が得られた。
$q_1 = 4.78 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$q_2 = 7.99 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$q_3 = 6.39 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$q_4 = 11.18 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$q_5 = 1.60 \times 10^{-19}\,\text{C}$
(1) これらの測定値から電気素量 $e$ を推定せよ。
(2) それぞれの油滴がもつ電子の数を答えよ。
(1) $e \approx 1.60 \times 10^{-19}\,\text{C}$
(2) $q_1$:$3$ 個、$q_2$:$5$ 個、$q_3$:$4$ 個、$q_4$:$7$ 個、$q_5$:$1$ 個
方針:すべての測定値の公約数となる値を探す。
最小の測定値 $q_5 = 1.60 \times 10^{-19}\,\text{C}$ が電気素量の候補です。各値を $1.60 \times 10^{-19}$ で割ると、
$q_1 / e = 2.99 \approx 3$、$q_2 / e = 4.99 \approx 5$、$q_3 / e = 3.99 \approx 4$、$q_4 / e = 6.99 \approx 7$、$q_5 / e = 1.00 = 1$
すべて整数値に非常に近いので、$e \approx 1.60 \times 10^{-19}\,\text{C}$ と結論できます。
ミリカンの実験において、質量 $m$ の帯電油滴(電荷 $q$、$q > 0$)が極板間距離 $d$、電圧 $V$ の平行板電極間にある。重力加速度を $g$ とし、浮力は無視する。
(1) 油滴が静止するための電圧 $V_0$ を求めよ。
(2) 電圧を $V_0$ よりも大きくすると、油滴はどのような運動をするか。理由とともに説明せよ。
(3) 電圧を $2V_0$ にしたとき、油滴の加速度の大きさを求めよ。
(1) $V_0 = \dfrac{mgd}{q}$
(2) 電気力が重力より大きくなるため、油滴は上向きに加速する。
(3) $a = g$
(1) 静止条件 $qE = mg$ より $q \cdot \dfrac{V_0}{d} = mg$
$$V_0 = \frac{mgd}{q}$$
(2) $V > V_0$ のとき、電場が強くなり $qE > mg$ となります。上向きの電気力が下向きの重力を上回るため、油滴は上向きに加速します。
(3) $V = 2V_0$ のとき、$E = \dfrac{2V_0}{d} = \dfrac{2mg}{q}$
上向きの合力 $F = qE - mg = q \cdot \dfrac{2mg}{q} - mg = 2mg - mg = mg$
加速度 $a = \dfrac{F}{m} = \dfrac{mg}{m} = g$