第28章 原子の構造

ラザフォードの原子模型
─ α線散乱実験

もし原子の中身が均一な「プディング」のようなものだったら、そこに向かって弾丸を撃ち込んでも、ほとんどまっすぐ突き抜けるはずです。
ところが、ラザフォードが行った実験では、ごく一部のα粒子が大きく跳ね返されました。
この衝撃的な結果が、原子の中心に小さくて重い「原子核」が存在することを初めて明らかにしたのです。

1トムソンの原子模型 ─ ぶどうパンの時代

19世紀末、J.J.トムソンは陰極線の研究を通じて電子を発見しました。 原子が全体として電気的に中性であることから、トムソンは「正の電荷が一様に分布した球の中に、負の電子がちりばめられている」という模型を提案しました。 これをトムソンの原子模型(ぶどうパンモデル)といいます。

この模型では、正電荷は原子全体にふわっと広がっています。 ちょうど、レーズンの入ったパンのように、パン生地(正電荷)の中にレーズン(電子)が埋まっているイメージです。 当時はこの模型で多くの実験事実が説明できると考えられていました。

しかし、もしこの模型が正しければ、原子に何かを衝突させても、正電荷が薄く広がっているため大きな力を受けることはないはずです。 この予想を検証するために行われたのが、ガイガーとマースデンによるα線散乱実験でした。

⚠️ 落とし穴:トムソンモデルを「原子核がある模型」と混同する

✕ 誤:トムソンの模型では、中心に正電荷の塊がある

○ 正:トムソンの模型では、正電荷は原子全体に一様に分布している。中心に核はない

トムソンモデルの特徴は「正電荷が均一に広がっている」ことです。原子核の存在を主張したのはラザフォードです。

2α線散乱実験 ─ 衝撃の実験結果

1909年、ラザフォードの指導のもと、ガイガーとマースデンは薄い金箔にα粒子を照射する実験を行いました。 α粒子はヘリウムの原子核(${}^{4}_{2}\text{He}$)であり、正の電荷 $+2e$ をもつ高速の粒子です。

実験の方法

放射性物質から放出されたα粒子のビームを、厚さ約 $1\,\mu\text{m}$ の金箔に当てます。 金箔を通過した後のα粒子がどの方向に飛び出すかを、蛍光板(硫化亜鉛スクリーン)で検出しました。 蛍光板を金箔の周囲に配置し、α粒子が当たると光る点を顕微鏡で観察して、散乱角度ごとの粒子数を数えたのです。

実験結果 ─ 予想を覆す発見

もしトムソンの模型が正しければ、正電荷が薄く広がっているため、α粒子はせいぜい数度しか曲がらないはずです。 実際、大部分のα粒子は金箔をほぼまっすぐ通り抜けました。ここまでは予想通りです。

ところが、驚くべきことに、ごく少数のα粒子が大きな角度で散乱されたのです。 散乱角が $90°$ を超えるもの、さらには $180°$ 近く ─ つまりほぼ真後ろに跳ね返されるα粒子すら観測されました。

散乱角 観測された頻度 意味
ほぼ $0°$(直進) 大多数 原子の大部分は空間である
数度程度 少数 弱い電気的な力を受けた
$90°$ 以上 約8000個に1個 非常に強い力で跳ね返された
💡 ここが本質:大角度散乱はトムソンモデルでは説明できない

トムソンの模型のように正電荷が広がっていると、α粒子が受けるクーロン力はとても弱く、大きく曲がることはあり得ません。

$90°$ 以上の散乱が起こるためには、正電荷と質量が原子のごく小さな領域に集中している必要があります。 これがラザフォードの結論でした。

⚠️ 落とし穴:「ほとんどのα粒子が散乱された」と誤解する

✕ 誤:α粒子の大部分が大きく散乱された

○ 正:大部分はほぼ直進し、大角度散乱は約8000個に1個と非常に稀であった

大角度散乱が「稀」であることこそが、原子核が「非常に小さい」ことの証拠です。もし原子核が大きければ、もっと多くのα粒子が散乱されるはずです。

3ラザフォードの原子模型 ─ 太陽系のような原子

1911年、ラザフォードはα線散乱実験の結果を分析し、次のような原子模型を提案しました。

  • 原子の中心に、正電荷と質量のほとんどが集中した原子核がある
  • 原子核は原子全体に比べて極めて小さい(原子の大きさの約 $10^{-5}$ 倍)
  • 電子は原子核の周りを回転運動している

これをラザフォードの原子模型(有核模型)と呼びます。 太陽の周りを惑星が回る太陽系のイメージから、「太陽系モデル」とも呼ばれることがあります。

📐 原子と原子核の大きさの比較

原子の半径:$r_{\text{atom}} \sim 10^{-10}\,\text{m}$($1\,\text{\AA}$ 程度)

原子核の半径:$r_{\text{nucleus}} \sim 10^{-15}\,\text{m}$($1\,\text{fm}$ 程度)

$$\frac{r_{\text{nucleus}}}{r_{\text{atom}}} \sim 10^{-5}$$

※ 原子を東京ドーム(直径約 $200\,\text{m}$)に例えると、原子核はグラウンド上の小さなビー玉(直径約 $2\,\text{mm}$)にあたります。原子の内部はほとんど「空っぽ」なのです。
💡 ここが本質:原子はほとんどスカスカ

α粒子の大部分が金箔をまっすぐ通過したことは、原子の内部がほぼ空間であることを意味します。 そして、ごくまれに大角度散乱が起こるのは、α粒子が原子核の近くを通過したときだけです。

「小さいけれど重い核」と「広い空間」── これがラザフォードの原子模型の核心です。

ラザフォードモデルの問題点

ラザフォードの原子模型は画期的でしたが、古典物理学の観点からは深刻な問題を抱えていました。

電子が原子核の周りを回転すると、加速度運動する荷電粒子は電磁波を放出し続けるはずです(古典電磁気学の帰結)。 エネルギーを失い続ける電子はやがて原子核に落ち込んでしまい、原子は安定に存在できないことになります。 計算上、電子は $10^{-11}\,\text{s}$ 程度で原子核に吸い込まれてしまいます。

また、連続的にエネルギーを放出するなら、放出される光のスペクトルも連続的になるはずですが、 実際の原子は特定の波長の光だけを出す線スペクトルを示します。 この矛盾を解決したのが、次の記事で扱うボーアの原子模型です。

⚠️ 落とし穴:ラザフォードモデルが「完全に正しい」と考える

✕ 誤:ラザフォードモデルで原子の構造は完全に説明できる

○ 正:ラザフォードモデルは原子核の存在を示したが、古典物理では原子の安定性を説明できないという問題が残った

ラザフォードモデルの功績は「原子核の発見」であり、電子の運動を正しく記述するにはボーアの量子論が必要でした。

4原子核の大きさとクーロン散乱

α粒子が原子核に接近するとき、両者の間にはクーロン力(静電気力)がはたらきます。 α粒子($+2e$)と金の原子核($+Ze$、$Z = 79$)は共に正電荷なので、斥力がはたらき、α粒子は軌道を曲げられます。

最近接距離の導出

α粒子が原子核に正面から向かう場合(衝突パラメータ $b = 0$)、α粒子は最も接近してから跳ね返されます。 このときの最近接距離 $d$ は、運動エネルギーとクーロンの位置エネルギーの変換から求められます。

▷ 最近接距離の導出

α粒子の質量を $m$、初速度を $v_0$ とします。遠方では位置エネルギーは $0$ です。

最近接距離 $d$ で一瞬静止するとき、エネルギー保存則より、

$$\frac{1}{2}mv_0^2 = k_e \frac{2e \cdot Ze}{d}$$

これを $d$ について解くと、

$$d = k_e \frac{2Ze^2}{\frac{1}{2}mv_0^2}$$

ここで $k_e = \dfrac{1}{4\pi\varepsilon_0} \approx 9.0 \times 10^9\,\text{N}\cdot\text{m}^2/\text{C}^2$ です。

📐 α粒子の最近接距離

$$d = \frac{2k_e Ze^2}{\frac{1}{2}mv_0^2} = \frac{4k_e Ze^2}{mv_0^2}$$

※ $k_e$:クーロン定数、$Z$:標的核の原子番号、$e$:電気素量、$m$:α粒子の質量、$v_0$:α粒子の初速度

ラザフォードの実験で用いたα粒子の運動エネルギー(約 $7.7\,\text{MeV}$)と金($Z = 79$)の場合、 $d \approx 3 \times 10^{-14}\,\text{m}$ と見積もられます。 原子核の半径がこの値よりも小さいことから、原子核の大きさが $10^{-15}\,\text{m}$ のオーダーであることがわかりました。

🔬 深掘り:ラザフォードの散乱公式

ラザフォードは、クーロン力による散乱を解析的に計算し、散乱角 $\theta$ の方向に単位立体角あたり散乱される粒子数が次の式に従うことを示しました。

$$\frac{d\sigma}{d\Omega} \propto \frac{1}{\sin^4(\theta/2)}$$

この公式の予言は実験結果と見事に一致し、ラザフォードの原子模型の正しさが裏付けられました。 この公式は現在でも原子核物理学の基礎として使われています。

⚠️ 落とし穴:最近接距離と原子核の半径を混同する

✕ 誤:最近接距離がそのまま原子核の半径である

○ 正:最近接距離は原子核の半径の「上限値」を与える。実際の原子核はさらに小さい

α粒子が原子核に触れる前にクーロン力で跳ね返されるため、最近接距離は原子核の半径よりも大きくなります。

5この章を俯瞰する

ラザフォードの原子模型は、原子の構造を解明する出発点となりました。 ここで学んだ内容が、今後どのように発展していくかを確認しておきましょう。

つながりマップ

  • ← 放射線の基礎:α線は放射性崩壊で放出されるヘリウム原子核。その性質がα線散乱実験を可能にした。
  • → A-2-2 水素原子のスペクトル:原子が特定の波長の光だけを出す線スペクトルの謎。ラザフォードモデルの限界が浮き彫りになる。
  • → A-2-3 ボーアの原子模型:ラザフォードモデルの問題点を量子条件で解決。電子の安定な軌道を説明する。
  • ← クーロンの法則(電磁気):α粒子と原子核の間にはたらくクーロン力が散乱の原因。最近接距離の導出にも使う。
  • → 原子核物理:原子核の大きさ・構造のさらなる解明。陽子・中性子の発見へとつながる。

📋まとめ

  • トムソンの原子模型では、正電荷が原子全体に一様に分布し、その中に電子が埋め込まれていた(ぶどうパンモデル)
  • α線散乱実験で、ごく少数のα粒子が大角度で散乱されることが発見された。これはトムソンモデルでは説明できない
  • ラザフォードは、原子の中心に正電荷と質量が集中した原子核が存在すると結論づけた
  • 原子核の半径は約 $10^{-15}\,\text{m}$ で、原子の半径 $10^{-10}\,\text{m}$ の約 $10^{-5}$ 倍。原子の内部はほとんど空間である
  • 最近接距離はエネルギー保存則から導かれ、$d = \dfrac{4k_e Ze^2}{mv_0^2}$ で与えられる
  • ラザフォードモデルは原子核の存在を示したが、電子の安定性と線スペクトルを説明できない問題が残った

確認テスト

Q1. トムソンの原子模型では、正電荷はどのように分布していますか。

▶ クリックして解答を表示正電荷は原子全体に一様に分布している(ぶどうパンモデル)。中心に核はない。

Q2. α線散乱実験で、大部分のα粒子が金箔をほぼ直進したことは何を意味しますか。

▶ クリックして解答を表示原子の内部はほとんど空間(スカスカ)であることを意味する。α粒子が何にもぶつからずに通り抜けた。

Q3. ごく少数のα粒子が大角度で散乱されたことは、原子の構造について何を示していますか。

▶ クリックして解答を表示原子の中心に正電荷と質量が集中した小さな「原子核」が存在することを示している。大きな散乱力を生むには、電荷が狭い領域に集中している必要がある。

Q4. ラザフォードの原子模型が古典物理学の枠組みでは抱える問題点を1つ挙げてください。

▶ クリックして解答を表示加速度運動する電子は電磁波を放出し続けるため、エネルギーを失って原子核に落ち込み、原子は安定に存在できない。(また、放出される光が連続スペクトルになるはずだが、実際は線スペクトルである。)

Q5. 原子の半径を $10^{-10}\,\text{m}$、原子核の半径を $10^{-15}\,\text{m}$ とするとき、大きさの比はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$\dfrac{r_{\text{nucleus}}}{r_{\text{atom}}} = \dfrac{10^{-15}}{10^{-10}} = 10^{-5}$。原子核の半径は原子の半径の10万分の1。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

2-1-1 A 基礎 原子模型 知識

次の文の空欄を埋めよ。

ラザフォードは、薄い金箔にα粒子を照射する実験を行った。その結果、大部分のα粒子は金箔を( ア )したが、ごく少数のα粒子は( イ )散乱された。この結果から、原子の中心に正電荷と質量が集中した( ウ )が存在すると結論づけた。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

ア:ほぼ直進(通過) イ:大角度で ウ:原子核

解説

α線散乱実験の基本的な結果とその解釈を問う問題です。大部分のα粒子がまっすぐ通過することは「原子の内部がほとんど空間」であることを示し、ごく少数の大角度散乱は「正電荷が小さな領域に集中」していることを示します。

B 発展レベル

2-1-2 B 発展 最近接距離 計算

運動エネルギー $5.0\,\text{MeV}$ のα粒子が金($Z = 79$)の原子核に正面衝突する場合の最近接距離を求めよ。ただし、$k_e = 9.0 \times 10^9\,\text{N}\cdot\text{m}^2/\text{C}^2$、$e = 1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$1\,\text{MeV} = 1.6 \times 10^{-13}\,\text{J}$ とする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$d \approx 4.6 \times 10^{-14}\,\text{m}$

解説

方針:エネルギー保存則より、$\dfrac{1}{2}mv_0^2 = k_e\dfrac{2e \cdot Ze}{d}$ を用いる。$\dfrac{1}{2}mv_0^2 = 5.0\,\text{MeV}$ である。

$$d = \frac{k_e \cdot 2Ze^2}{\frac{1}{2}mv_0^2} = \frac{9.0 \times 10^9 \times 2 \times 79 \times (1.6 \times 10^{-19})^2}{5.0 \times 1.6 \times 10^{-13}}$$

分子:$9.0 \times 10^9 \times 158 \times 2.56 \times 10^{-38} = 9.0 \times 158 \times 2.56 \times 10^{-29}$

$= 3639.7 \times 10^{-29} \approx 3.64 \times 10^{-26}$

分母:$8.0 \times 10^{-13}$

$$d = \frac{3.64 \times 10^{-26}}{8.0 \times 10^{-13}} = 4.55 \times 10^{-14}\,\text{m} \approx 4.6 \times 10^{-14}\,\text{m}$$

採点ポイント
  • エネルギー保存則の式を正しく立てる(3点)
  • α粒子の電荷が $2e$ であることを正しく使う(2点)
  • MeVからJへの単位変換を正しく行う(2点)
  • 計算結果が正しいオーダーになっている(3点)

C 応用レベル

2-1-3 C 応用 論述 模型の比較

トムソンの原子模型とラザフォードの原子模型について、以下の問いに答えよ。

(1) トムソンの原子模型では、α粒子が金箔を通過する際に大角度散乱が起こりにくい理由を、正電荷の分布に着目して説明せよ。

(2) ラザフォードの原子模型において、古典電磁気学の観点から原子が安定に存在できないとされる理由を説明せよ。

(3) α粒子のエネルギーを2倍にすると、正面衝突における最近接距離はどうなるか。理由とともに答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) トムソンの模型では正電荷が原子全体に一様に広がっているため、α粒子が受けるクーロン力は弱く分散的であり、α粒子の軌道を大きく曲げるほどの力にはならない。

(2) 電子が原子核の周りを回転運動すると加速度をもつ。古典電磁気学によれば、加速度運動する荷電粒子は電磁波を放出し続け、運動エネルギーを失う。その結果、電子は次第に原子核に近づき、最終的に落ち込んでしまうため、原子は安定に存在できない。

(3) 最近接距離は $\dfrac{1}{2}$ になる。$d = \dfrac{4k_e Ze^2}{mv_0^2}$ より、$d$ は運動エネルギー $\dfrac{1}{2}mv_0^2$ に反比例するので、エネルギーが2倍になれば $d$ は半分になる。

解説

(1)はトムソンモデルの構造とクーロン力の関係を理解しているかを問う問題です。正電荷が分散していると、α粒子がどこを通ってもクーロン力が弱いため散乱角は小さくなります。

(2)は古典電磁気学の基本原理(加速度運動する電荷は電磁波を放出する)を原子模型に適用する問題です。

(3)はエネルギー保存則の式から、最近接距離と運動エネルギーの反比例関係を読み取る問題です。

採点ポイント
  • (1) 正電荷が一様に分布していることに言及する(2点)
  • (1) クーロン力が弱く分散的であることを述べる(2点)
  • (2) 加速度運動する荷電粒子が電磁波を放出することに言及する(2点)
  • (2) エネルギー損失により電子が原子核に落ち込むと述べる(2点)
  • (3) 反比例関係を正しく導き、$\frac{1}{2}$ と答える(2点)