もし原子を東京ドームの大きさに拡大したら、原子核はマウンドの上に置いた小さなビー玉に過ぎません。
それほど小さな原子核に、原子の質量のほぼすべてが詰め込まれています。
この極微の世界を支配するのは、日常では出会わない強い力と、量子力学の不思議なルールです。
原子核の構造を理解することは、放射線や核エネルギーを学ぶための最初の一歩になります。
19世紀末まで、原子の内部構造についてはほとんど何もわかっていませんでした。 J.J.トムソンは電子を発見し、正の電荷が原子全体に広がった中に電子が埋め込まれている「ブドウパンモデル(プラムプディングモデル)」を提唱していました。
1911年、ラザフォードは、薄い金箔に$\alpha$ 粒子(ヘリウム原子核)を照射する実験を行いました。 もしトムソンのモデルが正しければ、正電荷が薄く広がっているため、$\alpha$ 粒子はほとんど曲がらずに通過するはずです。
ところが実験の結果、ほとんどの $\alpha$ 粒子はまっすぐ通過したものの、ごく一部が大きく散乱され、中には跳ね返されるものもありました。 ラザフォードはこれを、「紙にピストルの弾を撃ち込んだら跳ね返ってきたようなものだ」と表現しました。
$\alpha$ 粒子が大角度に散乱されたということは、原子の中に正の電荷と質量が極めて小さい領域に集中していることを意味します。 この小さく重い核をラザフォードは原子核と名づけました。
大部分の $\alpha$ 粒子がまっすぐ通過した事実は、原子のほとんどの体積が空っぽの空間であることを示しています。
この実験から、ラザフォードは次のような原子モデルを提案しました。
✕ 誤:電子は惑星のように確定した軌道を描いて原子核の周りを回っている
○ 正:電子は確率的に存在し、「電子雲」として原子核の周囲に分布している(量子力学的描像)
ラザフォードモデルは原子核の存在を示した点で画期的でしたが、電子の運動については古典的な描像の限界がありました。 これはのちにボーアモデル、さらに量子力学によって修正されます。
ラザフォードは、$\alpha$ 粒子と原子核の間のクーロン力(静電気力)を用いて、散乱角の分布を理論的に計算しました。 この計算結果は実験データと見事に一致し、原子核モデルの正しさが裏付けられました。
$\alpha$ 粒子が原子核に最も近づく距離(最接近距離)$d$ は、運動エネルギー $K$ と電気的な位置エネルギーの関係から、
$$d = \frac{kZe \cdot 2e}{K}$$
と求まります。ここで $Z$ は標的原子の原子番号、$e$ は電気素量、$k$ はクーロン定数です。 この値から原子核の大きさの上限を見積もることができました。
原子核は何でできているのでしょうか。 原子核を構成する粒子を核子(nucleon)と呼びます。 核子には2種類あります。陽子と中性子です。
ラザフォードは1919年、窒素原子核に $\alpha$ 粒子を衝突させる実験で、水素原子核が飛び出してくることを観測しました。 彼はこれを、すべての原子核に共通する基本粒子と考え、陽子(proton)と名づけました。 陽子は正の電荷 $+e$($e = 1.602 \times 10^{-19}\,\text{C}$)をもち、質量は $m_p = 1.673 \times 10^{-27}\,\text{kg}$ です。
陽子だけでは原子核の質量を説明できません。 たとえばヘリウム原子核は陽子2個分の電荷をもちますが、質量は陽子4個分もあります。 「電荷をもたない粒子が原子核の中にあるのではないか」と予想されていました。
1932年、チャドウィックがベリリウムにα粒子を照射する実験で、電荷をもたない粒子が放出されることを発見しました。 これが中性子(neutron)です。 中性子は電荷をもたず($q = 0$)、質量は $m_n = 1.675 \times 10^{-27}\,\text{kg}$ で、陽子とほぼ同じです。
陽子:電荷 $+e = +1.602 \times 10^{-19}\,\text{C}$、質量 $m_p = 1.673 \times 10^{-27}\,\text{kg} \approx 1.007\,\text{u}$
中性子:電荷 $0$、質量 $m_n = 1.675 \times 10^{-27}\,\text{kg} \approx 1.009\,\text{u}$
すべての原子核は陽子と中性子の組み合わせで構成されています(水素$^1$Hは陽子1個のみ)。
陽子の数が元素の種類(原子番号)を決め、中性子の数は同じ元素でも異なりうる(同位体)。 この2つの数字を知れば、原子核の基本的な性質がわかります。
✕ 誤:陽子と中性子の質量はまったく同じ
○ 正:中性子の方がわずかに重い($m_n - m_p \approx 1.293\,\text{MeV}/c^2$)
このわずかな質量差が、自由な中性子が陽子に崩壊する($\beta$ 崩壊)ことを可能にしています。 質量数の計算では近似的に同じとしてよいですが、核反応のエネルギー計算では区別が必要になる場面があります。
原子核の性質を記述するために、2つの重要な数を使います。
原子核の表記法として、元素記号 $\text{X}$ の左上に質量数 $A$、左下に原子番号 $Z$ を書きます。
$${}^{A}_{Z}\text{X}$$
例:${}^{12}_{6}\text{C}$(炭素12)… 陽子6個、中性子6個
例:${}^{56}_{26}\text{Fe}$(鉄56)… 陽子26個、中性子30個
同じ元素(同じ原子番号 $Z$)であっても、中性子の数 $N$ が異なる原子核が存在します。 これを同位体(isotope)と呼びます。
たとえば水素には、次の3つの同位体があります。
| 名称 | 記号 | 陽子数 $Z$ | 中性子数 $N$ | 質量数 $A$ |
|---|---|---|---|---|
| 軽水素(プロチウム) | ${}^{1}_{1}\text{H}$ | 1 | 0 | 1 |
| 重水素(デューテリウム) | ${}^{2}_{1}\text{H}$(D) | 1 | 1 | 2 |
| 三重水素(トリチウム) | ${}^{3}_{1}\text{H}$(T) | 1 | 2 | 3 |
同位体どうしは化学的性質がほぼ同じですが、質量が異なるため物理的性質(とくに核の安定性)が違います。 放射線を出す同位体を放射性同位体(ラジオアイソトープ)と呼びます。
✕ 誤:ダイヤモンドとグラファイトは炭素の同位体
○ 正:ダイヤモンドとグラファイトは炭素の同素体(同じ元素からなる異なる単体)
同位体は原子核レベルの違い(中性子数の違い)であり、同素体は分子や結晶構造の違いです。まったく別の概念ですので注意しましょう。
軽い原子核では $N \approx Z$ のとき安定ですが、重い原子核では $N > Z$ の方が安定になります。
これは、陽子どうしにはクーロン斥力が働くため、重い原子核ほど中性子を多く含んで核力による引力を増やさないと安定を保てないためです。 $N$ と $Z$ の関係をグラフにしたものを「安定の谷」と呼び、この谷から外れた核は放射性崩壊を起こします。
原子核は陽子と中性子が強く結びついた「かたまり」です。 しかし、陽子はすべて正の電荷をもちますから、クーロン力(静電気力)によって互いに反発し合うはずです。 それにもかかわらず原子核が安定に存在できるのは、クーロン力よりもはるかに強い核力が核子の間に働いているからです。
実験から、原子核の半径 $r$ は質量数 $A$ に対して次のような経験式で表されることがわかっています。
$$r = r_0 A^{1/3}$$
$r_0 \approx 1.2 \sim 1.3\,\text{fm}$($1\,\text{fm} = 10^{-15}\,\text{m}$)
$r = r_0 A^{1/3}$ より、原子核の体積は
$$V = \frac{4}{3}\pi r^3 = \frac{4}{3}\pi r_0^3 A$$
核子1個あたりの体積は $\frac{V}{A} = \frac{4}{3}\pi r_0^3 \approx \text{一定}$ です。
これは、原子核内部の密度がほぼ一定であることを意味します。 核子どうしは「非圧縮性の液体」のように詰まっているのです。この描像は「液滴模型」の基礎になります。
核力(strong nuclear force)には、次のような特徴があります。
原子核の安定性は、核力(引力)とクーロン力(斥力)のバランスで決まります。
核力は短距離力なので、隣接する核子からしか引力を受けません。 一方、クーロン力は長距離力なので、すべての陽子から斥力を受けます。 原子番号 $Z$ が大きくなると、クーロン力の総和が増大し、やがて核力で支えきれなくなります。 これが $Z > 83$(ビスマス)の元素がすべて放射性である理由です。
✕ 誤:核力は万有引力と同じように距離の2乗に反比例する力である
○ 正:核力は約 $2\,\text{fm}$ を超えると急激に弱まる「短距離力」であり、距離依存性は万有引力やクーロン力とはまったく異なる
核力が短距離力であることは、原子核の大きさが有限であることや、核分裂が起こりうることの根本的な理由です。
1935年、湯川秀樹は核力を媒介する粒子として中間子(メソン)の存在を理論的に予言しました。 核力の到達距離 $R$ と中間子の質量 $m$ の間には
$$R \sim \frac{\hbar}{mc}$$
という関係(不確定性原理に基づく)があり、$R \approx 1.4\,\text{fm}$ から中間子の質量を $m \approx 200\,m_e$(電子質量の約200倍)と予測しました。 1947年に $\pi$ 中間子(パイオン)が発見され、湯川は1949年に日本人初のノーベル物理学賞を受賞しました。
原子核の構造は、放射線、核反応、核エネルギー、そして素粒子物理学のすべての出発点です。 ここで学んだ概念が、今後どのように発展していくかを確認しましょう。
Q1. ラザフォードの散乱実験で、$\alpha$ 粒子の大部分が金箔をまっすぐ通過した事実は、原子についてどのようなことを示していますか。
Q2. ${}^{56}_{26}\text{Fe}$ の原子核に含まれる陽子の数と中性子の数をそれぞれ答えてください。
Q3. 同位体とは何かを簡潔に説明してください。
Q4. 核力の特徴を2つ挙げてください。
Q5. 原子番号が83を超えるすべての元素が放射性であるのはなぜですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の原子核について、含まれる陽子の数と中性子の数をそれぞれ答えよ。
(1) ${}^{238}_{92}\text{U}$(ウラン238)
(2) ${}^{14}_{7}\text{N}$(窒素14)
(3) ${}^{4}_{2}\text{He}$(ヘリウム4)
(1) 陽子 $92$ 個、中性子 $146$ 個
(2) 陽子 $7$ 個、中性子 $7$ 個
(3) 陽子 $2$ 個、中性子 $2$ 個
方針:${}^{A}_{Z}\text{X}$ の表記から、$Z$ が陽子数、$N = A - Z$ が中性子数です。
(1) $Z = 92$、$N = 238 - 92 = 146$
(2) $Z = 7$、$N = 14 - 7 = 7$
(3) $Z = 2$、$N = 4 - 2 = 2$
原子核の半径は $r = r_0 A^{1/3}$($r_0 = 1.2\,\text{fm}$)で与えられる。次の問いに答えよ。
(1) ${}^{27}_{13}\text{Al}$(アルミニウム)の原子核の半径を求めよ。
(2) ${}^{216}_{84}\text{Po}$(ポロニウム)の原子核の半径は、アルミニウムの原子核の半径の何倍か。
(1) $3.6\,\text{fm}$
(2) $2.0$ 倍
(1) $r_{\text{Al}} = 1.2 \times 27^{1/3} = 1.2 \times 3.0 = 3.6\,\text{fm}$
(2) $\frac{r_{\text{Po}}}{r_{\text{Al}}} = \frac{r_0 \times 216^{1/3}}{r_0 \times 27^{1/3}} = \left(\frac{216}{27}\right)^{1/3} = 8^{1/3} = 2.0$
質量数が8倍になると、半径は $8^{1/3} = 2$ 倍になります。体積は $2^3 = 8$ 倍で質量数に比例しており、密度が一定であることが確認できます。
ラザフォードの $\alpha$ 粒子散乱実験において、運動エネルギー $K = 7.7\,\text{MeV}$ の $\alpha$ 粒子を金(${}^{197}_{79}\text{Au}$)の原子核に正面衝突させた。$\alpha$ 粒子が金の原子核に最も近づく距離(最接近距離)$d$ を求めよ。ただし、クーロン定数 $k = 9.0 \times 10^9\,\text{N}\cdot\text{m}^2/\text{C}^2$、電気素量 $e = 1.6 \times 10^{-19}\,\text{C}$、$1\,\text{MeV} = 1.6 \times 10^{-13}\,\text{J}$ とする。
$d \approx 30\,\text{fm}$($3.0 \times 10^{-14}\,\text{m}$)
方針:$\alpha$ 粒子が最接近するとき、運動エネルギーがすべて電気的位置エネルギーに変換されます。エネルギー保存則を使います。
$\alpha$ 粒子の電荷は $q_\alpha = 2e$、金の原子核の電荷は $q_{\text{Au}} = 79e$ です。
エネルギー保存則より、
$$K = k\frac{q_\alpha \cdot q_{\text{Au}}}{d} = k\frac{2e \times 79e}{d}$$
$$d = \frac{k \times 2 \times 79 \times e^2}{K}$$
$$= \frac{9.0 \times 10^9 \times 158 \times (1.6 \times 10^{-19})^2}{7.7 \times 1.6 \times 10^{-13}}$$
$$= \frac{9.0 \times 10^9 \times 158 \times 2.56 \times 10^{-38}}{1.232 \times 10^{-12}}$$
$$= \frac{3.64 \times 10^{-26}}{1.232 \times 10^{-12}} \approx 3.0 \times 10^{-14}\,\text{m} = 30\,\text{fm}$$
この値は原子核の半径(数 fm)よりも大きいため、$\alpha$ 粒子は原子核の表面には到達せず、クーロン力だけで散乱されていることがわかります。