冷蔵庫にメモを貼るマグネット、方位磁針が北を指す不思議。
私たちの身近にある「磁石の力」の正体は、空間に広がる磁場という物理量です。
電場が電荷のまわりに存在するように、磁場は磁極や電流のまわりに存在します。
本記事では、磁場の定義・磁力線の描き方・磁場の基本的な性質を学び、電磁気学の後半へと進む土台を築きましょう。
磁石を2本用意して近づけると、「引き合う」場合と「反発する」場合があります。 これは電荷の間にはたらくクーロン力と似ていますが、磁気には決定的な違いがあります。
磁石の両端にはN極(North)とS極(South)があり、 同種の極は反発し、異種の極は引き合います。 方位磁針の北を指す側がN極、南を指す側がS極です。 地球自体が巨大な磁石であり、地理的な北極付近に磁石のS極が、南極付近にN極があるため、 方位磁針のN極は北を指すのです。
電荷には正電荷と負電荷が単独で存在できます。 しかし、磁石をどれだけ細かく割っても、N極だけ・S極だけの磁石(磁気単極子)は得られません。 必ずN極とS極がペアで現れます。 これは電気と磁気の根本的な違いの一つです。
電荷は正・負が単独で存在できますが、磁極は必ずN極とS極がセットで現れます。 磁石を半分に割ると、割れた面にそれぞれ新たなN極・S極が生じ、2つの磁石になります。
このことは、磁場のガウスの法則 $\displaystyle\oint \boldsymbol{B} \cdot d\boldsymbol{S} = 0$ として表現されます。 磁力線は閉じた曲線を描き、「湧き出し」や「吸い込み」がないのです。
方位磁針のN極が北を指すのは、地球の地理的北極付近に磁石のS極があるからです。
✕ 誤:地球の北極にN極がある → 方位磁針のN極が引かれる
○ 正:地球の北極付近に磁石のS極がある → 方位磁針のN極が引き合って北を指す
「異種の極が引き合う」原則を思い出せば混乱しません。
電場を「空間の各点に電荷を置いたとき、電荷が受ける力を示すベクトル場」と定義したように、 磁場も空間の各点に定義されるベクトル量です。
磁場(magnetic field)とは、空間の各点において 「そこに小さな磁針を置いたとき、そのN極が受ける力の向き」を示すベクトル量です。 教科書によっては「磁界」とも呼ばれますが、物理学では磁場を使うのが一般的です。
磁場を表すベクトルには、大きく分けて2種類あります。
真空中では $\boldsymbol{B} = \mu_0 \boldsymbol{H}$ の関係があります。 ここで $\mu_0 = 4\pi \times 10^{-7}\,\text{T}\cdot\text{m/A}$ は真空の透磁率です。 高校物理では主に $\boldsymbol{B}$ を使い、これを「磁場」や「磁束密度」と呼びます。
$$\boldsymbol{B} = \mu_0 \boldsymbol{H}$$
磁石や電流が「離れた場所の物体に力を及ぼす」仕組みを、遠隔作用ではなく 場という概念で説明するのが近代物理学の考え方です。
電流や磁石が空間に磁場をつくり、その磁場が別の電流や磁石に力を及ぼす。 この「場を介した2段階のプロセス」が電磁気学の基本的な世界観です。
高校物理の問題で「磁場の強さ」と言われたとき、実際に使うのは $B$(磁束密度)であることがほとんどです。
✕ 誤:「磁場 = $H$」と決めつけて、$B = \mu_0 n I$ を $H = \mu_0 n I$ と書く
○ 正:問題文で「磁束密度」か「磁場の強さ」かを確認し、単位(TかA/m)で判断する
電場を「電気力線」で可視化したように、磁場も磁力線で可視化できます。 鉄粉を磁石の周りにまくと描かれる美しい模様は、まさに磁力線のパターンです。
電気力線は正電荷(湧き出し)から負電荷(吸い込み)へ向かい、端点をもちます。 しかし磁力線は、磁石の外部でN極からS極へ、内部でS極からN極へとつながり、 始点も終点もない閉じた曲線を描きます。
これは磁気単極子が存在しないことと表裏一体の性質です。
棒磁石の磁力線は、N極から出発し、外部空間を通ってS極に入り、 磁石の内部をS極からN極へ通ってふたたびN極に戻ります。 外部の磁力線パターンは、正電荷と負電荷を近づけた電気双極子の電気力線と非常によく似ています。
ある面を貫く磁力線の本数を定量化したものが磁束 $\Phi$ です。 磁束密度 $B$ の磁場に垂直な面積 $S$ を貫く磁束は $\Phi = BS$ で、単位は Wb(ウェーバ)です。
磁束の概念は、次章の電磁誘導(ファラデーの法則)で中心的な役割を果たします。
磁力線が「N極から出てS極に入る」のは磁石の外部だけの話です。
✕ 誤:磁力線はN極で始まりS極で終わる(端点がある)
○ 正:磁力線は磁石の外部でN極→S極、内部でS極→N極と回り、閉曲線を描く
磁束密度 $B$ の SI 単位はT(テスラ)です。 1 T は非常に強い磁場で、日常ではもっと小さな値を扱うことが多いです。
| 場面 | 磁束密度の目安 |
|---|---|
| 地磁気(日本付近) | $\approx 5 \times 10^{-5}\,\text{T}$(約 $50\,\mu\text{T}$) |
| 冷蔵庫マグネット | $\approx 5 \times 10^{-3}\,\text{T}$(約 $5\,\text{mT}$) |
| ネオジム磁石(表面) | $\approx 0.3 \sim 0.5\,\text{T}$ |
| MRI装置 | $1.5 \sim 3\,\text{T}$ |
| 超伝導電磁石 | $\sim 10\,\text{T}$ 以上 |
CGS単位系では G(ガウス)も使われ、$1\,\text{T} = 10^4\,\text{G}$ の関係があります。 地磁気は約 $0.5\,\text{G}$ ともいえます。
T(テスラ)は、交流電流や回転磁場の発明で知られるニコラ・テスラ(1856-1943)に由来します。 彼は交流送電システムの基礎を築き、現代の電力システムに大きな影響を与えました。
磁束密度 $B$ の単位はT(テスラ)、磁場の強さ $H$ の単位は A/m、磁束 $\Phi$ の単位は Wb(ウェーバ)です。
✕ 誤:「磁場の強さ $B = 0.5\,\text{A/m}$」($B$ の単位は T)
○ 正:「磁束密度 $B = 0.5\,\text{T}$」または「磁場の強さ $H = \frac{B}{\mu_0}\,\text{A/m}$」
磁場の基礎概念を押さえた今、これからの学習の流れを確認しましょう。 磁場は電流によってつくられ、また電流や荷電粒子に力を及ぼします。 この「双方向の関係」がこの章の骨格です。
Q1. 磁石を半分に割ると何が起きますか。N極だけの磁石は得られますか。
Q2. 磁力線の向きは、磁石の外部ではどの極からどの極へ向かいますか。
Q3. 磁力線と電気力線の最も大きな違いは何ですか。
Q4. 磁束密度 $B$ の SI 単位は何ですか。また、$1\,\text{T}$ は何 G ですか。
Q5. 方位磁針のN極が北を指すのはなぜですか。地球の北極付近にある磁極は何極ですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
磁力線について、次の問いに答えよ。
(1) 磁力線はどのような曲線か。電気力線との違いを含めて説明せよ。
(2) 磁力線が密な領域と疎な領域では、どちらの磁場が強いか。
(3) 2本の磁力線が交わることはあるか。理由とともに答えよ。
(1) 磁力線は閉じた曲線を描く。電気力線は正電荷から出て負電荷に入り端点をもつが、磁力線には始点・終点がない。
(2) 磁力線が密な領域のほうが磁場が強い。
(3) 交わらない。1つの点で磁場の向きは一意に決まるため、2本の磁力線が交わると向きが2つになり矛盾する。
磁力線の性質は電気力線と類似していますが、「閉曲線」という点が決定的に異なります。これは磁気単極子が存在しないことに起因します。
磁束密度 $B = 0.50\,\text{T}$ の一様な磁場中に、面積 $S = 0.20\,\text{m}^2$ の長方形コイルを置く。次の問いに答えよ。
(1) コイル面が磁場に垂直なとき、コイルを貫く磁束 $\Phi$ を求めよ。
(2) コイル面が磁場と $60°$ の角をなすとき、コイルを貫く磁束 $\Phi$ を求めよ。
(1) $\Phi = 0.10\,\text{Wb}$
(2) $\Phi = 0.050\,\text{Wb}$
(1) コイル面が磁場に垂直 → 面の法線が磁場と平行 → $\Phi = BS = 0.50 \times 0.20 = 0.10\,\text{Wb}$
(2) コイル面と磁場のなす角が $60°$ → 面の法線と磁場のなす角は $90° - 60° = 30°$ ではなく、「コイル面が磁場と $60°$」の意味に注意。面の法線と磁場のなす角 $\theta = 90° - 60° = 30°$... ではなく、ここでは面と磁場のなす角が $60°$ なので、法線と磁場のなす角は $90° - 60° = 30°$ です。
$\Phi = BS\cos 30° = 0.50 \times 0.20 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 0.087\,\text{Wb}$
...しかし、一般的な出題では「磁場と面の法線のなす角が $60°$」を意味する場合が多いです。その場合:
$\Phi = BS\cos 60° = 0.50 \times 0.20 \times \frac{1}{2} = 0.050\,\text{Wb}$
本問は法線と磁場のなす角を $60°$ として解答しています。
2つの棒磁石を、N極同士が向かい合うように一直線上に近づけて置いた。2つのN極の中点における磁場について、次の問いに答えよ。ただし、2つの磁石は同じ大きさ・強さとする。
(1) 中点における磁場の向きを説明せよ。
(2) なぜその向きになるかを、磁場の重ね合わせの原理を用いて説明せよ。
(1) 磁石を結ぶ直線上では、左右のN極からの磁場が互いに逆向きで打ち消し合う。ただし、直線から外れた近傍では、磁力線は横方向に押し出される形になる。
(2) 各磁石のN極は、中点に対して外向き(反対方向)の磁場をつくる。同じ強さの磁石が等距離にあるため、直線上の中点では磁場はゼロになる。
磁場の重ね合わせの原理により、各磁石が中点につくる磁場をベクトル的に足し合わせます。
左の磁石のN極は中点に対して右向きの磁場をつくり、右の磁石のN極も中点に対して左向きの磁場をつくります。対称性から大きさが等しく、互いに逆向きなので、中点での合成磁場はゼロになります。
ただし中点から直線に垂直な方向にわずかにずれると、磁場はゼロではなく横向きの成分が現れます。これが磁力線が横に押し出される理由です。