第25章 電磁誘導

レンツの法則
─ 誘導電流の向き

ファラデーの法則は誘導起電力の「大きさ」を教えてくれますが、「向き」については語りません。
誘導電流はどちらの向きに流れるのか ── その答えを与えるのがレンツの法則です。
「変化を妨げる向き」という一見シンプルな原理が、エネルギー保存則と深く結びついていることを理解しましょう。

1レンツの法則とは ─ 変化を妨げる向きに流れる

1834年、ロシアの物理学者ハインリヒ・レンツは、誘導電流の向きに関する法則を発見しました。 この法則は、ファラデーの法則の式中の負号($V = -N\dfrac{\Delta\Phi}{\Delta t}$)の物理的意味を表しています。

📐 レンツの法則

誘導電流は、コイルを貫く磁束の変化を妨げる向きに流れる。

※ 磁束が増加 → 増加を妨げる向き(逆向きの磁場を作る向き)に誘導電流が流れる
※ 磁束が減少 → 減少を妨げる向き(同じ向きの磁場を作る向き)に誘導電流が流れる

「妨げる」とは、磁束の変化を打ち消そうとすることです。 たとえば、コイルを貫く上向きの磁束が増えるなら、誘導電流はその増加を打ち消すように下向きの磁場を作る向きに流れます。 逆に、上向きの磁束が減るなら、減少を補うように上向きの磁場を作る向きに流れます。

💡 ここが本質:「変化を嫌がる」のが電磁誘導

レンツの法則を一言でたとえるなら、コイルは「磁束の変化を嫌がっている」のです。 増えたら「増やすな」と抵抗し、減ったら「減らすな」と抵抗します。

この「現状維持」の性質は、力学における慣性の法則にも通じるものがあります。 物体が速度の変化に抵抗するように、コイルは磁束の変化に抵抗するのです。

⚠️ 落とし穴:「妨げる」は「打ち消す」ではない

✕ 誤:「誘導電流は磁束の変化を完全に打ち消す」

○ 正:「誘導電流は磁束の変化を妨げる向きに流れるが、完全には打ち消さない」

もし完全に打ち消してしまったら、磁束の変化がなくなり、誘導起電力もゼロになって電流が止まってしまいます。 あくまで「妨げる方向に力を及ぼす」のであり、変化そのものをなくすわけではありません。

2レンツの法則の適用手順 ─ 3ステップで向きを判定

レンツの法則を使って誘導電流の向きを判定するには、次の3ステップを踏みます。 この手順を体に染み込ませることが、入試で確実に正解するための鍵です。

ステップ1:磁束の変化を調べる

まず、コイルを貫く磁束が増加しているか減少しているかを判断します。 $\Phi = BS\cos\theta$ のどの要素が変化しているかを確認しましょう。

ステップ2:変化を妨げる磁場の向きを決める

磁束が増加しているなら、その増加を妨げるために元の磁場と逆向きの磁場を作る必要があります。 磁束が減少しているなら、減少を妨げるために元の磁場と同じ向きの磁場を作る必要があります。

ステップ3:右ねじの法則で電流の向きを決める

ステップ2で決めた磁場の向きを、コイルの中心を通る磁場の方向とみなします。 右ねじの法則(右手の法則)を使えば、その磁場を作る電流の向きがわかります。 右ねじを磁場の向きに進むように回すとき、ねじを回す方向が電流の向きです。

💡 ここが本質:3ステップの判定手順

① 磁束は増えている? 減っている?

② 増加なら逆向き、減少なら同じ向きの磁場を作りたい

③ 右ねじの法則でその磁場を作る電流の向きを求める

この3ステップを毎回丁寧に踏めば、誘導電流の向きを間違えることはありません。

⚠️ 落とし穴:右ねじの法則の適用ミス

ステップ3で、磁場の向きと電流の向きを取り違えるミスがよくあります。

✕ 誤:電流の向きにねじを進め、回転方向を磁場の向きとする(逆の使い方)

○ 正:磁場の向きにねじを進め、回転方向が電流の向き

レンツの法則の問題では「作りたい磁場の向き → 電流の向き」の順番です。 右手の指を電流の向きに曲げ、親指の向きが磁場の向きという方法でも構いません。

3典型例で確認する ─ 磁石とコイル

レンツの法則の典型的な適用例として、棒磁石をコイルに出し入れする場面を考えましょう。 入試でも最もよく出題される基本パターンです。

ケース1:N極をコイルに近づける

棒磁石のN極をコイルに近づけると、コイルを貫く下向き(N極からコイルへ向かう向き)の磁束が増加します。

ステップ1:磁束は増加
ステップ2:増加を妨げるために、上向き(N極の磁場と逆向き)の磁場を作りたい
ステップ3:上向きの磁場を作る電流は、上から見て反時計回り

つまり、コイルはN極側に新しいN極を作り、近づいてくるN極を「反発して押し返す」ように振る舞います。

ケース2:N極をコイルから遠ざける

N極を遠ざけると、コイルを貫く下向きの磁束が減少します。

ステップ1:磁束は減少
ステップ2:減少を妨げるために、下向き(元の磁場と同じ向き)の磁場を作りたい
ステップ3:下向きの磁場を作る電流は、上から見て時計回り

コイルはN極側にS極を作り、遠ざかるN極を「引きつけて引き留める」ように振る舞います。

操作 磁束の変化 誘導電流が作る磁場 コイルの振る舞い
N極を近づける 増加 逆向き(N極を作る) 反発(押し返す)
N極を遠ざける 減少 同じ向き(S極を作る) 吸引(引き留める)
S極を近づける 増加 逆向き(S極を作る) 反発(押し返す)
S極を遠ざける 減少 同じ向き(N極を作る) 吸引(引き留める)
💡 ここが本質:「反発・吸引」のパターン

レンツの法則の結果を覚えやすい形でまとめると、次のようになります。

近づけるとき → 反発(近づくな!)
遠ざけるとき → 吸引(行くな!)

コイルは常に磁石の運動を妨げる方向に力を及ぼします。 この「抵抗する」性質が、レンツの法則の本質です。

⚠️ 落とし穴:「N極を遠ざける」と「S極を近づける」を混同する

N極を遠ざけるのとS極を近づけるのは、磁束の変化が逆です。

✕ 誤:「どちらも磁石を動かしているから同じ向きの電流が流れる」

○ 正:N極を遠ざける → 磁束減少。S極を近づける → 逆向きの磁束が増加。誘導電流の向きは異なる

必ず「磁束が増えたか減ったか」を確認してから向きを判断しましょう。

4エネルギー保存との関係 ─ なぜ「妨げる」のか

レンツの法則は単なる経験則ではなく、エネルギー保存則から必然的に導かれるものです。 もし誘導電流が磁束の変化を「助ける」向きに流れたらどうなるか、考えてみましょう。

思考実験:もし変化を助けたら

N極をコイルに近づけたとき、もし誘導電流が磁束の増加を助ける向き(コイルのN極側にS極を作る向き)に流れたとします。 すると、コイルは磁石を引き寄せ、磁石はさらに加速します。加速すれば磁束の変化率が増え、誘導電流はさらに大きくなります。 大きくなった誘導電流はさらに強い引力を生み、磁石はますます加速し……。

誰もエネルギーを供給していないのに、運動エネルギーと電気エネルギーが無限に増大してしまいます。 これはエネルギー保存則に矛盾します。

▷ エネルギー保存からレンツの法則を理解する

磁石をコイルに近づけるとき、レンツの法則により誘導電流は磁石を反発する向きに流れます。

磁石を動かし続けるには、この反発力に逆らって仕事をする必要があります。

その仕事が、誘導電流のエネルギー(ジュール熱など)に変換されるのです。

つまり、「力学的エネルギー → 電気エネルギー」の変換が起きており、 エネルギー保存則が成り立っています。

レンツの法則は、このエネルギー変換の方向性を保証する法則ともいえます。

💡 ここが本質:レンツの法則はエネルギー保存の帰結

レンツの法則の「妨げる」という性質は、「何もないところからエネルギーは生まれない」という 自然界の大原則から必然的に導かれます。

誘導電流のエネルギーは、磁石を動かす人が仕事をすることで供給されているのです。 これは発電機の原理そのものです。

⚠️ 落とし穴:回路が開いている場合

レンツの法則が述べるのは「誘導電流の向き」ですが、回路が開いていて電流が流れない場合でも 誘導起電力は発生します。

✕ 誤:「回路が開いていれば電磁誘導は起きない」

○ 正:「回路が開いていても誘導起電力は生じるが、電流は流れない」

誘導起電力は磁束の変化があれば必ず生じます。電流が流れるかどうかは回路が閉じているかに依存します。

🔬 深掘り:ファラデーの法則の負号とレンツの法則

ファラデーの法則の式 $V = -N\dfrac{\Delta\Phi}{\Delta t}$ の負号は、まさにレンツの法則を数式で表現したものです。

磁束が増加($\Delta\Phi > 0$)すると起電力は負($V < 0$)、すなわち磁束の増加を妨げる向きに起電力が生じることを意味します。

物理学では、このように符号に深い意味が込められていることが多く、「負号を無視する」のは危険です。 大学レベルの電磁気学では、この負号が不可欠な役割を果たします。

5この章を俯瞰する

レンツの法則は、電磁誘導の問題すべてにおいて誘導電流の向きを決定する基本原理です。 この後の記事で扱う導体棒の運動、自己誘導などでも、レンツの法則が重要な役割を果たします。

つながりマップ

  • ← E-6-1 ファラデーの法則:誘導起電力の大きさを与える法則。レンツの法則はその「向き」を補完する。
  • → E-6-3 導体棒の運動:レンツの法則で誘導電流の向きを判定し、力のつりあいを議論する。
  • → E-6-4 レール上の導体棒:典型問題でレンツの法則を繰り返し適用する。
  • → E-6-5 自己誘導:コイル自身の電流変化を妨げる方向に誘導起電力が生じる(レンツの法則の適用)。
  • → E-6-7 渦電流:渦電流の向きもレンツの法則で決まる。電磁ブレーキの原理。
  • ← エネルギー保存則:レンツの法則はエネルギー保存則の帰結。力学的エネルギーが電気エネルギーに変換される。

📋まとめ

  • レンツの法則:誘導電流は、コイルを貫く磁束の変化を妨げる向きに流れる
  • 判定手順は3ステップ:① 磁束の増減を調べる → ② 妨げる磁場の向きを決める → ③ 右ねじの法則で電流の向き
  • 磁石を近づけると反発、遠ざけると吸引するようにコイルは振る舞う
  • レンツの法則はエネルギー保存則の帰結。変化を「助ける」向きに流れると永久機関になってしまう
  • 「妨げる」は「完全に打ち消す」ではない。変化を減らす方向に作用するだけである
  • ファラデーの法則の負号がレンツの法則の数学的表現である

確認テスト

Q1. レンツの法則を簡潔に述べてください。

▶ クリックして解答を表示誘導電流は、コイルを貫く磁束の変化を妨げる向きに流れる。

Q2. N極をコイルに近づけたとき、コイルの磁石側はN極・S極のどちらになりますか。

▶ クリックして解答を表示N極。近づいてくるN極を反発して押し返すため、コイルは磁石側にN極を作ります。

Q3. レンツの法則が成り立たないと(変化を助ける向きに電流が流れると)、どのような問題が生じますか。

▶ クリックして解答を表示磁石がさらに加速し、誘導電流がさらに大きくなるという正のフィードバックが起き、エネルギーが無限に増大してしまいます。これはエネルギー保存則に矛盾します。

Q4. S極をコイルから遠ざけたとき、誘導電流が作る磁場はどちら向きですか。

▶ クリックして解答を表示S極が遠ざかると、コイルを貫くS極方向の磁束が減少します。減少を妨げるため、同じ向き(S極の方向)の磁場を作ります。つまりコイルのS極側にN極を作ります(引き留める)。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-2-1 A 基礎 磁石とコイル 定性

円形コイルに検流計をつなぎ、コイルの上方から棒磁石のS極を近づけた。次の問いに答えよ。

(1) 誘導電流が作る磁場は、コイルの上側で上向き・下向きのどちらか。

(2) S極をコイルから遠ざけると、電流の向きはどうなるか。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 下向き(コイルの上側がS極になる)

(2) 逆向きになる

解説

(1) S極を上から近づけると、コイルを貫く上向きの磁束が増加(S極からの磁力線はS極に向かう、つまりコイル面を下から上へ貫く成分は減少……)。

正確には、S極がコイルの上方にあるとき、磁力線はS極に吸い込まれるので、コイルの上面では上向きの磁束が増加します。

レンツの法則より、増加を妨げるために下向きの磁場を作る向きに電流が流れます。コイルの上側がS極になるよう振る舞い、近づくS極を反発します。

(2) S極を遠ざけると磁束が減少するため、減少を妨げる向き(上向きの磁場を作る向き)に電流が流れ、近づける場合と逆向きになります。

B 発展レベル

6-2-2 B 発展 磁束の増減 論述

一様な磁場中にコイルが置かれている。磁場の方向はコイル面に垂直で上向きである。以下の場合、誘導電流は上から見て時計回り・反時計回りのどちらか答えよ。

(1) 磁場の強さが増加する場合

(2) 磁場の強さが減少する場合

(3) 磁場の強さは一定だが、コイルの面積が増加する場合

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 時計回り

(2) 反時計回り

(3) 時計回り

解説

(1) 上向きの磁束が増加 → 増加を妨げるために下向きの磁場を作る → 右ねじの法則より上から見て時計回り

(2) 上向きの磁束が減少 → 減少を妨げるために上向きの磁場を作る → 上から見て反時計回り

(3) 面積が増加すると $\Phi = BS$ が増加 → (1)と同じ。上から見て時計回り

採点ポイント
  • 各場合の磁束の増減を正しく判断(各2点)
  • レンツの法則の適用方向が正しい(各2点)
  • 右ねじの法則で電流の向きを正しく決定(各1点)

C 応用レベル

6-2-3 C 応用 エネルギー保存 論述

棒磁石のN極をコイルに一定の速度で近づけたところ、コイルの抵抗で $0.50\,\text{W}$ のジュール熱が発生した。

(1) 棒磁石を近づけるのに必要な力は、磁石の運動に対してどの向きにはたらくか。理由とともに答えよ。

(2) 磁石を $2.0\,\text{s}$ の間一定速度で近づけたとき、磁石を押す人がした仕事を求めよ。

(3) もし磁石を2倍の速さで近づけた場合、ジュール熱の発生率はどうなるか。定性的に説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 磁石の運動方向と同じ向き(コイルに向かう向き)。レンツの法則により反発力が生じるため。

(2) $1.0\,\text{J}$

(3) 2倍以上に増える。

解説

(1) レンツの法則により、コイルは磁石を押し返す向き(磁石の運動を妨げる向き)に力を及ぼします。磁石を一定速度で近づけるには、この反発力とつりあう外力を運動方向に加える必要があります。

(2) 一定速度なので運動エネルギーは変化しません。外力のした仕事はすべてジュール熱に変換されます。

$W = P \times t = 0.50 \times 2.0 = 1.0\,\text{J}$

(3) 速さを2倍にすると、$\dfrac{\Delta\Phi}{\Delta t}$ が2倍になり、誘導起電力も2倍になります。誘導電流は起電力に比例するので2倍。ジュール熱 $P = I^2 R$ は電流の2乗に比例するので4倍になります。

採点ポイント
  • レンツの法則から反発力が生じることを説明(3点)
  • 等速運動 → 運動エネルギー不変 → 仕事=ジュール熱と正しく論理展開(3点)
  • 速さ2倍 → 起電力2倍 → 電流2倍 → ジュール熱4倍の論理(4点)