第2章 力のつりあい

動摩擦力
─ 動いているときの摩擦

物体が動き始めると、摩擦力は動摩擦力に切り替わります。
静止摩擦力が「加えた力に合わせて変化する力」だったのに対し、動摩擦力は一定の大きさを持ちます。
この性質の違いが、運動の法則やエネルギーの問題で重要な役割を果たします。

1動摩擦力とは

物体が面の上を滑っているとき、運動の方向と逆向きにはたらく摩擦力を動摩擦力(kinetic friction)といいます。

静止摩擦力との最大の違いは、動摩擦力は大きさが一定であることです。どんなに速く動いていても、どんなにゆっくり動いていても、同じ面の上であれば動摩擦力の大きさは変わりません。

💡 ここが本質:静止摩擦力 vs 動摩擦力

静止摩擦力:加えた力に応じて変化する。上限は $\mu_0 N$。

動摩擦力:常に一定値 $\mu' N$。速さに依存しない。

物体が「動いているか、止まっているか」で使う摩擦力が切り替わります。問題を解くとき、まず物体の運動状態を確認しましょう。

2動摩擦力の公式と性質

📐 動摩擦力

$$f' = \mu' N$$

$\mu'$:動摩擦係数(面の材質の組み合わせで決まる無次元量)
$N$:垂直抗力
※ 速さに依存しない。接触面積に依存しない。常に運動方向と逆向き。

動摩擦力の3つの特徴

  1. 大きさは $\mu' N$ で一定:静止摩擦力のように変動しない
  2. 向きは運動方向と逆:物体の速度と反対向きにはたらく
  3. 速さに依存しない:ゆっくりでも速くても同じ大きさ(近似的に)
⚠️ 落とし穴:動摩擦力の向きは「加えた力と逆」ではない

動摩擦力の向きは運動方向と逆向きです。加えた力と逆とは限りません。

✕ 誤:力 $F$ を右向きに加えたので動摩擦力は左向き

○ 正:物体が右向きに動いているので動摩擦力は左向き

たとえば、右に動いている物体に右向きの力を加えるのをやめても、動摩擦力は左向きにはたらき続けます(物体はまだ右に動いているから)。

静止摩擦係数と動摩擦係数の比較

項目静止摩擦動摩擦
係数の記号$\mu_0$$\mu'$
大小関係$\mu_0 > \mu'$(一般に)
摩擦力の値$0 \leq f \leq \mu_0 N$(変化する)$f' = \mu' N$(一定)
はたらく条件物体が静止しているとき物体が滑っているとき
🔬 深掘り:なぜ $\mu_0 > \mu'$ なのか

微視的には、静止している物体の接触面では微小な凹凸が互いにかみ合って「密着」しています。この噛み合いを引き剥がすのに大きな力が必要です。

いったん動き出すと、凹凸が完全にかみ合う時間がないため、抵抗が小さくなります。

これが $\mu_0 > \mu'$ の物理的な理由です。

3水平面での動摩擦力

水平な粗い面の上で質量 $m$ の物体を水平方向に力 $F$ で引いて等速直線運動させる場合を考えます。

等速直線運動 → 加速度 $= 0$ → 力がつりあっている

水平方向:$F = f' = \mu' N$

鉛直方向:$N = mg$

したがって、等速で引くのに必要な力は $F = \mu' mg$ です。

💡 ここが本質:等速直線運動は「つりあい」の一種

等速直線運動では加速度がゼロなので、はたらく力の合力はゼロです。

つまり、等速直線運動の問題は「つりあいの問題」として解けます。

「力がはたらいているのに等速?」と不思議に思うかもしれませんが、ニュートンの第一法則の通り、合力がゼロなら速度は変わりません。

加速する場合

水平な粗い面の上で物体を力 $F$ で引いて加速させる場合、運動方程式は、

$$ma = F - \mu' N = F - \mu' mg$$

加速度 $a = \dfrac{F - \mu' mg}{m} = \dfrac{F}{m} - \mu' g$

加速するためには $F > \mu' mg$ が必要です。$F = \mu' mg$ なら等速、$F < \mu' mg$(ただし物体はまだ動いている)なら減速します。

4斜面での動摩擦力

角度 $\theta$ の粗い斜面を物体が滑り下りる場合を考えます。動摩擦力は斜面に沿って上向き(運動と逆向き)にはたらきます。

斜面に垂直:$N = mg\cos\theta$

動摩擦力:$f' = \mu' N = \mu' mg\cos\theta$

斜面を等速で滑る条件

斜面に平行方向のつりあいから、

$$mg\sin\theta = \mu' mg\cos\theta$$

$$\tan\theta = \mu'$$

この条件を満たす角度 $\theta$ のとき、物体は等速で滑り下ります。

⚠️ 落とし穴:$\tan\theta_0 = \mu_0$ と $\tan\theta = \mu'$ の混同

似たような式が2つあるので注意しましょう。

$\tan\theta_0 = \mu_0$:物体が滑り出す角度(静止摩擦)

$\tan\theta = \mu'$:物体が等速で滑り下りる角度(動摩擦)

$\mu_0 > \mu'$ なので、滑り出す角度のほうが等速で滑る角度よりも大きいです。

斜面を加速して滑り下りる場合

$\tan\theta > \mu'$ のとき、重力の斜面成分が動摩擦力を上回り、物体は加速します。

$$ma = mg\sin\theta - \mu' mg\cos\theta$$

$$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$$

斜面を滑り上がる場合

物体が斜面を上向きに動いている場合、動摩擦力は斜面に沿って下向き(運動と逆向き)にはたらきます。

$$ma = mg\sin\theta + \mu' mg\cos\theta$$

(重力成分も動摩擦力もともに斜面を下る向きにはたらく)

💡 ここが本質:滑り上がりと滑り下りで加速度が異なる

斜面を滑り上がるときの減速の加速度:$a_\text{up} = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$

斜面を滑り下りるときの加速の加速度:$a_\text{down} = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$

滑り上がるときは重力と動摩擦力が同じ向き(下向き)なので急激に減速し、滑り下りるときは逆向きなので緩やかに加速します。

このため、斜面を投げ上げた物体は「上がるのは速く、下りるのはゆっくり」になります。

5この章を俯瞰する

動摩擦力は運動方程式やエネルギーの問題で頻出です。

つながりマップ

  • ← M-2-9 静止摩擦力:動き始める前の摩擦力。最大静止摩擦力を超えると動摩擦力に切り替わる。
  • → M-2-11 摩擦力の典型問題:静止摩擦力と動摩擦力を使い分ける演習。
  • → M-3-3 水平面上の運動方程式:動摩擦力を含む運動方程式の立て方。
  • → M-3-5 斜面+摩擦力の運動方程式:斜面上の動摩擦力を含む運動。
  • → M-4-11 摩擦力がある場合のエネルギー:動摩擦力による仕事は熱エネルギーに変わる。

📋まとめ

  • 動摩擦力は $f' = \mu' N$ で常に一定。速さに依存しない
  • 動摩擦力の向きは運動方向と逆向き(加えた力と逆ではない)
  • 一般に $\mu_0 > \mu'$(動かし始めが最も大変)
  • 等速直線運動は力のつりあい。$F = \mu' mg$
  • 斜面で等速:$\tan\theta = \mu'$。加速:$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$
  • 斜面の滑り上がりでは動摩擦力と重力が同方向 → 加速度が大きい

確認テスト

Q1. 動摩擦力の公式を書き、静止摩擦力との違いを述べてください。

▶ クリックして解答を表示$f' = \mu' N$。静止摩擦力は加えた力に応じて変化するが、動摩擦力は常に一定値。

Q2. 動摩擦力はどの方向にはたらきますか。

▶ クリックして解答を表示運動方向と逆向き。物体の速度ベクトルと反対の方向にはたらく。

Q3. 角度 $\theta$ の斜面を物体が等速で滑り下りる条件を、$\mu'$ を使って書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta = \mu'$(重力の斜面成分と動摩擦力がつりあう条件)

Q4. 物体が斜面を滑り上がるとき、動摩擦力の向きは?

▶ クリックして解答を表示斜面に沿って下向き。運動方向(上向き)と逆向きにはたらく。

8入試問題演習

動摩擦力を含む入試レベルの問題を解きましょう。

A 基礎レベル

2-10-1 A 基礎 水平面等速

水平な粗い床の上に質量 $8.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。動摩擦係数は $\mu' = 0.30$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、この物体を水平方向に引いて等速直線運動させるのに必要な力を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$F = 23.5\,\text{N}$

解説

等速直線運動 → 力のつりあい

$N = mg = 8.0 \times 9.8 = 78.4\,\text{N}$

$F = f' = \mu' N = 0.30 \times 78.4 = 23.5\,\text{N}$

B 発展レベル

2-10-2 B 発展 斜面加速度

角度 $30°$ の粗い斜面上に質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体を置いたところ、滑り下り始めた。動摩擦係数 $\mu' = 0.20$ として、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ のとき、物体の加速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$a \approx 3.2\,\text{m/s}^2$

解説

$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$

$= 9.8(\sin 30° - 0.20 \times \cos 30°)$

$= 9.8(0.50 - 0.20 \times 0.866)$

$= 9.8(0.50 - 0.173)$

$= 9.8 \times 0.327 \approx 3.2\,\text{m/s}^2$

採点ポイント
  • 力を正しく書き出す(重力成分、垂直抗力、動摩擦力)(2点)
  • 運動方程式を正しく立てる(3点)
  • 計算結果が正しい(2点)

C 応用レベル

2-10-3 C 応用 斜面投げ上げ計算

角度 $45°$ の粗い斜面の下端から、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体を斜面に沿って初速 $v_0 = 4.0\,\text{m/s}$ で滑り上げた。動摩擦係数 $\mu' = 0.40$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 滑り上がっているときの加速度の大きさを求めよ。

(2) 物体が最高点に達するまでの距離を求めよ。

(3) 最高点に達した後、物体は滑り下りるか。理由とともに答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $a \approx 9.7\,\text{m/s}^2$

(2) $d \approx 0.82\,\text{m}$

(3) 滑り下りる。$\tan 45° = 1 > \mu' = 0.40$ より、重力の斜面成分が最大静止摩擦力を超えるため。

解説

(1) 滑り上がりでは、重力成分と動摩擦力がともに下向き。

$a = g(\sin 45° + \mu'\cos 45°) = 9.8 \left(\dfrac{\sqrt{2}}{2} + 0.40 \times \dfrac{\sqrt{2}}{2}\right)$

$= 9.8 \times \dfrac{\sqrt{2}}{2}(1 + 0.40) = 9.8 \times 0.707 \times 1.40 \approx 9.7\,\text{m/s}^2$

(2) $v^2 = v_0^2 - 2ad$ で $v = 0$ を代入。

$d = \dfrac{v_0^2}{2a} = \dfrac{4.0^2}{2 \times 9.7} = \dfrac{16}{19.4} \approx 0.82\,\text{m}$

(3) 最高点では速度ゼロで静止状態。このとき、重力の斜面成分は $mg\sin 45°$、最大静止摩擦力は $\mu_0 N \geq \mu' N = \mu' mg\cos 45°$。$\sin 45° > \mu'\cos 45°$($\tan 45° = 1 > 0.40$)なので、重力成分が摩擦力を超え、物体は滑り下ります。

採点ポイント
  • 滑り上がり時の動摩擦力の向きが正しい(2点)
  • 加速度の式が正しい(3点)
  • 等加速度運動の公式で距離を求める(2点)
  • 滑り下り判定を摩擦角の観点から論述(3点)