第2章 力のつりあい

摩擦力の典型問題
─ 斜面・水平面の使い分け

摩擦力の問題を解く最大のポイントは、「まず物体が動くかどうか判断する」ことです。
静止しているなら静止摩擦力(つりあいの式から求める)、動いているなら動摩擦力($\mu' N$)を使います。
この判断を間違えるとすべての計算が崩れます。典型パターンを通じて判断力を鍛えましょう。

1摩擦力問題の解法フローチャート

摩擦力の問題は、次のフローチャートに従って解くと間違いが減ります。

📐 摩擦力問題の解法手順

Step 1:力を全て書き出す(摩擦力は未知のまま)

Step 2:「仮に物体が静止している」と仮定し、つりあいの式から摩擦力 $f$ を求める

Step 3:$f$ と最大静止摩擦力 $f_0 = \mu_0 N$ を比較する

Step 4

$\quad f \leq f_0$ → 物体は静止。求めた $f$ が答え

$\quad f > f_0$ → 物体は動く。動摩擦力 $f' = \mu' N$ を使って運動方程式を立てる

※ この手順が摩擦力問題の「型」です。Step 2 → Step 3 の判定が最重要。
💡 ここが本質:「動くかどうか」の判断が最初

多くの受験生が「静止摩擦力を使うか、動摩擦力を使うか」で迷います。

迷ったら、まず静止していると仮定してつりあいの式を立て、そこから求まる摩擦力が最大静止摩擦力以下かどうかを確認します。

これで判断がつきます。この手順を「摩擦力判定テスト」と呼びましょう。

2パターン1:水平面+水平力

問題設定

水平な粗い面上に質量 $m = 5.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。$\mu_0 = 0.50$、$\mu' = 0.40$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

ケースA:$F = 20\,\text{N}$ のとき

仮に静止していると仮定すると、$f = F = 20\,\text{N}$。

最大静止摩擦力:$f_0 = \mu_0 N = 0.50 \times 5.0 \times 9.8 = 24.5\,\text{N}$

$f = 20 < f_0 = 24.5$ → 静止。摩擦力は $20\,\text{N}$。

ケースB:$F = 30\,\text{N}$ のとき

仮に静止すると $f = 30\,\text{N}$ が必要。しかし $f_0 = 24.5\,\text{N}$ なので不可能。

動く。動摩擦力 $f' = \mu' mg = 0.40 \times 49 = 19.6\,\text{N}$。

加速度:$a = \dfrac{F - f'}{m} = \dfrac{30 - 19.6}{5.0} = 2.08\,\text{m/s}^2$

⚠️ 落とし穴:斜めに力を加えると垂直抗力が変わる

水平でなく斜め上向きに力を加えると、物体を持ち上げる成分が生じ、垂直抗力が減ります。

逆に斜め下向きなら垂直抗力が増えます。

✕ 誤:$N = mg$ と決めつける

○ 正:$N$ は鉛直方向のつりあいから求める。$N = mg - F\sin\theta$(斜め上向きの場合)

$N$ が変わると最大静止摩擦力も変わるので、判定結果が変わる可能性があります。

3パターン2:斜面上の物体

問題設定

角度 $\theta$ の粗い斜面上に質量 $m$ の物体を置く。$\mu_0$、$\mu'$ が与えられたとき、物体が滑るかどうかを判断し、摩擦力と加速度を求める問題です。

判定手順

仮に静止していると仮定。必要な摩擦力は $f = mg\sin\theta$。垂直抗力は $N = mg\cos\theta$。

最大静止摩擦力:$f_0 = \mu_0 N = \mu_0 mg\cos\theta$

判定:

  • $mg\sin\theta \leq \mu_0 mg\cos\theta$(すなわち $\tan\theta \leq \mu_0$)→ 静止
  • $\tan\theta > \mu_0$ → 滑り出す
💡 ここが本質:$\tan\theta$ と $\mu_0$ の比較で即座に判定

斜面の問題では、$\tan\theta$ と $\mu_0$ を比較するだけで静止か滑るかが判定できます。

$\tan\theta \leq \mu_0$ → 静止(摩擦力 $= mg\sin\theta$)

$\tan\theta > \mu_0$ → 滑る(動摩擦力 $= \mu' mg\cos\theta$ を使う)

この判定法は非常に汎用性が高く、斜面の角度を変えるタイプの問題でも威力を発揮します。

斜面に外力が加わる場合

斜面上の物体を糸で引いたり、斜めに押したりする場合は、単純に $\tan\theta$ と $\mu_0$ を比較するだけでは不十分です。外力を含めたつりあいの式から必要な摩擦力を求め、最大静止摩擦力と比較します。

🔬 深掘り:摩擦力の向きが変わる場合

斜面上の物体に斜面を上る向きに大きな力を加えると、物体は上向きに動こうとします。このとき、摩擦力は斜面を下る向きに切り替わります。

つまり、摩擦力は常に「物体が動こうとする方向と逆」にはたらくので、外力の大きさや向きによって摩擦力の向きが変わることがあります。

この「摩擦力の向きが変わる」問題は入試で差がつくポイントです。

4パターン3:重ねた物体

2つの物体を重ねて置く問題は、摩擦力の理解を試す典型的な出題です。

基本設定

粗い水平面上に質量 $M$ の物体 B を置き、その上に質量 $m$ の物体 A を乗せます。A と B の間の摩擦係数、B と床の間の摩擦係数がそれぞれ与えられます。

A を引いた場合

物体 A を水平方向に力 $F$ で引くとき、A と B が一体で動くか、A だけが B の上を滑るかを判断します。

▷ 判定方法

仮に一体で動くと仮定します。全体の質量は $(m + M)$。

床との動摩擦力:$f'_\text{床} = \mu'_\text{床}(m + M)g$

全体の加速度:$a = \dfrac{F - \mu'_\text{床}(m + M)g}{m + M}$

物体 B を加速させるために必要な A-B 間の摩擦力:$f_{AB} = Ma$

この $f_{AB}$ が A-B 間の最大静止摩擦力 $\mu_{0,AB} \cdot mg$ 以下なら一体で動く。超えれば A が B の上を滑ります。

⚠️ 落とし穴:A-B 間の垂直抗力

A と B の間の摩擦に使う垂直抗力は、B が A を支える力です。

✕ 誤:A-B 間の垂直抗力は $(m + M)g$

○ 正:A-B 間の垂直抗力は $mg$(A の重力のみ)

一方、B と床の間の垂直抗力は $(m + M)g$(A と B の重力の合計)です。

💡 ここが本質:各接触面の垂直抗力を正しく求める

重ねた物体の問題で最も重要なのは、各接触面の垂直抗力を正確に求めることです。

A-B 間の垂直抗力 → A の質量のみで決まる($mg$)

B-床間の垂直抗力 → A+B の質量で決まる($(m+M)g$)

それぞれの垂直抗力に対応する摩擦係数を掛けて、各面の摩擦力を求めます。

5この章を俯瞰する

摩擦力は力学のほぼ全分野に関わる重要テーマです。

つながりマップ

  • ← M-2-9 静止摩擦力:最大静止摩擦力の意味と摩擦角。
  • ← M-2-10 動摩擦力:一定の大きさで運動方向と逆向き。
  • → M-2-12 浮力:力のつりあいの最後のテーマ。
  • → M-3-5 斜面+摩擦力の運動方程式:つりあわない場合に運動方程式を立てる。
  • → M-4-2 いろいろな力がする仕事:摩擦力がする仕事(負の仕事)。

📋まとめ

  • 摩擦力問題の最重要ステップ:「動くかどうか」をまず判定する
  • 判定法:仮に静止と仮定し、必要な摩擦力が $\mu_0 N$ 以下なら静止、超えれば動く
  • 斜面では $\tan\theta$ と $\mu_0$ の比較で即座に判定可能
  • 斜め方向の力が加わると垂直抗力が変化し、最大静止摩擦力も変わる
  • 重ねた物体では各接触面ごとに垂直抗力と摩擦力を求める
  • 摩擦力の向きは物体が動こうとする方向と逆。外力によって向きが変わることがある

確認テスト

Q1. 摩擦力問題を解く最初のステップは何ですか。

▶ クリックして解答を表示まず物体が静止していると仮定し、つりあいの式から必要な摩擦力を求める。その摩擦力が最大静止摩擦力以下かどうかで動くか静止かを判定する。

Q2. 角度 $\theta$ の斜面で物体が滑り出す条件を、$\mu_0$ を使って書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta > \mu_0$(斜面の角度の正接が静止摩擦係数を超えると滑り出す)

Q3. 質量 $m$ の A を質量 $M$ の B の上に乗せたとき、A-B 間の垂直抗力はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$mg$。A の重力のみで決まる。$(m+M)g$ ではない。

Q4. 斜めに上向きに力を加えると、水平面の垂直抗力はどうなりますか。

▶ クリックして解答を表示$mg$ より小さくなる。力の鉛直上向き成分が物体を持ち上げるため、面が支える力(垂直抗力)が減る。

8入試問題演習

摩擦力の判断と計算を入試形式で練習しましょう。

A 基礎レベル

2-11-1 A 基礎 水平面判定

水平な粗い面上に質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。$\mu_0 = 0.60$、$\mu' = 0.50$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。物体に水平方向に $F = 20\,\text{N}$ の力を加えた。物体は動くか静止か。また、摩擦力の大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

静止する。摩擦力は $20\,\text{N}$。

解説

$f_0 = \mu_0 mg = 0.60 \times 4.0 \times 9.8 = 23.5\,\text{N}$

仮に静止すると、$f = F = 20\,\text{N}$

$f = 20 < f_0 = 23.5$ なので静止。摩擦力 $= 20\,\text{N}$。

B 発展レベル

2-11-2 B 発展 斜面判定+加速度

角度 $45°$ の粗い斜面上に質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体を置いた。$\mu_0 = 0.40$、$\mu' = 0.30$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 物体は斜面上で静止するか。理由を述べよ。

(2) 物体が動く場合、斜面に沿った加速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 静止しない。$\tan 45° = 1.0 > \mu_0 = 0.40$ のため。

(2) $a \approx 4.9\,\text{m/s}^2$

解説

(1) $\tan 45° = 1.0$ と $\mu_0 = 0.40$ を比較すると $1.0 > 0.40$ なので、重力の斜面成分が最大静止摩擦力を超え、物体は滑り出す。

(2) $a = g(\sin 45° - \mu'\cos 45°) = 9.8\left(\dfrac{\sqrt{2}}{2} - 0.30 \times \dfrac{\sqrt{2}}{2}\right)$

$= 9.8 \times \dfrac{\sqrt{2}}{2}(1 - 0.30) = 9.8 \times 0.707 \times 0.70 \approx 4.9\,\text{m/s}^2$

採点ポイント
  • $\tan\theta$ と $\mu_0$ の比較で判定(3点)
  • 動摩擦力を使った運動方程式(3点)
  • 計算結果が正しい(2点)

C 応用レベル

2-11-3 C 応用 重ねた物体計算

滑らかな水平面上に質量 $M = 4.0\,\text{kg}$ の板 B が置かれ、その上に質量 $m = 2.0\,\text{kg}$ の物体 A が乗っている。A と B の間の静止摩擦係数は $\mu_0 = 0.30$、動摩擦係数は $\mu' = 0.20$ である。A に水平方向の力 $F$ を加える。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) A と B が一体で動くための $F$ の最大値を求めよ。

(2) $F = 12\,\text{N}$ のとき、A と B は一体で動くか。各物体の加速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $F_\text{max} \approx 8.8\,\text{N}$

(2) 一体では動かない(A が B の上を滑る)。$a_A \approx 4.04\,\text{m/s}^2$、$a_B \approx 0.98\,\text{m/s}^2$

解説

(1) 一体で加速度 $a$ で動くとき:$F = (m + M)a$

B の運動方程式:$Ma = f_{AB}$(A-B 間の摩擦力が B を加速)

$f_{AB}$ の最大値は $\mu_0 mg = 0.30 \times 2.0 \times 9.8 = 5.88\,\text{N}$

$Ma_\text{max} = 5.88$ → $a_\text{max} = \dfrac{5.88}{4.0} = 1.47\,\text{m/s}^2$

$F_\text{max} = (m + M)a_\text{max} = 6.0 \times 1.47 \approx 8.8\,\text{N}$

(2) $F = 12 > 8.8$ なので A は B の上を滑る。

A-B 間は動摩擦力 $f' = \mu' mg = 0.20 \times 2.0 \times 9.8 = 3.92\,\text{N}$

A:$ma_A = F - f' = 12 - 3.92 = 8.08$ → $a_A = 4.04\,\text{m/s}^2$

B:$Ma_B = f' = 3.92$ → $a_B = \dfrac{3.92}{4.0} = 0.98\,\text{m/s}^2$

採点ポイント
  • A-B 間の垂直抗力が $mg$ であることを正しく使う(2点)
  • 一体条件を正しく求める(3点)
  • 別々に運動する場合の各物体の運動方程式を正しく立てる(3点)
  • 加速度の値が正しい(2点)