一直線上のつりあいでは、力の正負だけを考えれば十分でした。
しかし現実では、力が斜めに働くことがほとんどです。斜面上の物体、天井から2本の糸で吊るされた看板——力が二次元に広がる世界に足を踏み入れましょう。
ここで威力を発揮するのが、前の記事で学んだ力の分解です。
一直線上では「合力=0」がつりあいの条件でした。 平面(二次元)では、力を2つの方向に分解し、それぞれの方向で合力が0であることがつりあいの条件になります。
$x$ 方向と $y$ 方向を設定したとき、
$$\sum F_x = 0 \quad \text{かつ} \quad \sum F_y = 0$$
たとえば、看板が2本のワイヤーで天井から吊るされている場合を想像してください。 重力は真下に働きますが、ワイヤーの張力は斜めに引っ張ります。 このとき、水平方向の力の合計も、鉛直方向の力の合計も、ともにゼロでなければ看板は静止しません。
つりあいの条件は座標軸の取り方によらず成り立ちます。しかし、座標軸の取り方によって計算の楽さが大きく変わります。
斜面の問題では、斜面に平行な方向と垂直な方向に軸を取ると、力の分解が最も簡単になります。 「できるだけ多くの力が軸上に乗るように」座標を設定しましょう。
つりあいの問題で最も多いミスは、物体に働く力を書き漏らすことです。
✕ 誤:斜面上の物体で重力と垂直抗力だけを考える(摩擦力を忘れる)
○ 正:重力・垂直抗力・摩擦力のすべてを書き出す
力を漏れなく書き出すコツ:「接触している物体」からの力(垂直抗力、摩擦力、張力)と「離れて働く力」(重力)をチェックリスト的に確認しましょう。
角度 $\theta$ の滑らかな斜面に物体が静止している場合を考えます。 物体には重力 $mg$(鉛直下向き)と垂直抗力 $N$(斜面に垂直で斜面から離れる向き)がはたらきます。
水平・鉛直で座標を取ることもできますが、斜面の問題では斜面に平行な方向($x$ 軸)と斜面に垂直な方向($y$ 軸)に座標を取るのが最も効率的です。
この座標系では、垂直抗力 $N$ はそのまま $y$ 方向の力になります。 分解が必要なのは重力 $mg$ だけです。
斜面に平行な方向のつりあい:
$$mg\sin\theta = f$$
($f$ は摩擦力。滑らかな斜面なら $f = 0$ となり、つりあわないので物体は滑り落ちる)
斜面に垂直な方向のつりあい:
$$N = mg\cos\theta$$
垂直抗力は $mg$ ではなく $mg\cos\theta$ であることに注意。斜面が急であるほど($\theta$ が大きいほど)$N$ は小さくなります。
水平面上では $N = mg$ ですが、斜面上では $N = mg\cos\theta$ です。
✕ 誤:斜面でも $N = mg$ と書く
○ 正:$N = mg\cos\theta$(斜面の傾き $\theta$ による)
垂直抗力は「力のつりあいの式から求める量」であり、$mg$ とは限りません。常につりあいの式を立ててから求めましょう。
斜面の問題で $\sin\theta$ と $\cos\theta$ を間違える人が非常に多いです。暗記ではなく、次のように考えましょう。
斜面が水平($\theta = 0$)のときを想像してください。 斜面に平行な成分は $0$(物体は滑らない)、垂直な成分は $mg$(そのまま)のはずです。
$\sin 0 = 0$、$\cos 0 = 1$ なので、平行成分が $mg\sin\theta$、垂直成分が $mg\cos\theta$ とわかります。
水平・鉛直で座標を取ると、重力は分解不要ですが、垂直抗力と摩擦力の両方を分解しなければなりません。
斜面座標では、垂直抗力は $y$ 方向のみ、摩擦力は $x$ 方向のみとなり、分解が必要なのは重力だけです。
「分解する力の数が少ない座標」を選ぶのが効率的な解法のカギです。
1つの物体に3つの力がはたらいてつりあっているとき、特別な関係が成り立ちます。
3力がつりあうとき、3力のうち任意の2力の合力は、残りの1力と大きさが等しく逆向きです。 また、3力は必ず同一平面内にあり、力の作用線は1点で交わるか、すべて平行です。
3力 $F_1$、$F_2$、$F_3$ がつりあっているとき、各力の対角(その力の反対側にある角)を $\alpha$、$\beta$、$\gamma$ とすると、
$$\frac{F_1}{\sin\alpha} = \frac{F_2}{\sin\beta} = \frac{F_3}{\sin\gamma}$$
3力がつりあうとき、$\vec{F}_1 + \vec{F}_2 + \vec{F}_3 = \vec{0}$ が成り立ちます。
これは3つの力ベクトルを順に繋ぐと閉じた三角形を作ることを意味します。
この三角形に正弦定理を適用すると、各辺(力の大きさ)と対角の $\sin$ の比が等しくなることが示されます。
力の三角形の内角と、力の間の角(対角)の関係を整理すると、ラミの定理が得られます。
ラミの定理で使う角度は、力と力のなす角(力の間の角度)ではなく、対角です。
✕ 誤:$F_1$ と $F_2$ のなす角を $F_1$ に対応する角として使う
○ 正:$F_1$ の対角は、$F_2$ と $F_3$ のなす角
まずは座標軸を使った分解法を確実にマスターし、ラミの定理は検算や特殊な場合に使うことをお勧めします。
3力がつりあっているとき、3つの力ベクトルを順に矢印でつなぐと閉じた三角形ができます。
この「力の三角形」を描くと、力の大きさの比が三角形の辺の長さの比として直感的に理解できます。 座標分解が面倒なときは、力の三角形を描いて正弦定理や余弦定理を使う方法も有効です。
平面上の力のつりあいの典型的なパターンを整理しましょう。
角度 $\theta = 30°$ の斜面上に質量 $m = 2.0\,\text{kg}$ の物体が静止しています。 重力加速度を $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とするとき、静止摩擦力の大きさと垂直抗力を求めます。
斜面に平行($x$)と垂直($y$)に座標を取り、つりあいの式を立てます。
$x$ 方向:$f = mg\sin 30° = 2.0 \times 9.8 \times 0.50 = 9.8\,\text{N}$
$y$ 方向:$N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 17\,\text{N}$
天井の2点 A, B から糸で質量 $m$ の物体を吊るす場合、物体には重力 $mg$ と2本の糸の張力 $T_A$, $T_B$ の3力がはたらきます。 水平方向と鉛直方向のつりあいから張力が求まります。
糸 A が鉛直と角度 $\alpha$、糸 B が鉛直と角度 $\beta$ をなすとき、
水平方向:$T_A \sin\alpha = T_B \sin\beta$
鉛直方向:$T_A \cos\alpha + T_B \cos\beta = mg$
糸の張力は常に糸に沿って、物体を引く向きにはたらきます。
✕ 誤:糸の張力は下向きにはたらく
○ 正:糸の張力は糸が引っ張られている方向(天井に向かう方向)にはたらく
力の向きを間違えると、つりあいの式の符号が逆になります。図を必ず描いて力の向きを確認しましょう。
2本の糸が左右対称に吊るされている場合($\alpha = \beta$)、水平方向のつりあいから $T_A = T_B = T$ がすぐにわかります。
鉛直方向のつりあいは $2T\cos\alpha = mg$ となり、$T = \dfrac{mg}{2\cos\alpha}$ と簡単に求まります。
対称性を見抜くと計算量が大幅に減ります。対称性がないか、まず確認する習慣をつけましょう。
平面上の力のつりあいは、力学のほぼすべての分野で必要になる基本スキルです。
Q1. 平面上の力のつりあい条件を2つの式で書いてください。
Q2. 角度 $\theta$ の斜面上で、重力 $mg$ の斜面に平行な成分はいくらですか。
Q3. 角度 $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体を置いたとき、垂直抗力はいくらですか。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とします。
Q4. 3力がつりあっているとき、3つの力ベクトルを順につなぐとどのような図形ができますか。
平面上の力のつりあいを入試形式で確認しましょう。
角度 $45°$ の粗い斜面上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体が静止している。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 垂直抗力の大きさを求めよ。
(2) 静止摩擦力の大きさを求めよ。
(1) $N \approx 13.9\,\text{N}$
(2) $f \approx 13.9\,\text{N}$
斜面に平行・垂直に座標を取る。
(1) 垂直方向:$N = mg\cos 45° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{2}}{2} \approx 13.9\,\text{N}$
(2) 平行方向:$f = mg\sin 45° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{2}}{2} \approx 13.9\,\text{N}$
$45°$ では $\sin$ と $\cos$ が等しいため、$N = f$ となる。
天井の2点から、鉛直とそれぞれ $30°$ と $60°$ の角をなす2本の糸で質量 $5.0\,\text{kg}$ の物体を吊るしている。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、2本の糸の張力をそれぞれ求めよ。
$T_A \approx 42.4\,\text{N}$($30°$ の糸)、$T_B \approx 24.5\,\text{N}$($60°$ の糸)
水平方向:$T_A \sin 30° = T_B \sin 60°$ → $0.50\,T_A = \frac{\sqrt{3}}{2}\,T_B$ → $T_A = \sqrt{3}\,T_B$ …①
鉛直方向:$T_A \cos 30° + T_B \cos 60° = mg$ → $\frac{\sqrt{3}}{2}\,T_A + 0.50\,T_B = 49$ …②
①を②に代入:$\frac{\sqrt{3}}{2} \cdot \sqrt{3}\,T_B + 0.50\,T_B = 49$
$\frac{3}{2}\,T_B + 0.50\,T_B = 49$ → $2T_B = 49$ → $T_B = 24.5\,\text{N}$
$T_A = \sqrt{3} \times 24.5 \approx 42.4\,\text{N}$
角度 $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体を置き、斜面に沿って上向きに糸をつけて引く。糸を水平方向に引くとき、物体が斜面から離れないために必要な条件を求めよ。また、物体が静止しているときの糸の張力と垂直抗力を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
$T = mg\tan 30° \approx 17.0\,\text{N}$
$N = \dfrac{mg}{\cos 30°} \approx 33.9\,\text{N}$
方針:糸を水平に引くので、物体には重力 $mg$(鉛直下向き)、垂直抗力 $N$(斜面に垂直)、張力 $T$(水平)の3力がはたらく。
水平方向:$T = N\sin 30°$ …①
鉛直方向:$N\cos 30° = mg$ …②
②より $N = \dfrac{mg}{\cos 30°} = \dfrac{3.0 \times 9.8}{\frac{\sqrt{3}}{2}} = \dfrac{29.4}{0.866} \approx 33.9\,\text{N}$
①より $T = 33.9 \times 0.50 \approx 17.0\,\text{N}$
物体が斜面から離れない条件は $N > 0$ であり、この場合は常に満たされます。