力のつりあいの問題で最も頻繁に登場するのが「糸の張力」と「垂直抗力」です。
これらはつりあいの式を立てて初めて大きさが決まる力です。重力のように最初からわかっている力とは性格が異なります。
入試で繰り返し出題される典型パターンをここで整理し、確実な得点源にしましょう。
張力 $T$(tension)は糸やロープが物体を引っ張る力です。糸に沿った方向にはたらき、物体から離れる向きを持ちます。 垂直抗力 $N$(normal force)は面が物体を支える力で、面に垂直な方向にはたらきます。
重力は質量と重力加速度から $mg$ と自動的に決まります。しかし、張力や垂直抗力は他の力とのつりあいから決まる力です。
つまり、張力や垂直抗力は「必要なだけの大きさになる」のです。物体が静止するために必要な力を、糸や面が提供します。
したがって、張力や垂直抗力の値はつりあいの式を立てて求めるのが正しいアプローチです。
質量を無視できる糸(「軽い糸」)では、次の重要な性質があります。
「軽い糸」の場合は両端で張力が等しいですが、糸に質量がある場合や、糸が滑車にかかっている場合は注意が必要です。
✕ 誤:滑車にかかった糸の両側で張力は常に等しい
○ 正:滑らかな滑車(摩擦なし)を通る軽い糸なら両側で等しい。摩擦ありの滑車では異なることがある
$T$ や $N$ を求めるには、次の手順を踏みます。
① 物体にはたらくすべての力を書き出す
② 座標軸を設定して力を分解する
③ つりあいの式 $\sum F_x = 0$、$\sum F_y = 0$ を立てる
④ 式を解いて $T$ や $N$ を求める
質量 $m$ の物体を1本の糸で天井から吊るす最も基本的なケースです。 物体には重力 $mg$(下向き)と張力 $T$(上向き)がはたらきます。
鉛直方向のつりあいから、
$$T = mg$$
壁と天井に固定された2本の糸で物体を吊るす場合を考えます。 糸 A が鉛直と角度 $\alpha$、糸 B が鉛直と角度 $\beta$ をなすとき、物体には 3 力($T_A$, $T_B$, $mg$)がはたらきます。
水平方向:$T_A \sin\alpha = T_B \sin\beta$
鉛直方向:$T_A \cos\alpha + T_B \cos\beta = mg$
対称な2本の糸で物体を吊るすとき、$T = \dfrac{mg}{2\cos\alpha}$ です。
$\alpha$ が大きくなる(糸がより水平に近づく)と、$\cos\alpha$ が小さくなり、$T$ は大きくなります。
極端な場合、糸が水平に近づく($\alpha \to 90°$)と張力は無限大に発散します。水平な糸だけで物体を支えることは不可能です。
壁に固定された棒(水平)の先端に糸を取り付け、天井から斜めに張った糸で支える問題もよく出題されます。 このとき、棒は圧縮力(物体を押す力)を受けます。
棒が水平で、糸が棒の先端から天井へ角度 $\theta$ で張られている場合、物体(棒の先端)には張力 $T$(糸に沿って斜め上)、重力 $mg$(下向き)、棒の抗力 $F$(水平)がはたらきます。
鉛直:$T\sin\theta = mg$ → $T = \dfrac{mg}{\sin\theta}$
水平:$F = T\cos\theta = \dfrac{mg\cos\theta}{\sin\theta} = \dfrac{mg}{\tan\theta}$
斜面上の物体を糸で引くパターンは入試で頻出です。糸の方向によって解法が変わります。
角度 $\theta$ の滑らかな斜面上の物体を、斜面に沿って上向きに糸で引いて静止させる場合です。
斜面に平行:$T = mg\sin\theta$
斜面に垂直:$N = mg\cos\theta$
ここで注目すべきは、垂直抗力は糸で引いても引かなくても同じ($mg\cos\theta$)であることです。糸が斜面に沿っているため、垂直方向に影響しません。
斜面上の物体を水平方向に糸で引く場合は状況が変わります。 糸の力が鉛直成分を持つため、垂直抗力が変化します。
斜面座標で考えます。水平の力 $T$ を斜面に平行・垂直に分解します。
斜面に平行な成分:$T\cos\theta$(斜面を上る向き)
斜面に垂直な成分:$T\sin\theta$(斜面から離れる向き)
斜面に平行:$T\cos\theta = mg\sin\theta$ → $T = mg\tan\theta$
斜面に垂直:$N + T\sin\theta = mg\cos\theta$ → $N = mg\cos\theta - T\sin\theta$
$T = mg\tan\theta$ を代入すると、$N = mg\cos\theta - mg\tan\theta \cdot \sin\theta = mg\cos\theta - \dfrac{mg\sin^2\theta}{\cos\theta}$
$= \dfrac{mg(\cos^2\theta - \sin^2\theta)}{\cos\theta} = \dfrac{mg\cos 2\theta}{\cos\theta}$
斜面に沿った糸と水平な糸では、垂直抗力 $N$ の値が異なります。
✕ 誤:斜面の垂直抗力はいつも $mg\cos\theta$
○ 正:$mg\cos\theta$ になるのは斜面に沿った力だけの場合。斜面に垂直な成分を持つ力があれば $N$ は変わる
垂直抗力は「暗記する値」ではなく、つりあいの式から求める値です。
糸でつながれた2つの物体がつりあう問題では、各物体について別々につりあいの式を立てるのが基本です。
滑らかな滑車に軽い糸をかけ、両端に質量 $m_1$ と $m_2$ の物体を吊るす場合を考えます($m_1 > m_2$)。
この場合、つりあいの条件は $m_1 = m_2$ のときだけ成り立ちます。$m_1 \neq m_2$ であれば加速度が生じ、これは第3章の運動方程式の問題になります。
角度 $\theta$ の滑らかな斜面上の物体 A(質量 $m_A$)と、滑車を介して鉛直に吊り下げられた物体 B(質量 $m_B$)が糸でつながれている場合を考えます。
つりあいの条件:$m_B g = m_A g\sin\theta$ → $m_B = m_A \sin\theta$
2物体以上の問題では、注目する物体を1つ選び、その物体にはたらく力だけを書き出してつりあいの式を立てます。
このとき、糸の張力は「相手を引く力」と「自分が引かれる力」で作用・反作用の関係にありますが、軽い糸なら大きさは同じ $T$ です。
各物体の式を連立させることで、未知の $T$ や $N$ を求めます。
水平なテーブル上の物体 A と、テーブルの端の滑車を通して吊り下げた物体 B を糸でつなぐ問題です。テーブルが滑らかな場合、つりあうことはありません(物体 B の重力に対抗する力がないため)。
テーブルに摩擦がある場合は、静止摩擦力がはたらいてつりあう可能性があります。
物体 A のつりあい(水平):$T = f$($f$ は摩擦力)
物体 B のつりあい(鉛直):$T = m_B g$
したがって、$f = m_B g$ であれば静止します。これが最大静止摩擦力 $\mu N = \mu m_A g$ 以下であれば、
$$m_B g \leq \mu m_A g \quad \Rightarrow \quad m_B \leq \mu m_A$$
この記事ではつりあい(静止)の場合を扱いましたが、つりあいが成り立たない場合は物体が加速します。
第3章では、つりあいの式 $\sum F = 0$ を運動方程式 $ma = \sum F$ に拡張して、加速度を求めることを学びます。
張力や垂直抗力の扱い方はつりあいの場合とまったく同じです。つりあいをしっかりマスターしておけば、運動方程式への移行は自然にできます。
糸の張力と垂直抗力は、力学のあらゆる場面で登場します。
Q1. 質量を無視できる糸(軽い糸)の両端での張力の大きさの関係を答えてください。
Q2. 2本の対称な糸(鉛直と角度 $60°$)で質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体を吊るすとき、各糸の張力はいくらですか。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$
Q3. $30°$ の滑らかな斜面上の質量 $m$ の物体を斜面に沿って糸で引いて静止させているとき、垂直抗力は?
Q4. 糸がたるんでいるとき、張力はいくらですか。
張力と垂直抗力の典型問題を入試形式で解いてみましょう。
天井の同じ点から2本の同じ長さの軽い糸で質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体を吊るす。各糸が鉛直となす角度が $45°$ のとき、各糸の張力を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$
$T \approx 27.7\,\text{N}$
対称なので $T_A = T_B = T$。
水平方向:$T\sin 45° = T\sin 45°$(自動的に成り立つ)
鉛直方向:$2T\cos 45° = mg$
$2T \times \dfrac{\sqrt{2}}{2} = 4.0 \times 9.8$
$\sqrt{2}\,T = 39.2$ → $T = \dfrac{39.2}{\sqrt{2}} = \dfrac{39.2\sqrt{2}}{2} \approx 27.7\,\text{N}$
角度 $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体 A を置き、糸をつけて斜面上端の滑らかな滑車に通し、その先に質量 $m$ の物体 B を吊り下げたところ静止した。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として次の問いに答えよ。
(1) 物体 B の質量 $m$ を求めよ。
(2) 斜面が物体 A に及ぼす垂直抗力を求めよ。
(1) $m = 1.0\,\text{kg}$
(2) $N \approx 17.0\,\text{N}$
糸の張力を $T$ とする。滑らかな滑車なので糸の両側で張力は等しい。
物体 B のつりあい(鉛直):$T = mg$ …①
物体 A のつりあい(斜面に平行):$T = m_A g\sin 30°$ …②
①②より $mg = 2.0 \times 9.8 \times 0.50 = 9.8$
$m = 1.0\,\text{kg}$
物体 A のつりあい(斜面に垂直):
$N = m_A g\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} \approx 17.0\,\text{N}$
壁に一端を固定した水平な軽い棒の先端に質量 $5.0\,\text{kg}$ のおもりを吊るし、棒の先端から天井の点へ糸を張って支えている。糸が鉛直となす角度は $37°$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$、$\sin 37° = 0.60$、$\cos 37° = 0.80$ として次の問いに答えよ。
(1) 糸の張力 $T$ を求めよ。
(2) 棒が先端の接合点を押す力の大きさを求めよ。
(1) $T \approx 61.3\,\text{N}$
(2) $F \approx 36.8\,\text{N}$
棒の先端(おもりの吊り下げ点)に注目。この点に3力がはたらく。
・重力 $mg = 5.0 \times 9.8 = 49\,\text{N}$(下向き)
・糸の張力 $T$(糸に沿って斜め上向き)
・棒の抗力 $F$(棒に沿って壁向き=水平)
鉛直方向:$T\cos 37° = mg$ → $T = \dfrac{49}{0.80} = 61.25 \approx 61.3\,\text{N}$
水平方向:$F = T\sin 37° = 61.25 \times 0.60 = 36.75 \approx 36.8\,\text{N}$