物体が「動きそうで動かない」とき、静止摩擦力がはたらいています。
この力は他の力に応じて自動的に大きさが変わる「受動的な力」であり、上限が存在します。
最大静止摩擦力を超えた瞬間に物体は動き始めます。このしくみを正しく理解しましょう。
水平な床の上に置かれた物体を手で押しても、力が弱ければ物体は動きません。これは静止摩擦力が、加えた力と逆向きに同じ大きさではたらいているからです。
静止摩擦力の最大の特徴は、加えた力に応じて大きさが変わることです。
1 N の力で押せば 1 N の静止摩擦力がはたらきます。5 N で押せば 5 N の静止摩擦力がはたらきます。
つまり、物体が静止しているとき、静止摩擦力の大きさはつりあいの式から決まるのです。
静止摩擦力の向きは、物体が動こうとする向きと逆向きです。手で右に押せば、静止摩擦力は左向きにはたらきます。
静止摩擦力は $\mu N$ ではありません。$\mu N$ は最大値です。
✕ 誤:静止摩擦力は $f = \mu_0 N$
○ 正:静止摩擦力は $0 \leq f \leq \mu_0 N$ の範囲で変化し、つりあいの式で決まる
静止摩擦力が最大値をとるのは、物体がまさに動き出す瞬間だけです。
加える力をどんどん大きくすると、あるところで物体は動き始めます。 動き出す直前の静止摩擦力の大きさを最大静止摩擦力 $f_0$ といいます。
$$f_0 = \mu_0 N$$
静止摩擦係数 $\mu_0$ は面の材質の組み合わせによって決まります。たとえば、ゴムとコンクリートでは $\mu_0 \approx 0.7$ 程度、氷の上では $\mu_0 \approx 0.03$ 程度です。
直感的には接触面積が大きいほど摩擦力は大きそうですが、実際は面積に依存しません。
面積が2倍になると、単位面積あたりの圧力($N/S$)は半分になります。摩擦は微視的な凹凸の噛み合いによるものですが、圧力が半分になると接触の強さも半分になるため、結果的に打ち消し合います。
したがって、最大静止摩擦力は $f_0 = \mu_0 N$ と垂直抗力のみで決まります。
| 加える力 $F$ | 静止摩擦力 $f$ | 物体の状態 |
|---|---|---|
| $F < \mu_0 N$ | $f = F$ | 静止(つりあい) |
| $F = \mu_0 N$ | $f = \mu_0 N$(最大値) | 動き出す寸前 |
| $F > \mu_0 N$ | 動摩擦力 $\mu' N$ に切り替わる | 動き出す |
一般に、$\mu_0 > \mu'$(静止摩擦係数 > 動摩擦係数)が成り立ちます。
これは「動かすとき(最初のひと押し)が最も大変」で、「動き出せば少し楽になる」という日常経験と一致します。
重い家具を動かすときのことを想像すると実感できるでしょう。
角度 $\theta$ の粗い斜面上に物体が静止しているとき、静止摩擦力は斜面に沿って上向きにはたらいています。
斜面に平行なつりあいから:$f = mg\sin\theta$
斜面に垂直なつりあいから:$N = mg\cos\theta$
斜面の角度をだんだん大きくしていくと、あるところで物体が滑り出します。 このときの角度を摩擦角(または限界角)$\theta_0$ といいます。
動き出す瞬間は $f = f_0 = \mu_0 N$ なので、
$$mg\sin\theta_0 = \mu_0 \times mg\cos\theta_0$$
$$\tan\theta_0 = \mu_0$$
滑り出す直前:$f = \mu_0 N$ かつ $f = mg\sin\theta_0$、$N = mg\cos\theta_0$
$$mg\sin\theta_0 = \mu_0 \cdot mg\cos\theta_0$$
両辺を $mg\cos\theta_0$ で割ると、
$$\tan\theta_0 = \mu_0$$
$m$ と $g$ が消え、角度だけで $\mu_0$ が決まることがわかります。
板の上に物体を置き、板をゆっくり傾けていきます。物体が滑り出した角度を測れば、$\mu_0 = \tan\theta_0$ から摩擦係数が求まります。
この実験は物体の質量によらないため、非常に簡便です。入試でもこの実験の意味を問う問題がよく出ます。
水平な床の上の物体に水平方向の力 $F$ を加え、$F$ をゼロから徐々に増やしたときの摩擦力 $f$ の変化をグラフにすると、静止摩擦力と動摩擦力の関係がよくわかります。
グラフのポイントは、動き出す瞬間に摩擦力が不連続に小さくなることです。$\mu_0 > \mu'$ なので、$f_0 > f'$ となります。
✕ 誤:物体が静止しているとき、静止摩擦力は常に $\mu_0 N$ である
○ 正:静止中の摩擦力は加えた力に応じて変化し、0 から $\mu_0 N$ まで変わりうる
このグラフが描けるかどうかが、静止摩擦力を正しく理解しているかの試金石です。
摩擦力に関する経験法則をまとめて「クーロンの摩擦法則」と呼びます(電気のクーロンの法則と同じ人物です)。
① 最大静止摩擦力は垂直抗力に比例する($f_0 = \mu_0 N$)
② 動摩擦力は垂直抗力に比例し、速さに依存しない($f' = \mu' N$)
③ 摩擦力は接触面積に依存しない
④ 一般に $\mu_0 > \mu'$
これらは近似的な法則であり、高速での摩擦や微視的レベルでは修正が必要です。
摩擦力は力学全般で登場する重要な力です。
Q1. 水平な床の上の物体を 3 N の力で押しても動かなかった。このとき静止摩擦力は何 N ですか。
Q2. 最大静止摩擦力の公式を書いてください。
Q3. 物体が滑り出す角度が $30°$ のとき、静止摩擦係数はいくらですか。
Q4. 一般に、静止摩擦係数と動摩擦係数の大小関係はどうなりますか。
静止摩擦力に関する入試レベルの問題を解きましょう。
水平な床の上に質量 $10\,\text{kg}$ の物体が置かれている。床と物体の間の静止摩擦係数は $\mu_0 = 0.40$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 最大静止摩擦力を求めよ。
(2) 水平方向に $30\,\text{N}$ の力で押したとき、物体は動くか。また、摩擦力の大きさを求めよ。
(1) $f_0 = 39.2\,\text{N}$
(2) 動かない。摩擦力は $30\,\text{N}$。
(1) $N = mg = 10 \times 9.8 = 98\,\text{N}$
$f_0 = \mu_0 N = 0.40 \times 98 = 39.2\,\text{N}$
(2) 加えた力 $30\,\text{N} < f_0 = 39.2\,\text{N}$ なので動かない。
静止しているので、つりあいから摩擦力 $= 30\,\text{N}$(加えた力と同じ)。
粗い斜面に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を置いたところ、角度 $30°$ まで静止していた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 斜面の角度が $20°$ のとき、静止摩擦力の大きさを求めよ。
(2) 静止摩擦係数 $\mu_0$ を求めよ。
(3) 角度 $30°$ のときの垂直抗力と最大静止摩擦力を求めよ。
(1) $f \approx 6.7\,\text{N}$
(2) $\mu_0 \approx 0.577$
(3) $N \approx 17.0\,\text{N}$、$f_0 \approx 9.8\,\text{N}$
(1) $20°$ では物体は静止。つりあいから $f = mg\sin 20° = 2.0 \times 9.8 \times 0.342 \approx 6.7\,\text{N}$
(これは最大静止摩擦力ではなく、実際にはたらいている静止摩擦力)
(2) $30°$ で滑り出すので、$\mu_0 = \tan 30° = \dfrac{1}{\sqrt{3}} \approx 0.577$
(3) $N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} \approx 17.0\,\text{N}$
$f_0 = \mu_0 N = 0.577 \times 17.0 \approx 9.8\,\text{N}$
検算:$f_0 = mg\sin 30° = 2.0 \times 9.8 \times 0.50 = 9.8\,\text{N}$ ✓
水平な床の上に質量 $5.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。この物体に水平から $30°$ 下向きに力 $F$ を加えた。床と物体の間の静止摩擦係数は $\mu_0 = 0.50$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、物体が動き始めるのに必要な力 $F$ の最小値を求めよ。
$F \approx 37.1\,\text{N}$
斜め下向きに力を加えるため、垂直抗力が増え、最大静止摩擦力も増えます。
力の分解:
水平成分:$F\cos 30°$(物体を押す方向)
鉛直成分:$F\sin 30°$(下向き=物体を床に押しつける方向)
鉛直方向のつりあい:
$N = mg + F\sin 30° = 49 + 0.50\,F$
動き出す条件:
$F\cos 30° = \mu_0 N = 0.50(49 + 0.50\,F)$
$\dfrac{\sqrt{3}}{2}\,F = 24.5 + 0.25\,F$
$(0.866 - 0.25)\,F = 24.5$
$0.616\,F = 24.5$
$F \approx 39.8\,\text{N}$
(なお、水平に押す場合は $F = \mu_0 mg = 24.5\,\text{N}$ で済むので、斜めに押すと余計に力が必要になることがわかります。)