第2章 力のつりあい

静止摩擦力
─ 最大静止摩擦力の意味

物体が「動きそうで動かない」とき、静止摩擦力がはたらいています。
この力は他の力に応じて自動的に大きさが変わる「受動的な力」であり、上限が存在します。
最大静止摩擦力を超えた瞬間に物体は動き始めます。このしくみを正しく理解しましょう。

1静止摩擦力とは

水平な床の上に置かれた物体を手で押しても、力が弱ければ物体は動きません。これは静止摩擦力が、加えた力と逆向きに同じ大きさではたらいているからです。

💡 ここが本質:静止摩擦力は「相手に合わせる力」

静止摩擦力の最大の特徴は、加えた力に応じて大きさが変わることです。

1 N の力で押せば 1 N の静止摩擦力がはたらきます。5 N で押せば 5 N の静止摩擦力がはたらきます。

つまり、物体が静止しているとき、静止摩擦力の大きさはつりあいの式から決まるのです。

静止摩擦力の向きは、物体が動こうとする向きと逆向きです。手で右に押せば、静止摩擦力は左向きにはたらきます。

⚠️ 落とし穴:静止摩擦力の値を先に決めてしまう

静止摩擦力は $\mu N$ ではありません。$\mu N$ は最大値です。

✕ 誤:静止摩擦力は $f = \mu_0 N$

○ 正:静止摩擦力は $0 \leq f \leq \mu_0 N$ の範囲で変化し、つりあいの式で決まる

静止摩擦力が最大値をとるのは、物体がまさに動き出す瞬間だけです。

2最大静止摩擦力

加える力をどんどん大きくすると、あるところで物体は動き始めます。 動き出す直前の静止摩擦力の大きさを最大静止摩擦力 $f_0$ といいます。

📐 最大静止摩擦力

$$f_0 = \mu_0 N$$

$\mu_0$:静止摩擦係数(面の材質の組み合わせで決まる無次元量)
$N$:垂直抗力
※ 最大静止摩擦力は垂直抗力に比例する。接触面積には依存しない。

静止摩擦係数 $\mu_0$ は面の材質の組み合わせによって決まります。たとえば、ゴムとコンクリートでは $\mu_0 \approx 0.7$ 程度、氷の上では $\mu_0 \approx 0.03$ 程度です。

💡 ここが本質:面積に依存しない理由

直感的には接触面積が大きいほど摩擦力は大きそうですが、実際は面積に依存しません。

面積が2倍になると、単位面積あたりの圧力($N/S$)は半分になります。摩擦は微視的な凹凸の噛み合いによるものですが、圧力が半分になると接触の強さも半分になるため、結果的に打ち消し合います。

したがって、最大静止摩擦力は $f_0 = \mu_0 N$ と垂直抗力のみで決まります。

静止摩擦力の3つのステージ

加える力 $F$静止摩擦力 $f$物体の状態
$F < \mu_0 N$$f = F$静止(つりあい)
$F = \mu_0 N$$f = \mu_0 N$(最大値)動き出す寸前
$F > \mu_0 N$動摩擦力 $\mu' N$ に切り替わる動き出す
🔬 深掘り:静止摩擦係数と動摩擦係数の関係

一般に、$\mu_0 > \mu'$(静止摩擦係数 > 動摩擦係数)が成り立ちます。

これは「動かすとき(最初のひと押し)が最も大変」で、「動き出せば少し楽になる」という日常経験と一致します。

重い家具を動かすときのことを想像すると実感できるでしょう。

3斜面上の静止摩擦力

角度 $\theta$ の粗い斜面上に物体が静止しているとき、静止摩擦力は斜面に沿って上向きにはたらいています。

斜面に平行なつりあいから:$f = mg\sin\theta$

斜面に垂直なつりあいから:$N = mg\cos\theta$

物体が滑り出す角度

斜面の角度をだんだん大きくしていくと、あるところで物体が滑り出します。 このときの角度を摩擦角(または限界角)$\theta_0$ といいます。

動き出す瞬間は $f = f_0 = \mu_0 N$ なので、

$$mg\sin\theta_0 = \mu_0 \times mg\cos\theta_0$$

📐 摩擦角と静止摩擦係数の関係

$$\tan\theta_0 = \mu_0$$

※ 物体が滑り出す角度の正接が静止摩擦係数に等しい。質量 $m$ や重力加速度 $g$ によらない。この関係を使って実験で $\mu_0$ を測定できる。
▷ 導出

滑り出す直前:$f = \mu_0 N$ かつ $f = mg\sin\theta_0$、$N = mg\cos\theta_0$

$$mg\sin\theta_0 = \mu_0 \cdot mg\cos\theta_0$$

両辺を $mg\cos\theta_0$ で割ると、

$$\tan\theta_0 = \mu_0$$

$m$ と $g$ が消え、角度だけで $\mu_0$ が決まることがわかります。

💡 ここが本質:摩擦角の測定実験

板の上に物体を置き、板をゆっくり傾けていきます。物体が滑り出した角度を測れば、$\mu_0 = \tan\theta_0$ から摩擦係数が求まります。

この実験は物体の質量によらないため、非常に簡便です。入試でもこの実験の意味を問う問題がよく出ます。

4静止摩擦力のグラフ

水平な床の上の物体に水平方向の力 $F$ を加え、$F$ をゼロから徐々に増やしたときの摩擦力 $f$ の変化をグラフにすると、静止摩擦力と動摩擦力の関係がよくわかります。

$F$-$f$ グラフの特徴

  1. $F < f_0$ のとき:$f = F$(傾き45°の直線、摩擦力は加えた力に等しい)
  2. $F = f_0$ のとき:$f = f_0 = \mu_0 N$(最大静止摩擦力に到達)
  3. $F > f_0$ のとき:物体が動き出し、$f = f' = \mu' N$(動摩擦力で一定値に下がる)

グラフのポイントは、動き出す瞬間に摩擦力が不連続に小さくなることです。$\mu_0 > \mu'$ なので、$f_0 > f'$ となります。

⚠️ 落とし穴:静止中に摩擦力は一定?

✕ 誤:物体が静止しているとき、静止摩擦力は常に $\mu_0 N$ である

○ 正:静止中の摩擦力は加えた力に応じて変化し、0 から $\mu_0 N$ まで変わりうる

このグラフが描けるかどうかが、静止摩擦力を正しく理解しているかの試金石です。

🔬 深掘り:クーロンの摩擦法則

摩擦力に関する経験法則をまとめて「クーロンの摩擦法則」と呼びます(電気のクーロンの法則と同じ人物です)。

① 最大静止摩擦力は垂直抗力に比例する($f_0 = \mu_0 N$)

② 動摩擦力は垂直抗力に比例し、速さに依存しない($f' = \mu' N$)

③ 摩擦力は接触面積に依存しない

④ 一般に $\mu_0 > \mu'$

これらは近似的な法則であり、高速での摩擦や微視的レベルでは修正が必要です。

5この章を俯瞰する

摩擦力は力学全般で登場する重要な力です。

つながりマップ

  • ← M-2-7 平面上の力のつりあい:斜面上の問題で摩擦力が必要になる場面。
  • ← M-2-8 糸の張力と垂直抗力:垂直抗力は摩擦力の上限を決める重要な量。
  • → M-2-10 動摩擦力:動き始めた後の摩擦力。
  • → M-2-11 摩擦力の典型問題:斜面・水平面の使い分けを演習。
  • → M-3-5 斜面+摩擦力の運動方程式:つりあわない場合の摩擦力を含む運動。
  • → M-4-11 摩擦力がある場合のエネルギー:摩擦力は力学的エネルギーを熱に変換する。

📋まとめ

  • 静止摩擦力は加えた力に応じて変化する受動的な力で、つりあいの式から求める
  • 最大静止摩擦力は $f_0 = \mu_0 N$。これが静止摩擦力の上限
  • 最大静止摩擦力は垂直抗力に比例し、接触面積に依存しない
  • 斜面の摩擦角 $\theta_0$ は $\tan\theta_0 = \mu_0$ から質量によらず決まる
  • 物体が動き出すと摩擦力は動摩擦力 $\mu' N$ に切り替わり、小さくなる
  • $F$-$f$ グラフが描けることが正しい理解の証

確認テスト

Q1. 水平な床の上の物体を 3 N の力で押しても動かなかった。このとき静止摩擦力は何 N ですか。

▶ クリックして解答を表示3 N。物体が静止しているので、つりあいから静止摩擦力は加えた力と同じ大きさ。

Q2. 最大静止摩擦力の公式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$f_0 = \mu_0 N$($\mu_0$:静止摩擦係数、$N$:垂直抗力)

Q3. 物体が滑り出す角度が $30°$ のとき、静止摩擦係数はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$\mu_0 = \tan 30° = \dfrac{1}{\sqrt{3}} \approx 0.577$

Q4. 一般に、静止摩擦係数と動摩擦係数の大小関係はどうなりますか。

▶ クリックして解答を表示$\mu_0 > \mu'$(静止摩擦係数のほうが大きい)。動かし始めが最も大変で、動き出せば楽になる。

8入試問題演習

静止摩擦力に関する入試レベルの問題を解きましょう。

A 基礎レベル

2-9-1 A 基礎 水平面計算

水平な床の上に質量 $10\,\text{kg}$ の物体が置かれている。床と物体の間の静止摩擦係数は $\mu_0 = 0.40$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 最大静止摩擦力を求めよ。

(2) 水平方向に $30\,\text{N}$ の力で押したとき、物体は動くか。また、摩擦力の大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f_0 = 39.2\,\text{N}$

(2) 動かない。摩擦力は $30\,\text{N}$。

解説

(1) $N = mg = 10 \times 9.8 = 98\,\text{N}$

$f_0 = \mu_0 N = 0.40 \times 98 = 39.2\,\text{N}$

(2) 加えた力 $30\,\text{N} < f_0 = 39.2\,\text{N}$ なので動かない。

静止しているので、つりあいから摩擦力 $= 30\,\text{N}$(加えた力と同じ)。

B 発展レベル

2-9-2 B 発展 斜面摩擦角

粗い斜面に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を置いたところ、角度 $30°$ まで静止していた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 斜面の角度が $20°$ のとき、静止摩擦力の大きさを求めよ。

(2) 静止摩擦係数 $\mu_0$ を求めよ。

(3) 角度 $30°$ のときの垂直抗力と最大静止摩擦力を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $f \approx 6.7\,\text{N}$

(2) $\mu_0 \approx 0.577$

(3) $N \approx 17.0\,\text{N}$、$f_0 \approx 9.8\,\text{N}$

解説

(1) $20°$ では物体は静止。つりあいから $f = mg\sin 20° = 2.0 \times 9.8 \times 0.342 \approx 6.7\,\text{N}$

(これは最大静止摩擦力ではなく、実際にはたらいている静止摩擦力)

(2) $30°$ で滑り出すので、$\mu_0 = \tan 30° = \dfrac{1}{\sqrt{3}} \approx 0.577$

(3) $N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} \approx 17.0\,\text{N}$

$f_0 = \mu_0 N = 0.577 \times 17.0 \approx 9.8\,\text{N}$

検算:$f_0 = mg\sin 30° = 2.0 \times 9.8 \times 0.50 = 9.8\,\text{N}$ ✓

採点ポイント
  • $20°$ での摩擦力が最大値ではないことを理解(2点)
  • 摩擦角から $\mu_0 = \tan\theta_0$ を使う(3点)
  • 各値を正しく計算(各2点)

C 応用レベル

2-9-3 C 応用 斜め押し計算

水平な床の上に質量 $5.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。この物体に水平から $30°$ 下向きに力 $F$ を加えた。床と物体の間の静止摩擦係数は $\mu_0 = 0.50$ である。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、物体が動き始めるのに必要な力 $F$ の最小値を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$F \approx 37.1\,\text{N}$

解説

斜め下向きに力を加えるため、垂直抗力が増え、最大静止摩擦力も増えます。

力の分解:

水平成分:$F\cos 30°$(物体を押す方向)

鉛直成分:$F\sin 30°$(下向き=物体を床に押しつける方向)

鉛直方向のつりあい:

$N = mg + F\sin 30° = 49 + 0.50\,F$

動き出す条件:

$F\cos 30° = \mu_0 N = 0.50(49 + 0.50\,F)$

$\dfrac{\sqrt{3}}{2}\,F = 24.5 + 0.25\,F$

$(0.866 - 0.25)\,F = 24.5$

$0.616\,F = 24.5$

$F \approx 39.8\,\text{N}$

(なお、水平に押す場合は $F = \mu_0 mg = 24.5\,\text{N}$ で済むので、斜めに押すと余計に力が必要になることがわかります。)

採点ポイント
  • 力を水平・鉛直に分解(2点)
  • 垂直抗力が $mg$ より大きくなることを正しく式に反映(3点)
  • 動き出す条件 $F\cos\theta = \mu_0 N$ を立てる(3点)
  • 答えが正しい(2点)