スキー場のゲレンデを思い浮かべてください。急斜面ほど速く滑り、緩斜面ではゆっくりです。
斜面の角度が運動にどう影響するのか、それを解き明かすのが「力の分解」です。
水平面とは座標の取り方が変わりますが、運動方程式の本質は同じです。
水平面上の問題では、力を「水平」と「鉛直」に分けて考えました。 重力は鉛直下向き、垂直抗力は鉛直上向きで、どちらも座標軸に沿っていたため、分解する必要がありませんでした。
ところが斜面上では、重力の方向(鉛直下向き)と面に沿った方向が一致しません。 垂直抗力は面に垂直ですが、重力は斜めにはたらくので、どちらの成分が運動に効くのかを分離する必要があります。 これが力の分解です。
斜面の問題では、座標軸を斜面に沿う方向と斜面に垂直な方向にとるのが最も効率的です。
こうすると、垂直抗力は「面に垂直な方向」だけに成分をもち、 運動は「面に沿う方向」だけで起こります。 分解が必要なのは重力だけになり、式がシンプルになります。
× 非効率:斜面の問題で座標を水平・鉛直にとる → 垂直抗力も分解が必要になり、式が複雑化
○ 効率的:座標を斜面に沿う方向・垂直な方向にとる → 垂直抗力は1成分で済む
水平・鉛直でも正しい答えは出ますが、計算量が増えます。 斜面の問題では「面に沿った座標」を使いましょう。
傾斜角 $\theta$ の斜面上の物体にはたらく重力 $mg$ を、 斜面に沿う成分と斜面に垂直な成分に分解します。
斜面に沿う成分(斜面下向き):$mg\sin\theta$
斜面に垂直な成分(面に押し付ける方向):$mg\cos\theta$
重力 $mg$ は鉛直下向きです。 斜面の傾斜角 $\theta$ は、水平面と斜面のなす角です。
鉛直方向と「斜面に垂直な方向」がなす角は $\theta$ です(平行線の錯角の関係)。 したがって、重力を斜面に垂直な方向に射影すると $mg\cos\theta$、 斜面に沿う方向に射影すると $mg\sin\theta$ になります。
鉛直方向と斜面に垂直な方向のなす角が $\theta$ であることを確認します。
斜面に垂直な方向は、水平面に対して角度 $(90° - \theta)$ の方向を向いています。 鉛直方向は水平面に対して $90°$ ですから、鉛直方向と斜面垂直方向のなす角は $90° - (90° - \theta) = \theta$ です。
よって、重力 $mg$ の斜面に垂直な成分は $mg\cos\theta$、 斜面に沿う成分は $mg\sin\theta$ となります。
斜面の問題で最も多いミスの一つです。
× 誤:斜面に沿う成分 $= mg\cos\theta$、垂直な成分 $= mg\sin\theta$
○ 正:斜面に沿う成分 $= mg\sin\theta$、垂直な成分 $= mg\cos\theta$
覚え方:$\theta = 0$(水平面)のとき、斜面に沿う成分は $0$($\sin 0° = 0$)、 垂直な成分は $mg$($\cos 0° = 1$)。これで正しいか確認できます。
$\sin$ と $\cos$ を迷ったら、極端な場合を考えましょう。
$\theta = 0°$(水平面):物体は動かない → 斜面方向の力 $= 0$ → $mg\sin 0° = 0$ で正しい
$\theta = 90°$(鉛直の壁):重力がすべて斜面方向 → $mg\sin 90° = mg$ で正しい
この検算は斜面の問題では必ず行いましょう。
傾斜角 $\theta$ のなめらかな斜面上に、質量 $m$ の物体を置いた場合を考えます。 摩擦はありません。
物体にはたらく力:
斜面方向(下向きを正):
$$ma = mg\sin\theta$$
$$a = g\sin\theta$$
斜面に垂直な方向:
$$N = mg\cos\theta$$
$a = g\sin\theta$ は質量 $m$ を含みません。 これは、重い物体も軽い物体も、なめらかな斜面上では同じ加速度で滑り落ちることを意味します。
これはガリレオが発見した事実(自由落下で質量に関係なく $g$ で加速する)の一般化です。 重力の加速度成分 $g\sin\theta$ は質量に依存しないのです。
傾斜角 $\theta = 30°$ のなめらかな斜面上の物体の加速度:
$a = g\sin 30° = 9.8 \times 0.50 = 4.9\,\text{m/s}^2$
静止状態から $2.0\,\text{s}$ 後に斜面を滑り落ちた距離:
$x = \frac{1}{2}at^2 = \frac{1}{2} \times 4.9 \times 2.0^2 = 9.8\,\text{m}$
× 誤:斜面上でも $N = mg$
○ 正:斜面上では $N = mg\cos\theta$($< mg$)
斜面では重力の一部が面に沿う方向に「使われる」ため、 面を押す力($mg\cos\theta$)は重力全体より小さくなります。 したがって垂直抗力も $mg$ より小さいのです。
ガリレオは、自由落下を直接測定するのが困難だったため、 斜面を使って「ゆっくりした自由落下」を実現しました。
斜面の角度 $\theta$ を変えることで加速度 $g\sin\theta$ を調節し、 距離が時間の2乗に比例すること($x \propto t^2$)を確認したのです。 $\theta = 90°$ が自由落下に対応します。
$a = g\sin\theta$ から、斜面が急なほど加速度が大きいことがわかります。 いくつかの角度での値を表にまとめましょう。
| $\theta$ | $\sin\theta$ | $a = g\sin\theta$ | 状況 |
|---|---|---|---|
| $0°$ | $0$ | $0$ | 水平面(加速しない) |
| $30°$ | $0.50$ | $4.9\,\text{m/s}^2$ | 緩やかな斜面 |
| $45°$ | $0.71$ | $6.9\,\text{m/s}^2$ | 中程度の斜面 |
| $60°$ | $0.87$ | $8.5\,\text{m/s}^2$ | 急な斜面 |
| $90°$ | $1$ | $9.8\,\text{m/s}^2$ | 自由落下 |
$\theta = 90°$ で $a = g$ となるのは、斜面が完全に鉛直(壁)になり、 物体が自由落下するのと同じ状況だからです。 斜面の問題は自由落下の一般化であると理解できます。
物体を斜面の下端から上向きに初速度を与えた場合、 重力の斜面方向成分 $mg\sin\theta$ が運動と逆向き(下向き)にはたらくので、 物体は減速します。
斜面上向きを正にとると、$a = -g\sin\theta$(負の加速度 = 減速)です。 物体はやがて停止し、その後は斜面を滑り降りていきます。
なめらかな斜面では、上がるときも下がるときも加速度の大きさは同じ $g\sin\theta$ です。
× 誤:上がるとき $a = g\sin\theta$(減速)、下がるとき $a = g\sin\theta$(加速)と書いて符号を無視
○ 正:上向きを正にとれば、常に $a = -g\sin\theta$。物体は上がるときも下がるときも同じ加速度で運動する
正の向きを固定し、加速度の符号で方向を表しましょう。
Q1. 傾斜角 $\theta$ の斜面上で、重力の斜面方向成分と垂直方向成分を書いてください。
Q2. なめらかな傾斜角 $60°$ の斜面上での物体の加速度を求めてください。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$
Q3. 斜面上での垂直抗力が $mg$ にならない理由を説明してください。
Q4. $\theta = 90°$ のとき、$a = g\sin 90° = g$ となりますが、これはどのような運動を意味しますか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
傾斜角 $30°$ のなめらかな斜面上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を静かに置いた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
(1) 物体にはたらく重力の斜面方向成分を求めよ。
(2) 垂直抗力を求めよ。
(3) 物体の加速度を求めよ。
(1) $9.8\,\text{N}$
(2) $17\,\text{N}$
(3) $4.9\,\text{m/s}^2$
(1) $mg\sin 30° = 2.0 \times 9.8 \times 0.50 = 9.8\,\text{N}$
(2) $N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 9.8\sqrt{3} \approx 17\,\text{N}$
(3) $a = g\sin 30° = 9.8 \times 0.50 = 4.9\,\text{m/s}^2$
傾斜角 $45°$ のなめらかな斜面の下端から、物体を斜面に沿って $14\,\text{m/s}$ の初速度で打ち上げた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
(1) 物体が斜面上を上がるときの加速度を求めよ。
(2) 最高点に達するまでの時間を求めよ。
(3) 最高点までの斜面に沿った距離を求めよ。
(1) $-6.9\,\text{m/s}^2$(斜面下向き)
(2) $2.0\,\text{s}$
(3) $14\,\text{m}$
斜面上向きを正にとる。
(1) $a = -g\sin 45° = -9.8 \times \frac{\sqrt{2}}{2} = -9.8 \times 0.707 \approx -6.93\,\text{m/s}^2$
(2) 最高点では $v = 0$。$0 = 14 + (-6.93)t$ → $t = \frac{14}{6.93} \approx 2.02\,\text{s}$
(3) $x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2 = 14 \times 2.0 + \frac{1}{2} \times (-6.9) \times 2.0^2 = 28 - 13.8 = 14.2 \approx 14\,\text{m}$
なめらかな斜面の頂上から物体を静かに放した。斜面の長さを $L$、傾斜角を $\theta$ とし、重力加速度を $g$ とする。
(1) 物体が斜面の底に達するまでの時間 $t$ を求めよ。
(2) 底に達したときの速さ $v$ を求めよ。
(3) (2)の結果を、斜面の高さ $h = L\sin\theta$ を使って書き直し、物理的意味を述べよ。
(1) $t = \sqrt{\dfrac{2L}{g\sin\theta}}$
(2) $v = \sqrt{2gL\sin\theta}$
(3) $v = \sqrt{2gh}$
$a = g\sin\theta$、$v_0 = 0$ として等加速度運動の公式を適用。
(1) $L = \frac{1}{2}g\sin\theta \cdot t^2$ → $t = \sqrt{\frac{2L}{g\sin\theta}}$
(2) $v^2 = 2 \cdot g\sin\theta \cdot L$ → $v = \sqrt{2gL\sin\theta}$
(3) $h = L\sin\theta$ を代入すると $v = \sqrt{2gh}$。 これは斜面の角度によらず、高さだけで底での速さが決まることを示しています。 これはエネルギー保存則の先取りであり、第4章で学ぶ内容と直結します。