第4章 仕事とエネルギー

仕事の定義
─ 力×移動距離×cos θ

スーツケースを持ったまま立っていても、物理では「仕事をしていない」と言います。
日常語の「仕事」と物理の「仕事」は、まるで別物です。
力が物体を動かしたとき初めて仕事が生まれる ── この定義をしっかり押さえることが、エネルギーの世界への入口です。

1物理の「仕事」とは何か ── 日常語との違い

「今日は仕事がきつかった」と友人が言ったとき、あなたは何を想像しますか。 重い荷物を運んだ場面かもしれませんし、パソコンに向かってレポートを書いた場面かもしれません。 日常語の「仕事」は、労力や苦労を表すあいまいな言葉です。

しかし、物理学では仕事に明確な定義があります。 それは「力が物体に対して、力の方向に物体を移動させたとき」に限定されます。 力を加えていても物体が動かなければ、物理では仕事はゼロです。

たとえば、壁を全力で押し続けても壁が動かない限り、仕事はゼロです。 一方、床の上の箱を押して滑らせれば、そこには確かに仕事が発生します。 このように、物理の「仕事」は力と移動の両方が揃って初めて生まれます。

💡 ここが本質:仕事 = 「力」×「力の向きの移動」

物理における仕事の本質は、力がどれだけ物体を移動させたかを数値化することです。

力だけでもダメ、移動だけでもダメ。 力があり、かつその力の方向に物体が移動したときに初めて仕事が定義されます。

これは「エネルギーの移動量」を測る道具でもあります。 仕事を理解することが、エネルギー保存則を理解する土台になります。

💡 ここが本質:仕事はスカラー量

力や速度はベクトル量(大きさと向きをもつ)ですが、仕事はスカラー量(大きさだけをもつ数値)です。

ただし、仕事は正・負・ゼロの値を取ります。 正負の意味は「エネルギーを与えたか、奪ったか」に対応しており、方向とは無関係です。

2仕事の公式 ── 力・距離・角度の関係

力が一定で、物体が一直線に移動する場合を考えましょう。 力の向きと移動の向きが同じなら、仕事は単純に「力×移動距離」です。 しかし、力と移動の向きがずれている場合はどうでしょうか。

スーツケースを斜め上に引っ張りながら水平に移動させる場面を想像してください。 このとき、力のうち水平成分だけが移動に寄与します。 鉛直成分は、スーツケースを持ち上げる方向に働いていますが、水平移動には貢献しません。

仕事の定義式

力 $F$ と移動方向のなす角を $\theta$ とすると、力の移動方向成分は $F\cos\theta$ です。 この成分に移動距離 $d$ を掛けたものが仕事 $W$ になります。

📐 仕事の定義

$$W = Fd\cos\theta$$

※ $W$:仕事 [$\text{J}$]、$F$:力の大きさ [$\text{N}$]、$d$:移動距離 [$\text{m}$]、$\theta$:力と移動方向のなす角。
※ 仕事の単位 $1\,\text{J} = 1\,\text{N} \cdot \text{m}$(ジュール)
▷ なぜ cos θ が現れるのか

力 $\vec{F}$ を移動方向(水平方向)と垂直方向に分解します。

移動方向の成分:$F_{\parallel} = F\cos\theta$

垂直方向の成分:$F_{\perp} = F\sin\theta$

垂直方向の成分は、移動方向と直角なので仕事に寄与しません。 したがって、仕事に関係するのは $F\cos\theta$ のみです。

$$W = F_{\parallel} \times d = F\cos\theta \times d = Fd\cos\theta$$

角度ごとの仕事の値

$\theta$ $\cos\theta$ 仕事 $W$ 意味
$0°$ $1$ $Fd$(最大) 力と移動が同じ向き
$60°$ $0.5$ $0.5Fd$ 力の半分が移動に寄与
$90°$ $0$ $0$ 力と移動が垂直 → 仕事ゼロ
$180°$ $-1$ $-Fd$(最小) 力と移動が逆向き → 負の仕事
⚠️ 落とし穴:「力の大きさ×移動距離」だけで計算してしまう

力と移動方向が異なるとき、$\cos\theta$ を忘れると値が合いません。

✕ 誤:斜め $30°$ の力 $20\,\text{N}$ で $5\,\text{m}$ 移動 → $W = 20 \times 5 = 100\,\text{J}$

○ 正:$W = 20 \times 5 \times \cos 30° = 20 \times 5 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 86.6\,\text{J}$

⚠️ 落とし穴:移動距離 $d$ と変位を混同する

仕事の公式の $d$ は、力が加わっている間の移動距離です。 力の向きが一定で直線運動する場合は変位の大きさと一致しますが、 物体が往復運動する場合などは注意が必要です。

高校物理の範囲では、力が一定で直線運動する場面がほとんどなので、 $d$ を「力の方向への変位の大きさ」と読み替えて構いません。

3仕事の正・負・ゼロ ── 符号が意味すること

仕事は正の値だけでなく、負の値やゼロにもなります。 この符号には、大切な物理的意味があります。

正の仕事:エネルギーを与える

力の向きと移動の向きが同じ($0° \leq \theta < 90°$)のとき、$\cos\theta > 0$ なので仕事は正です。 たとえば、物体を押して加速させるとき、力は物体にエネルギーを与えています。

負の仕事:エネルギーを奪う

力の向きと移動の向きが逆($90° < \theta \leq 180°$)のとき、$\cos\theta < 0$ なので仕事は負です。 摩擦力は運動と逆向きに働くので、摩擦力がする仕事は常に負です。 これは、摩擦力が物体の運動エネルギーを熱に変換して「奪っている」ことに対応します。

仕事がゼロ:エネルギーの受け渡しなし

力と移動が垂直($\theta = 90°$)のとき、$\cos 90° = 0$ なので仕事はゼロです。 等速円運動における向心力や、水平面上で物体に働く垂直抗力がこれに当たります。

💡 ここが本質:仕事の符号 = エネルギーの出入り

仕事の符号は、力が物体にエネルギーを与えたのか奪ったのかを表しています。

正の仕事 → 力が物体にエネルギーを注入。物体は加速したり高くなったりする。

負の仕事 → 力が物体からエネルギーを吸収。物体は減速したり熱が発生したりする。

この考え方は、エネルギー保存則を理解する鍵になります。

⚠️ 落とし穴:「仕事がゼロ = 力がゼロ」と思い込む

力が働いていても、仕事がゼロになることは十分にあります。

✕ 誤:荷物を持って水平に歩く → 手は力を加えているので仕事をしている

○ 正:手が加える上向きの力と、移動方向(水平)は垂直なので、手がする仕事は $0$

力が存在することと、その力が仕事をすることは別の話です。

⚠️ 落とし穴:垂直抗力が「仕事をしない」理由を説明できない

水平面上を滑る物体に働く垂直抗力は、面に垂直(上向き)です。 物体の移動方向は水平なので、$\theta = 90°$ となり仕事はゼロです。

ただし、エレベーターの床が人を押し上げるように、 垂直抗力の向きと移動方向が一致する場合は仕事をします。 「垂直抗力は常に仕事ゼロ」ではないので注意してください。

4具体例で計算してみよう

ここまでの理論を使って、実際に仕事を計算する練習をしましょう。 公式 $W = Fd\cos\theta$ を使いこなすことが目標です。

例題1:水平方向に物体を引く

床の上の箱に水平方向の力 $F = 50\,\text{N}$ を加えて、$d = 3\,\text{m}$ 移動させました。 このとき力がした仕事を求めます。

力と移動方向は同じなので $\theta = 0°$ です。

$$W = 50 \times 3 \times \cos 0° = 50 \times 3 \times 1 = 150\,\text{J}$$

例題2:斜め上に引く

同じ箱を、水平方向と $30°$ の角度で引っ張り、$4\,\text{m}$ 水平移動させました。 力の大きさは $40\,\text{N}$ です。

$$W = 40 \times 4 \times \cos 30° = 160 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 138.6\,\text{J}$$

例題3:摩擦力がする仕事

動摩擦力 $f = 15\,\text{N}$ が働く面の上を、物体が $6\,\text{m}$ 移動しました。 摩擦力は移動と逆向きなので $\theta = 180°$ です。

$$W = 15 \times 6 \times \cos 180° = 90 \times (-1) = -90\,\text{J}$$

負の値は、摩擦力が物体からエネルギーを奪っていることを意味します。

🔬 深掘り:仕事とエネルギーの単位ジュール

仕事の単位ジュール(J)は、イギリスの物理学者ジェームズ・プレスコット・ジュールにちなんでいます。 彼は熱の仕事当量を実験的に測定し、熱がエネルギーの一形態であることを示しました。

$1\,\text{J}$ は「$1\,\text{N}$ の力で物体を $1\,\text{m}$ 動かしたときの仕事」です。 リンゴ1個(約 $100\,\text{g}$)を $1\,\text{m}$ 持ち上げるのに約 $1\,\text{J}$ の仕事が必要です。

🔬 深掘り:力が変化する場合の仕事

$W = Fd\cos\theta$ は力が一定の場合の公式です。 力が距離に応じて変化する場合(たとえばばねの力)は、積分を使って計算します。

$$W = \int_{x_1}^{x_2} F(x)\,dx$$

これは、$F$-$x$ グラフの面積に対応します。 ばねの弾性力による仕事は、次の記事以降で扱います。

5この章を俯瞰する

仕事の定義は、この章全体の出発点です。 ここで学んだ「力×移動距離×cos θ」が、エネルギーの概念へとつながっていきます。

つながりマップ

  • ← M-3-11 運動方程式の応用:力の扱い方を復習。力が分かれば仕事が計算できる。
  • → M-4-2 いろいろな力がする仕事:重力・摩擦力・ばねの力がする仕事を個別に計算する。
  • → M-4-3 仕事率:単位時間あたりの仕事を定義し、「速さ」の観点から仕事を見る。
  • → M-4-4 運動エネルギーと仕事:仕事が運動エネルギーの変化に等しいことを示す(仕事-エネルギーの定理)。
  • → M-4-7 力学的エネルギー保存則:仕事の概念から導かれるエネルギー保存の法則。

📋まとめ

  • 物理における仕事は、力が物体を移動させたときに定義される量。力だけ・移動だけでは仕事は生じない
  • 仕事の公式:$W = Fd\cos\theta$。力の移動方向成分×移動距離で計算する
  • 仕事はスカラー量。正(エネルギーを与える)、負(エネルギーを奪う)、ゼロ(受け渡しなし)の3パターン
  • 力と移動が垂直($\theta = 90°$)のとき、仕事はゼロ。垂直抗力が水平移動に仕事をしないのはこのため
  • 仕事の単位はジュール($\text{J}$)。$1\,\text{J} = 1\,\text{N} \cdot \text{m}$
  • 仕事の符号はエネルギーの出入りを表す。エネルギー保存則の土台となる重要な概念

確認テスト

Q1. 物体に $30\,\text{N}$ の力を水平に加え、$5\,\text{m}$ 移動させました。力がした仕事はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$W = 30 \times 5 \times \cos 0° = 150\,\text{J}$

Q2. 壁を $100\,\text{N}$ で押し続けたが壁は動かなかった。力がした仕事はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示移動距離 $d = 0$ なので $W = 100 \times 0 \times \cos 0° = 0\,\text{J}$。力があっても移動がなければ仕事はゼロ。

Q3. 動摩擦力 $20\,\text{N}$ が働く面上で物体が $8\,\text{m}$ 移動しました。摩擦力がした仕事はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示摩擦力は移動と逆向き($\theta = 180°$)なので $W = 20 \times 8 \times \cos 180° = -160\,\text{J}$

Q4. 水平面上を等速で滑る物体に働く垂直抗力がする仕事が $0$ である理由を説明してください。

▶ クリックして解答を表示垂直抗力は面に垂直(鉛直上向き)で、移動方向は水平。力と移動が垂直($\theta = 90°$)なので $\cos 90° = 0$ となり、仕事はゼロ。

Q5. 水平と $60°$ の角をなす方向に $40\,\text{N}$ の力で引いて、水平に $3\,\text{m}$ 移動させた場合の仕事を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$W = 40 \times 3 \times \cos 60° = 120 \times 0.5 = 60\,\text{J}$

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-1-1 A 基礎 仕事の計算 計算

水平な床の上に置かれた質量 $10\,\text{kg}$ の物体を、水平方向に一定の力 $F = 25\,\text{N}$ で引いて $6.0\,\text{m}$ 移動させた。重力加速度を $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 力 $F$ がした仕事を求めよ。

(2) 重力がした仕事を求めよ。

(3) 垂直抗力がした仕事を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $150\,\text{J}$

(2) $0\,\text{J}$

(3) $0\,\text{J}$

解説

方針:各力と移動方向のなす角 $\theta$ を求め、$W = Fd\cos\theta$ に代入する。

(1) 力 $F$ は水平方向で移動も水平方向。$\theta = 0°$ なので $W = 25 \times 6.0 \times \cos 0° = 150\,\text{J}$

(2) 重力は鉛直下向き、移動は水平。$\theta = 90°$ なので $W = mg \times 6.0 \times \cos 90° = 0\,\text{J}$

(3) 垂直抗力は鉛直上向き、移動は水平。$\theta = 90°$ なので $W = 0\,\text{J}$

B 発展レベル

4-1-2 B 発展 斜め方向の力 計算

質量 $5.0\,\text{kg}$ の物体を、水平面と $30°$ の角をなす方向に大きさ $F = 40\,\text{N}$ の力で引いて、水平に $8.0\,\text{m}$ 移動させた。動摩擦係数を $\mu' = 0.20$、重力加速度を $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 力 $F$ がした仕事を求めよ。

(2) 垂直抗力の大きさを求めよ。

(3) 動摩擦力がした仕事を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $W_F = 40 \times 8.0 \times \cos 30° = 320 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 277\,\text{J}$

(2) $N = mg - F\sin 30° = 5.0 \times 9.8 - 40 \times 0.5 = 49 - 20 = 29\,\text{N}$

(3) $f = \mu' N = 0.20 \times 29 = 5.8\,\text{N}$、$W_f = -5.8 \times 8.0 = -46.4\,\text{J}$

解説

方針:斜め上に引く場合、力の鉛直成分が垂直抗力を小さくする。これが動摩擦力の計算に影響する。

(1) $W_F = Fd\cos\theta = 40 \times 8.0 \times \cos 30°$。$\cos 30° = \frac{\sqrt{3}}{2}$ を代入して計算する。

(2) 鉛直方向のつり合い:$N + F\sin 30° = mg$ より $N = mg - F\sin 30° = 29\,\text{N}$

(3) $f = \mu' N = 0.20 \times 29 = 5.8\,\text{N}$。摩擦力は移動と逆向き($\theta = 180°$)なので $W_f = -5.8 \times 8.0 = -46.4\,\text{J}$

採点ポイント
  • $\cos 30°$ を正しく使って力 $F$ の仕事を計算する(3点)
  • 力の鉛直成分 $F\sin 30°$ を考慮して垂直抗力を求める(3点)
  • 動摩擦力の仕事が負であることを正しく処理する(2点)

C 応用レベル

4-1-3 C 応用 複数の力の仕事 論述

質量 $m = 2.0\,\text{kg}$ の物体を、粗い水平面上で水平に $F = 12\,\text{N}$ の力で引いたところ、等速直線運動をしながら $d = 10\,\text{m}$ 移動した。重力加速度を $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 物体に働くすべての力を列挙し、それぞれがした仕事を求めよ。

(2) すべての力がした仕事の合計(合力のした仕事)を求め、その値が意味することを述べよ。

(3) 動摩擦係数 $\mu'$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 引く力:$120\,\text{J}$、摩擦力:$-120\,\text{J}$、重力:$0\,\text{J}$、垂直抗力:$0\,\text{J}$

(2) $W_{\text{合計}} = 0\,\text{J}$。等速直線運動なので合力がゼロであり、合力のした仕事もゼロ。

(3) $\mu' \approx 0.61$

解説

方針:等速直線運動ということは合力がゼロ。これから動摩擦力の大きさが分かる。

(1) 引く力 $F$:$W_F = 12 \times 10 \times \cos 0° = 120\,\text{J}$

動摩擦力 $f$:等速直線運動なので $f = F = 12\,\text{N}$。$W_f = 12 \times 10 \times \cos 180° = -120\,\text{J}$

重力 $mg$:移動方向と垂直なので $W_g = 0\,\text{J}$。垂直抗力 $N$:同様に $W_N = 0\,\text{J}$

(2) $W_{\text{合計}} = 120 + (-120) + 0 + 0 = 0\,\text{J}$

等速直線運動では加速度がゼロ、つまり合力がゼロです。合力がゼロなので合力のした仕事もゼロとなり、物体の運動エネルギーは変化しません。

(3) $f = \mu' N = \mu' mg$ より $12 = \mu' \times 2.0 \times 9.8 = 19.6\mu'$。$\mu' = \frac{12}{19.6} \approx 0.61$

採点ポイント
  • 4つの力を正しく列挙する(2点)
  • 等速直線運動から $f = F$ を導く(2点)
  • 各力の仕事を正しく計算する(3点)
  • 合力の仕事がゼロであることと、等速直線運動の関係を説明する(2点)
  • 動摩擦係数を正しく求める(1点)