動いている物体には「エネルギー」が宿っている ── これは直感的に理解できます。
走るトラックにぶつかれば大きな衝撃を受けますし、投げたボールは壁にめり込みます。
この「動くことで持つエネルギー」を定量化し、仕事との橋をかけるのがこの記事のテーマです。
質量 $m$ の物体が速さ $v$ で運動しているとき、その物体がもつ運動エネルギーは次の式で表されます。
$$K = \frac{1}{2}mv^2$$
なぜ $\frac{1}{2}mv^2$ という形になるのでしょうか。 これは単なる暗記公式ではなく、ニュートンの運動方程式と等加速度運動の公式から導ける結果です。 次のセクションで導出します。
速さが2倍になると運動エネルギーは4倍、3倍になると9倍になります。
これは日常でも実感できます。 自動車の制動距離(ブレーキをかけてから止まるまでの距離)は速さの2乗に比例します。 時速 60 km で走る車の制動距離は、時速 30 km のときの4倍です。
交通安全の観点からも、この「2乗の関係」は非常に重要です。
運動エネルギーの式には速さ $v$(スカラー)が入ります。
✕ 誤:右向きに $5\,\text{m/s}$ と左向きに $5\,\text{m/s}$ では運動エネルギーが異なる
○ 正:どちらも速さは $5\,\text{m/s}$ なので、運動エネルギーは同じ
運動エネルギーは常に正の値です。向きの情報は含みません。
運動エネルギーの式には $\frac{1}{2}$ が必要です。
✕ 誤:$K = mv^2$
○ 正:$K = \frac{1}{2}mv^2$
次のセクションの導出で、なぜ $\frac{1}{2}$ がつくのかを理解しましょう。
「合力がした仕事は、運動エネルギーの変化に等しい」── これが仕事-運動エネルギーの定理です。 この定理は力学全体の屋台骨であり、エネルギー保存則の出発点でもあります。
質量 $m$ の物体に一定の合力 $F$ が加わり、初速度 $v_0$ から速度 $v$ まで加速しながら距離 $d$ 移動したとします。
運動方程式:$F = ma$
等加速度運動の第3式:$v^2 - v_0^2 = 2ad$ より $d = \frac{v^2 - v_0^2}{2a}$
合力のする仕事:
$$W = Fd = ma \times \frac{v^2 - v_0^2}{2a} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$$
つまり、合力のする仕事は運動エネルギーの変化量に等しいです。
$$W_{\text{合力}} = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2 = \Delta K$$
仕事-運動エネルギーの定理は、仕事とエネルギーが等価であることを示しています。
正の仕事をすれば運動エネルギーが増え(加速)、負の仕事をすれば減ります(減速)。 仕事は「エネルギーの受け渡し量」を測る通貨のようなものです。
この考え方がエネルギー保存則へと発展します。
等加速度運動の第3式 $v^2 - v_0^2 = 2ax$ の両辺に $\frac{1}{2}m$ を掛けると:
$$\frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2 = max = Fx = W$$
これはまさに仕事-運動エネルギーの定理です。 つまり、第3式はこの定理の原型だったのです。
仕事-運動エネルギーの定理で使うのは合力(すべての力の合計)がした仕事です。
✕ 誤:引く力 $F$ の仕事だけで $\Delta K$ を求める(摩擦力の仕事を無視)
○ 正:引く力の仕事 $+$ 摩擦力の仕事 $+$ 重力の仕事 $+ \cdots$ の合計が $\Delta K$ に等しい
$\Delta K = K_{\text{あと}} - K_{\text{まえ}}$ です(あと $-$ まえ)。
✕ 誤:$\Delta K = \frac{1}{2}mv_0^2 - \frac{1}{2}mv^2$
○ 正:$\Delta K = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{1}{2}mv_0^2$
質量 $1000\,\text{kg}$ の自動車が速度 $20\,\text{m/s}$ でブレーキをかけた。 ブレーキ力(動摩擦力)が $5000\,\text{N}$ のとき、停止するまでの距離を求めます。
仕事-運動エネルギーの定理を使います。
初め:$K_0 = \frac{1}{2} \times 1000 \times 20^2 = 200000\,\text{J}$
あと:$K = 0$(停止)
合力の仕事:$W = -5000 \times d$(摩擦力は移動と逆向き)
定理より:$-5000d = 0 - 200000$、$d = 40\,\text{m}$
この問題は等加速度運動の第3式でも解けます。 しかし、仕事-運動エネルギーの定理の利点は、加速度を求めなくても解けることです。 力の大きさと距離(または速度の変化)が分かれば、中間の計算を省略できます。
速度 $v_0$ で走行中、ブレーキ力 $F$ で停止するまでの距離 $d$ は:
$$0 - \frac{1}{2}mv_0^2 = -Fd \quad \Longrightarrow \quad d = \frac{mv_0^2}{2F}$$
制動距離 $d$ は速度の2乗に比例します。 速度を2倍にすると制動距離は4倍になります。 これが、高速道路で車間距離を十分に取る必要がある理由です。
運動エネルギーと仕事-運動エネルギーの定理は、エネルギー保存則を構築する2本柱の1つです。 次の記事で学ぶ位置エネルギーと合わせて、力学的エネルギー保存則が完成します。
Q1. 質量 $3\,\text{kg}$、速さ $4\,\text{m/s}$ の物体の運動エネルギーを求めてください。
Q2. 静止していた質量 $2\,\text{kg}$ の物体に $50\,\text{J}$ の仕事をした。物体の速さを求めてください。
Q3. 速さを2倍にすると、運動エネルギーは何倍になりますか。
Q4. 仕事-運動エネルギーの定理で使う「仕事」は、特定の1つの力の仕事ですか、それともすべての力の仕事の合計ですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
質量 $0.50\,\text{kg}$ のボールを速さ $20\,\text{m/s}$ で投げた。
(1) ボールの運動エネルギーを求めよ。
(2) 投げる前のボールは静止していた。手がボールにした仕事を求めよ。
(1) $K = \frac{1}{2} \times 0.50 \times 20^2 = 100\,\text{J}$
(2) $W = \Delta K = 100 - 0 = 100\,\text{J}$
(2) 仕事-運動エネルギーの定理より、手がした仕事が運動エネルギーの変化に等しい。
質量 $1200\,\text{kg}$ の自動車が $v_0 = 25\,\text{m/s}$ で走行中にブレーキをかけた。ブレーキ力は $6000\,\text{N}$ で一定とする。
(1) 停止するまでの距離を求めよ。
(2) 初速度が2倍の $50\,\text{m/s}$ の場合、停止距離は何倍になるか。
(1) $d = \frac{mv_0^2}{2F} = \frac{1200 \times 25^2}{2 \times 6000} = \frac{750000}{12000} = 62.5\,\text{m}$
(2) 4倍
(1) 仕事-運動エネルギーの定理:$-Fd = 0 - \frac{1}{2}mv_0^2$ より $d = \frac{mv_0^2}{2F}$。
(2) $d \propto v_0^2$ なので、$v_0$ が2倍 → $d$ は $2^2 = 4$ 倍。
質量 $m = 2.0\,\text{kg}$ の物体に、水平方向に一定の力 $F = 15\,\text{N}$ を加えて粗い水平面上を $d = 6.0\,\text{m}$ 移動させた。動摩擦係数 $\mu' = 0.30$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。物体は静止状態から動き始めたとする。
(1) 動摩擦力の大きさを求めよ。
(2) すべての力がした仕事の合計を求めよ。
(3) $6.0\,\text{m}$ 移動後の物体の速さを求めよ。
(1) $f' = \mu' mg = 0.30 \times 2.0 \times 9.8 = 5.88\,\text{N}$
(2) $W = (F - f')d = (15 - 5.88) \times 6.0 = 54.7\,\text{J}$
(3) $v = \sqrt{\frac{2W}{m}} = \sqrt{\frac{2 \times 54.7}{2.0}} \approx 7.4\,\text{m/s}$
(1) $N = mg$(水平面上)より $f' = \mu' N = \mu' mg$。
(2) 力 $F$ の仕事:$15 \times 6.0 = 90\,\text{J}$。摩擦力の仕事:$-5.88 \times 6.0 = -35.3\,\text{J}$。重力・垂直抗力の仕事:$0$。合計 $= 90 - 35.3 = 54.7\,\text{J}$。
(3) 仕事-運動エネルギーの定理:$W = \frac{1}{2}mv^2 - 0$ より $v = \sqrt{2W/m}$。