高いところにある物体は、落下することで仕事をする能力をもっています。これが重力による位置エネルギーです。
この記事では、位置エネルギーの公式 $U = mgh$ の意味と、基準点の選び方によって値が変わることの本質を理解します。
「基準点はどこでもいい」——その理由を、仕事の観点からしっかり説明できるようになりましょう。
ダムの上にある水は、落下して発電タービンを回すことができます。 屋根の上にある瓦は、落ちれば地面に穴を開ける力をもっています。 高い位置にある物体は、「これから仕事をする能力」——つまりエネルギーをもっているのです。
この「高さに由来するエネルギー」を重力による位置エネルギー(gravitational potential energy)と呼びます。 前の記事で学んだ運動エネルギーが「速さ」に由来するエネルギーだったのに対し、位置エネルギーは「位置」に由来するエネルギーです。
位置エネルギーは、重力がこれからする仕事の「貯金」です。
高さ $h$ にある物体が基準点まで落下するとき、重力は $mgh$ の仕事をします。この仕事が運動エネルギーに変わるのです。
つまり、位置エネルギーとは「重力がこれからできる仕事の量」を表しています。
物体を高さ $h$ までゆっくり持ち上げるとき、外力(手の力)は重力に逆らって $mgh$ の仕事をします。 この仕事は消えてしまったのでしょうか?——いいえ、位置エネルギーとして蓄えられたのです。
手を離せば、物体は落下し、蓄えられた位置エネルギーが運動エネルギーに変換されます。 これがエネルギー保存の基本的な考え方です。
重力による位置エネルギーの公式を、仕事の定義から導きましょう。
基準点(高さ $0$)から高さ $h$ の位置まで、質量 $m$ の物体をゆっくり持ち上げることを考えます。
重力の大きさは $mg$(鉛直下向き)です。移動方向は鉛直上向きなので、重力と移動方向は逆向きです。
重力がした仕事は:
$$W_{\text{重力}} = -mgh$$
(力と移動方向が逆向きなので負の仕事)
位置エネルギーの変化は、重力がした仕事の符号を反転したものです:
$$\Delta U = -W_{\text{重力}} = mgh$$
基準点での位置エネルギーを $0$ とすると、高さ $h$ での位置エネルギーは:
$$U = mgh$$
$$U = mgh$$
$h$ は「基準点からの高さ」であって、必ずしも地面からの高さではありません。
✕ 誤:$h$ は常に地面から測る
○ 正:$h$ は自分で設定した基準点から測る。基準点より下なら $h$ は負
問題文に「地面を基準として」と書かれていれば地面からですが、基準点は自由に選べます。
位置エネルギーの定義には $\Delta U = -W_{\text{重力}}$ という符号の反転があります。 これは直感的にも正しいことが確認できます。
「高くなれば位置エネルギーが増える」——この直感と公式が一致していることを確認してください。
位置エネルギーの値は基準点の選び方によって変わります。 これは問題ないのでしょうか?
高さ $10\,\text{m}$ のビルの屋上にある質量 $1\,\text{kg}$ の物体を考えましょう。
| 基準点 | 物体の高さ $h$ | 位置エネルギー $U$ |
|---|---|---|
| 地面 | $10\,\text{m}$ | $1 \times 9.8 \times 10 = 98\,\text{J}$ |
| 3階($6\,\text{m}$) | $4\,\text{m}$ | $1 \times 9.8 \times 4 = 39.2\,\text{J}$ |
| 屋上 | $0\,\text{m}$ | $0\,\text{J}$ |
基準点によって位置エネルギーの値はバラバラです。しかし、物理的に意味があるのは位置エネルギーの差です。
2点間の位置エネルギーの差 $\Delta U = U_B - U_A$ は、基準点の選び方によらず一定です。
たとえば屋上($10\,\text{m}$)と地面($0\,\text{m}$)の間では、どの基準点を選んでも:
$$\Delta U = mg \times (10 - 0) = 98\,\text{J}$$
物理的に意味をもつのは位置エネルギーの差(=重力がする仕事)であり、「絶対的な位置エネルギーの値」には物理的な意味がありません。
基準点はどこに取っても結果は同じですが、計算の手間は変わります。以下のコツを覚えておきましょう。
コツ1:物体が最終的に到達する点(最下点など)を基準にすると、最終状態の位置エネルギーが $0$ になり計算が楽です。
コツ2:問題に指定がなければ、地面や机の面など「わかりやすい水平面」を基準にしましょう。
コツ3:斜面の問題では斜面の最下端を基準にするのが便利です。
基準点を変えることは、位置エネルギーに定数を加えることに相当します。 基準点 A での位置エネルギーを $U_A = mgh_A$、基準点 B での位置エネルギーを $U_B = mgh_B$ としたとき、
$$U_A - U_B = mg(h_A - h_B)$$
基準点をずらすと $h_A$ と $h_B$ の両方に同じ定数が加わりますが、差を取ると定数はキャンセルします。 これが「基準点はどこでもよい」ことの数学的な裏づけです。
基準点より低い位置にある物体の高さ $h$ は負になります。 したがって、位置エネルギー $U = mgh$ も負の値を取り得ます。
地面を基準点に取り、地面から深さ $5\,\text{m}$ の井戸の底に質量 $2\,\text{kg}$ の物体がある場合、
$$U = mgh = 2 \times 9.8 \times (-5) = -98\,\text{J}$$
負の位置エネルギーは「基準点まで持ち上げるのに仕事が必要」であることを意味します。 基準点にある物体のエネルギーを $0$ としたとき、それより下にある物体はエネルギーが「不足している」状態です。
負の位置エネルギーに違和感を覚える人が多いですが、まったく正常です。
✕ 誤:位置エネルギーは常に正だから、計算を間違えたはず
○ 正:基準点より下にあれば位置エネルギーは負になる。これは基準点の選び方次第であり、物理的に何も問題ない
繰り返しになりますが、物理で意味をもつのは位置エネルギーの差です。差を正しく計算すれば答えは合います。
位置エネルギーの符号は、基準点との相対的な位置関係を表しているだけです。
$U > 0$:基準点より高い → 落下すると重力が正の仕事をする(エネルギーを放出できる)
$U = 0$:基準点と同じ高さ
$U < 0$:基準点より低い → 基準点まで上がるには外力の仕事が必要(エネルギーが「借金」状態)
大学で学ぶ万有引力の位置エネルギー $U = -\dfrac{GMm}{r}$ では、無限遠を基準($U = 0$)とするため、地表付近では常に $U < 0$ になります。
ここで学んだ $U = mgh$ は、地表付近で万有引力を近似したものです。基準点を地面に取れば、上方で正・下方で負となり、同じ考え方が貫かれています。
重力による位置エネルギーは、力学的エネルギー保存則の柱の一つです。
Q1. 質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体が地面から $5.0\,\text{m}$ の高さにある。地面を基準とした位置エネルギーはいくらか。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
Q2. 基準点を変えると位置エネルギーの値は変わる。それでも問題ない理由を述べよ。
Q3. 地面を基準として、地下 $3.0\,\text{m}$ にある質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体の位置エネルギーはいくらか。
Q4. 位置エネルギーの変化 $\Delta U$ と重力のした仕事 $W_{\text{重力}}$ の関係を式で書け。
重力による位置エネルギーを入試形式で確認しましょう。
質量 $0.50\,\text{kg}$ のボールを地面から $12\,\text{m}$ の高さから静かに落とす。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。地面を基準とする。
(1) 落下直前の位置エネルギーを求めよ。
(2) 地面から $4.0\,\text{m}$ の高さにおける位置エネルギーを求めよ。
(3) 落下直前から $4.0\,\text{m}$ の高さまでの位置エネルギーの変化を求めよ。
(1) $U_1 = 58.8\,\text{J}$
(2) $U_2 = 19.6\,\text{J}$
(3) $\Delta U = -39.2\,\text{J}$
(1) $U_1 = mgh_1 = 0.50 \times 9.8 \times 12 = 58.8\,\text{J}$
(2) $U_2 = mgh_2 = 0.50 \times 9.8 \times 4.0 = 19.6\,\text{J}$
(3) $\Delta U = U_2 - U_1 = 19.6 - 58.8 = -39.2\,\text{J}$
位置エネルギーが減少した分($39.2\,\text{J}$)は、運動エネルギーに変換される。
高さ $20\,\text{m}$ のビルの屋上から質量 $1.0\,\text{kg}$ のボールを落下させる。ビルの横に深さ $5.0\,\text{m}$ の穴がある。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
(1) 地面を基準としたとき、屋上と穴の底での位置エネルギーをそれぞれ求めよ。
(2) 屋上を基準としたとき、地面と穴の底での位置エネルギーをそれぞれ求めよ。
(3) 屋上から穴の底までの位置エネルギーの変化は、基準点の選び方によらないことを示せ。
(1) 屋上:$196\,\text{J}$、穴の底:$-49\,\text{J}$
(2) 地面:$-196\,\text{J}$、穴の底:$-245\,\text{J}$
(3) いずれの基準でも $\Delta U = -245\,\text{J}$
(1) 地面基準:屋上 $U = 1.0 \times 9.8 \times 20 = 196\,\text{J}$
穴の底 $U = 1.0 \times 9.8 \times (-5.0) = -49\,\text{J}$
(2) 屋上基準:地面 $U = 1.0 \times 9.8 \times (-20) = -196\,\text{J}$
穴の底 $U = 1.0 \times 9.8 \times (-25) = -245\,\text{J}$
(3) 地面基準:$\Delta U = -49 - 196 = -245\,\text{J}$
屋上基準:$\Delta U = -245 - 0 = -245\,\text{J}$
基準点にかかわらず $\Delta U = -245\,\text{J}$ で一致する。
角度 $30°$、斜面の長さ $L = 4.0\,\text{m}$ の滑らかな斜面の頂上から質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を静かに滑らせる。斜面の最下端を基準として、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。
(1) 頂上における位置エネルギーを求めよ。
(2) 斜面の中点(頂上から $2.0\,\text{m}$ の地点)における位置エネルギーを求めよ。
(3) 位置エネルギーが経路によらず高さだけで決まる理由を、重力のする仕事の性質から説明せよ。
(1) $U = 39.2\,\text{J}$
(2) $U = 19.6\,\text{J}$
(3) 下記参照
(1) 斜面の高さ $h = L\sin 30° = 4.0 \times 0.50 = 2.0\,\text{m}$
$U = mgh = 2.0 \times 9.8 \times 2.0 = 39.2\,\text{J}$
(2) 中点の高さ $h' = \frac{L}{2}\sin 30° = 2.0 \times 0.50 = 1.0\,\text{m}$
$U = mgh' = 2.0 \times 9.8 \times 1.0 = 19.6\,\text{J}$
(3) 重力は保存力であり、重力がする仕事は経路に依存せず、始点と終点の高さの差だけで決まる。したがって、位置エネルギー $U = mgh$ も経路によらず高さだけで決まる。斜面を滑り降りても、自由落下しても、同じ高さ差であれば重力のする仕事は等しい。