第4章 仕事とエネルギー(物理基礎)

力学的エネルギー保存則
─ 基本原理

高いところから落とした物体は速くなり、上がると遅くなる。位置エネルギーと運動エネルギーは、まるでシーソーのように入れ替わっています。
その「入れ替わりの合計が一定」——これが力学的エネルギー保存則です。
この記事では、保存則が成り立つ条件(保存力のみ)と、摩擦がある場合にどう修正されるかを学びます。

1力学的エネルギーとは

これまでに3種類のエネルギーを学びました。

  • 運動エネルギー:$K = \frac{1}{2}mv^2$(速さに由来)
  • 重力による位置エネルギー:$U_g = mgh$(高さに由来)
  • 弾性力による位置エネルギー:$U_e = \frac{1}{2}kx^2$(ばねの変形に由来)

これらの和を力学的エネルギー(mechanical energy)と呼びます。

📐 力学的エネルギーの定義

$$E = K + U$$

$$E = \frac{1}{2}mv^2 + mgh + \frac{1}{2}kx^2$$

※ ばねがない問題では $\frac{1}{2}kx^2$ の項は不要。状況に応じて必要な位置エネルギーだけを含める。
💡 ここが本質:エネルギーの「通貨」が3種類ある

運動エネルギー、重力の位置エネルギー、弾性エネルギーは、エネルギーの「形態」が異なるだけで、互いに交換可能です。

高い場所にある静止した物体(位置エネルギー大、運動エネルギー0)が落下すると、位置エネルギーが減り、運動エネルギーが増えます。交換レートは常に1:1——減った分だけ増えるのです。

2保存則の導出

力学的エネルギー保存則を、仕事とエネルギーの関係から導出します。

▷ 力学的エネルギー保存則の導出

物体に保存力(重力、弾性力)だけがはたらいている場合を考えます。

仕事-エネルギー定理より、合力がした仕事は運動エネルギーの変化に等しい:

$$W_{\text{合力}} = \Delta K = K_B - K_A$$

保存力がした仕事は、位置エネルギーの変化の符号反転:

$$W_{\text{保存力}} = -\Delta U = -(U_B - U_A)$$

保存力だけがはたらいているなら $W_{\text{合力}} = W_{\text{保存力}}$ なので:

$$K_B - K_A = -(U_B - U_A)$$

整理すると:

$$K_A + U_A = K_B + U_B$$

つまり、力学的エネルギー $E = K + U$ は始点 A と終点 B で等しくなります。

📐 力学的エネルギー保存則

保存力のみがはたらくとき:

$$K_A + U_A = K_B + U_B$$

すなわち

$$\frac{1}{2}mv_A^2 + mgh_A = \frac{1}{2}mv_B^2 + mgh_B$$

※ 力学的エネルギーの総量は運動の途中で変化しない(一定値を保つ)。
⚠️ 落とし穴:垂直抗力や張力は仕事をしないのか?

垂直抗力は物体の運動方向に垂直にはたらくため、仕事をしません($W = F \cos 90° \times d = 0$)。

糸の張力も、糸の方向と運動方向が直交する場合は仕事をしません(振り子の糸など)。

✕ 誤:垂直抗力があるから保存則は使えない

○ 正:垂直抗力は仕事をしないので、保存則に影響しない

「仕事をしない力」は保存則の成立を妨げません。保存則を破るのは「仕事をする非保存力」(摩擦力など)だけです。

保存則を使う手順

  1. 2つの状態を選ぶ:始点 A(条件がわかっている状態)と終点 B(求めたい状態)
  2. 基準点を決める:位置エネルギーの基準となる高さを設定する
  3. 各状態でのエネルギーを書く:$K$ と $U$ をそれぞれ式にする
  4. 保存則の式を立てる:$K_A + U_A = K_B + U_B$
  5. 未知量を求める:方程式を解く
🔬 深掘り:運動方程式との使い分け

「運動方程式」と「エネルギー保存則」は力学の2大ツールです。どちらを使うかの判断基準を整理しましょう。

エネルギー保存則が有利:速さを求める問題、経路に依存しない問題、加速度が不要な問題

運動方程式が有利:加速度や力を求める問題、時間に関する問題、各瞬間の状態が必要な問題

エネルギー保存則は「始点と終点の2状態」だけで答えが出るため、途中の経路が複雑でも簡単に解けるのが強みです。

3保存則が成り立つ条件 ─ 保存力と非保存力

力学的エネルギー保存則は常に成り立つわけではありません。 成り立つ条件を理解するために、「保存力」と「非保存力」の区別を学びましょう。

保存力とは

保存力とは、した仕事が経路に依存せず、始点と終点の位置だけで決まる力です。

  • 重力:$W = -mg\Delta h$(高さの差だけで決まる)
  • 弾性力:$W = \frac{1}{2}kx_1^2 - \frac{1}{2}kx_2^2$(変位の始点・終点で決まる)
  • 万有引力:保存力(発展)

保存力に対しては位置エネルギーを定義することができ、力学的エネルギー保存則が成り立ちます。

非保存力とは

非保存力は、した仕事が経路に依存する力です。

  • 摩擦力:移動距離が長いほど仕事の絶対値が大きくなる → 経路依存
  • 空気抵抗:速さに依存し、経路が長いほどエネルギーを奪う
💡 ここが本質:保存則が成り立つのは「保存力のみ」のとき

力学的エネルギー保存則は、物体にはたらく力が保存力だけ(または仕事をしない力を含む)のとき成り立ちます。

摩擦力や空気抵抗などの非保存力がはたらくと、力学的エネルギーの一部が熱や音に変わり、力学的エネルギーの総量は減少します。

⚠️ 落とし穴:「力がはたらく = 保存則が使えない」ではない

保存力(重力、弾性力)がはたらくのは当たり前です。これらは保存則の「中」に位置エネルギーとして組み込まれています。

✕ 誤:重力がはたらいているから保存則は使えない

○ 正:重力は保存力なので、位置エネルギーを使えば保存則が成り立つ

保存則を「壊す」のは非保存力が仕事をする場合だけです。

力の種類位置エネルギー保存則への影響
保存力重力、弾性力定義できる$U$ に組み込む
仕事をしない力垂直抗力、張力(直交)不要影響なし
非保存力摩擦力、空気抵抗定義できない保存則を修正する必要あり

4非保存力がある場合の拡張

摩擦力などの非保存力がはたらく場合、力学的エネルギーは保存しません。 しかし、非保存力がした仕事を考慮すれば、保存則を拡張して使うことができます。

📐 非保存力がある場合の式

$$K_A + U_A + W_{\text{非保存}} = K_B + U_B$$

すなわち

$$E_B - E_A = W_{\text{非保存}}$$

※ 摩擦力は常に運動方向と逆向きにはたらくので $W_{\text{摩擦}} < 0$。つまり力学的エネルギーは減少する。

摩擦による仕事の計算

動摩擦力 $f'$ が一定で、物体が距離 $d$ だけ移動した場合、摩擦力がした仕事は:

$$W_{\text{摩擦}} = -f'd = -\mu' N d$$

(摩擦力は常に運動と逆向きなので負の仕事)

▷ 具体例:摩擦のある斜面

角度 $30°$、斜面の長さ $L = 2.0\,\text{m}$ の斜面を質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体が滑り降りる。動摩擦係数 $\mu' = 0.20$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

高さの変化:$h = L\sin 30° = 1.0\,\text{m}$

垂直抗力:$N = mg\cos 30° = 1.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 8.49\,\text{N}$

摩擦力の仕事:$W_{\text{摩擦}} = -\mu' N L = -0.20 \times 8.49 \times 2.0 \approx -3.4\,\text{J}$

エネルギーの式:$0 + mgh + W_{\text{摩擦}} = \frac{1}{2}mv^2 + 0$

$9.8 - 3.4 = \frac{1}{2} \times 1.0 \times v^2$

$v = \sqrt{2 \times 6.4} \approx 3.6\,\text{m/s}$

💡 ここが本質:エネルギーは消えない、「形」が変わるだけ

摩擦で失われた力学的エネルギーは、消滅したのではなく熱エネルギーに変換されています。

力学的エネルギー(運動 + 位置)だけ見ると「減っている」ように見えますが、熱まで含めた「総エネルギー」は保存されています。

これがエネルギー保存の法則(熱力学第一法則)であり、物理学の最も基本的な法則の一つです。

🔬 深掘り:問題を解くときの判断フロー

Step 1:非保存力(摩擦、空気抵抗)がはたらいているか確認する

Step 2a:非保存力なし → $K_A + U_A = K_B + U_B$ をそのまま使う

Step 2b:非保存力あり → $K_A + U_A + W_{\text{非保存}} = K_B + U_B$ を使う

問題文に「滑らかな面」とあれば摩擦なし、「粗い面」とあれば摩擦ありです。この1語で使う式が変わります。

5この章を俯瞰する

力学的エネルギー保存則は、力学のあらゆる場面で活躍する最強のツールの一つです。

つながりマップ

  • ← M-4-4 運動エネルギーと仕事:仕事-エネルギー定理が保存則の出発点。
  • ← M-4-5 重力による位置エネルギー:$mgh$ が保存則の一方の柱。
  • ← M-4-6 弾性力による位置エネルギー:$\frac{1}{2}kx^2$ が保存則のもう一方の柱。
  • → M-4-8 振り子のエネルギー保存:保存則の典型的な適用例。
  • → 第5章 熱とエネルギー:非保存力で失われたエネルギーの行方(熱エネルギー)を学ぶ。

📋まとめ

  • 力学的エネルギーは $E = K + U =$ 運動エネルギー + 位置エネルギー
  • 保存力のみがはたらくとき $K_A + U_A = K_B + U_B$(保存則)
  • 保存力は「経路によらず仕事が決まる力」。重力・弾性力が代表例
  • 非保存力(摩擦力など)がはたらくときは $E_B - E_A = W_{\text{非保存}}$
  • 垂直抗力や張力(運動に直交)は仕事をしないので、保存則に影響しない
  • 失われた力学的エネルギーは消滅せず、熱エネルギーなどに変換されている

確認テスト

Q1. 力学的エネルギーの定義を式で書け。

▶ クリックして解答を表示$E = K + U = \frac{1}{2}mv^2 + mgh$(ばねがある場合は $+ \frac{1}{2}kx^2$ も加える)

Q2. 力学的エネルギー保存則が成り立つ条件を述べよ。

▶ クリックして解答を表示物体にはたらく力が保存力のみ(または保存力と仕事をしない力のみ)であること。摩擦力や空気抵抗などの非保存力が仕事をしないこと。

Q3. 保存力を2つ挙げ、非保存力を1つ挙げよ。

▶ クリックして解答を表示保存力:重力、弾性力(ばねの力)。非保存力:摩擦力(または空気抵抗)。

Q4. 摩擦力がはたらく場合、力学的エネルギーの保存則はどのように修正されるか。

▶ クリックして解答を表示$K_A + U_A + W_{\text{非保存}} = K_B + U_B$(非保存力がした仕事の分だけ力学的エネルギーが変化する)。摩擦力の仕事は負なので $E_B < E_A$ となり、力学的エネルギーは減少する。

8入試問題演習

力学的エネルギー保存則を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-7-1 A 基礎 自由落下計算

質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を高さ $5.0\,\text{m}$ から静かに落とす。地面を基準として、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 地面に到達する直前の速さを、エネルギー保存則を使って求めよ。

(2) 高さ $2.0\,\text{m}$ の地点での速さを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v \approx 9.9\,\text{m/s}$

(2) $v \approx 7.7\,\text{m/s}$

解説

(1) 保存則:$mgh = \frac{1}{2}mv^2$($m$ は両辺から消える)

$v = \sqrt{2gh} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 5.0} = \sqrt{98} \approx 9.9\,\text{m/s}$

(2) 保存則:$mgh_1 = \frac{1}{2}mv^2 + mgh_2$

$v = \sqrt{2g(h_1 - h_2)} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 3.0} = \sqrt{58.8} \approx 7.7\,\text{m/s}$

B 発展レベル

4-7-2 B 発展 斜面+摩擦計算

角度 $30°$、長さ $4.0\,\text{m}$ の粗い斜面の頂上から質量 $0.50\,\text{kg}$ の物体を静かに滑らせる。動摩擦係数 $\mu' = 0.30$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 斜面の最下端に到達したときの速さを求めよ。

(2) 摩擦によって失われた力学的エネルギーは何 J か。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v \approx 3.7\,\text{m/s}$

(2) 約 $5.1\,\text{J}$

解説

高さ:$h = L\sin 30° = 4.0 \times 0.50 = 2.0\,\text{m}$

垂直抗力:$N = mg\cos 30° = 0.50 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 4.24\,\text{N}$

摩擦力の仕事:$W_f = -\mu' NL = -0.30 \times 4.24 \times 4.0 \approx -5.1\,\text{J}$

(1) $mgh + W_f = \frac{1}{2}mv^2$

$0.50 \times 9.8 \times 2.0 - 5.1 = \frac{1}{2} \times 0.50 \times v^2$

$9.8 - 5.1 = 0.25v^2$ → $v^2 = 18.8$ → $v \approx 3.7\,\text{m/s} \approx 4.3\,\text{m/s}$

(計算を精密にすると $v \approx 4.3\,\text{m/s}$)

(2) 失われた力学的エネルギー $= |W_f| \approx 5.1\,\text{J}$(熱エネルギーに変換された)

採点ポイント
  • 垂直抗力を $mg\cos\theta$ として正しく求める(2点)
  • 摩擦力の仕事を正しく計算する(3点)
  • エネルギーの式を正しく立てる(3点)
  • 速さを正しく求める(2点)

C 応用レベル

4-7-3 C 応用 ばね+重力融合

鉛直に立てたばね(ばね定数 $k = 800\,\text{N/m}$)の上に質量 $0.40\,\text{kg}$ の物体を置き、ばねを自然長から $d = 0.10\,\text{m}$ 縮めた状態で手を離す。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。ばねから離れた後の物体について、以下を求めよ。

(1) 物体がばねから離れる瞬間の速さを求めよ。

(2) 物体が到達する最高点の、ばねの自然長の位置からの高さを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v \approx 4.0\,\text{m/s}$

(2) $H \approx 0.82\,\text{m}$

解説

状態A:ばねを $d$ だけ縮めた位置(速度 $0$)

状態B:ばねの自然長の位置(速度 $v$)

ばねの自然長の位置を位置エネルギーの基準とすると、状態 A は基準より $d$ だけ下にある。

保存則(A → B):$\frac{1}{2}kd^2 + mg \cdot 0 = \frac{1}{2}mv^2 + mg \cdot d$

注意:状態 A は基準より下なので重力の位置エネルギーは $-mgd$。修正すると:

$\frac{1}{2}kd^2 - mgd = \frac{1}{2}mv^2$

$\frac{1}{2} \times 800 \times 0.01 - 0.40 \times 9.8 \times 0.10 = \frac{1}{2} \times 0.40 \times v^2$

$4.0 - 0.392 = 0.20v^2$ → $v^2 = 18.04$ → $v \approx 4.2\,\text{m/s}$

(2) 状態 B → 最高点 C(速度 $0$):$\frac{1}{2}mv^2 = mgH$

$H = \frac{v^2}{2g} = \frac{18.04}{19.6} \approx 0.92\,\text{m}$

または一気に A → C で計算:$\frac{1}{2}kd^2 = mg(H + d)$

$4.0 = 0.40 \times 9.8 \times (H + 0.10)$ → $H + 0.10 = 1.02$ → $H \approx 0.92\,\text{m}$

採点ポイント
  • 弾性エネルギーと重力の位置エネルギーの両方を考慮する(3点)
  • 基準点を明示し、各状態のエネルギーを正しく書く(3点)
  • ばねから離れる条件を理解している(2点)
  • 数値を正しく求める(2点)