電車の中を歩く人は、地面から見るとどれくらいの速さで動いているでしょう。
一直線上なら足し算で済みましたが、向きが違えば話は変わります。
速度を「矢印」として扱うベクトルの考え方を身につけ、平面上の運動を読み解く力を手に入れましょう。
風のない日にまっすぐ走るのと、横風の中を走るのとでは、体感がまるで違います。 速度は「どれくらい速いか」だけでなく「どちらに向かうか」も含む量です。 こうした大きさと向きの両方をもつ量を、物理ではベクトルと呼びます。
ベクトルは矢印で表します。 矢印の長さが大きさ(速さ)に対応し、矢印の向きが速度の向きを示します。 これまでの直線運動では正負の符号で向きを区別できましたが、平面上の運動では矢印が不可欠です。
温度や質量のように、大きさだけで決まる量をスカラーといいます。 一方、速度・力・変位のように、大きさと向きの両方が必要な量がベクトルです。
| 分類 | 具体例 | 特徴 |
|---|---|---|
| スカラー | 質量・温度・速さ・時間 | 数値だけで表せる |
| ベクトル | 速度・加速度・力・変位 | 数値+向きが必要 |
速さはスカラーで、速度の大きさを表します。 速度はベクトルで、大きさ(速さ)と向きをセットにした量です。
「時速60 kmで北に走る」が速度、「時速60 km」が速さです。 物理の問題では、この区別が解答の正誤を分けることがあります。
同じ向きのベクトルなら大きさの足し算でOKです。 しかし向きが異なるベクトルは、そのまま大きさを足してはいけません。
✕ 誤:東向き $3\,\text{m/s}$ と北向き $4\,\text{m/s}$ → 合計 $7\,\text{m/s}$
○ 正:直角なので $\sqrt{3^2 + 4^2} = 5\,\text{m/s}$(北東方向)
電車の床を歩く人を考えてみましょう。 電車は線路の上を走り、人は車内で動いています。 地面に立つ観測者から見た人の速度は、「電車の速度」と「車内での歩行速度」を合わせたものになります。 このように、2つの速度を1つにまとめる操作を速度の合成といいます。
電車が東向きに $v_1 = 20\,\text{m/s}$ で走り、人が車内で東向きに $v_2 = 1\,\text{m/s}$ で歩くとき、地面から見た速度は $v_1 + v_2 = 21\,\text{m/s}$(東向き)です。 逆に人が西向きに歩けば $v_1 - v_2 = 19\,\text{m/s}$(東向き)となります。
向きが異なる2つの速度を合成するには、ベクトルの平行四辺形の法則を使います。 2つのベクトルを隣り合う2辺とする平行四辺形を描き、その対角線が合成ベクトルです。
同じことですが、一方のベクトルの先端にもう一方のベクトルの始点をつなぐ方法もあります。 これを三角形の法則と呼びます。 始点から最終的な先端に引いた矢印が合成ベクトルです。
速度の合成とは、矢印(ベクトル)を順番につないでいくことです。 最初の出発点から最後の到着点に引いた1本の矢印が、合成された速度です。
3つ以上のベクトルでも同じです。 順番につないでいき、出発点から最終点への矢印を引けばよいのです。
2つの速度が直角に交わるとき、合成速度の大きさは三平方の定理で求まります。 向きは三角比を使って求めます。
$\vec{v_1}$ と $\vec{v_2}$ が直交するとき、合成速度の大きさは
$$|\vec{v}| = \sqrt{v_1^2 + v_2^2}$$
合成速度と $\vec{v_1}$ のなす角 $\theta$ は
$$\tan\theta = \frac{v_2}{v_1}$$
2つの速度のなす角が $\theta$ のとき、合成速度の大きさは余弦定理で求めます。
$\vec{v_1}$ と $\vec{v_2}$ のなす角を $\theta$ とすると、
$$|\vec{v}|^2 = v_1^2 + v_2^2 + 2v_1 v_2 \cos\theta$$
平行四辺形の法則で合成するとき、対角線の長さを求める余弦定理に使う角度に注意が必要です。
✕ 誤:2つのベクトルの「間の角」をそのまま余弦定理に入れる
○ 正:平行四辺形の対角線に挟まれた角度を使う。 2つのベクトルのなす角が $\theta$ なら、余弦定理に入れる角は $\theta$ か $\pi - \theta$ か、図を描いて確認する
一般角の合成で迷ったら、成分に分解してから足す方法が確実です。 余弦定理だけに頼ると、符号の取り違えが起きやすくなります。
○ おすすめ:$x$ 成分と $y$ 成分をそれぞれ足してから、合成ベクトルの大きさと向きを求める
合成の逆の操作が速度の分解です。 1つの速度ベクトルを、指定された2つの方向の成分に分けます。 斜面上の運動や投射の問題では、重力方向と水平方向に分解するのが定石です。
速度 $\vec{v}$ を $x$ 軸方向と $y$ 軸方向に分解する場合を考えます。 $\vec{v}$ が $x$ 軸となす角を $\theta$ とすると、各成分は三角比を使って求まります。
$\vec{v}$ が $x$ 軸と角度 $\theta$ をなすとき、
$$v_x = v\cos\theta, \quad v_y = v\sin\theta$$
逆に成分から大きさと向きを復元すると、
$$v = \sqrt{v_x^2 + v_y^2}, \quad \tan\theta = \frac{v_y}{v_x}$$
ベクトル $\vec{v}$ の先端から $x$ 軸と $y$ 軸に垂線を下ろします。
直角三角形の定義より、$x$ 方向の辺は $v\cos\theta$、$y$ 方向の辺は $v\sin\theta$ です。
三平方の定理 $v_x^2 + v_y^2 = v^2$ が成り立つことも確認できます。
分解する2方向は「水平と鉛直」に限りません。 問題に合わせて最も計算が楽になる方向を選ぶのがコツです。
斜面の問題では「斜面に平行な方向」と「斜面に垂直な方向」に分解すると、運動方程式がシンプルになります。 軸の取り方ひとつで、難問が基本問題に変わることもあります。
$v_x = v\cos\theta$ か $v_x = v\sin\theta$ かは、$\theta$ の取り方次第で変わります。
✕ 誤:「$x$ 成分はいつも $\cos$」と暗記する
○ 正:図を描き、$\theta$ がどの角か確認してから $\cos$ か $\sin$ を決める。 「$\theta$ に隣接する辺が $\cos$、対辺が $\sin$」が基本ルールです
ベクトルを成分で表すと、$\vec{v} = (v_x,\, v_y)$ と書けます。 ベクトルの和は $(v_{1x} + v_{2x},\, v_{1y} + v_{2y})$ のように成分ごとの和で計算できます。
また、2つのベクトルの内積は $\vec{v_1} \cdot \vec{v_2} = v_1 v_2 \cos\theta = v_{1x}v_{2x} + v_{1y}v_{2y}$ で定義されます。 内積は仕事やエネルギーの計算で重要な役割を果たします。
平面では2成分ですが、空間では $x$、$y$、$z$ の3成分に分解します。 $\vec{v} = (v_x,\, v_y,\, v_z)$ で、大きさは $v = \sqrt{v_x^2 + v_y^2 + v_z^2}$ です。
高校物理の範囲では平面(2成分)で十分ですが、考え方は3次元にも自然に拡張できます。
速度の合成と分解は、平面上の運動を分析するための基本道具です。 この先の記事でどのように活用されるか、見通しを立てておきましょう。
Q1. 東向きに $3\,\text{m/s}$、北向きに $4\,\text{m/s}$ の速度を合成したとき、合成速度の大きさを求めてください。
Q2. 速さ $10\,\text{m/s}$ の速度が水平方向と $30°$ の角をなすとき、水平成分と鉛直成分をそれぞれ求めてください。
Q3. 速度のベクトルは「大きさと向き」の2つの情報をもちます。大きさだけで決まる量を何と呼びますか。
Q4. 速度の分解において、$\cos$ と $\sin$ のどちらを使うかを判断するための基本ルールを述べてください。
速度の合成・分解を、入試形式の問題で確認しましょう。
静水上をまっすぐ北に $4.0\,\text{m/s}$ で進むボートがある。川の流れが東向きに $3.0\,\text{m/s}$ であるとき、次の問いに答えよ。
(1) 岸から見たボートの速さを求めよ。
(2) ボートの進行方向は、北から東へ何度ずれるか。$\tan\theta$ の値で答えよ。
(1) $5.0\,\text{m/s}$
(2) $\tan\theta = \dfrac{3.0}{4.0} = 0.75$
方針:ボートの速度(北向き)と川の流れ(東向き)は直交するので、三平方の定理を使う。
(1) $v = \sqrt{4.0^2 + 3.0^2} = \sqrt{16 + 9} = \sqrt{25} = 5.0\,\text{m/s}$
(2) 北方向からのずれ角 $\theta$ について $\tan\theta = \dfrac{3.0}{4.0} = 0.75$
速さ $20\,\text{m/s}$ で水平面と $60°$ の角度で斜め上方に打ち出された物体がある。打ち出した瞬間の速度について、次の問いに答えよ。
(1) 水平方向の速度成分を求めよ。
(2) 鉛直方向の速度成分を求めよ。
(3) 水平成分と鉛直成分から、もとの速さが復元できることを示せ。
(1) $10\,\text{m/s}$
(2) $10\sqrt{3}\,\text{m/s}$
(3) 下記参照
方針:水平面との角度が $60°$ なので、水平成分は $\cos 60°$、鉛直成分は $\sin 60°$ を使う。
(1) $v_x = 20\cos 60° = 20 \times \frac{1}{2} = 10\,\text{m/s}$
(2) $v_y = 20\sin 60° = 20 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 10\sqrt{3}\,\text{m/s}$
(3) $\sqrt{v_x^2 + v_y^2} = \sqrt{10^2 + (10\sqrt{3})^2} = \sqrt{100 + 300} = \sqrt{400} = 20\,\text{m/s}$
もとの速さ $20\,\text{m/s}$ が復元されました。
速さ $v_1 = 5.0\,\text{m/s}$ の速度と速さ $v_2 = 8.0\,\text{m/s}$ の速度のなす角が $60°$ であるとき、合成速度の大きさを求めよ。
$\sqrt{129} \approx 11.4\,\text{m/s}$
方針:なす角 $60°$ での合成なので、$|\vec{v}|^2 = v_1^2 + v_2^2 + 2v_1 v_2 \cos\theta$ を使う。
$$|\vec{v}|^2 = 5.0^2 + 8.0^2 + 2 \times 5.0 \times 8.0 \times \cos 60°$$
$$= 25 + 64 + 2 \times 5.0 \times 8.0 \times \frac{1}{2}$$
$$= 25 + 64 + 40 = 129$$
$$|\vec{v}| = \sqrt{129} \approx 11.4\,\text{m/s}$$