第6章 剛体にはたらく力

力のモーメント
─ 回転させる力の効果

重い扉を開けるとき、取っ手を押すのと蝶番の近くを押すのとでは、まるで手応えが違います。
同じ力でも、回転軸からの距離によって効果が変わる。
この「回転させる能力」を数値化したものが、力のモーメントです。

1力のモーメントとは ─ 回転の原動力

これまでの力学では、物体を「質点」として扱ってきました。 大きさを無視した点に力がはたらく場合、物体は並進運動をするだけです。 しかし現実の物体には大きさがあり、力の作用点によって回転が生じます。

大きさのある物体を剛体と呼びます。 剛体とは、力を受けても変形しない理想的な物体のことです。 剛体にはたらく力の効果を考えるとき、力の大きさだけでなく、 どこに力がはたらくかが決定的に重要になります。

日常で感じる「回転の効果」

ドアを開ける場面を想像してください。 取っ手(蝶番から最も遠い位置)を押せば、軽い力で開きます。 蝶番のすぐそばを押すと、強い力を入れても開きにくい。 この違いこそ、力のモーメントの大小の違いです。

スパナでボルトを回すときも同じです。 柄の端を持てば楽に回せますが、ボルトに近い位置を持つと力が要ります。 つまり、回転軸から力の作用点までの距離が長いほど、回転の効果は大きくなるのです。

💡 ここが本質:力のモーメントは「力 × 距離」

物体を回転させる効果は、力の大きさだけでは決まりません。 回転軸から力の作用線までの距離(うでの長さ)も同じだけ重要です。

この「回転させる能力」を定量化したものが力のモーメントです。 力が大きくても、うでの長さがゼロなら回転は起きません。

💡 ここが本質:質点と剛体の決定的な違い

質点では力の作用点は1点しかなく、回転を考える必要がありませんでした。 剛体では力の作用点が異なると、同じ力でも運動が変わります。

剛体の力学では、力の3要素(大きさ・向き・作用点)のすべてが重要になります。

2モーメントの計算 ─ 力 × うでの長さ

力のモーメントを正確に定義しましょう。 回転の中心(支点や回転軸)を $\text{O}$ とします。 力 $F$ の作用線とは、力のベクトルを延長した直線のことです。

回転軸 $\text{O}$ から作用線までの垂直距離をうでの長さ($d$)と呼びます。 力のモーメント $M$ は、次の式で定義されます。

📐 力のモーメントの定義

$$M = Fd$$

$M$:力のモーメント [$\text{N}\cdot\text{m}$]

$F$:力の大きさ [$\text{N}$]

$d$:うでの長さ(回転軸から作用線までの垂直距離)[$\text{m}$]

※ 単位はニュートンメートル($\text{N}\cdot\text{m}$)。 トルク(torque)ともいいます。

「うでの長さ」の求め方

うでの長さ $d$ は、回転軸から力の作用線に下ろした垂線の長さです。 力が回転軸を通る直線上にあるとき、$d = 0$ となり、モーメントはゼロです。 この場合、力は物体を回転させず、並進させるだけです。

たとえば、長さ $L$ の棒の端を支点として固定し、もう一方の端に垂直に力 $F$ を加えると、 うでの長さは $d = L$ です。 したがってモーメントは $M = FL$ になります。

⚠️ 落とし穴:うでの長さと作用点までの距離を混同する

うでの長さ $d$ は「回転軸から作用点までの距離」ではありません。 「回転軸から作用線までの垂直距離」です。

✕ 誤:作用点が回転軸から $r$ の位置にあるから $d = r$

○ 正:力が斜めにはたらく場合、$d = r\sin\theta$ となる($\theta$ は力と位置ベクトルのなす角)

力が作用点に垂直にはたらくときだけ、$d$ と $r$ が一致します。

⚠️ 落とし穴:モーメントの単位を $\text{J}$ と混同する

力のモーメントの単位 $\text{N}\cdot\text{m}$ は、仕事の単位 $\text{J}$(= $\text{N}\cdot\text{m}$)と次元が同じです。 しかし、物理的な意味はまったく異なります。

✕ 誤:モーメント $M = 10\,\text{J}$

○ 正:モーメント $M = 10\,\text{N}\cdot\text{m}$

混乱を避けるため、モーメントには $\text{J}$ を使わず $\text{N}\cdot\text{m}$ と書きます。

3力が斜めにはたらく場合

力が棒に対して垂直でないとき、うでの長さの計算にひと工夫が必要です。 ここでは2つの計算方法を紹介します。 どちらを使っても同じ答えが得られます。

方法1:作用線に垂線を下ろす

回転軸 $\text{O}$ から力の作用線に垂線を下ろし、その長さ $d$ を求めます。 力の作用点が $\text{O}$ から距離 $r$ の位置にあり、力と位置ベクトルのなす角が $\theta$ のとき、

$$d = r\sin\theta$$

したがって、モーメントは $M = Fd = Fr\sin\theta$ です。

方法2:力を分解する

力 $F$ を、棒に平行な成分 $F_{\parallel}$ と垂直な成分 $F_{\perp}$ に分解します。 棒に平行な成分は回転に寄与しません(作用線が回転軸を通るから)。 回転に寄与するのは垂直成分 $F_{\perp} = F\sin\theta$ だけです。

うでの長さは $r$(回転軸から作用点までの距離)ですから、 $M = F_{\perp} \times r = F\sin\theta \times r = Fr\sin\theta$ となります。 方法1と同じ結果です。

📐 斜めの力によるモーメント

$$M = Fr\sin\theta$$

$r$:回転軸から力の作用点までの距離 [$\text{m}$]

$\theta$:力の向きと位置ベクトルのなす角

※ $\theta = 90°$ のとき $\sin\theta = 1$ となり、$M = Fr$ に一致します。
▷ 2つの方法の同値性

方法1では $M = F \times (r\sin\theta) = Fr\sin\theta$。

方法2では $M = (F\sin\theta) \times r = Fr\sin\theta$。

どちらも積 $Fr\sin\theta$ に帰着します。 これは外積 $\vec{r} \times \vec{F}$ の大きさそのものです。

💡 ここが本質:力を分解するのが実戦的

入試問題では、力を分解して垂直成分だけを使う方法が断然おすすめです。 うでの長さを幾何学的に求めるより、力の分解のほうが間違いにくいからです。

回転に寄与するのは、棒に垂直な成分だけ」と覚えておきましょう。

⚠️ 落とし穴:$\sin$ と $\cos$ を取り違える

$\theta$ を「力と棒のなす角」と取るか、「力と棒に垂直な方向のなす角」と取るかで、$\sin$ と $\cos$ が入れ替わります。

○ ポイント:角度の定義を確認し、「力の作用線に垂線を下ろす」絵を描いてから式を立てましょう。 図を描くことが最善の防御策です。

4モーメントの符号と合成

1つの物体に複数の力がはたらくとき、それぞれのモーメントを合成する必要があります。 そのために、モーメントに符号をつけて区別します。

符号の約束

一般に、反時計回りのモーメントを時計回りのモーメントをとします。 ただし、問題によって逆に定義しても構いません。 大切なのは、1つの問題の中で統一することです。

合力のモーメント

複数の力がはたらくとき、全体のモーメント(合モーメント)は各モーメントの代数和です。

$$M_{\text{合}} = M_1 + M_2 + M_3 + \cdots$$

$M_{\text{合}} = 0$ のとき、物体は回転しません。 これが「モーメントのつりあい」の条件です。

⚠️ 落とし穴:符号を統一しないまま計算する

回転の向きを正負で区別せず、すべてのモーメントを正の値として足し合わせてしまうミスが多いです。

✕ 誤:時計回り $30\,\text{N}\cdot\text{m}$ と反時計回り $20\,\text{N}\cdot\text{m}$ の合モーメント → $50\,\text{N}\cdot\text{m}$

○ 正:反時計回りを正とすると、$M_{\text{合}} = +20 + (-30) = -10\,\text{N}\cdot\text{m}$(正味で時計回り)

🔬 深掘り:力のモーメントとベクトルの外積

大学物理では、モーメント(トルク)はベクトルの外積で定義されます。

$$\vec{M} = \vec{r} \times \vec{F}$$

$\vec{r}$ は回転軸から力の作用点への位置ベクトルです。 外積の大きさが $|\vec{M}| = rF\sin\theta$ となり、高校で学ぶ公式と一致します。 外積の向きが回転軸の方向を表します。

🔬 深掘り:偶力のモーメント

大きさが等しく逆向きの平行な2力の組を偶力といいます。 偶力は合力がゼロなので並進運動を起こしませんが、回転だけを起こします。

偶力のモーメントは $M = Fd$($d$ は2力の作用線間の距離)で、 回転軸の位置によらず一定という特別な性質があります。

5この章を俯瞰する

力のモーメントは、剛体力学の出発点です。 ここで学んだ概念が、以降のすべての記事の土台になります。

つながりマップ

  • ← M-5-7 運動量と力積の応用:質点の力学から剛体の力学への橋渡し。質点では不要だった「力の作用点」が重要になる。
  • → M-6-2 剛体のつりあい条件:力のつりあいとモーメントのつりあい、2つの条件を組み合わせる。
  • → M-6-3 水平な棒のつりあい:力のモーメントを使った典型的な問題演習。てこの原理を数式で扱う。
  • → M-6-6 重心の求め方:重力のモーメントを考えるときに重心の概念が必要になる。
  • → M-6-7 安定性と転倒条件:モーメントのつりあいが崩れるとき、物体は転倒する。

📋まとめ

  • 剛体とは大きさのある物体。力の作用点によって回転が生じる
  • 力のモーメント $M = Fd$。$F$ は力、$d$ はうでの長さ(回転軸から作用線への垂直距離)
  • 力が斜めのとき $M = Fr\sin\theta$。力を分解して垂直成分を使うのが実戦的
  • 反時計回りを正、時計回りを負と定め、合モーメントは代数和で求める
  • 合モーメントが $0$ のとき、物体は回転しない(モーメントのつりあい
  • うでの長さと作用点までの距離を混同しない。図を描くことが最善の防御策

確認テスト

Q1. 長さ $0.5\,\text{m}$ の棒の端を支点として固定し、もう一方の端に棒と垂直に $20\,\text{N}$ の力を加えました。モーメントはいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$M = Fd = 20 \times 0.5 = 10\,\text{N}\cdot\text{m}$

Q2. 力のモーメントの単位は何ですか。仕事の単位との違いを説明してください。

▶ クリックして解答を表示単位は $\text{N}\cdot\text{m}$(ニュートンメートル)。仕事の $\text{J}$(ジュール)と次元は同じですが、物理的意味が異なるため区別して書きます。

Q3. 回転軸から $0.4\,\text{m}$ の位置に、棒と $30°$ の角をなす $10\,\text{N}$ の力がはたらいています。モーメントを求めてください。

▶ クリックして解答を表示$M = Fr\sin\theta = 10 \times 0.4 \times \sin 30° = 10 \times 0.4 \times 0.5 = 2.0\,\text{N}\cdot\text{m}$

Q4. 「うでの長さ」とは何か、一文で説明してください。

▶ クリックして解答を表示回転軸から力の作用線に下ろした垂線の長さのことです。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-1-1 A 基礎 モーメントの計算 計算

長さ $0.80\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。回転軸から $0.60\,\text{m}$ の点 $\text{A}$ に、棒に垂直な力 $F = 15\,\text{N}$ を加えた。点 $\text{O}$ まわりの力のモーメントの大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$9.0\,\text{N}\cdot\text{m}$

解説

力が棒に垂直なので、うでの長さは回転軸から作用点までの距離に等しい。

$M = Fd = 15 \times 0.60 = 9.0\,\text{N}\cdot\text{m}$

B 発展レベル

6-1-2 B 発展 斜めの力 計算

長さ $1.0\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。もう一方の端 $\text{B}$ に、棒と $60°$ の角をなす力 $F = 20\,\text{N}$ を加えた。次の問いに答えよ。

(1) うでの長さを求めよ。

(2) 点 $\text{O}$ まわりの力のモーメントの大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\dfrac{\sqrt{3}}{2}\,\text{m} \approx 0.87\,\text{m}$

(2) $10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m} \approx 17\,\text{N}\cdot\text{m}$

解説

方針:力と棒のなす角が $60°$ なので、$\sin 60°$ を用いる。

(1) $d = r\sin\theta = 1.0 \times \sin 60° = \dfrac{\sqrt{3}}{2}\,\text{m}$

(2) $M = Fd = 20 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = 10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m}$

別解:力を分解して垂直成分 $F_{\perp} = 20\sin 60° = 10\sqrt{3}\,\text{N}$ を使い、$M = F_{\perp} \times r = 10\sqrt{3} \times 1.0 = 10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m}$。

採点ポイント
  • うでの長さに $\sin$ を正しく使う(3点)
  • モーメントの計算が正しい(3点)
  • 単位 $\text{N}\cdot\text{m}$ を正しく記す(1点)

C 応用レベル

6-1-3 C 応用 合モーメント 論述

長さ $1.2\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。$\text{O}$ から $0.40\,\text{m}$ の点 $\text{A}$ に棒に垂直で下向きの力 $F_1 = 30\,\text{N}$ を加え、$\text{O}$ から $1.2\,\text{m}$ の点 $\text{B}$ に棒に垂直で上向きの力 $F_2$ を加えたところ、棒は回転しなかった。$F_2$ の大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$F_2 = 10\,\text{N}$

解説

方針:モーメントのつりあい条件(合モーメント $= 0$)を使う。

反時計回りを正とする。$F_1$ は時計回り、$F_2$ は反時計回りのモーメントを生じる。

$$M_1 = -F_1 \times 0.40 = -30 \times 0.40 = -12\,\text{N}\cdot\text{m}$$

$$M_2 = +F_2 \times 1.2$$

モーメントのつりあいより $M_1 + M_2 = 0$。

$$-12 + 1.2F_2 = 0$$

$$F_2 = \frac{12}{1.2} = 10\,\text{N}$$

採点ポイント
  • 回転の正の向きを定める(1点)
  • 各力のモーメントを正しく計算する(3点)
  • モーメントのつりあい条件を立式する(3点)
  • $F_2 = 10\,\text{N}$ を正しく求める(3点)