重い扉を開けるとき、取っ手を押すのと蝶番の近くを押すのとでは、まるで手応えが違います。
同じ力でも、回転軸からの距離によって効果が変わる。
この「回転させる能力」を数値化したものが、力のモーメントです。
これまでの力学では、物体を「質点」として扱ってきました。 大きさを無視した点に力がはたらく場合、物体は並進運動をするだけです。 しかし現実の物体には大きさがあり、力の作用点によって回転が生じます。
大きさのある物体を剛体と呼びます。 剛体とは、力を受けても変形しない理想的な物体のことです。 剛体にはたらく力の効果を考えるとき、力の大きさだけでなく、 どこに力がはたらくかが決定的に重要になります。
ドアを開ける場面を想像してください。 取っ手(蝶番から最も遠い位置)を押せば、軽い力で開きます。 蝶番のすぐそばを押すと、強い力を入れても開きにくい。 この違いこそ、力のモーメントの大小の違いです。
スパナでボルトを回すときも同じです。 柄の端を持てば楽に回せますが、ボルトに近い位置を持つと力が要ります。 つまり、回転軸から力の作用点までの距離が長いほど、回転の効果は大きくなるのです。
物体を回転させる効果は、力の大きさだけでは決まりません。 回転軸から力の作用線までの距離(うでの長さ)も同じだけ重要です。
この「回転させる能力」を定量化したものが力のモーメントです。 力が大きくても、うでの長さがゼロなら回転は起きません。
質点では力の作用点は1点しかなく、回転を考える必要がありませんでした。 剛体では力の作用点が異なると、同じ力でも運動が変わります。
剛体の力学では、力の3要素(大きさ・向き・作用点)のすべてが重要になります。
力のモーメントを正確に定義しましょう。 回転の中心(支点や回転軸)を $\text{O}$ とします。 力 $F$ の作用線とは、力のベクトルを延長した直線のことです。
回転軸 $\text{O}$ から作用線までの垂直距離をうでの長さ($d$)と呼びます。 力のモーメント $M$ は、次の式で定義されます。
$$M = Fd$$
$M$:力のモーメント [$\text{N}\cdot\text{m}$]
$F$:力の大きさ [$\text{N}$]
$d$:うでの長さ(回転軸から作用線までの垂直距離)[$\text{m}$]
うでの長さ $d$ は、回転軸から力の作用線に下ろした垂線の長さです。 力が回転軸を通る直線上にあるとき、$d = 0$ となり、モーメントはゼロです。 この場合、力は物体を回転させず、並進させるだけです。
たとえば、長さ $L$ の棒の端を支点として固定し、もう一方の端に垂直に力 $F$ を加えると、 うでの長さは $d = L$ です。 したがってモーメントは $M = FL$ になります。
うでの長さ $d$ は「回転軸から作用点までの距離」ではありません。 「回転軸から作用線までの垂直距離」です。
✕ 誤:作用点が回転軸から $r$ の位置にあるから $d = r$
○ 正:力が斜めにはたらく場合、$d = r\sin\theta$ となる($\theta$ は力と位置ベクトルのなす角)
力が作用点に垂直にはたらくときだけ、$d$ と $r$ が一致します。
力のモーメントの単位 $\text{N}\cdot\text{m}$ は、仕事の単位 $\text{J}$(= $\text{N}\cdot\text{m}$)と次元が同じです。 しかし、物理的な意味はまったく異なります。
✕ 誤:モーメント $M = 10\,\text{J}$
○ 正:モーメント $M = 10\,\text{N}\cdot\text{m}$
混乱を避けるため、モーメントには $\text{J}$ を使わず $\text{N}\cdot\text{m}$ と書きます。
力が棒に対して垂直でないとき、うでの長さの計算にひと工夫が必要です。 ここでは2つの計算方法を紹介します。 どちらを使っても同じ答えが得られます。
回転軸 $\text{O}$ から力の作用線に垂線を下ろし、その長さ $d$ を求めます。 力の作用点が $\text{O}$ から距離 $r$ の位置にあり、力と位置ベクトルのなす角が $\theta$ のとき、
$$d = r\sin\theta$$
したがって、モーメントは $M = Fd = Fr\sin\theta$ です。
力 $F$ を、棒に平行な成分 $F_{\parallel}$ と垂直な成分 $F_{\perp}$ に分解します。 棒に平行な成分は回転に寄与しません(作用線が回転軸を通るから)。 回転に寄与するのは垂直成分 $F_{\perp} = F\sin\theta$ だけです。
うでの長さは $r$(回転軸から作用点までの距離)ですから、 $M = F_{\perp} \times r = F\sin\theta \times r = Fr\sin\theta$ となります。 方法1と同じ結果です。
$$M = Fr\sin\theta$$
$r$:回転軸から力の作用点までの距離 [$\text{m}$]
$\theta$:力の向きと位置ベクトルのなす角
方法1では $M = F \times (r\sin\theta) = Fr\sin\theta$。
方法2では $M = (F\sin\theta) \times r = Fr\sin\theta$。
どちらも積 $Fr\sin\theta$ に帰着します。 これは外積 $\vec{r} \times \vec{F}$ の大きさそのものです。
入試問題では、力を分解して垂直成分だけを使う方法が断然おすすめです。 うでの長さを幾何学的に求めるより、力の分解のほうが間違いにくいからです。
「回転に寄与するのは、棒に垂直な成分だけ」と覚えておきましょう。
$\theta$ を「力と棒のなす角」と取るか、「力と棒に垂直な方向のなす角」と取るかで、$\sin$ と $\cos$ が入れ替わります。
○ ポイント:角度の定義を確認し、「力の作用線に垂線を下ろす」絵を描いてから式を立てましょう。 図を描くことが最善の防御策です。
1つの物体に複数の力がはたらくとき、それぞれのモーメントを合成する必要があります。 そのために、モーメントに符号をつけて区別します。
一般に、反時計回りのモーメントを正、 時計回りのモーメントを負とします。 ただし、問題によって逆に定義しても構いません。 大切なのは、1つの問題の中で統一することです。
複数の力がはたらくとき、全体のモーメント(合モーメント)は各モーメントの代数和です。
$$M_{\text{合}} = M_1 + M_2 + M_3 + \cdots$$
$M_{\text{合}} = 0$ のとき、物体は回転しません。 これが「モーメントのつりあい」の条件です。
回転の向きを正負で区別せず、すべてのモーメントを正の値として足し合わせてしまうミスが多いです。
✕ 誤:時計回り $30\,\text{N}\cdot\text{m}$ と反時計回り $20\,\text{N}\cdot\text{m}$ の合モーメント → $50\,\text{N}\cdot\text{m}$
○ 正:反時計回りを正とすると、$M_{\text{合}} = +20 + (-30) = -10\,\text{N}\cdot\text{m}$(正味で時計回り)
大学物理では、モーメント(トルク)はベクトルの外積で定義されます。
$$\vec{M} = \vec{r} \times \vec{F}$$
$\vec{r}$ は回転軸から力の作用点への位置ベクトルです。 外積の大きさが $|\vec{M}| = rF\sin\theta$ となり、高校で学ぶ公式と一致します。 外積の向きが回転軸の方向を表します。
大きさが等しく逆向きの平行な2力の組を偶力といいます。 偶力は合力がゼロなので並進運動を起こしませんが、回転だけを起こします。
偶力のモーメントは $M = Fd$($d$ は2力の作用線間の距離)で、 回転軸の位置によらず一定という特別な性質があります。
力のモーメントは、剛体力学の出発点です。 ここで学んだ概念が、以降のすべての記事の土台になります。
Q1. 長さ $0.5\,\text{m}$ の棒の端を支点として固定し、もう一方の端に棒と垂直に $20\,\text{N}$ の力を加えました。モーメントはいくらですか。
Q2. 力のモーメントの単位は何ですか。仕事の単位との違いを説明してください。
Q3. 回転軸から $0.4\,\text{m}$ の位置に、棒と $30°$ の角をなす $10\,\text{N}$ の力がはたらいています。モーメントを求めてください。
Q4. 「うでの長さ」とは何か、一文で説明してください。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
長さ $0.80\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。回転軸から $0.60\,\text{m}$ の点 $\text{A}$ に、棒に垂直な力 $F = 15\,\text{N}$ を加えた。点 $\text{O}$ まわりの力のモーメントの大きさを求めよ。
$9.0\,\text{N}\cdot\text{m}$
力が棒に垂直なので、うでの長さは回転軸から作用点までの距離に等しい。
$M = Fd = 15 \times 0.60 = 9.0\,\text{N}\cdot\text{m}$
長さ $1.0\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。もう一方の端 $\text{B}$ に、棒と $60°$ の角をなす力 $F = 20\,\text{N}$ を加えた。次の問いに答えよ。
(1) うでの長さを求めよ。
(2) 点 $\text{O}$ まわりの力のモーメントの大きさを求めよ。
(1) $\dfrac{\sqrt{3}}{2}\,\text{m} \approx 0.87\,\text{m}$
(2) $10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m} \approx 17\,\text{N}\cdot\text{m}$
方針:力と棒のなす角が $60°$ なので、$\sin 60°$ を用いる。
(1) $d = r\sin\theta = 1.0 \times \sin 60° = \dfrac{\sqrt{3}}{2}\,\text{m}$
(2) $M = Fd = 20 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = 10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m}$
別解:力を分解して垂直成分 $F_{\perp} = 20\sin 60° = 10\sqrt{3}\,\text{N}$ を使い、$M = F_{\perp} \times r = 10\sqrt{3} \times 1.0 = 10\sqrt{3}\,\text{N}\cdot\text{m}$。
長さ $1.2\,\text{m}$ の軽い棒の一端 $\text{O}$ を回転軸として固定する。$\text{O}$ から $0.40\,\text{m}$ の点 $\text{A}$ に棒に垂直で下向きの力 $F_1 = 30\,\text{N}$ を加え、$\text{O}$ から $1.2\,\text{m}$ の点 $\text{B}$ に棒に垂直で上向きの力 $F_2$ を加えたところ、棒は回転しなかった。$F_2$ の大きさを求めよ。
$F_2 = 10\,\text{N}$
方針:モーメントのつりあい条件(合モーメント $= 0$)を使う。
反時計回りを正とする。$F_1$ は時計回り、$F_2$ は反時計回りのモーメントを生じる。
$$M_1 = -F_1 \times 0.40 = -30 \times 0.40 = -12\,\text{N}\cdot\text{m}$$
$$M_2 = +F_2 \times 1.2$$
モーメントのつりあいより $M_1 + M_2 = 0$。
$$-12 + 1.2F_2 = 0$$
$$F_2 = \frac{12}{1.2} = 10\,\text{N}$$