第7章 運動量の保存

運動量保存則
─ なぜ保存されるのか

ビリヤードで手球が的球に当たると、手球は止まり的球が動き出します。
まるで「運動の勢い」が一方から他方へ乗り移ったかのようです。
この直感を数学的に裏づけるのが運動量保存則です。
作用反作用の法則から、なぜ運動量が保存されるのかを理解しましょう。

1運動量保存則とは ─ 2物体の運動量の和は変わらない

氷の上で2人の人が向かい合って押し合う場面を考えてみましょう。 摩擦がなければ、2人は互いに遠ざかるように動き出します。 一方が右に動けば、もう一方は左に動きます。

このとき、2人の運動量の和は押し合う前と変わりません。 もともと2人とも静止していたなら、押し合った後も運動量の合計は $0$ のままです。

📐 運動量保存則

$$m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1' + m_2 v_2'$$

※ $m_1, m_2$:2物体の質量、$v_1, v_2$:衝突前の速度、$v_1', v_2'$:衝突後の速度。 外力がはたらかない(または無視できる)とき、2物体の運動量の和は一定に保たれます。
💡 ここが本質:運動量保存則は「力の詳細が不明でも使える」

衝突中の力の大きさや衝突時間は、多くの場合わかりません。 しかし運動量保存則を使えば、力の詳細を知らなくても衝突前後の速度を求められます。

これが運動方程式 $F = ma$ にはない、運動量保存則の最大の長所です。

⚠️ 落とし穴:運動量保存則を速さだけで使ってしまう

運動量はベクトル量です。必ず正の向きを決めて符号付きで計算してください。

✕ 誤:$m_1 \times 3 + m_2 \times 5 = \cdots$(向きを考えていない)

○ 正:右向きを正として、$m_1 \times (+3) + m_2 \times (-5) = \cdots$

向かい合って運動する2物体では、速度の符号が逆になります。

2なぜ保存されるのか ─ 作用反作用から導く

運動量保存則は「経験的にそうなる」という話ではありません。 ニュートンの作用反作用の法則から数学的に導くことができます。

▷ 運動量保存則の導出(2物体の場合)

物体1と物体2が衝突するとき、物体1が物体2から受ける力を $F_{12}$、物体2が物体1から受ける力を $F_{21}$ とします。

作用反作用の法則より、

$$F_{12} = -F_{21}$$

衝突時間 $\Delta t$ の間に、各物体の運動量は力積の分だけ変化します。

$$F_{12}\Delta t = m_1 v_1' - m_1 v_1$$

$$F_{21}\Delta t = m_2 v_2' - m_2 v_2$$

2式を辺々加えると、$F_{12} = -F_{21}$ なので左辺は $0$ になり、

$$(m_1 v_1' - m_1 v_1) + (m_2 v_2' - m_2 v_2) = 0$$

整理すると、

$$m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1' + m_2 v_2'$$

💡 ここが本質:作用反作用の法則が運動量保存を保証する

物体1が受けた力積と物体2が受けた力積は、大きさが等しく向きが逆です。 つまり、一方の運動量が増えた分だけ他方の運動量が減ります。

その結果、2物体の運動量の「合計」は変わらないのです。 運動量保存則は作用反作用の法則の直接的な帰結です。

💡 ここが本質:内力と外力を区別する

内力とは、注目する系の物体同士が及ぼし合う力です。 外力とは、系の外から加わる力です。

内力は作用反作用の対をなすので、系全体の運動量を変えません。 運動量の合計を変えるのは外力だけです。

⚠️ 落とし穴:重力があるのに「外力なし」と判断する

水平面上の衝突では、重力と垂直抗力がつり合って外力の合計が $0$ なので、運動量保存則が成り立ちます。

✕ 誤:「重力がかかっているから運動量は保存されない」

○ 正:「重力と垂直抗力がつり合っているので、水平方向の外力は $0$。水平方向の運動量は保存される」

運動量保存が成り立つかどうかは、「外力の合力が $0$ かどうか」で判断します。

3運動量保存則が成り立つ条件

運動量保存則はいつでも無条件に成り立つわけではありません。 正確な条件を整理しておきましょう。

成り立つための条件

  • 外力の合力が $0$:系に外から加わる力がつり合っているとき
  • 外力が内力に比べて無視できるほど小さい:衝突のように短時間で大きな内力がはたらく場合、重力などの外力の力積は小さいので無視できる
  • 特定の方向の外力が $0$:外力があっても、その力に垂直な方向の運動量は保存される
⚠️ 落とし穴:斜面上の衝突で運動量保存を使う方向を間違える

斜面上での衝突では、斜面に沿った方向と垂直な方向を分けて考えます。

✕ 誤:「斜面上だから運動量保存則は使えない」

○ 正:「斜面に沿った方向には外力の成分が $0$ でないが、衝突が一瞬なら運動量保存則は近似的に成り立つ」

衝突が一瞬($\Delta t \to 0$)のとき、重力による力積 $mg\sin\theta \cdot \Delta t \approx 0$ と見なせます。

3物体以上への拡張

運動量保存則は2物体に限りません。 3物体以上が互いに力を及ぼし合う場合でも、内力はすべて作用反作用の対をなすので、系全体の運動量の和は保存されます。

$$m_1 v_1 + m_2 v_2 + m_3 v_3 + \cdots = m_1 v_1' + m_2 v_2' + m_3 v_3' + \cdots$$

🔬 深掘り:ネーターの定理と運動量保存

物理学には「対称性があれば保存則がある」というネーターの定理があります。 運動量保存則は空間の並進対称性から導かれます。

つまり「物理法則はどこで実験しても同じ」という事実が、運動量の保存を保証しているのです。 これはエネルギー保存則が「時間の対称性」から導かれるのと対をなしています。

4運動量保存則の使い方 ─ 基本的な問題パターン

運動量保存則を使う手順を確認しましょう。 パターンに沿って練習すれば、すぐに使いこなせるようになります。

手順

  1. 正の向きを決める
  2. 衝突前の各物体の速度を符号付きで書き出す
  3. 衝突後の各物体の速度を未知数として置く
  4. $m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1' + m_2 v_2'$ に代入する
  5. 未知数が2つなら、もう1つの条件(反発係数など)を使う

パターン:静止物体への衝突

質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体Aが速度 $4.0\,\text{m/s}$ で右に進み、静止している質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体Bに衝突しました。 衝突後、物体Aの速度が $2.0\,\text{m/s}$(右向き)になった場合、物体Bの速度を求めます。

右向きを正とすると、

$$3.0 \times 4.0 + 1.0 \times 0 = 3.0 \times 2.0 + 1.0 \times v_B'$$

$$12 = 6.0 + v_B'$$

$$v_B' = 6.0\,\text{m/s}$$

正の値なので、物体Bは右向きに $6.0\,\text{m/s}$ で動きます。

⚠️ 落とし穴:衝突後の速度の符号を勝手に決めてしまう

✕ 誤:「衝突後は反対向きに動くはずだ」と思い込んで $v'$ に負の符号をつけてから代入する

○ 正:$v'$ は符号未定のまま式に入れる。計算結果の符号から向きを判断する

衝突後の向きは、計算結果が教えてくれます。先入観で符号を決めてはいけません。

🔬 深掘り:運動量保存とエネルギー保存は独立した法則

運動量保存則は作用反作用の法則から、エネルギー保存則は仕事の定理から導かれます。 この2つは別の法則であり、一方から他方を導くことはできません。

衝突問題では、この2つの保存則を同時に使うことで初めて未知数をすべて求められる場合が多いです。 次の記事で学ぶ反発係数も、実はエネルギー条件と深く関連しています。

5この章を俯瞰する

運動量保存則は衝突・分裂・合体のあらゆる問題の出発点です。 この法則が今後どのように展開されるかを確認しましょう。

つながりマップ

  • ← M-7-1 運動量と力積:運動量と力積の定義を学んだ。運動量保存則はその延長線上にある。
  • → M-7-3 反発係数:運動量保存則だけでは未知数が2つの問題を解けない。反発係数がもう1つの式を与える。
  • → M-7-4 弾性衝突:運動量保存 + エネルギー保存の2式を連立させて解く。
  • → M-7-5 非弾性衝突:運動量は保存されるがエネルギーは失われる。完全非弾性衝突では2物体が一体になる。
  • → M-7-9 重心の運動:運動量保存則は「重心速度が一定」と等価。重心の概念で統一的に理解できる。

📋まとめ

  • 運動量保存則:外力の合力が $0$ のとき、$m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1' + m_2 v_2'$ が成り立つ
  • 保存の理由は作用反作用の法則。内力の力積は打ち消し合い、運動量の合計は変わらない
  • 成り立つ条件:外力の合力 = 0、または外力が内力に比べて十分小さいとき
  • 特定の方向だけ外力が $0$ なら、その方向の運動量だけ保存される
  • 衝突後の速度の符号は先入観で決めず、計算結果から判断すること
  • 運動量保存則とエネルギー保存則は独立な法則。衝突問題では両方を使うことが多い

確認テスト

Q1. 運動量保存則が成り立つための条件を簡潔に述べてください。

▶ クリックして解答を表示系に作用する外力の合力が $0$(またはそれに比べて内力が十分大きい)であること。

Q2. 運動量保存則はどの法則から導かれますか。

▶ クリックして解答を表示ニュートンの第3法則(作用反作用の法則)。内力の力積が打ち消し合うことから導かれます。

Q3. 質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体Aが速度 $3.0\,\text{m/s}$ で右に進み、静止している質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体Bに衝突し、一体となって動き出しました。衝突後の速度を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$2.0 \times 3.0 + 4.0 \times 0 = (2.0 + 4.0) \times v'$ → $6.0 = 6.0 v'$ → $v' = 1.0\,\text{m/s}$(右向き)

Q4. 内力と外力の違いを説明してください。

▶ クリックして解答を表示内力は注目する系の物体同士が及ぼし合う力。外力は系の外から加わる力。内力は作用反作用の対をなし、系全体の運動量を変えません。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

7-2-1 A 基礎 運動量保存 計算

なめらかな水平面上で、質量 $4.0\,\text{kg}$ の台車Aが速度 $5.0\,\text{m/s}$ で右向きに進み、静止している質量 $6.0\,\text{kg}$ の台車Bに衝突した。衝突後、台車Aは速度 $1.0\,\text{m/s}$ で右向きに進んだ。台車Bの衝突後の速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

右向きに $\dfrac{8.0}{3} \approx 2.7\,\text{m/s}$

解説

右向きを正とし、運動量保存則を適用する。

$4.0 \times 5.0 + 6.0 \times 0 = 4.0 \times 1.0 + 6.0 \times v_B'$

$20 = 4.0 + 6.0 v_B'$ → $v_B' = \dfrac{16}{6.0} = \dfrac{8.0}{3} \approx 2.7\,\text{m/s}$

B 発展レベル

7-2-2 B 発展 正面衝突 合体

なめらかな水平面上で、質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体Aが速度 $4.0\,\text{m/s}$ で右向きに、質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体Bが速度 $6.0\,\text{m/s}$ で左向きに進み、正面衝突して一体となった。衝突後の速度(向きも含む)を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$0\,\text{m/s}$(静止する)

解説

右向きを正とする。$v_A = +4.0\,\text{m/s}$、$v_B = -6.0\,\text{m/s}$。

$3.0 \times 4.0 + 2.0 \times (-6.0) = (3.0 + 2.0) \times v'$

$12 - 12 = 5.0 v'$ → $v' = 0$

衝突前の運動量の合計が $0$ なので、一体となった物体は静止します。

採点ポイント
  • 正の向きを定め、物体Bの速度を負で書く(3点)
  • 一体なので衝突後の質量を $(m_A + m_B)$ とする(3点)
  • $v' = 0$ を正しく求める(4点)

C 応用レベル

7-2-3 C 応用 方向別保存 論述

なめらかな水平面上で、質量 $m$ の小球Aが速さ $v_0$ で右向きに進み、静止している質量 $2m$ の小球Bに衝突した。衝突後、小球Aは速さ $\dfrac{v_0}{3}$ で左向きに跳ね返った。

(1) 衝突後の小球Bの速度を求めよ。

(2) この衝突で失われた運動エネルギーを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 右向きに $\dfrac{2v_0}{3}$

(2) $\dfrac{mv_0^2}{9}$

解説

右向きを正とする。

(1) 運動量保存則:$m v_0 + 0 = m \times \left(-\dfrac{v_0}{3}\right) + 2m \times v_B'$

$mv_0 = -\dfrac{mv_0}{3} + 2mv_B'$ → $2mv_B' = mv_0 + \dfrac{mv_0}{3} = \dfrac{4mv_0}{3}$

$v_B' = \dfrac{2v_0}{3}$(右向き)

(2) 衝突前の運動エネルギー:$K_0 = \dfrac{1}{2}mv_0^2$

衝突後の運動エネルギー:$K' = \dfrac{1}{2}m\left(\dfrac{v_0}{3}\right)^2 + \dfrac{1}{2}(2m)\left(\dfrac{2v_0}{3}\right)^2 = \dfrac{mv_0^2}{18} + \dfrac{4mv_0^2}{9} = \dfrac{mv_0^2 + 8mv_0^2}{18} = \dfrac{mv_0^2}{2}$

失われたエネルギー:$\Delta K = K_0 - K' = \dfrac{mv_0^2}{2} - \dfrac{9mv_0^2}{18} = \dfrac{9mv_0^2 - 9mv_0^2}{18}$

計算を丁寧にやり直します。$K' = \dfrac{mv_0^2}{18} + \dfrac{4mv_0^2}{9} = \dfrac{mv_0^2}{18} + \dfrac{8mv_0^2}{18} = \dfrac{9mv_0^2}{18} = \dfrac{mv_0^2}{2}$

これは $K_0$ と同じなので $\Delta K = 0$…に見えますが、検算します。

$\dfrac{1}{2}(2m)\left(\dfrac{2v_0}{3}\right)^2 = m \times \dfrac{4v_0^2}{9} = \dfrac{4mv_0^2}{9}$

$K' = \dfrac{mv_0^2}{18} + \dfrac{4mv_0^2}{9} = \dfrac{mv_0^2}{18} + \dfrac{8mv_0^2}{18} = \dfrac{9mv_0^2}{18} = \dfrac{mv_0^2}{2}$

したがって $\Delta K = \dfrac{mv_0^2}{2} - \dfrac{mv_0^2}{2} = 0$。この衝突は弾性衝突です。失われた運動エネルギーは $0$ です。

採点ポイント
  • Aの衝突後の速度を負として正しく代入する(3点)
  • 運動量保存則から $v_B'$ を求める(3点)
  • 衝突前後の運動エネルギーをそれぞれ計算する(2点)
  • 差を求めて失われたエネルギーを答える(2点)