第13章 気体分子の運動

分子の速さ
─ 二乗平均速度と温度の関係

空気中の窒素分子は、秒速何メートルで飛び回っているのでしょうか?
答えは約 $500\,\text{m/s}$ ──音速を超える猛スピードです。
温度と分子の速さの関係を定量的に理解する二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ を学びましょう。

1分子の速さの「平均」とは

気体中の分子はさまざまな速さで飛び回っています。ある瞬間に速い分子もあれば遅い分子もあり、衝突のたびに速さが変わります。 では、分子の「代表的な速さ」をどう定義すればよいでしょうか?

なぜ単純平均ではダメなのか

分子は全方向にランダムに運動しているため、速度(ベクトル)の平均はゼロになります。 そこで、速さの二乗の平均値を取り、その平方根を「代表的な速さ」とします。これが二乗平均速度(root-mean-square speed, $v_{\text{rms}}$)です。

📐 二乗平均速度の定義

$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\frac{v_1^2 + v_2^2 + \cdots + v_N^2}{N}}$$

$\overline{v^2}$:速さの二乗の平均値、$N$:分子数
※ $v_{\text{rms}}$ は常に正の値。速度の方向情報は含まない。
💡 ここが本質:$v_{\text{rms}}$ はエネルギーと直結する

二乗平均速度が重要な理由は、分子の平均運動エネルギーが $\overline{v^2}$ に比例するからです。

$$\overline{E_k} = \frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{1}{2}m v_{\text{rms}}^2$$

温度は分子の平均運動エネルギーの指標なので、$v_{\text{rms}}$ は温度と直接結びつきます。

2二乗平均速度の公式

気体分子運動論から、分子1個の平均運動エネルギーは $\dfrac{3}{2}k_B T$ であることが導かれます。これと $\dfrac{1}{2}m\overline{v^2}$ を等置すると、$v_{\text{rms}}$ の公式が得られます。

📐 二乗平均速度の公式

分子1個あたり:

$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3k_B T}{m}}$$

1 mol あたりの式($M = mN_A$, $R = k_B N_A$):

$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}}$$

$k_B = 1.38 \times 10^{-23}\,\text{J/K}$:ボルツマン定数、$m$:分子1個の質量 [kg]、$T$:絶対温度 [K]
$R = 8.31\,\text{J/(mol·K)}$:気体定数、$M$:モル質量 [kg/mol]
▷ 公式の導出

分子1個の平均運動エネルギー:$\overline{E_k} = \dfrac{1}{2}m\overline{v^2} = \dfrac{3}{2}k_B T$

$\overline{v^2}$ について解くと:$\overline{v^2} = \dfrac{3k_B T}{m}$

平方根をとると:$v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}} = \sqrt{\dfrac{3k_B T}{m}}$

1 mol について考えると、$k_B = R/N_A$、$m = M/N_A$ を代入して:

$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3(R/N_A)T}{M/N_A}} = \sqrt{\frac{3RT}{M}}$$

⚠️ 落とし穴:$M$ の単位は kg/mol

$v_{\text{rms}} = \sqrt{3RT/M}$ で、$M$ はモル質量を kg/mol 単位で代入します。

✕ 誤:窒素 $N_2$ の $M = 28$(g/mol のまま代入)

○ 正:窒素 $N_2$ の $M = 28 \times 10^{-3}\,\text{kg/mol} = 0.028\,\text{kg/mol}$

g/mol を使うと、$v_{\text{rms}}$ の値が約 $\sqrt{1000} \approx 32$ 倍ずれてしまいます。

3温度と分子速度の関係

$v_{\text{rms}} = \sqrt{3k_B T / m}$ から、いくつかの重要な関係が読み取れます。

温度依存性

$v_{\text{rms}} \propto \sqrt{T}$(絶対温度の平方根に比例)。 温度が4倍になると、分子の速さは2倍になります。

質量依存性

$v_{\text{rms}} \propto 1/\sqrt{m}$(分子の質量の平方根に反比例)。 軽い分子ほど速く運動します。

📐 異なる気体の速さの比

同温で、分子量 $M_A$ の気体Aと分子量 $M_B$ の気体Bの $v_{\text{rms}}$ の比:

$$\frac{v_A}{v_B} = \sqrt{\frac{M_B}{M_A}}$$

※ 軽い気体ほど $v_{\text{rms}}$ が大きい。水素($M = 2$)は酸素($M = 32$)の $\sqrt{16} = 4$ 倍速い。
💡 ここが本質:同温なら平均運動エネルギーは等しい

$\dfrac{1}{2}m\overline{v^2} = \dfrac{3}{2}k_B T$ から、温度が同じなら分子の種類に関わらず平均運動エネルギーは同じです。

軽い分子は速く、重い分子は遅く動くことで、運動エネルギーが揃います。これがエネルギー等分配の法則の帰結です。

🔬 深掘り:地球大気からの水素の流出

水素分子($M = 2$)の $v_{\text{rms}}$ は約 $1900\,\text{m/s}$($300\,\text{K}$)で、地球の脱出速度(約 $11\,\text{km/s}$)よりかなり小さいです。しかし、マクスウェル速度分布の「裾野」(高速の分子)は脱出速度を超える場合があり、長い時間をかけて水素は宇宙空間に流出します。地球大気に水素がほとんどないのはこのためです。

4さまざまな気体分子の速さ

$v_{\text{rms}} = \sqrt{3RT/M}$ を使って、身近な気体の分子速度を計算してみましょう。$T = 300\,\text{K}$(約 $27\,\text{°C}$)とします。

気体分子量 $M$(g/mol)$v_{\text{rms}}$(m/s)
水素 $\text{H}_2$$2.0$$\approx 1930$
ヘリウム He$4.0$$\approx 1370$
水蒸気 $\text{H}_2\text{O}$$18$$\approx 645$
窒素 $\text{N}_2$$28$$\approx 517$
酸素 $\text{O}_2$$32$$\approx 484$
二酸化炭素 $\text{CO}_2$$44$$\approx 412$
▷ 窒素分子の $v_{\text{rms}}$ の計算

$M = 28 \times 10^{-3}\,\text{kg/mol}$、$T = 300\,\text{K}$、$R = 8.31\,\text{J/(mol·K)}$

$$v_{\text{rms}} = \sqrt{\frac{3 \times 8.31 \times 300}{28 \times 10^{-3}}} = \sqrt{\frac{7479}{0.028}} = \sqrt{267107} \approx 517\,\text{m/s}$$

これは音速(約 $340\,\text{m/s}$)よりも速い値です。

⚠️ 落とし穴:$v_{\text{rms}}$ と音速を混同する

$v_{\text{rms}}$ は個々の分子のランダムな運動の速さであり、音速とは異なる量です。

✕ 誤:分子の速さ=音速と考える

○ 正:音速は気体中の疎密波の伝播速度で、$v_{\text{rms}}$ とは概念が異なる(ただし同程度のオーダー)

理想気体の音速は $c = \sqrt{\gamma RT / M}$($\gamma$:比熱比)で、$v_{\text{rms}}$ と同程度ですが等しくはありません。

🔬 深掘り:マクスウェル速度分布

実際の分子の速さは一定ではなく、マクスウェル-ボルツマン分布に従います。$v_{\text{rms}}$ はこの分布の「代表値」の一つで、最も確からしい速さ $v_p = \sqrt{2k_B T / m}$ や平均の速さ $\bar{v} = \sqrt{8k_B T / (\pi m)}$ とはわずかに異なります。$v_p < \bar{v} < v_{\text{rms}}$ の関係があります。

5この章を俯瞰する

分子の速さは、温度のミクロな意味を理解するための核心的な概念です。

つながりマップ

  • ← T-3-1 気体分子運動論:分子の運動から圧力を導く議論が $v_{\text{rms}}$ の出発点。
  • ← T-3-2 温度の分子運動論的意味:$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_B T$ が $v_{\text{rms}}$ の公式の根拠。
  • ← T-2-6 混合気体:異なる分子の混合でも、温度が同じなら平均運動エネルギーは等しい。
  • → T-3-5 内部エネルギーと比熱:$v_{\text{rms}}$ と内部エネルギー、比熱の関係を定量化する。
  • → 化学:反応速度:分子の速さが化学反応の起きやすさに影響する。

📋まとめ

  • 二乗平均速度:$v_{\text{rms}} = \sqrt{\dfrac{3k_B T}{m}} = \sqrt{\dfrac{3RT}{M}}$
  • $v_{\text{rms}}$ は$\sqrt{T}$ に比例し、$\sqrt{m}$ に反比例する
  • 同温なら分子の種類によらず平均運動エネルギーは等しい($\frac{3}{2}k_B T$)
  • 軽い分子ほど速く、重い分子ほど遅い。水素は酸素の4倍速い
  • $M$ はモル質量を kg/mol で代入する(g/mol ではない)
  • $v_{\text{rms}}$ は音速とは異なる量だが同程度のオーダー(数百 m/s)

確認テスト

Q1. 二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ の定義を式で書いてください。

▶ クリックして解答を表示$v_{\text{rms}} = \sqrt{\overline{v^2}}$(速さの二乗の平均値の平方根)

Q2. 温度が $T$ から $4T$ に上がると、$v_{\text{rms}}$ は何倍になりますか。

▶ クリックして解答を表示$v_{\text{rms}} \propto \sqrt{T}$ なので、$\sqrt{4} = 2$ 倍になる。

Q3. 同温度で、ヘリウム($M = 4$)と酸素($M = 32$)の $v_{\text{rms}}$ の比を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$v_{\text{He}} / v_{\text{O}_2} = \sqrt{M_{\text{O}_2} / M_{\text{He}}} = \sqrt{32/4} = \sqrt{8} = 2\sqrt{2} \approx 2.83$(ヘリウムが約 $2.8$ 倍速い)

Q4. 同温の気体で、分子の種類に関わらず等しくなる量は何ですか。

▶ クリックして解答を表示分子1個あたりの平均運動エネルギー $\overline{E_k} = \frac{3}{2}k_B T$。軽い分子は速く、重い分子は遅く運動することで、エネルギーが等しくなる。

8入試問題演習

分子の速さを入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-4-1 A 基礎 $v_{\text{rms}}$計算

$27\,\text{°C}$ における酸素分子(分子量 $32$)の二乗平均速度 $v_{\text{rms}}$ を求めよ。$R = 8.3\,\text{J/(mol·K)}$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$v_{\text{rms}} \approx 484\,\text{m/s}$

解説

$T = 300\,\text{K}$、$M = 32 \times 10^{-3}\,\text{kg/mol}$

$v_{\text{rms}} = \sqrt{\dfrac{3RT}{M}} = \sqrt{\dfrac{3 \times 8.3 \times 300}{32 \times 10^{-3}}} = \sqrt{\dfrac{7470}{0.032}} = \sqrt{233438} \approx 483\,\text{m/s}$

B 発展レベル

3-4-2 B 発展 速さの比計算

同温で、水素分子 $\text{H}_2$(分子量 $2.0$)と窒素分子 $\text{N}_2$(分子量 $28$)の二乗平均速度の比 $v_{\text{H}_2} / v_{\text{N}_2}$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$v_{\text{H}_2} / v_{\text{N}_2} = \sqrt{14} \approx 3.74$

解説

$\dfrac{v_{\text{H}_2}}{v_{\text{N}_2}} = \sqrt{\dfrac{M_{\text{N}_2}}{M_{\text{H}_2}}} = \sqrt{\dfrac{28}{2.0}} = \sqrt{14} \approx 3.74$

水素分子は窒素分子の約 $3.7$ 倍の速さで運動している。

採点ポイント
  • 速さの比の公式を正しく使う(5点)
  • 分子量の比を正しく代入する(3点)
  • 数値が正しい(2点)

C 応用レベル

3-4-3 C 応用 温度変化論述

$27\,\text{°C}$ における窒素分子(分子量 $28$)の二乗平均速度が $v_0$ であるとき、以下の問いに答えよ。$R = 8.3\,\text{J/(mol·K)}$

(1) $v_0$ の値を求めよ。

(2) $v_{\text{rms}}$ が $v_0$ の $1.5$ 倍になるのは何 °C のときか。

(3) 同じ温度で、二酸化炭素(分子量 $44$)の $v_{\text{rms}}$ を $v_0$ を用いて表せ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v_0 \approx 517\,\text{m/s}$

(2) $402\,\text{°C}$

(3) $v_{\text{CO}_2} = v_0\sqrt{28/44} = v_0\sqrt{7/11}$

解説

(1) $v_0 = \sqrt{\dfrac{3 \times 8.3 \times 300}{28 \times 10^{-3}}} = \sqrt{\dfrac{7470}{0.028}} = \sqrt{266786} \approx 517\,\text{m/s}$

(2) $v_{\text{rms}} \propto \sqrt{T}$ より、$1.5v_0 = v_0\sqrt{T_2/T_1}$

$1.5 = \sqrt{T_2/300}$ → $T_2 = 300 \times 1.5^2 = 300 \times 2.25 = 675\,\text{K}$

$t = 675 - 273 = 402\,\text{°C}$

(3) 同温では $v \propto 1/\sqrt{M}$ なので:

$v_{\text{CO}_2} = v_0 \times \sqrt{\dfrac{M_{\text{N}_2}}{M_{\text{CO}_2}}} = v_0\sqrt{\dfrac{28}{44}} = v_0\sqrt{\dfrac{7}{11}}$

採点ポイント
  • $v_0$ の計算が正しい(2点)
  • $v_{\text{rms}} \propto \sqrt{T}$ を正しく使い、温度を求める(3点)
  • 摂氏に正しく変換する(1点)
  • 異なる気体の速さの比を正しく表す(3点)
  • $v_0$ を用いた式で表す(1点)