陽子と中性子をバラバラにして測った質量の合計は、原子核の質量よりも大きい。
この「消えた質量」はどこへ行ったのでしょうか。
アインシュタインの $E = mc^2$ が教えてくれます。質量が減った分、核子を結びつける結合エネルギーとして蓄えられているのです。
原子核の質量を精密に測定すると、それを構成する陽子と中性子の質量の単純な合計よりも小さいことがわかります。 この差を質量欠損(mass defect)と呼びます。
$$\Delta m = Zm_p + Nm_n - M$$
たとえばヘリウム4(${}^4_2\text{He}$)の場合:
アインシュタインの特殊相対性理論によれば、質量とエネルギーは等価です($E = mc^2$)。
核子がバラバラの状態から原子核を形成するとき、エネルギーが放出されます。この分だけ質量が減少するのです。逆に原子核を核子にバラバラにするには、減った質量分のエネルギーを外部から供給しなければなりません。
質量欠損に対応するエネルギーを結合エネルギー(binding energy)と呼びます。 原子核をバラバラの核子に分解するために必要な最小エネルギーです。
$$B = \Delta m \cdot c^2 = (Zm_p + Nm_n - M) \cdot c^2$$
ヘリウム4の結合エネルギーは $0.03037 \times 931.5 = 28.3\,\text{MeV}$ です。 これは核子1個あたり約 $7.07\,\text{MeV}$ に相当します。
✕ 誤:結合エネルギーが大きいほど不安定で崩壊しやすい
○ 正:結合エネルギーが大きいほど安定。バラバラにするのに大きなエネルギーが必要だから
結合エネルギーは「核子を引き離すのに必要なエネルギー」です。大きいほどしっかり結びついている=安定です。
原子核の安定性を比較するには、結合エネルギーの総量ではなく核子あたりの結合エネルギー $B/A$ を使います。
核子あたりの結合エネルギーを質量数 $A$ に対してグラフにすると、次のような特徴があります。
核子あたりの結合エネルギーが最大の ${}^{56}\text{Fe}$ 付近が最も安定です。
このグラフから、軽い原子核を融合(核融合)させても、重い原子核を分裂(核分裂)させても、 鉄に近づく方向の反応ではエネルギーが放出されることがわかります。これが核エネルギーの源です。
核力は短距離力(飽和性)なので、核子は隣接する数個の核子としか相互作用しません。一方、クーロン力は長距離力なので、すべての陽子対に働きます。
軽い核では核子を増やすほど核力の恩恵が増え、$B/A$ は増加します。しかし重い核ではクーロン斥力の総和が核力を上回り始め、$B/A$ は減少に転じます。このバランスが鉄付近で最適になります。
質量とエネルギーの換算に使う公式とよく使う換算値をまとめます。
$$E = mc^2$$
$1\,\text{u} = 1.661 \times 10^{-27}\,\text{kg} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$
$1\,\text{MeV} = 1.602 \times 10^{-13}\,\text{J}$
$E = mc^2 = 1.661 \times 10^{-27} \times (3.00 \times 10^8)^2$
$= 1.661 \times 10^{-27} \times 9.00 \times 10^{16} = 1.495 \times 10^{-10}\,\text{J}$
$= \dfrac{1.495 \times 10^{-10}}{1.602 \times 10^{-13}} = 933.1\,\text{MeV}$
(精密値は $931.494\,\text{MeV}$。高校物理では $931.5\,\text{MeV}$ を使用。)
✕ 誤:質量を kg のまま $931.5$ を掛ける
○ 正:$931.5\,\text{MeV}$ は $1\,\text{u}$ あたりの換算値。質量が u 単位のときのみ使える
kg 単位の質量なら $E = mc^2$ を直接計算し、J で答えてから MeV に換算しましょう。
質量欠損と結合エネルギーは核エネルギーを理解する鍵です。
Q1. 質量欠損とは何ですか。
Q2. 結合エネルギーが大きい原子核は安定ですか、不安定ですか。
Q3. 核子あたりの結合エネルギーが最大の元素は何ですか。
Q4. $1\,\text{u}$ は何 MeV に相当しますか。
質量欠損と核エネルギーに関する入試形式の問題です。
重水素 ${}^2_1\text{H}$ の原子核(陽子1個+中性子1個)の質量は $2.01355\,\text{u}$ である。$m_p = 1.00728\,\text{u}$、$m_n = 1.00866\,\text{u}$ として質量欠損と結合エネルギーを求めよ。
$\Delta m = 0.00239\,\text{u}$、$B = 2.23\,\text{MeV}$
$\Delta m = 1.00728 + 1.00866 - 2.01355 = 0.00239\,\text{u}$
$B = 0.00239 \times 931.5 = 2.226\,\text{MeV} \approx 2.23\,\text{MeV}$
${}^4_2\text{He}$ の結合エネルギーは $28.3\,\text{MeV}$、${}^{56}_{26}\text{Fe}$ の結合エネルギーは $492\,\text{MeV}$ である。核子あたりの結合エネルギーをそれぞれ求め、どちらがより安定か答えよ。
${}^4\text{He}$:$7.08\,\text{MeV}$、${}^{56}\text{Fe}$:$8.79\,\text{MeV}$。鉄の方がより安定。
${}^4\text{He}$:$B/A = 28.3/4 = 7.08\,\text{MeV}$
${}^{56}\text{Fe}$:$B/A = 492/56 = 8.79\,\text{MeV}$
核子あたりの結合エネルギーが大きい鉄の方がより安定です。
$1.0\,\text{g}$ の物質が完全にエネルギーに変換されたとき、放出されるエネルギーを J と kWh で求めよ。$c = 3.0 \times 10^8\,\text{m/s}$ とする。また、このエネルギーが一般家庭の年間電力消費量(約 $4000\,\text{kWh}$)の何年分に相当するか述べよ。
$E = 9.0 \times 10^{13}\,\text{J} = 2.5 \times 10^{7}\,\text{kWh}$。約 $6250$ 年分。
$E = mc^2 = 1.0 \times 10^{-3} \times (3.0 \times 10^8)^2 = 9.0 \times 10^{13}\,\text{J}$
$1\,\text{kWh} = 3.6 \times 10^6\,\text{J}$ より、
$E = \dfrac{9.0 \times 10^{13}}{3.6 \times 10^6} = 2.5 \times 10^7\,\text{kWh}$
$\dfrac{2.5 \times 10^7}{4000} = 6250$ 年分
わずか $1\,\text{g}$ の質量に、一般家庭の6000年分以上のエネルギーが等価として含まれています。$E = mc^2$ の「$c^2$」という巨大な係数がいかに大きいかがわかります。