第29章 原子核と素粒子

質量欠損と核エネルギー
─ $E = mc^2$

陽子と中性子をバラバラにして測った質量の合計は、原子核の質量よりも大きい。
この「消えた質量」はどこへ行ったのでしょうか。
アインシュタインの $E = mc^2$ が教えてくれます。質量が減った分、核子を結びつける結合エネルギーとして蓄えられているのです。

1質量欠損とは

原子核の質量を精密に測定すると、それを構成する陽子と中性子の質量の単純な合計よりも小さいことがわかります。 この差を質量欠損(mass defect)と呼びます。

📐 質量欠損

$$\Delta m = Zm_p + Nm_n - M$$

※ $Z$:陽子数、$N$:中性子数、$m_p$:陽子の質量、$m_n$:中性子の質量、$M$:原子核の質量。$\Delta m > 0$ であり、この「消えた質量」が結合エネルギーに対応する。

たとえばヘリウム4(${}^4_2\text{He}$)の場合:

  • 陽子2個の質量:$2 \times 1.00728\,\text{u} = 2.01456\,\text{u}$
  • 中性子2個の質量:$2 \times 1.00866\,\text{u} = 2.01732\,\text{u}$
  • 合計:$4.03188\,\text{u}$
  • ${}^4\text{He}$ 核の実際の質量:$4.00151\,\text{u}$
  • 質量欠損:$\Delta m = 4.03188 - 4.00151 = 0.03037\,\text{u}$
💡 ここが本質:質量はエネルギーの一形態

アインシュタインの特殊相対性理論によれば、質量とエネルギーは等価です($E = mc^2$)。

核子がバラバラの状態から原子核を形成するとき、エネルギーが放出されます。この分だけ質量が減少するのです。逆に原子核を核子にバラバラにするには、減った質量分のエネルギーを外部から供給しなければなりません。

2結合エネルギー

質量欠損に対応するエネルギーを結合エネルギー(binding energy)と呼びます。 原子核をバラバラの核子に分解するために必要な最小エネルギーです。

📐 結合エネルギー

$$B = \Delta m \cdot c^2 = (Zm_p + Nm_n - M) \cdot c^2$$

※ $1\,\text{u} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$ を使えば、$B\,[\text{MeV}] = \Delta m\,[\text{u}] \times 931.5$ で計算できる。

ヘリウム4の結合エネルギーは $0.03037 \times 931.5 = 28.3\,\text{MeV}$ です。 これは核子1個あたり約 $7.07\,\text{MeV}$ に相当します。

⚠️ 落とし穴:結合エネルギーが大きい=不安定、と誤解する

✕ 誤:結合エネルギーが大きいほど不安定で崩壊しやすい

○ 正:結合エネルギーが大きいほど安定。バラバラにするのに大きなエネルギーが必要だから

結合エネルギーは「核子を引き離すのに必要なエネルギー」です。大きいほどしっかり結びついている=安定です。

3核子あたりの結合エネルギーと核の安定性

原子核の安定性を比較するには、結合エネルギーの総量ではなく核子あたりの結合エネルギー $B/A$ を使います。

核子あたりの結合エネルギーを質量数 $A$ に対してグラフにすると、次のような特徴があります。

  • $A$ が小さい領域では急激に増加する(${}^2\text{H}$: 約 $1.1\,\text{MeV}$、${}^4\text{He}$: 約 $7.1\,\text{MeV}$)
  • $A \approx 56$(鉄 ${}^{56}\text{Fe}$)付近で最大値(約 $8.8\,\text{MeV}$)をとる
  • $A$ が大きくなると緩やかに減少する(${}^{238}\text{U}$: 約 $7.6\,\text{MeV}$)
💡 ここが本質:鉄が最も安定な原子核

核子あたりの結合エネルギーが最大の ${}^{56}\text{Fe}$ 付近が最も安定です。

このグラフから、軽い原子核を融合(核融合)させても、重い原子核を分裂(核分裂)させても、 鉄に近づく方向の反応ではエネルギーが放出されることがわかります。これが核エネルギーの源です。

🔬 深掘り:なぜ鉄で最大になるのか

核力は短距離力(飽和性)なので、核子は隣接する数個の核子としか相互作用しません。一方、クーロン力は長距離力なので、すべての陽子対に働きます。

軽い核では核子を増やすほど核力の恩恵が増え、$B/A$ は増加します。しかし重い核ではクーロン斥力の総和が核力を上回り始め、$B/A$ は減少に転じます。このバランスが鉄付近で最適になります。

4$E = mc^2$ の計算

質量とエネルギーの換算に使う公式とよく使う換算値をまとめます。

📐 質量とエネルギーの換算

$$E = mc^2$$

$1\,\text{u} = 1.661 \times 10^{-27}\,\text{kg} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$

$1\,\text{MeV} = 1.602 \times 10^{-13}\,\text{J}$

※ 質量を u(原子質量単位)で与えられたら $\times 931.5$ で MeV に換算できる。
▷ 計算例:$1\,\text{u}$ のエネルギー等価

$E = mc^2 = 1.661 \times 10^{-27} \times (3.00 \times 10^8)^2$

$= 1.661 \times 10^{-27} \times 9.00 \times 10^{16} = 1.495 \times 10^{-10}\,\text{J}$

$= \dfrac{1.495 \times 10^{-10}}{1.602 \times 10^{-13}} = 933.1\,\text{MeV}$

(精密値は $931.494\,\text{MeV}$。高校物理では $931.5\,\text{MeV}$ を使用。)

⚠️ 落とし穴:単位の換算ミス

✕ 誤:質量を kg のまま $931.5$ を掛ける

○ 正:$931.5\,\text{MeV}$ は $1\,\text{u}$ あたりの換算値。質量が u 単位のときのみ使える

kg 単位の質量なら $E = mc^2$ を直接計算し、J で答えてから MeV に換算しましょう。

5この章を俯瞰する

質量欠損と結合エネルギーは核エネルギーを理解する鍵です。

つながりマップ

  • ← A-3-1 原子核の構造:核子の質量と原子核の質量を比較する。
  • ← A-3-4 核反応:核反応のQ値は質量欠損の差から求まる。
  • → A-3-6 核分裂と核融合:$B/A$ の曲線から、核分裂・核融合でエネルギーが放出される理由がわかる。
  • ← 特殊相対性理論:$E = mc^2$ は質量とエネルギーの等価性を示す。

📋まとめ

  • 質量欠損 $\Delta m = Zm_p + Nm_n - M$:核子の質量の合計と原子核の質量の差
  • 結合エネルギー $B = \Delta m \cdot c^2$:原子核をバラバラにするのに必要なエネルギー
  • 核子あたりの結合エネルギー $B/A$ は鉄($A \approx 56$)付近で最大
  • $B/A$ が最大の核が最も安定。核融合も核分裂も鉄に近づく方向でエネルギーを放出する
  • $1\,\text{u} = 931.5\,\text{MeV}/c^2$ を使えば質量からエネルギーへの換算が容易

確認テスト

Q1. 質量欠損とは何ですか。

▶ クリックして解答を表示原子核を構成する陽子と中性子の質量の合計と、原子核の実際の質量との差。$\Delta m = Zm_p + Nm_n - M$。

Q2. 結合エネルギーが大きい原子核は安定ですか、不安定ですか。

▶ クリックして解答を表示安定。結合エネルギーが大きいほど、核子をバラバラにするのに大きなエネルギーが必要なため。

Q3. 核子あたりの結合エネルギーが最大の元素は何ですか。

▶ クリックして解答を表示鉄(${}^{56}\text{Fe}$)付近。$B/A \approx 8.8\,\text{MeV}$。

Q4. $1\,\text{u}$ は何 MeV に相当しますか。

▶ クリックして解答を表示$931.5\,\text{MeV}$。$E = 1\,\text{u} \times c^2 = 931.5\,\text{MeV}$。

8入試問題演習

質量欠損と核エネルギーに関する入試形式の問題です。

A 基礎レベル

3-5-1 A 基礎 質量欠損計算

重水素 ${}^2_1\text{H}$ の原子核(陽子1個+中性子1個)の質量は $2.01355\,\text{u}$ である。$m_p = 1.00728\,\text{u}$、$m_n = 1.00866\,\text{u}$ として質量欠損と結合エネルギーを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\Delta m = 0.00239\,\text{u}$、$B = 2.23\,\text{MeV}$

解説

$\Delta m = 1.00728 + 1.00866 - 2.01355 = 0.00239\,\text{u}$

$B = 0.00239 \times 931.5 = 2.226\,\text{MeV} \approx 2.23\,\text{MeV}$

B 発展レベル

3-5-2 B 発展 結合エネルギー計算

${}^4_2\text{He}$ の結合エネルギーは $28.3\,\text{MeV}$、${}^{56}_{26}\text{Fe}$ の結合エネルギーは $492\,\text{MeV}$ である。核子あたりの結合エネルギーをそれぞれ求め、どちらがより安定か答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

${}^4\text{He}$:$7.08\,\text{MeV}$、${}^{56}\text{Fe}$:$8.79\,\text{MeV}$。鉄の方がより安定。

解説

${}^4\text{He}$:$B/A = 28.3/4 = 7.08\,\text{MeV}$

${}^{56}\text{Fe}$:$B/A = 492/56 = 8.79\,\text{MeV}$

核子あたりの結合エネルギーが大きい鉄の方がより安定です。

採点ポイント
  • 核子あたりの結合エネルギーを正しく計算する(各2点)
  • $B/A$ が大きい方が安定であると正しく判断する(3点)

C 応用レベル

3-5-3 C 応用 E=mc²論述・計算

$1.0\,\text{g}$ の物質が完全にエネルギーに変換されたとき、放出されるエネルギーを J と kWh で求めよ。$c = 3.0 \times 10^8\,\text{m/s}$ とする。また、このエネルギーが一般家庭の年間電力消費量(約 $4000\,\text{kWh}$)の何年分に相当するか述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$E = 9.0 \times 10^{13}\,\text{J} = 2.5 \times 10^{7}\,\text{kWh}$。約 $6250$ 年分。

解説

$E = mc^2 = 1.0 \times 10^{-3} \times (3.0 \times 10^8)^2 = 9.0 \times 10^{13}\,\text{J}$

$1\,\text{kWh} = 3.6 \times 10^6\,\text{J}$ より、

$E = \dfrac{9.0 \times 10^{13}}{3.6 \times 10^6} = 2.5 \times 10^7\,\text{kWh}$

$\dfrac{2.5 \times 10^7}{4000} = 6250$ 年分

わずか $1\,\text{g}$ の質量に、一般家庭の6000年分以上のエネルギーが等価として含まれています。$E = mc^2$ の「$c^2$」という巨大な係数がいかに大きいかがわかります。

採点ポイント
  • $E = mc^2$ を正しく計算する(3点)
  • J から kWh への換算(3点)
  • 年間消費量との比較(2点)