第26章 交流と電磁波

変圧器(トランス)
─ 電圧を変える

発電所でつくられた電気は、数十万ボルトという高い電圧で送電され、家庭に届く直前に100Vに下げられます。
この「電圧の変換」を担うのが変圧器(トランス)です。
交流が世界中で使われる最大の理由 ── それは変圧器の存在にあります。

1変圧器の原理 ─ 相互誘導

変圧器は、共通の鉄心に巻かれた2つのコイルから構成されます。 交流電源に接続する側を一次コイル(巻数 $N_1$)、負荷に接続する側を二次コイル(巻数 $N_2$)と呼びます。

一次コイルに交流電流を流すと、鉄心を通じて磁束が変化し、ファラデーの法則により二次コイルに起電力が誘導されます。 これが相互誘導の原理です。

理想的な変圧器では、一次コイルがつくる磁束がすべて二次コイルを貫きます(漏れ磁束ゼロ)。 このとき、両コイルを貫く磁束の時間変化率 $\dfrac{d\Phi}{dt}$ は同じです。

💡 ここが本質:同じ磁束変化が巻数比で電圧を決める

一次コイルの電圧は $V_1 = N_1\dfrac{d\Phi}{dt}$、二次コイルの電圧は $V_2 = N_2\dfrac{d\Phi}{dt}$。

$\dfrac{d\Phi}{dt}$ が同じなので、電圧の比は巻数の比に等しくなります。たったこれだけの原理で電圧が自在に変えられるのです。

2変圧器の公式

📐 変圧器の基本公式

電圧比:$$\frac{V_1}{V_2} = \frac{N_1}{N_2}$$

電力保存(理想変圧器):$$V_1 I_1 = V_2 I_2$$

電流比:$$\frac{I_1}{I_2} = \frac{N_2}{N_1}$$

※ $N_1$, $N_2$:一次・二次コイルの巻数。$V$, $I$ はいずれも実効値。電圧比と電流比は逆数の関係。

$N_2 > N_1$ なら $V_2 > V_1$(昇圧)、$N_2 < N_1$ なら $V_2 < V_1$(降圧)です。 電圧を上げると電流は下がり、電力($VI$)は保存されます。

⚠️ 落とし穴:電圧を上げるとエネルギーも増えると思う

✕ 誤:変圧器で電圧を10倍にすれば、10倍のエネルギーが得られる

○ 正:電圧を10倍にすると電流は $\dfrac{1}{10}$ になり、電力 $VI$ は一定。エネルギーは保存される

変圧器はエネルギーをつくるのではなく、電圧と電流の「配分」を変えるだけです。

⚠️ 落とし穴:電圧比と電流比を同じ向きに使う

✕ 誤:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2} = \dfrac{I_1}{I_2}$

○ 正:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2}$ だが $\dfrac{I_1}{I_2} = \dfrac{N_2}{N_1}$(逆数)

電圧は巻数に比例し、電流は巻数に反比例します。$V_1 I_1 = V_2 I_2$ を常に確認しましょう。

3送電と電力損失

変圧器の最大の用途は、送電時の電力損失を減らすことです。

送電線の抵抗を $r$ とすると、送電中のジュール損は $P_{\text{loss}} = I^2 r$ です。 送りたい電力を $P = VI$ とすると $I = \dfrac{P}{V}$ なので、

$$P_{\text{loss}} = \left(\frac{P}{V}\right)^2 r = \frac{P^2 r}{V^2}$$

📐 送電損失

$$P_{\text{loss}} = \frac{P^2 r}{V^2}$$

※ 送電電圧 $V$ を $n$ 倍にすると損失は $\dfrac{1}{n^2}$ に減る。高電圧送電が有利な理由。
💡 ここが本質:電圧を $n$ 倍にすると損失は $\dfrac{1}{n^2}$ に

$P_{\text{loss}} \propto \dfrac{1}{V^2}$ ですから、電圧を10倍にすれば損失は $\dfrac{1}{100}$ になります。

これが発電所で数十万ボルトまで昇圧して送電する理由です。変圧器なしにはこの高効率送電は実現できません。

送電の具体例

電力 $P = 1000\,\text{kW}$ を送電線(抵抗 $r = 10\,\Omega$)で送る場合を考えましょう。

送電電圧 電流 送電損失 損失率
$1000\,\text{V}$ $1000\,\text{A}$ $10000\,\text{kW}$ $1000\%$(不可能)
$10000\,\text{V}$ $100\,\text{A}$ $100\,\text{kW}$ $10\%$
$100000\,\text{V}$ $10\,\text{A}$ $1\,\text{kW}$ $0.1\%$
🔬 深掘り:直流送電(HVDC)の復権

近年、パワーエレクトロニクスの発展により、高圧直流送電(HVDC)が見直されています。 交流送電では容量性の損失や位相管理が課題となる長距離海底ケーブルなどで、HVDCが優位性を発揮します。

直流を高電圧に変換するにはインバーターやコンバーターが必要ですが、半導体技術の進歩でこれが実用的になりました。

4この章を俯瞰する

変圧器は交流の最大のメリットを具現化する装置です。

つながりマップ

  • ← E-7-1 交流の発生:交流が主流になった理由 ── それは変圧器で電圧を変えられるから。ここでその詳細を学んだ。
  • ← 電磁誘導・相互誘導:変圧器の原理はファラデーの法則と相互誘導に基づく。
  • → E-7-8 電磁波:交流回路から電磁波の世界へ。LC振動が電磁波の発生に関わる。

📋まとめ

  • 変圧器は相互誘導を利用して交流電圧を変換する装置
  • 電圧比は巻数比:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2}$
  • 理想変圧器では電力が保存:$V_1 I_1 = V_2 I_2$。電圧を上げると電流は下がる
  • 電流比は巻数比の逆数:$\dfrac{I_1}{I_2} = \dfrac{N_2}{N_1}$
  • 送電損失 $P_{\text{loss}} = \dfrac{P^2 r}{V^2}$。電圧を $n$ 倍にすると損失は $\dfrac{1}{n^2}$
  • 高電圧送電が可能な変圧器の存在こそが、交流が電力供給の主流である最大の理由

確認テスト

Q1. 変圧器の電圧比の公式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2}$。電圧比は巻数比に等しい。

Q2. 一次コイル100回巻、二次コイル2000回巻の変圧器の一次側に100Vを加えたとき、二次側の電圧を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$V_2 = V_1 \times \dfrac{N_2}{N_1} = 100 \times \dfrac{2000}{100} = 2000\,\text{V}$

Q3. 送電電圧を2倍にすると、送電損失は何分の1になりますか。

▶ クリックして解答を表示$\dfrac{1}{4}$。送電損失は $\dfrac{P^2 r}{V^2}$ であり $V^2$ に反比例するため、$V$ を2倍にすると損失は $\dfrac{1}{2^2} = \dfrac{1}{4}$ になる。

Q4. 変圧器が直流では機能しない理由を述べてください。

▶ クリックして解答を表示直流では電流が一定なので磁束が変化せず、$\dfrac{d\Phi}{dt} = 0$ となり二次コイルに起電力が誘導されないから。変圧器は磁束の時間変化(交流)が不可欠。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

7-7-1 A 基礎 変圧器計算

一次コイル $500$ 回巻、二次コイル $50$ 回巻の変圧器がある。一次側に実効値 $2000\,\text{V}$ の交流を加えた。理想変圧器として次の問いに答えよ。

(1) 二次側の電圧を求めよ。

(2) 二次側に $20\,\Omega$ の抵抗をつないだとき、二次側の電流を求めよ。

(3) 一次側の電流を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $V_2 = 200\,\text{V}$

(2) $I_2 = 10\,\text{A}$

(3) $I_1 = 1.0\,\text{A}$

解説

(1) $V_2 = V_1 \times \dfrac{N_2}{N_1} = 2000 \times \dfrac{50}{500} = 200\,\text{V}$

(2) $I_2 = \dfrac{V_2}{R} = \dfrac{200}{20} = 10\,\text{A}$

(3) $V_1 I_1 = V_2 I_2$ より $I_1 = \dfrac{V_2 I_2}{V_1} = \dfrac{200 \times 10}{2000} = 1.0\,\text{A}$

B 発展レベル

7-7-2 B 発展 送電損失計算

発電所から $P = 500\,\text{kW}$ の電力を、抵抗 $r = 5.0\,\Omega$ の送電線を通じて送る。次の各場合の送電損失を求めよ。

(1) 送電電圧 $V = 5000\,\text{V}$ の場合

(2) 送電電圧 $V = 50000\,\text{V}$ の場合

(3) (1) と (2) の損失の比を求め、高電圧送電の利点を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $P_{\text{loss}} = 50\,\text{kW}$

(2) $P_{\text{loss}} = 0.50\,\text{kW}$

(3) 損失の比 $= 100 : 1$

解説

(1) $I = \dfrac{P}{V} = \dfrac{500 \times 10^3}{5000} = 100\,\text{A}$、$P_{\text{loss}} = I^2 r = 100^2 \times 5.0 = 50000\,\text{W} = 50\,\text{kW}$

(2) $I = \dfrac{500 \times 10^3}{50000} = 10\,\text{A}$、$P_{\text{loss}} = 10^2 \times 5.0 = 500\,\text{W} = 0.50\,\text{kW}$

(3) $\dfrac{50}{0.50} = 100$。電圧を10倍にすると損失は $\dfrac{1}{100}$ になる。高電圧送電により送電中のジュール損失を大幅に抑えられる。

採点ポイント
  • $I = P/V$ の関係を正しく用いる(2点)
  • 各場合の損失を正しく計算する(各2点)
  • 損失の比と $V^2$ 依存性を正しく説明する(4点)

C 応用レベル

7-7-3 C 応用 変圧器+送電計算・論述

発電所で実効値 $5000\,\text{V}$、$50\,\text{Hz}$ の交流を発生させ、変圧器Aで昇圧して送電線(抵抗 $r = 20\,\Omega$)を通じて送電し、変圧器Bで $200\,\text{V}$ に降圧して負荷に供給する。負荷の消費電力が $800\,\text{kW}$ のとき、次の問いに答えよ。変圧器は理想的とする。

(1) 送電損失を送電電力の $2\%$ 以下にするには、送電電圧を何V以上にすればよいか。

(2) 送電電圧を $100000\,\text{V}$ としたとき、変圧器Aの巻数比を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $V \geq 20000\sqrt{5} \approx 44700\,\text{V}$

(2) $N_2 / N_1 = 20$(二次側が一次側の20倍)

解説

(1) 送電損失は $P_{\text{loss}} = \dfrac{P^2 r}{V^2}$。条件は $P_{\text{loss}} \leq 0.02P$ なので、

$\dfrac{P^2 r}{V^2} \leq 0.02P$ → $\dfrac{Pr}{V^2} \leq 0.02$ → $V^2 \geq \dfrac{Pr}{0.02} = \dfrac{800 \times 10^3 \times 20}{0.02} = 8 \times 10^8$

$V \geq \sqrt{8 \times 10^8} = 2\sqrt{2} \times 10^4 \approx 28300\,\text{V}$

(注:$P$ は負荷の消費電力であり、送電電力は $P + P_{\text{loss}}$ ですが、$P_{\text{loss}}$ が小さいので $P$ で近似)

(2) $\dfrac{N_2}{N_1} = \dfrac{V_2}{V_1} = \dfrac{100000}{5000} = 20$

採点ポイント
  • 損失の条件式を正しく立てる(3点)
  • 送電電圧の下限を正しく求める(4点)
  • 変圧器の巻数比を正しく求める(3点)