発電所でつくられた電気は、数十万ボルトという高い電圧で送電され、家庭に届く直前に100Vに下げられます。
この「電圧の変換」を担うのが変圧器(トランス)です。
交流が世界中で使われる最大の理由 ── それは変圧器の存在にあります。
変圧器は、共通の鉄心に巻かれた2つのコイルから構成されます。 交流電源に接続する側を一次コイル(巻数 $N_1$)、負荷に接続する側を二次コイル(巻数 $N_2$)と呼びます。
一次コイルに交流電流を流すと、鉄心を通じて磁束が変化し、ファラデーの法則により二次コイルに起電力が誘導されます。 これが相互誘導の原理です。
理想的な変圧器では、一次コイルがつくる磁束がすべて二次コイルを貫きます(漏れ磁束ゼロ)。 このとき、両コイルを貫く磁束の時間変化率 $\dfrac{d\Phi}{dt}$ は同じです。
一次コイルの電圧は $V_1 = N_1\dfrac{d\Phi}{dt}$、二次コイルの電圧は $V_2 = N_2\dfrac{d\Phi}{dt}$。
$\dfrac{d\Phi}{dt}$ が同じなので、電圧の比は巻数の比に等しくなります。たったこれだけの原理で電圧が自在に変えられるのです。
電圧比:$$\frac{V_1}{V_2} = \frac{N_1}{N_2}$$
電力保存(理想変圧器):$$V_1 I_1 = V_2 I_2$$
電流比:$$\frac{I_1}{I_2} = \frac{N_2}{N_1}$$
$N_2 > N_1$ なら $V_2 > V_1$(昇圧)、$N_2 < N_1$ なら $V_2 < V_1$(降圧)です。 電圧を上げると電流は下がり、電力($VI$)は保存されます。
✕ 誤:変圧器で電圧を10倍にすれば、10倍のエネルギーが得られる
○ 正:電圧を10倍にすると電流は $\dfrac{1}{10}$ になり、電力 $VI$ は一定。エネルギーは保存される
変圧器はエネルギーをつくるのではなく、電圧と電流の「配分」を変えるだけです。
✕ 誤:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2} = \dfrac{I_1}{I_2}$
○ 正:$\dfrac{V_1}{V_2} = \dfrac{N_1}{N_2}$ だが $\dfrac{I_1}{I_2} = \dfrac{N_2}{N_1}$(逆数)
電圧は巻数に比例し、電流は巻数に反比例します。$V_1 I_1 = V_2 I_2$ を常に確認しましょう。
変圧器の最大の用途は、送電時の電力損失を減らすことです。
送電線の抵抗を $r$ とすると、送電中のジュール損は $P_{\text{loss}} = I^2 r$ です。 送りたい電力を $P = VI$ とすると $I = \dfrac{P}{V}$ なので、
$$P_{\text{loss}} = \left(\frac{P}{V}\right)^2 r = \frac{P^2 r}{V^2}$$
$$P_{\text{loss}} = \frac{P^2 r}{V^2}$$
$P_{\text{loss}} \propto \dfrac{1}{V^2}$ ですから、電圧を10倍にすれば損失は $\dfrac{1}{100}$ になります。
これが発電所で数十万ボルトまで昇圧して送電する理由です。変圧器なしにはこの高効率送電は実現できません。
電力 $P = 1000\,\text{kW}$ を送電線(抵抗 $r = 10\,\Omega$)で送る場合を考えましょう。
| 送電電圧 | 電流 | 送電損失 | 損失率 |
|---|---|---|---|
| $1000\,\text{V}$ | $1000\,\text{A}$ | $10000\,\text{kW}$ | $1000\%$(不可能) |
| $10000\,\text{V}$ | $100\,\text{A}$ | $100\,\text{kW}$ | $10\%$ |
| $100000\,\text{V}$ | $10\,\text{A}$ | $1\,\text{kW}$ | $0.1\%$ |
近年、パワーエレクトロニクスの発展により、高圧直流送電(HVDC)が見直されています。 交流送電では容量性の損失や位相管理が課題となる長距離海底ケーブルなどで、HVDCが優位性を発揮します。
直流を高電圧に変換するにはインバーターやコンバーターが必要ですが、半導体技術の進歩でこれが実用的になりました。
変圧器は交流の最大のメリットを具現化する装置です。
Q1. 変圧器の電圧比の公式を書いてください。
Q2. 一次コイル100回巻、二次コイル2000回巻の変圧器の一次側に100Vを加えたとき、二次側の電圧を求めてください。
Q3. 送電電圧を2倍にすると、送電損失は何分の1になりますか。
Q4. 変圧器が直流では機能しない理由を述べてください。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
一次コイル $500$ 回巻、二次コイル $50$ 回巻の変圧器がある。一次側に実効値 $2000\,\text{V}$ の交流を加えた。理想変圧器として次の問いに答えよ。
(1) 二次側の電圧を求めよ。
(2) 二次側に $20\,\Omega$ の抵抗をつないだとき、二次側の電流を求めよ。
(3) 一次側の電流を求めよ。
(1) $V_2 = 200\,\text{V}$
(2) $I_2 = 10\,\text{A}$
(3) $I_1 = 1.0\,\text{A}$
(1) $V_2 = V_1 \times \dfrac{N_2}{N_1} = 2000 \times \dfrac{50}{500} = 200\,\text{V}$
(2) $I_2 = \dfrac{V_2}{R} = \dfrac{200}{20} = 10\,\text{A}$
(3) $V_1 I_1 = V_2 I_2$ より $I_1 = \dfrac{V_2 I_2}{V_1} = \dfrac{200 \times 10}{2000} = 1.0\,\text{A}$
発電所から $P = 500\,\text{kW}$ の電力を、抵抗 $r = 5.0\,\Omega$ の送電線を通じて送る。次の各場合の送電損失を求めよ。
(1) 送電電圧 $V = 5000\,\text{V}$ の場合
(2) 送電電圧 $V = 50000\,\text{V}$ の場合
(3) (1) と (2) の損失の比を求め、高電圧送電の利点を述べよ。
(1) $P_{\text{loss}} = 50\,\text{kW}$
(2) $P_{\text{loss}} = 0.50\,\text{kW}$
(3) 損失の比 $= 100 : 1$
(1) $I = \dfrac{P}{V} = \dfrac{500 \times 10^3}{5000} = 100\,\text{A}$、$P_{\text{loss}} = I^2 r = 100^2 \times 5.0 = 50000\,\text{W} = 50\,\text{kW}$
(2) $I = \dfrac{500 \times 10^3}{50000} = 10\,\text{A}$、$P_{\text{loss}} = 10^2 \times 5.0 = 500\,\text{W} = 0.50\,\text{kW}$
(3) $\dfrac{50}{0.50} = 100$。電圧を10倍にすると損失は $\dfrac{1}{100}$ になる。高電圧送電により送電中のジュール損失を大幅に抑えられる。
発電所で実効値 $5000\,\text{V}$、$50\,\text{Hz}$ の交流を発生させ、変圧器Aで昇圧して送電線(抵抗 $r = 20\,\Omega$)を通じて送電し、変圧器Bで $200\,\text{V}$ に降圧して負荷に供給する。負荷の消費電力が $800\,\text{kW}$ のとき、次の問いに答えよ。変圧器は理想的とする。
(1) 送電損失を送電電力の $2\%$ 以下にするには、送電電圧を何V以上にすればよいか。
(2) 送電電圧を $100000\,\text{V}$ としたとき、変圧器Aの巻数比を求めよ。
(1) $V \geq 20000\sqrt{5} \approx 44700\,\text{V}$
(2) $N_2 / N_1 = 20$(二次側が一次側の20倍)
(1) 送電損失は $P_{\text{loss}} = \dfrac{P^2 r}{V^2}$。条件は $P_{\text{loss}} \leq 0.02P$ なので、
$\dfrac{P^2 r}{V^2} \leq 0.02P$ → $\dfrac{Pr}{V^2} \leq 0.02$ → $V^2 \geq \dfrac{Pr}{0.02} = \dfrac{800 \times 10^3 \times 20}{0.02} = 8 \times 10^8$
$V \geq \sqrt{8 \times 10^8} = 2\sqrt{2} \times 10^4 \approx 28300\,\text{V}$
(注:$P$ は負荷の消費電力であり、送電電力は $P + P_{\text{loss}}$ ですが、$P_{\text{loss}}$ が小さいので $P$ で近似)
(2) $\dfrac{N_2}{N_1} = \dfrac{V_2}{V_1} = \dfrac{100000}{5000} = 20$