第1章 運動の表し方

変位と移動距離
─ 出発点からどこにいるか

マラソン選手は42.195kmの道のりを走りますが、ゴールはスタート地点のすぐ近くです。
「どれだけ走ったか」と「出発点からどこにいるか」は、まったく異なる情報です。
物理はこの2つを「移動距離」と「変位」として明確に区別します。その違いが運動の記述の出発点になります。

1位置と座標 ─ 「どこにいるか」を数値で表す

物体の運動を記述するには、まず「物体がどこにいるか」を数値で表す必要があります。 そのために、座標を使います。

直線上の運動では、基準となる点(原点)を1つ決め、そこからの位置を正負の数値で表します。 原点より正の向き側にいれば位置は正、逆側にいれば負です。

たとえば、原点を自宅として、東向きを正と定めましょう。 自宅から東に $300\,\text{m}$ の位置にいるなら $x = +300\,\text{m}$、西に $200\,\text{m}$ の位置にいるなら $x = -200\,\text{m}$ です。

💡 ここが本質:位置は「原点からの距離+向き」

位置を表すには、原点と正の向きの2つを最初に決めます。 位置 $x$ は原点からの距離に向きの符号をつけた値です。

同じ場所でも、原点の取り方や正の向きの取り方を変えれば、位置の値は変わります。 しかし、物理法則そのものは座標の取り方に依存しません。

⚠️ 落とし穴:「位置」と「距離」を混同する

「位置」は原点からの座標(正負あり)、「距離」は2点間の隔たり(常に正)です。

✕ 誤:「位置が $-5\,\text{m}$ だから、5m離れたところにいない」

○ 正:「位置が $-5\,\text{m}$ だから、原点から負の向きに $5\,\text{m}$ の位置にいる」

位置は符号付きの量であり、マイナスは「遠い」のではなく「逆向き」を意味します。

2変位とは何か ─ 位置の変化を一発で表す

変位とは、物体の位置の変化です。 始点の位置 $x_1$ から終点の位置 $x_2$ への変化を、次のように表します。

📐 変位の定義

$$\Delta x = x_2 - x_1$$

※ $\Delta x$:変位(位置の変化量)。$x_1$:始点の位置、$x_2$:終点の位置。 変位はベクトル量であり、正負の符号をもつ。単位は $\text{m}$。

変位は「出発点からどちらにどれだけずれたか」を示す量です。 途中の道のりがどれだけ複雑でも、始点と終点の位置さえ分かれば変位は決まります。

正の向きを右とすると、右に $30\,\text{m}$ 移動した場合の変位は $\Delta x = +30\,\text{m}$。 左に $20\,\text{m}$ 移動した場合の変位は $\Delta x = -20\,\text{m}$ です。

💡 ここが本質:変位は「矢印」で考える

変位は始点から終点へ引いた1本の矢印に対応します。 この矢印の長さが変位の大きさ、向きが変位の向きです。

途中で何回折り返しても、始点と終点が同じなら変位は同じです。 変位は「結果としてどこにいるか」だけに注目する量です。

変位の具体例

原点から出発して、右に $50\,\text{m}$ 進み、左に $30\,\text{m}$ 戻ったとしましょう。

  • 始点の位置:$x_1 = 0\,\text{m}$(原点)
  • 途中の位置:$50\,\text{m}$(右端)
  • 終点の位置:$x_2 = 50 - 30 = 20\,\text{m}$
  • 変位:$\Delta x = x_2 - x_1 = 20 - 0 = +20\,\text{m}$

変位は $+20\,\text{m}$ です。途中で $80\,\text{m}$ 歩いた($50 + 30$)という情報は、変位には反映されません。

⚠️ 落とし穴:変位を「道のり」と同じだと思う

変位は「位置の変化」であり、途中経路を無視します。道のりは「実際に移動した長さ」です。

✕ 誤:右に50m進んで左に30m戻った → 変位は $80\,\text{m}$

○ 正:右に50m進んで左に30m戻った → 変位は $+20\,\text{m}$

折り返しがある場合、変位の大きさは移動距離よりも小さくなります。

3移動距離とは何か ─ 実際に歩いた道のり

移動距離(道のり)とは、物体が実際に移動した経路の長さの合計です。 スカラー量であり、常に $0$ 以上の値をとります。

📐 移動距離

$$\text{移動距離} = \text{経路に沿った道のりの合計}$$

※ 移動距離はスカラー量。向きをもたず、常に $0$ 以上。 折り返しがあれば、行きと帰りの距離を足し合わせる。

先ほどの例(右に50m、左に30m戻る)で確認しましょう。

  • 移動距離 = $50 + 30 = 80\,\text{m}$
  • 変位 = $+20\,\text{m}$
  • 変位の大きさ = $|{+20}| = 20\,\text{m}$

移動距離 $80\,\text{m}$ は、変位の大きさ $20\,\text{m}$ よりもはるかに大きいことに注目してください。 折り返しがあると、移動距離は変位の大きさよりも大きくなります。

変位と移動距離の比較表

変位 移動距離(道のり)
種類 ベクトル(向きあり) スカラー(向きなし)
定義 終点の位置 $-$ 始点の位置 経路に沿った長さの合計
値の範囲 正・負・ゼロ $0$ 以上
経路依存 依存しない(始点・終点のみ) 依存する(通った道による)
折り返し時 行き帰りが打ち消し合う 行き帰りが加算される
⚠️ 落とし穴:問題文の「距離」と「変位」を読み分けない

入試問題では「距離を求めよ」と「変位を求めよ」で答えが異なります。

✕ 誤:「移動距離を求めよ」に対して変位を答える

○ 正:問題文が「距離(道のり)」を聞いていれば経路の長さを合計し、「変位」を聞いていれば始点・終点だけから計算する

問題文の言葉を正確に読み取ることが大切です。

4変位と移動距離が一致する場合・しない場合

変位の大きさ $|\Delta x|$ と移動距離が等しくなるのは、物体が一方向にのみ移動した場合に限られます。 折り返しや方向転換がなければ、2つは一致します。

一致する場合

原点から右に $100\,\text{m}$ 直進した場合を考えます。

  • 変位:$\Delta x = +100\,\text{m}$
  • 変位の大きさ:$|\Delta x| = 100\,\text{m}$
  • 移動距離:$100\,\text{m}$

一方向のみの移動では、変位の大きさ = 移動距離です。

一致しない場合

原点から右に $100\,\text{m}$ 進み、折り返して左に $100\,\text{m}$ 戻った場合を考えます。

  • 変位:$\Delta x = 0\,\text{m}$(元の位置に戻った)
  • 変位の大きさ:$|\Delta x| = 0\,\text{m}$
  • 移動距離:$100 + 100 = 200\,\text{m}$

変位は $0$ ですが、物体は確かに $200\,\text{m}$ 移動しています。

💡 ここが本質:変位と移動距離の不等式

一般に、次の関係が成り立ちます。

$$|\Delta x| \leq \text{移動距離}$$

等号が成立するのは、物体が一方向にのみ移動した場合です。 折り返しがあるほど、移動距離は変位の大きさを大きく上回ります。

⚠️ 落とし穴:等速直線運動で「距離 = 速さ × 時間」を変位に使ってしまう

「距離 = 速さ $\times$ 時間」と「変位 = 速度 $\times$ 時間」は別の式です。

✕ 誤:速度 $v = -5\,\text{m/s}$ で $10\,\text{s}$ 間移動した距離 = $-5 \times 10 = -50\,\text{m}$

○ 正:変位は $-5 \times 10 = -50\,\text{m}$(負の向きに $50\,\text{m}$)。移動距離は $|-50| = 50\,\text{m}$

「距離」は必ず正の値です。速度を使って計算した値は「変位」であり、距離を求めるにはその絶対値をとります。

🔬 深掘り:2次元・3次元の変位

ここまで直線上の運動(1次元)を扱いましたが、平面上(2次元)や空間内(3次元)の運動でも変位は定義できます。

2次元の変位は $\Delta \vec{r} = (\Delta x,\, \Delta y)$ のようにベクトルで表します。 変位の大きさは $|\Delta \vec{r}| = \sqrt{(\Delta x)^2 + (\Delta y)^2}$ です。

水平投射や斜方投射を学ぶ際には、変位を成分に分けて扱います。 1次元での「変位は始点と終点だけで決まる」という性質は、何次元でも変わりません。

🔬 深掘り:経路積分の考え方

大学物理では、移動距離を「速さ $|v|$ の時間積分」として求めます。

$$\text{移動距離} = \int_0^T |v(t)|\,dt$$

一方、変位は「速度 $v$ の時間積分」です。

$$\Delta x = \int_0^T v(t)\,dt$$

速度の符号が途中で変わる(折り返す)と、積分の正負が打ち消し合い、変位は移動距離より小さくなります。

5この章を俯瞰する

変位と移動距離の区別は、速度の定義や運動方程式を正しく使うための基盤です。 前後の記事との関係を確認しておきましょう。

つながりマップ

  • ← M-1-1 速度と速さ:速度は変位を時間で割った量、速さは移動距離を時間で割った量。どちらも変位・移動距離の概念に依存している。
  • → M-1-3 加速度:加速度は速度の変化を扱う量。変位は加速度の公式(等加速度運動の第2式)に直接登場する。
  • → M-1-5 等加速度直線運動の3公式:$x = v_0 t + \frac{1}{2}at^2$ の $x$ は変位であり、移動距離ではないことに注意が必要。
  • → M-1-6 v-tグラフの読み方:v-tグラフの面積は変位を表す。速度が正負に変わる場合、面積の正負が変位に反映される。
  • → 第3章 仕事とエネルギー:仕事の定義 $W = F \cdot x$ に登場する $x$ は変位。移動距離と混同するとミスにつながる。

📋まとめ

  • 位置は原点からの座標。正の向きを決めて、正負の値で表す
  • 変位は位置の変化 $\Delta x = x_2 - x_1$。ベクトル量で正負をもつ
  • 移動距離は経路に沿った道のりの合計。スカラー量で常に $0$ 以上
  • 変位は始点と終点だけで決まり、経路に依存しない。移動距離は経路に依存する
  • 一般に $|\Delta x| \leq \text{移動距離}$ が成立。等号は一方向のみの運動
  • 速度は変位を時間で割った量、速さは移動距離を時間で割った量。定義が異なる
  • 問題文の「距離」と「変位」を正確に読み分けることが重要

確認テスト

Q1. 変位の定義を式で書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\Delta x = x_2 - x_1$(終点の位置 $-$ 始点の位置)

Q2. 変位と移動距離の最も大きな違いは何ですか。

▶ クリックして解答を表示変位はベクトル量で向き(正負)をもち、始点と終点だけで決まる。移動距離はスカラー量で常に正であり、経路に依存する。

Q3. 右向きを正として、原点から右に $40\,\text{m}$、左に $70\,\text{m}$ 移動しました。変位と移動距離をそれぞれ求めてください。

▶ クリックして解答を表示変位:$40 + (-70) = -30\,\text{m}$(左向きに $30\,\text{m}$)。移動距離:$40 + 70 = 110\,\text{m}$。

Q4. 変位の大きさと移動距離が等しくなるのは、どのような場合ですか。

▶ クリックして解答を表示物体が折り返さずに一方向にのみ移動した場合。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

1-2-1 A 基礎 変位と移動距離 計算

数直線上で、原点にいた物体が正の向きに $60\,\text{m}$ 進んだ後、負の向きに $25\,\text{m}$ 戻った。次の問いに答えよ。

(1) 物体の変位を求めよ。

(2) 物体の移動距離を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $+35\,\text{m}$

(2) $85\,\text{m}$

解説

(1) 変位 = 終点の位置 $-$ 始点の位置 = $(60 - 25) - 0 = +35\,\text{m}$

(2) 移動距離 = $60 + 25 = 85\,\text{m}$

B 発展レベル

1-2-2 B 発展 平均の速度・速さ 論述

直線上を運動する物体が、$t = 0$ で位置 $x = 10\,\text{m}$ にいた。$t = 5\,\text{s}$ で位置 $x = 60\,\text{m}$ に達し、その後折り返して $t = 8\,\text{s}$ で位置 $x = 30\,\text{m}$ になった。次の問いに答えよ。

(1) $t = 0$ から $t = 8\,\text{s}$ までの変位を求めよ。

(2) $t = 0$ から $t = 8\,\text{s}$ までの移動距離を求めよ。

(3) $t = 0$ から $t = 8\,\text{s}$ までの平均の速度と平均の速さを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $+20\,\text{m}$

(2) $80\,\text{m}$

(3) 平均の速度:$+2.5\,\text{m/s}$、平均の速さ:$10\,\text{m/s}$

解説

(1) 変位 = $30 - 10 = +20\,\text{m}$

(2) $t = 0 \to 5\,\text{s}$:$60 - 10 = 50\,\text{m}$(正の向き)。$t = 5 \to 8\,\text{s}$:$60 - 30 = 30\,\text{m}$(負の向き)。移動距離 = $50 + 30 = 80\,\text{m}$

(3) 平均の速度 = $\dfrac{20}{8} = +2.5\,\text{m/s}$。平均の速さ = $\dfrac{80}{8} = 10\,\text{m/s}$

採点ポイント
  • 変位を始点・終点の位置から正しく計算(2点)
  • 折り返しを考慮して移動距離を2区間に分けて計算(3点)
  • 平均の速度と平均の速さを正しく区別して計算(3点)

C 応用レベル

1-2-3 C 応用 v-tグラフと変位 論述

直線上を運動する物体が、$t = 0$ から $t = 4\,\text{s}$ まで速度 $+3\,\text{m/s}$ の等速で運動し、$t = 4\,\text{s}$ から $t = 10\,\text{s}$ まで速度 $-2\,\text{m/s}$ の等速で運動した。次の問いに答えよ。

(1) $t = 0$ から $t = 10\,\text{s}$ までの変位を求めよ。

(2) $t = 0$ から $t = 10\,\text{s}$ までの移動距離を求めよ。

(3) 変位の大きさと移動距離が異なる理由を説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $0\,\text{m}$

(2) $24\,\text{m}$

(3) 途中で運動の向きが変わり折り返したため、変位では正と負が打ち消し合うが、移動距離では加算される。

解説

方針:各区間の変位を求め、合計が全体の変位。移動距離は各区間の変位の絶対値の合計。

(1) 第1区間の変位:$3 \times 4 = +12\,\text{m}$。第2区間の変位:$(-2) \times 6 = -12\,\text{m}$。合計変位 = $12 + (-12) = 0\,\text{m}$

(2) 移動距離 = $|12| + |-12| = 12 + 12 = 24\,\text{m}$

(3) 物体は $t = 4\,\text{s}$ で正の向きから負の向きに転じている。変位は向きを考慮するため $+12$ と $-12$ が打ち消し合い $0$ になるが、移動距離は向きを無視して道のりを合計するため $24\,\text{m}$ になる。

採点ポイント
  • 各区間の変位を正しく計算する(2点)
  • 変位が $0$ になることを正しく導く(2点)
  • 移動距離を各区間の絶対値の合計で求める(2点)
  • 「運動の向きが変わることで変位が打ち消し合う」と明記(2点)