地表近くでは位置エネルギーを $mgh$ と書きました。地面を基準にすれば正の値です。
しかし宇宙規模では、基準をどこに取ればよいのでしょうか。
「無限の彼方」を基準にするという大胆な発想が、宇宙の力学を美しくまとめ上げます。
第3章で学んだ重力による位置エネルギー $U = mgh$ は、地表付近でのみ使える近似式です。 この式は「$g$ が一定」という前提に基づいています。
しかし、人工衛星や惑星のように地球から遠く離れる場合、$g$ は距離とともに変化します。 宇宙規模の問題を解くには、距離の変化に応じた新しい位置エネルギーの定義が必要です。
地表付近では地面($h = 0$)を基準に取りましたが、宇宙では「地面」がありません。
そこで、すべての天体から無限に遠く離れた点を基準にします。 無限遠では万有引力は $0$ なので、位置エネルギーも $0$ と定めるのが自然です。 この選び方が、宇宙の力学で最も合理的な基準です。
質量 $M$ の天体の中心から距離 $r$ の位置にある質量 $m$ の物体がもつ、万有引力による位置エネルギーは次のとおりです。
$$U = -G\frac{Mm}{r}$$
この式の最も重要な特徴は、値が常に負であることです。 $G$、$M$、$m$、$r$ はすべて正の量なので、$-G\dfrac{Mm}{r}$ は必ず負になります。
位置エネルギーは「無限遠から距離 $r$ まで物体を運ぶ仕事の符号を反転させたもの」です。
万有引力は $F = -G\dfrac{Mm}{r^2}$(引力なので負)で表されます。
$$U(r) = -\int_{\infty}^{r} F\,dr = -\int_{\infty}^{r}\left(-G\frac{Mm}{r^2}\right)dr$$
$$= G M m \int_{\infty}^{r} \frac{1}{r^2}\,dr = GMm\left[-\frac{1}{r}\right]_{\infty}^{r}$$
$$= GMm\left(-\frac{1}{r} + 0\right) = -\frac{GMm}{r}$$
位置エネルギーが負ということは、物体が天体の重力に束縛されていることを意味します。
無限遠(自由な状態)を $0$ とすると、束縛された物体はそこからエネルギーが下がった状態にあります。 束縛を振り切って無限遠に逃げるには、少なくともこの負の位置エネルギーを打ち消すだけの運動エネルギーが必要です。
✕ 誤:$U = G\dfrac{Mm}{r}$(符号なし)
○ 正:$U = -G\dfrac{Mm}{r}$(必ず負の符号がつく)
万有引力による位置エネルギーは、無限遠を基準とする限り常に負です。
万有引力の法則は $F = G\dfrac{Mm}{r^2}$($r$ の2乗)ですが、位置エネルギーは $U = -G\dfrac{Mm}{r}$($r$ の1乗)です。
✕ 誤:$U = -G\dfrac{Mm}{r^2}$
○ 正:$U = -G\dfrac{Mm}{r}$(分母は $r$ の1乗)
$U = -G\dfrac{Mm}{r}$ では、$r$ が小さいほど $|U|$ は大きくなりますが、$U$ 自体は小さく(より大きな負の値に)なります。
✕ 誤:天体に近いほど位置エネルギーが大きい
○ 正:天体に近いほど位置エネルギーは小さい(負の方向に大きい)
万有引力は保存力です。 したがって、万有引力のみが働く場合、力学的エネルギーが保存されます。
$$\frac{1}{2}mv^2 - G\frac{Mm}{r} = \text{一定}$$
あるいは2つの状態を比較して、
$$\frac{1}{2}mv_1^2 - G\frac{Mm}{r_1} = \frac{1}{2}mv_2^2 - G\frac{Mm}{r_2}$$
この式は、第二宇宙速度(脱出速度)を求めるときに中心的な役割を果たします。 M-10-6で詳しく使います。
力学的エネルギー $E = \frac{1}{2}mv^2 - G\frac{Mm}{r}$ の正負は、物体の運命を決めます。
$E < 0$:束縛軌道(楕円軌道や円軌道)。物体は天体のまわりを回り続ける。
$E = 0$:放物線軌道。ギリギリ無限遠に到達できる。
$E > 0$:双曲線軌道。物体は天体の重力を振り切って飛び去る。
万有引力による位置エネルギー $U = -G\dfrac{Mm}{r}$ は、地表付近では $mgh$ に帰着します。 このことを確認しましょう。
地表($r = R$)と高さ $h$($r = R + h$)の位置エネルギーの差を考えます。
$$\Delta U = U(R+h) - U(R) = -\frac{GMm}{R+h} + \frac{GMm}{R}$$
$$= GMm\left(\frac{1}{R} - \frac{1}{R+h}\right) = GMm\cdot\frac{h}{R(R+h)}$$
$h \ll R$ のとき $R + h \approx R$ なので、
$$\Delta U \approx \frac{GMm \cdot h}{R^2} = \frac{GM}{R^2} \cdot m h = g m h = mgh$$
確かに、地表付近では $\Delta U \approx mgh$ が成り立ちます。
$U = -\dfrac{GMm}{r}$ のグラフは、$r$ 軸の下側に描かれる双曲線です。 $r \to \infty$ で $U \to 0$、$r \to 0$ で $U \to -\infty$ です。
地表付近のごく狭い範囲を切り取ると、ほぼ直線に見えます。 その直線の傾きが $mg$ に対応し、$mgh$ の近似が成り立つのです。
万有引力の位置エネルギーは、宇宙速度(M-10-5, M-10-6)を導く鍵となります。
Q1. 万有引力による位置エネルギーの式を書き、基準点を答えてください。
Q2. 万有引力による位置エネルギーが常に負であることは、物理的に何を意味しますか。
Q3. 力学的エネルギー $E = 0$ のとき、物体はどのような軌道を描きますか。
Q4. 万有引力の大きさの式と位置エネルギーの式の分母は、それぞれ $r$ の何乗ですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
地球の質量を $M = 6.0 \times 10^{24}\,\text{kg}$、地球の半径を $R = 6.4 \times 10^6\,\text{m}$、$G = 6.7 \times 10^{-11}\,\text{N}\cdot\text{m}^2/\text{kg}^2$ とする。地表における質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体の万有引力による位置エネルギーを求めよ。
$U \approx -6.3 \times 10^7\,\text{J}$
$U = -G\dfrac{Mm}{R} = -\dfrac{6.7 \times 10^{-11} \times 6.0 \times 10^{24} \times 1.0}{6.4 \times 10^6}$
$= -\dfrac{4.02 \times 10^{14}}{6.4 \times 10^6} \approx -6.3 \times 10^7\,\text{J}$
地球の半径を $R$、地表の重力加速度を $g$ とする。地表から速さ $v_0$ で鉛直上方に打ち上げた物体が到達する最高点の、地球中心からの距離 $r$ を求めよ。ただし $v_0 < \sqrt{2gR}$ とする。
$r = \dfrac{2gR^2}{2gR - v_0^2}$
最高点で $v = 0$。$GM = gR^2$ を使い、エネルギー保存則を立てる。
$$\frac{1}{2}mv_0^2 - \frac{GMm}{R} = 0 - \frac{GMm}{r}$$
$$\frac{1}{2}v_0^2 - \frac{gR^2}{R} = -\frac{gR^2}{r}$$
$$\frac{1}{2}v_0^2 - gR = -\frac{gR^2}{r}$$
$$\frac{gR^2}{r} = gR - \frac{1}{2}v_0^2$$
$$r = \frac{gR^2}{gR - \frac{1}{2}v_0^2} = \frac{2gR^2}{2gR - v_0^2}$$
地球の半径を $R$、質量を $M$、地表の重力加速度を $g$ とする。地表($r = R$)から高さ $h$($r = R + h$)までの位置エネルギーの変化 $\Delta U$ が $mgh$ で近似できることを、$h \ll R$ の条件のもとで導け。
下記の導出参照
$$\Delta U = -\frac{GMm}{R+h} - \left(-\frac{GMm}{R}\right) = GMm\left(\frac{1}{R} - \frac{1}{R+h}\right)$$
$$= GMm \cdot \frac{h}{R(R+h)}$$
$h \ll R$ のとき $R + h \approx R$ なので、
$$\Delta U \approx \frac{GMm \cdot h}{R^2} = \frac{GM}{R^2} \cdot mh = gmh = mgh$$
よって $\Delta U \approx mgh$ が示された。