テーブルの上に置かれたコップは、なぜ落ちないのでしょうか。
「重力で下に引かれているのに静止している」ということは、何かが重力に対抗しているはずです。
この章では、物体にはたらくさまざまな力を整理し、力を矢印で正しく表す方法を身につけます。
日常で「力」という言葉はさまざまな意味で使われます。 「握力」「努力」「権力」……。 しかし物理での力は、はっきりと定義された量です。
物理における力とは、物体の運動状態を変化させる原因、あるいは物体を変形させる原因です。 止まっていた物体が動き出す、動いていた物体が止まる、物体の速さや向きが変わる――これらはすべて力がはたらいた結果です。
力には必ず力を及ぼす側(加える物体)と力を受ける側(受ける物体)があります。 「誰が」「誰に」力を及ぼしているのかを常に意識することが、力の問題を解く出発点です。
力は単独では存在しません。 必ず「Aが Bに及ぼす力」という形で記述します。
たとえば「重力」は「地球が物体に及ぼす力」です。 この「誰が誰に」を意識するクセをつけると、力の図示(力の矢印を描くこと)で迷わなくなります。
力の大きさの単位はニュートン(記号:$\text{N}$)です。 $1\,\text{N}$ は、質量 $1\,\text{kg}$ の物体に $1\,\text{m/s}^2$ の加速度を生じさせる力です。
日常的な感覚では、$1\,\text{N}$ は約 $100\,\text{g}$(りんご1個程度)の物体にはたらく重力に相当します。
質量は物体そのものの量で、単位は $\text{kg}$ です。場所によらず一定です。
重さ(重力の大きさ)は物体にはたらく重力で、単位は $\text{N}$ です。場所(月面か地球か)によって変わります。
✕ 誤:「この物体の重さは $5\,\text{kg}$ です」
○ 正:「この物体の質量は $5\,\text{kg}$、重力の大きさは $49\,\text{N}$ です」
力は目に見えません。 しかし、力を矢印(ベクトル)で表すことで、見える形にすることができます。 力を図に描くことは、物理の問題を解くうえで最も大切なステップです。
力を完全に指定するためには、次の3つの情報が必要です。
この3要素を力の3要素といいます。 3つのうちどれか1つでも異なれば、物体への影響は変わります。
力の矢印を描くとき、始点を力がはたらいている点(作用点)に置きます。
重力なら物体の重心から下向きに、垂直抗力なら接触面から面に垂直に、張力なら糸と物体の接点から糸に沿って描きます。 「どこから描くか」を間違えると、力の図が意味をなさなくなります。
力を矢印で描くときは、以下のルールに従います。
力の図示で最も多いミスは、注目物体が他の物体に及ぼす力も一緒に描いてしまうことです。
✕ 誤:テーブル上の本に注目 → 本にはたらく重力と、本がテーブルを押す力の両方を描く
○ 正:テーブル上の本に注目 → 本にはたらく重力と、テーブルから本にはたらく垂直抗力を描く
力の図は「注目物体が受ける力」だけの一覧表です。 「誰が誰に」を声に出しながら描くとミスを防げます。
地球上のすべての物体には、地球の中心に向かう力がはたらいています。 これが重力です。
重力は、物体と地球の間にはたらく万有引力と、地球の自転による遠心力の合力です。 ただし高校物理では、遠心力は非常に小さいため、重力 ≈ 万有引力として扱います。
質量 $m\,[\text{kg}]$ の物体にはたらく重力の大きさ $W$ は、
$$W = mg$$
重力加速度 $g$ は場所によって異なりますが、高校物理の問題では「$g = 9.8\,\text{m/s}^2$」と指定されるか、問題文に値が与えられます。
✕ 誤:問題文に指定がないのに「$g = 10\,\text{m/s}^2$」として計算する
○ 正:問題文の指定に従う。指定がなければ $9.8\,\text{m/s}^2$ を使う
テーブルの上に本を置くと、本は落ちずにそこに留まります。 重力が下向きにはたらいているのに静止しているということは、テーブルが本を上向きに押し返しているということです。 この力が垂直抗力です。
垂直抗力は、接触面に対して垂直な方向にはたらきます。 「抗力」とは「抗(さから)う力」、つまり物体がめり込もうとするのを防ぐ力です。
水平面上で静止している物体の場合、垂直抗力の大きさは重力と等しくなります。 しかし、これは「つりあいの結果」であって、「常にそうなる法則」ではありません。
斜面上の物体や、上から押さえつけている場合など、垂直抗力は重力と等しくならないことがあります。 垂直抗力の大きさは、つりあいの式を立てて求めるものです。
垂直抗力の「垂直」は、鉛直方向ではなく接触面に垂直な方向です。
✕ 誤:斜面上の物体に垂直抗力を「上向き」に描く
○ 正:斜面上の物体に垂直抗力を「斜面に垂直な方向」に描く
「垂直」の意味を取り違えると、力の図が根本的に間違ってしまいます。
物体を糸やロープでつなぐと、糸を通じて力が伝わります。 この、糸が物体を引く力を張力といいます。
張力のイメージは「綱引き」です。 ロープを引っ張ると、ロープの向こう側にも力が伝わります。 糸やロープは「引く力」を伝えることはできますが、「押す力」を伝えることはできません。
高校物理では、糸は「質量が無視できる(軽い)」と「伸び縮みしない」という理想化をします。 この仮定のもとでは、糸の両端にはたらく張力の大きさは等しくなります。
質量のない糸には運動方程式 $F = ma$ の $m$ がゼロなので、糸にはたらく合力は常にゼロです。 したがって、糸の両端にはたらく張力の大きさは等しくなります。
これは「糸が力をそのまま中継する」と考えるとわかりやすいでしょう。 滑車に掛けた糸でも、軽い糸ならこの性質は成り立ちます。
ばねを伸ばしたり縮めたりすると、ばねは元の長さに戻ろうとする力を発揮します。 この力が弾性力です。
弾性力はばねに限らず、ゴムや弓など、変形した物体が元に戻ろうとする力の総称です。 ばねの弾性力については、次の記事(M-2-4)でフックの法則として定量的に学びます。
弾性力は「元に戻ろうとする力」です。ばねが伸びているなら、縮む向きが弾性力の向きです。
✕ 誤:ばねを右に伸ばしたら、弾性力は右向き
○ 正:ばねを右に伸ばしたら、弾性力は左向き(縮もうとする向き)
ここまで学んだ力を、2つの観点で分類しておきましょう。
力は、物体どうしが接触しているかどうかで2種類に分けられます。
| 分類 | 力の例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 接触力 | 垂直抗力、張力、弾性力、摩擦力 | 物体が直接触れ合っているときにはたらく |
| 非接触力(遠隔力) | 重力、静電気力、磁力 | 離れていてもはたらく |
問題で物体にはたらく力をすべて見つけるには、次の手順で確認します。
この手順を「重力→接触力→遠隔力」の順で行えば、力の見落としを防げます。
現代物理学では、自然界のすべての力は4つの基本相互作用に分類されます。 重力、電磁気力、強い力(核力)、弱い力の4つです。
高校物理で扱う垂直抗力・張力・弾性力・摩擦力は、実はすべて電磁気力の一種です。 原子間・分子間の電気的な反発や引力が、マクロな世界では「面が押す」「糸が引く」という形で現れているのです。
力の種類と表し方は、この後に学ぶすべてのテーマの土台です。 この記事の内容が、今後どのように発展していくかを確認しましょう。
Q1. 力の3要素をすべて答えてください。
Q2. 質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体にはたらく重力の大きさを求めてください。ただし $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とします。
Q3. 垂直抗力の「垂直」とは何に対して垂直ですか。
Q4. 「軽い糸」の両端にはたらく張力の大きさが等しくなる理由を説明してください。
Q5. 重力、垂直抗力、張力、弾性力のうち、非接触力(遠隔力)はどれですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
水平な机の上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体が静止している。重力加速度の大きさを $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 物体にはたらく重力の大きさを求めよ。
(2) 物体にはたらく垂直抗力の大きさを求めよ。
(3) 物体にはたらく力をすべて挙げ、それぞれの向きを答えよ。
(1) $19.6\,\text{N}$
(2) $19.6\,\text{N}$
(3) 重力:鉛直下向き、垂直抗力:鉛直上向き
方針:水平面上で静止しているので、鉛直方向の力がつりあっています。
(1) $W = mg = 2.0 \times 9.8 = 19.6\,\text{N}$
(2) 物体は静止しているので、鉛直方向の力のつりあいより $N = W = 19.6\,\text{N}$
(3) 物体にはたらく力は重力(鉛直下向き)と垂直抗力(鉛直上向き)の2つです。摩擦力は、物体が動いていないかつ動こうとする力もないため、はたらいていません。
天井から軽い糸で質量 $m\,[\text{kg}]$ の物体をつるし、静止させた。重力加速度の大きさを $g\,[\text{m/s}^2]$ として、次の問いに答えよ。
(1) 物体にはたらく力をすべて挙げ、大きさと向きを答えよ。
(2) 糸の張力の大きさが $mg$ に等しくなる理由を、力のつりあいの観点から説明せよ。
(1) 重力:大きさ $mg$、鉛直下向き。張力:大きさ $mg$、鉛直上向き。
(2) 物体は静止しているので、物体にはたらく力の合力はゼロです。鉛直方向について、上向きを正とすると $T - mg = 0$ より $T = mg$ となります。
方針:糸でつるされた物体に注目し、「受ける力」だけを考えます。
物体にはたらく力は、地球からの重力(鉛直下向き)と糸からの張力(鉛直上向き)の2つです。
物体は静止している(加速度ゼロ)ので、鉛直方向の力のつりあいが成立します。上向きを正にとると、$T - mg = 0$、すなわち $T = mg$ です。
図のように、ばねの上端を天井に固定し、下端に質量 $m\,[\text{kg}]$ の物体をつないで静止させた。ばねの自然長からの伸びを $x\,[\text{m}]$、ばね定数を $k\,[\text{N/m}]$、重力加速度の大きさを $g\,[\text{m/s}^2]$ とする。
(1) 物体にはたらく力をすべて挙げ、それぞれ「何が何に及ぼす力か」を明記せよ。
(2) 力のつりあいの式を立て、ばねの伸び $x$ を $m$、$g$、$k$ を用いて表せ。
(3) この問題において、垂直抗力ははたらくか。理由とともに答えよ。
(1) 重力:地球が物体に及ぼす力(大きさ $mg$、鉛直下向き)。弾性力:ばねが物体に及ぼす力(大きさ $kx$、鉛直上向き)。
(2) $x = \dfrac{mg}{k}$
(3) はたらかない。物体は面と接触していないため、垂直抗力は生じない。
方針:物体にはたらく力を「誰が誰に」の形で整理し、つりあいの式を立てます。
(1) 物体が接触しているのはばねだけです。したがって、重力(地球→物体)と弾性力(ばね→物体)の2力がはたらきます。
(2) 上向きを正として力のつりあいの式を立てます。$kx - mg = 0$ → $x = \dfrac{mg}{k}$
(3) 垂直抗力は面との接触がある場合にはたらきます。この問題では物体はばねにつながれて空中に静止しており、面には接触していないため、垂直抗力ははたらきません。