第2章 力のつりあい

力の分解
─ 三角比で力を分ける

斜面上の物体には重力がはたらいていますが、物体は斜面に沿って滑り、斜面を突き破りはしません。
これは重力が「斜面に沿う成分」と「斜面に垂直な成分」に分かれてはたらくからです。
力の分解は、合成の逆操作であり、斜面の問題を解く最強のツールです。

1力の分解とは ─ 合成の逆操作

力の合成が「2つの力を1つにまとめる」操作だったのに対し、 力の分解は「1つの力を2つの力に分ける」操作です。

力 $\vec{F}$ を2つの方向に分解して得られる力を分力といいます。 分力の合力がもとの力 $\vec{F}$ に一致するように分けるのです。

💡 ここが本質:分解は「見方を変える」技術

力の分解は、力そのものを変えるのではなく、見る方向を変えるだけです。

1つの力を「斜面に沿う方向」と「斜面に垂直な方向」に分けて見ることで、 それぞれの方向で力のつりあいを考えやすくなります。 問題が格段に解きやすくなるのは、方向を分けて考えるからです。

なぜ分解が必要なのでしょうか。 それは、力のつりあいや運動方程式を方向ごとに立てるからです。 斜面に沿う方向の運動を考えるには、各力の斜面方向の成分だけを取り出す必要があります。

2分解の方向はどう決めるか

力の分解では、2つの方向を自分で選ぶ必要があります。 どの方向に分解してもよいのですが、問題が簡単になる方向を選ぶことが重要です。

分解方向の選び方の原則

  • 水平面の問題:水平方向と鉛直方向に分解する
  • 斜面の問題:斜面に沿う方向と斜面に垂直な方向に分解する
  • 糸で吊るす問題:水平方向と鉛直方向、または糸の方向に分解する
💡 ここが本質:「運動する方向」と「拘束される方向」で分ける

最も効率的な分解方向は、物体が動く(動きうる)方向と、それに垂直な方向です。

斜面上の物体なら、動くのは「斜面に沿う方向」、動けないのは「斜面に垂直な方向」です。 この2方向に分解すると、各方向の式が独立に立てられ、問題がスッキリ解けます。

⚠️ 落とし穴:斜面の問題で鉛直・水平に分解してしまう

斜面の問題でも鉛直・水平に分解すれば解けますが、計算が複雑になります。

✕ 非推奨:斜面上の物体で、重力を水平・鉛直に分解する(垂直抗力も分解が必要に)

○ 推奨:斜面上の物体で、重力を「斜面に沿う方向」と「斜面に垂直な方向」に分解する

正しい分解方向を選べば、垂直抗力は最初から「斜面に垂直」なので分解不要になります。

3三角比を使った力の分解

力を2方向に分解するとき、分力の大きさは三角比($\sin$、$\cos$)を使って求めます。

力 $F$ を、力の方向と角度 $\theta$ をなす方向($x$ 方向)とそれに垂直な方向($y$ 方向)に分解すると、

📐 力の分解の公式

力 $F$ と $x$ 軸のなす角が $\theta$ のとき、

$$F_x = F\cos\theta$$

$$F_y = F\sin\theta$$

※ $F_x$:力の $x$ 成分($\cos$ が付く方)、$F_y$:力の $y$ 成分($\sin$ が付く方)。$\theta$ は力と $x$ 軸のなす角。
▷ なぜ $\cos$ と $\sin$ になるのか

力の矢印を斜辺とする直角三角形を描いてみましょう。

$x$ 方向の成分は「隣辺」にあたるので $F_x = F\cos\theta$(隣辺 = 斜辺 $\times \cos$)。

$y$ 方向の成分は「対辺」にあたるので $F_y = F\sin\theta$(対辺 = 斜辺 $\times \sin$)。

つまり、力の分解は直角三角形の辺の比を使っているだけです。

⚠️ 落とし穴:$\sin$ と $\cos$ を入れ替える

「どちらが $\sin$ で、どちらが $\cos$ か」を間違えるミスは非常に多いです。

覚え方:角度 $\theta$ に近い辺(隣辺)が $\cos$、遠い辺(対辺)が $\sin$

迷ったら、必ず直角三角形を描いて確認しましょう。 $\theta = 0$ のとき $\cos 0 = 1$、$\sin 0 = 0$ であることから、角度がゼロに近づくと $\cos$ 成分が大きくなる(元の力に近づく)ことでも判断できます。

⚠️ 落とし穴:角度の取り方を間違える

$\theta$ をどこの角度として測るかで $\sin$ と $\cos$ が入れ替わります。

✕ 誤:問題文の角度を確認せずに公式に代入する

○ 正:自分で直角三角形を描き、$\theta$ がどの角度かを確認してから代入する

特に斜面の角度と、力と斜面のなす角は異なる場合があるので注意が必要です。

4斜面上の重力の分解 ─ 最頻出パターン

力の分解で最もよく出るのが、斜面上の物体にはたらく重力の分解です。 この1パターンをマスターすれば、多くの問題に対応できます。

斜面の角度と重力の分解

傾き角 $\theta$ の斜面上に質量 $m$ の物体があるとき、 重力 $mg$ を「斜面に沿う方向」と「斜面に垂直な方向」に分解します。

📐 斜面上の重力の分解

斜面に沿う成分(斜面を滑り下ろす方向):$$mg\sin\theta$$

斜面に垂直な成分(斜面を押す方向):$$mg\cos\theta$$

※ $\theta$:斜面の傾き角(水平面との角度)。斜面に沿う成分に $\sin$、垂直な成分に $\cos$ が付くことに注意。
▷ なぜ「沿う方向が $\sin$」で「垂直が $\cos$」なのか

重力は鉛直下向きです。斜面に垂直な方向は鉛直から $\theta$ だけ傾いています。

つまり、重力と「斜面に垂直な方向」のなす角は $\theta$ です。

角度に近い方(隣辺)に $\cos$ が付くので、斜面に垂直な成分 = $mg\cos\theta$。

残りの斜面に沿う成分 = $mg\sin\theta$ となります。

「$\theta$ が小さいとき、斜面はほぼ水平で滑りにくい → $\sin\theta \approx 0$(斜面方向成分が小さい)」と一致するので検算にもなります。

💡 ここが本質:「$\sin$ と $\cos$ の確認法」

斜面の問題で $\sin$ と $\cos$ を迷ったら、極端な場合を考えるのが最強の確認法です。

$\theta = 0°$(水平面)のとき:物体は滑らないはずなので、斜面に沿う成分 = $0$。 $\sin 0° = 0$ だから、斜面に沿う成分は $mg\sin\theta$ で正しい。

$\theta = 90°$(壁)のとき:物体は重力をまるまる受けて落下するので、斜面に沿う成分 = $mg$。 $\sin 90° = 1$ だから、やはり $mg\sin\theta$ で正しい。

斜面問題での力のつりあい

斜面上で物体が静止しているとき、次のつりあいが成り立ちます。

  • 斜面に垂直な方向:垂直抗力 $N = mg\cos\theta$
  • 斜面に沿う方向:摩擦力(または張力など)$= mg\sin\theta$

このように、力の分解によって各方向のつりあいを独立に考えることができます。

⚠️ 落とし穴:斜面上で $N = mg$ としてしまう

水平面上では $N = mg$ ですが、斜面上では$N = mg\cos\theta$ であり $mg$ より小さくなります。

✕ 誤:斜面上でも垂直抗力は $N = mg$

○ 正:斜面上では $N = mg\cos\theta$($\theta > 0$ なら $mg$ より小さい)

「面が支える力は、面を押す力の反力」と考えれば、 重力の斜面垂直成分が小さくなる分、垂直抗力も小さくなることが理解できます。

🔬 深掘り:一般の座標軸の選び方

力の分解で使う2方向を「座標軸」と考えると、これは座標系の選択です。 数学では直交座標($x$-$y$)が一般的ですが、物理では問題に合わせて座標軸を傾けます。

斜面の問題で「斜面方向・垂直方向」を軸にとるのは、斜めに傾いた座標系を使うことに相当します。 大学物理では「一般化座標」としてさらに自由な座標選択を行い、問題の対称性を活かして計算を簡略化します。

5この章を俯瞰する

力の分解は、この後のほぼすべてのテーマで使う基本技術です。 どの場面で分解が必要になるかを確認しましょう。

つながりマップ

  • ← M-2-2 力の合成:合成の逆操作が分解。合成は「まとめる」、分解は「分ける」。
  • → M-2-7 平面上の力のつりあい:力を分解して成分ごとにつりあいの式を立てる。
  • → M-2-9 静止摩擦力:斜面上の摩擦力は $mg\sin\theta$ とつりあう。分解が前提。
  • → M-2-11 摩擦力の典型問題:斜面の問題では重力の分解が必須。
  • → 第3章 運動の法則:運動方程式を方向ごとに立てる際に分解を使う。

📋まとめ

  • 力の分解は合成の逆操作。1つの力を2方向の分力に分ける
  • 分解方向は「運動の方向」と「それに垂直な方向」を選ぶのが最も効率的
  • 分力の大きさは三角比で求める。角度に近い方が $\cos$、遠い方が $\sin$
  • 斜面の傾き角 $\theta$ に対し、重力の斜面に沿う成分は $mg\sin\theta$、垂直な成分は $mg\cos\theta$
  • $\sin$ と $\cos$ を迷ったら「$\theta = 0°$(水平面)」の極端な場合で確認する
  • 斜面上の垂直抗力は $N = mg\cos\theta$ であり、$mg$ とは等しくならない

確認テスト

Q1. 大きさ $10\,\text{N}$ の力を、力と $30°$ の角をなす方向に分解したとき、その方向の分力の大きさを求めてください。

▶ クリックして解答を表示$10\cos 30° = 10 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = 5\sqrt{3} \approx 8.7\,\text{N}$

Q2. 傾き角 $30°$ の斜面上にある質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体にはたらく重力の、斜面に沿う成分の大きさを求めてください。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とします。

▶ クリックして解答を表示$mg\sin 30° = 2.0 \times 9.8 \times 0.5 = 9.8\,\text{N}$

Q3. 傾き角 $45°$ の斜面上の物体にはたらく垂直抗力の大きさを、重力 $mg$ を使って表してください。

▶ クリックして解答を表示$N = mg\cos 45° = \dfrac{\sqrt{2}}{2}mg$

Q4. 「斜面に沿う成分が $mg\sin\theta$」であることを、$\theta = 90°$ の場合で確認してください。

▶ クリックして解答を表示$\theta = 90°$ は垂直な壁です。物体は重力 $mg$ でまるまる落下するので、斜面に沿う成分は $mg$ のはず。$mg\sin 90° = mg \times 1 = mg$ で一致します。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

2-3-1 A 基礎 斜面の分解 計算

傾き角 $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体を置いた。重力加速度 $g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 重力の斜面に沿う成分の大きさを求めよ。

(2) 重力の斜面に垂直な成分の大きさを求めよ。

(3) 斜面から物体にはたらく垂直抗力の大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $19.6\,\text{N}$

(2) $33.9\,\text{N}$

(3) $33.9\,\text{N}$

解説

方針:重力 $mg = 4.0 \times 9.8 = 39.2\,\text{N}$ を斜面方向・垂直方向に分解します。

(1) $mg\sin 30° = 39.2 \times 0.5 = 19.6\,\text{N}$

(2) $mg\cos 30° = 39.2 \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} \approx 33.9\,\text{N}$

(3) 斜面に垂直な方向のつりあいより $N = mg\cos 30° \approx 33.9\,\text{N}$

採点ポイント
  • $\sin$ と $\cos$ を正しく使い分ける(3点)
  • 垂直抗力が $mg\cos\theta$ に等しいことを示す(3点)

B 発展レベル

2-3-2 B 発展 斜面+糸 論述

傾き角 $\theta$ の滑らかな斜面上に質量 $m$ の物体を糸で斜面に沿って引き上げ、静止させている。糸の張力 $T$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$T = mg\sin\theta$

解説

方針:斜面に沿う方向の力のつりあいを考えます。

物体にはたらく力は、重力 $mg$(鉛直下向き)、垂直抗力 $N$(斜面に垂直)、張力 $T$(斜面に沿って上向き)です。

重力を分解すると、斜面に沿う成分は $mg\sin\theta$(下向き)、斜面に垂直な成分は $mg\cos\theta$ です。

斜面に沿う方向のつりあい:$T = mg\sin\theta$

斜面に垂直な方向のつりあい:$N = mg\cos\theta$

採点ポイント
  • 力を正しくすべて挙げる(2点)
  • 重力を斜面方向に正しく分解する(3点)
  • つりあいの式を正しく立てる(3点)

C 応用レベル

2-3-3 C 応用 水平方向の力+斜面 思考

傾き角 $30°$ の滑らかな斜面上に質量 $m$ の物体を置き、水平方向に力 $F$ を加えて物体を斜面上で静止させている。次の問いに答えよ。

(1) 斜面に沿う方向の力のつりあいの式を立てよ。

(2) 力 $F$ を $m$ と $g$ を用いて表せ。

(3) 垂直抗力 $N$ を $m$ と $g$ を用いて表せ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $F\cos 30° = mg\sin 30°$

(2) $F = \dfrac{mg}{\sqrt{3}}$

(3) $N = mg\cos 30° + F\sin 30° = \dfrac{2\sqrt{3}}{3}mg$

解説

方針:水平方向の力 $F$ も斜面方向・垂直方向に分解する必要があります。

水平力 $F$ の斜面に沿う成分(斜面上向き):$F\cos 30°$

水平力 $F$ の斜面に垂直な成分(斜面に押し付ける方向):$F\sin 30°$

(1) 斜面に沿う方向:$F\cos 30° = mg\sin 30°$

(2) $F \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} = mg \times \dfrac{1}{2}$ → $F = \dfrac{mg}{\sqrt{3}} = \dfrac{\sqrt{3}}{3}mg$

(3) 斜面に垂直な方向:$N = mg\cos 30° + F\sin 30° = mg \times \dfrac{\sqrt{3}}{2} + \dfrac{mg}{\sqrt{3}} \times \dfrac{1}{2} = \dfrac{\sqrt{3}}{2}mg + \dfrac{1}{2\sqrt{3}}mg = \dfrac{3mg + mg}{2\sqrt{3}} = \dfrac{4mg}{2\sqrt{3}} = \dfrac{2\sqrt{3}}{3}mg$

採点ポイント
  • 水平力 $F$ を斜面方向に正しく分解する(3点)
  • 斜面方向のつりあいから $F$ を正しく求める(3点)
  • $F$ の斜面垂直成分が垂直抗力を増加させることに気づく(2点)
  • $N$ を正しく計算する(2点)