第3章 運動の法則

運動方程式の立て方
─ 基本手順

料理にレシピがあるように、運動方程式にも「型」があります。
力学の問題は、正しい手順を踏めば確実に解けます。
ここでは、あらゆる力学の問題に通用する「運動方程式の立て方5ステップ」を身につけましょう。

1なぜ手順が大切なのか

$F = ma$ は短い式です。 しかし、いざ問題を前にすると「どの力を使うのか」「符号はどうするのか」で手が止まります。 これは、式の意味を理解していても「使い方の手順」が身についていないからです。

運動方程式を立てる手順は、数学でいえば方程式を立てるプロセスに似ています。 まず未知数を定め、条件を式にし、解くという流れです。 力学ではこの「条件を式にする」部分が特に重要で、力の書き出しと座標設定がすべてを左右します。

ここが本質:手順に従えば「ひらめき」は不要

力学の問題は、天才的なひらめきを必要としません。 正しい手順を、正確に実行すれば必ず解けるのです。

手順を「体に染み込ませる」ことが、力学攻略の最短ルートです。 ここで学ぶ5ステップを、今後のすべての問題で使い続けてください。

2運動方程式の立て方 5ステップ

以下の5ステップは、水平面・斜面・糸・滑車など、 あらゆる力学の問題に共通する基本手順です。

運動方程式の立て方 5ステップ

Step 1. 注目する物体を決める

Step 2. 物体にはたらく力をすべて書き出す

Step 3. 正の向きと座標軸を決める

Step 4. 運動方程式 $ma = F_{\text{合}}$ を立てる

Step 5. 方程式を解いて未知量を求める

※ Step 2 では、注目する物体に「外部から」はたらく力だけを書く。物体が他のものに及ぼす力(反作用)は書かない。

Step 1. 注目する物体を決める

まず「誰の運動方程式を立てるのか」を明確にします。 問題に複数の物体が登場する場合は、物体ごとに別々の運動方程式を立てます。

注目する物体を図の中で丸で囲んだり、色を塗ったりすると、 「どの力がこの物体にはたらいているか」を判別しやすくなります。

Step 2. 物体にはたらく力をすべて書き出す

ここが最も重要なステップです。 力を1つでも忘れると、方程式は間違いになります。 以下のチェックリストを使って、漏れなく書き出しましょう。

  1. 重力:すべての物体にはたらく($mg$、鉛直下向き)
  2. 垂直抗力:面と接触している場合(面に垂直、面から離れる向き)
  3. 摩擦力:面と接触し、面に沿って力が必要な場合
  4. 張力:糸やロープでつながっている場合
  5. その他:ばねの弾性力、外力(手で押す力)など
落とし穴:「その物体が及ぼす力」を書いてしまう

× 誤:物体Aの運動方程式に「Aが床を押す力」を書く

○ 正:物体Aの運動方程式には「床がAを押す力(垂直抗力)」を書く

注目する物体にはたらく力(受ける力)だけを書きます。 その物体が他の物体に及ぼす力(反作用)は書きません。 主語を常に意識しましょう。

Step 3. 正の向きと座標軸を決める

力は向きをもつベクトル量です。 符号を正しくつけるために、正の向きを最初に定める必要があります。

一般的には、物体が加速する方向を正の向きにとると、 加速度 $a > 0$ となって式の扱いが楽になります。 ただし、加速の方向がわからない場合は仮に正の向きを決め、 計算結果の符号で判断します。

ここが本質:正の向きの決め方で方程式の形が変わる

正の向きをどちらにとるかは自由ですが、一度決めたら最後まで変えてはいけません。 正の向きと同じ方向の力は $+$、逆方向の力は $-$ で代入します。

加速度の符号は結果として決まるもの。 もし $a < 0$ になったら、それは「仮に決めた正の向きと逆に加速している」という意味です。

Step 4. 運動方程式 $ma = F_{\text{合}}$ を立てる

左辺に $ma$、右辺に合力を書きます。 合力は、Step 2 で書き出した力を Step 3 の符号ルールに従って足し合わせたものです。

落とし穴:$F = ma$ の向きに注意

教科書によって $F = ma$ と書いたり $ma = F$ と書いたりしますが、意味は同じです。

ただし、問題を解くときは「$ma = $(力の合計)」の形で書くのがおすすめです。 左辺が常に $ma$ なので、右辺に力を足していくだけで済み、書き間違いが減ります。

Step 5. 方程式を解いて未知量を求める

立てた方程式を解いて、加速度 $a$、垂直抗力 $N$、張力 $T$ などの未知量を求めます。 未知数が複数ある場合は、方程式も複数必要です。 運動方向と垂直方向の2つの方程式を立てることが多いです。

落とし穴:運動方向だけの方程式で終わってしまう

× 誤:運動方向の式 $ma = F - f$ だけ立てて「垂直抗力 $N$ がわからない」と行き詰まる

○ 正:運動に垂直な方向の式 $0 = N - mg$ も立てて $N = mg$ を求める

運動方向に垂直な方向では加速度が $0$ なので、力のつりあいの式が成り立ちます。 この式から垂直抗力などを求め、運動方向の式に代入するのが典型的な流れです。

3ステップを実践する ─ 具体例で確認

5ステップを、具体的な問題に適用してみましょう。

例題:水平面上で物体を引く

なめらかな水平面上に質量 $m = 4.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。 この物体に水平方向右向きに $F = 20\,\text{N}$ の力を加えた。 物体の加速度を求めよ。

Step 1. 注目する物体:質量 $4.0\,\text{kg}$ の物体

Step 2. はたらく力を書き出す:

  • 重力 $mg$(鉛直下向き)
  • 垂直抗力 $N$(鉛直上向き)
  • 外力 $F = 20\,\text{N}$(水平右向き)

なめらかな面なので摩擦力は $0$ です。

Step 3. 正の向き:水平右向きを正、鉛直上向きを正とする。

Step 4. 運動方程式を立てる:

水平方向:$ma = F$ すなわち $4.0 \times a = 20$

鉛直方向:$0 = N - mg$(加速度は鉛直方向に $0$)

Step 5. 解く:

水平方向の式から $a = \dfrac{20}{4.0} = 5.0\,\text{m/s}^2$(右向き)

ここが本質:5ステップを省略しない

上の例題は簡単ですが、ステップを一つも省略しないことが重要です。 簡単な問題で正しいフォームを身につけておけば、 複雑な問題でも同じ手順で確実に解けます。

スポーツでもそうですが、基本フォームは簡単な練習のうちに定着させるものです。

例題:鉛直方向に物体を引き上げる

質量 $m = 2.0\,\text{kg}$ の物体を、糸で鉛直上向きに $T = 25\,\text{N}$ の力で引き上げる。 物体の加速度を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

Step 1. 注目する物体:質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体

Step 2. はたらく力:

  • 重力 $mg = 2.0 \times 9.8 = 19.6\,\text{N}$(鉛直下向き)
  • 張力 $T = 25\,\text{N}$(鉛直上向き)

Step 3. 正の向き:鉛直上向きを正とする。

Step 4. 運動方程式:$ma = T - mg$

Step 5. $2.0 \times a = 25 - 19.6 = 5.4$ より $a = 2.7\,\text{m/s}^2$(上向き)

落とし穴:重力の向きを間違えて正にする

鉛直上向きを正にとった場合、重力は負の向きです。

× 誤:$ma = T + mg$(重力を正にしている)

○ 正:$ma = T - mg$(重力は正の向きと逆なので $-mg$)

力の符号は、Step 3 で決めた正の向きに対して機械的につけましょう。 「上向きが正なら、下向きの力には $-$ をつける」と徹底すれば間違いません。

深掘り:運動方程式と微分方程式

$F = ma$ の $a$ は $\dfrac{dv}{dt}$ ですから、 運動方程式は本質的に微分方程式です。

$$m\frac{dv}{dt} = F$$

力 $F$ が一定なら、この方程式の解は等加速度運動の公式そのものです。 大学物理では、力が速度や位置に依存する場合(空気抵抗、ばね力など)の微分方程式を解きます。

4よくある失敗パターンと対策

運動方程式を立てるときの典型的な失敗パターンを整理しておきましょう。 これらを意識するだけで、ミスが大幅に減ります。

失敗パターン 対策
力の書き漏らし チェックリスト(重力→抗力→摩擦→張力→その他)を毎回確認
反作用を書いてしまう 「この力は誰にはたらいているか?」を声に出して確認
符号の間違い 正の向きを図に矢印で明記し、力の向きと比較
垂直方向の式を忘れる 運動方向と垂直方向、必ず2方向の式を立てる
$mg$ と $N$ を自動的に等しいとする $N = mg$ は結果であって前提ではない。必ず式から導く
落とし穴:$N = mg$ を無条件に使う

水平面上の物体に鉛直方向の追加の力がはたらかない場合は $N = mg$ になります。 しかし、これは常に成り立つわけではありません。

× 誤:斜め上向きに引いている場合でも $N = mg$ とする

○ 正:斜め上向きの力 $F$ の鉛直成分 $F\sin\theta$ を考慮し、 $N = mg - F\sin\theta$ とする

$N$ は常に鉛直方向の式から求めましょう。

5この章を俯瞰する

運動方程式の立て方は、この章の残りすべての記事の「共通言語」です。 ここで学んだ5ステップは、以降の記事で繰り返し使います。

つながりマップ

  • ← M-3-1 ニュートンの3法則:運動方程式は第2法則 $F = ma$ の実践的な使い方。
  • → M-3-3 水平面上の運動方程式:5ステップを摩擦なし・ありの水平面で実践する。
  • → M-3-4, M-3-5 斜面の運動方程式:座標軸の取り方と力の分解が加わる。
  • → M-3-6〜M-3-10 複数の物体:物体ごとに運動方程式を立て、連立して解く。
  • → 第4章 仕事とエネルギー:運動方程式を変形するとエネルギーの関係が導かれる。

📋まとめ

  • 運動方程式を立てる5ステップ:対象を決める → 力を書き出す → 正の向きを決める → $ma = F_{\text{合}}$ → 解く
  • 力の書き出しでは、注目物体にはたらく力(受ける力)だけを書く。反作用は書かない
  • 正の向きを決めたら最後まで変えない。力の符号は正の向きに対して機械的につける
  • 運動方向だけでなく、垂直方向の式($a = 0$ のつりあいの式)も必ず立てる
  • $N = mg$ は結果であって前提ではない。常に式から導く
  • 5ステップは省略しない。簡単な問題でフォームを固め、複雑な問題に備える

確認テスト

Q1. 運動方程式を立てる5ステップのうち、Step 2 の内容を答えてください。

▶ クリックして解答を表示Step 2:物体にはたらく力をすべて書き出す。注目物体が受ける力だけを、チェックリスト(重力・抗力・摩擦・張力・その他)に沿って漏れなく書く。

Q2. 質量 $6.0\,\text{kg}$ の物体に水平方向の力 $24\,\text{N}$ を加えた。なめらかな水平面上での加速度を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$ma = F$ より $6.0 \times a = 24$ → $a = 4.0\,\text{m/s}^2$

Q3. 鉛直上向きを正として、質量 $m$ の物体を張力 $T$ で引き上げるときの運動方程式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$ma = T - mg$(張力は正の向き、重力は負の向き)

Q4. $N = mg$ が成り立たない状況の例を1つ挙げてください。

▶ クリックして解答を表示例:斜め上向きに力で引いている場合、斜面上にある場合、エレベーター内で加速している場合など。鉛直方向に重力と抗力以外の力がはたらいていれば $N \neq mg$ になります。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-2-1 A 基礎 基本手順 計算

なめらかな水平面上に質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。この物体に水平方向に $9.0\,\text{N}$ の力を加えた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 物体に生じる加速度を求めよ。

(2) 垂直抗力の大きさを求めよ。

(3) 静止状態から $3.0\,\text{s}$ 後の速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $3.0\,\text{m/s}^2$

(2) $29.4\,\text{N}$

(3) $9.0\,\text{m/s}$

解説

Step 1: 質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体に注目

Step 2: 重力 $mg$(下)、垂直抗力 $N$(上)、外力 $9.0\,\text{N}$(水平右)

Step 3: 水平右向き・鉛直上向きを正

Step 4:

水平:$3.0a = 9.0$

鉛直:$0 = N - 3.0 \times 9.8$

Step 5:

(1) $a = 3.0\,\text{m/s}^2$

(2) $N = 29.4\,\text{N}$

(3) $v = 0 + 3.0 \times 3.0 = 9.0\,\text{m/s}$

採点ポイント
  • 水平・鉛直の2方向に分けて式を立てる(4点)
  • 垂直抗力を鉛直方向の式から求める(3点)
  • 等加速度の公式を使って速度を求める(3点)

B 発展レベル

3-2-2 B 発展 斜め方向の力 計算

なめらかな水平面上に質量 $5.0\,\text{kg}$ の物体が置かれている。水平面から $30°$ の角度で斜め上向きに大きさ $20\,\text{N}$ の力 $F$ を加えた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

(1) 力 $F$ の水平成分と鉛直成分を求めよ。

(2) 垂直抗力の大きさを求めよ。

(3) 物体の加速度の大きさを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 水平成分 $F\cos 30° = 20 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 17\,\text{N}$、鉛直成分 $F\sin 30° = 20 \times 0.50 = 10\,\text{N}$

(2) $39\,\text{N}$

(3) $3.5\,\text{m/s}^2$

解説

水平方向:$ma = F\cos 30°$ → $5.0a = 20 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 10\sqrt{3}$

鉛直方向:$0 = N + F\sin 30° - mg$ → $N = mg - F\sin 30° = 5.0 \times 9.8 - 10 = 39\,\text{N}$

$a = \frac{10\sqrt{3}}{5.0} = 2\sqrt{3} \approx 3.5\,\text{m/s}^2$

$N = mg - F\sin 30°$ であり、$N = mg$ ではないことに注意。斜め上向きの力の鉛直成分が物体を持ち上げる方向にはたらくため、垂直抗力は小さくなります。

採点ポイント
  • 力を水平・鉛直に正しく分解する(3点)
  • 鉛直方向の式で $N \neq mg$ を正しく導く(4点)
  • 水平方向の式から加速度を正しく求める(3点)

C 応用レベル

3-2-3 C 応用 2方向の運動方程式 論述

質量 $m$ の物体を、糸で鉛直上向きに一定の加速度 $a$ で引き上げる。重力加速度を $g$ とする。

(1) 糸の張力 $T$ を $m$、$g$、$a$ を用いて表せ。

(2) $a = 0$ のときの $T$ を求め、その物理的意味を説明せよ。

(3) $a = g$ のときの $T$ を求め、その物理的意味を説明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $T = m(g + a)$

(2) $T = mg$。等速で引き上げている(または静止している)状態。

(3) $T = 2mg$。重力の2倍の張力で引き上げている。

解説

鉛直上向きを正として運動方程式を立てる:$ma = T - mg$

(1) $T = ma + mg = m(g + a)$

(2) $a = 0$ のとき $T = m(g + 0) = mg$。加速度が $0$ なので物体は等速運動または静止。張力と重力がつりあっている。

(3) $a = g$ のとき $T = m(g + g) = 2mg$。物体は重力加速度と同じ大きさの加速度で上昇している。日常で感じる「体重の2倍の力」がかかる状態(エレベーターの急加速に類似)。

採点ポイント
  • 運動方程式 $ma = T - mg$ を正しく立てる(3点)
  • $T = m(g + a)$ を導く(2点)
  • $a = 0$ のとき等速運動であることを説明する(2点)
  • $a = g$ のとき $T = 2mg$ の物理的意味を説明する(3点)