第3章 運動の法則(物理基礎)

斜面+摩擦力の運動方程式
─ 粗い斜面上の加速度

滑らかな斜面での運動方程式は $ma = mg\sin\theta$ と単純でした。
しかし現実の斜面には摩擦があります。摩擦力が加わると加速度はどう変わるのか?
ここでは動摩擦力を含む運動方程式を立て、滑り上がりと滑り下りで加速度がどう異なるかを明らかにします。

1粗い斜面上の力の整理

角度 $\theta$ の粗い斜面上に質量 $m$ の物体を置きます。 物体に働く力は次の3つです。

  1. 重力 $mg$(鉛直下向き)
  2. 垂直抗力 $N$(斜面に垂直、斜面から離れる向き)
  3. 動摩擦力 $f' = \mu' N$(運動の向きと逆向き)

斜面に平行な方向を $x$ 軸(下りを正)、垂直な方向を $y$ 軸(斜面から離れる向きを正)に取ります。

斜面に垂直な方向は加速度がゼロなので、つりあいの式から垂直抗力が求まります。

📐 垂直抗力(斜面に垂直方向のつりあい)

$$N = mg\cos\theta$$

※ 斜面に垂直な方向には加速しないため、この式はつりあいの式として常に成り立つ。

動摩擦力の大きさは $f' = \mu' N = \mu' mg\cos\theta$ です。 向きは物体の運動方向と逆向きに働くので、滑り下りと滑り上がりで向きが変わることに注意してください。

💡 ここが本質:摩擦力の向きは運動の向きで決まる

動摩擦力は常に運動の向きと逆にはたらきます。

斜面を滑り下りているとき → 摩擦力は斜面上向き(運動を妨げる)

斜面を滑り上がっているとき → 摩擦力は斜面下向き(運動を妨げる)

この向きの違いにより、滑り下りと滑り上がりでは運動方程式が異なり、加速度の大きさも変わります。

2滑り下りの運動方程式

物体が斜面を滑り下りている場合を考えます。 運動方向は斜面下向きなので、動摩擦力は斜面上向きにはたらきます。

運動方程式の立て方

斜面下向きを正として運動方程式を立てます。

▷ 滑り下りの運動方程式の導出

斜面に平行な方向(下向きを正):

$$ma = mg\sin\theta - \mu' N$$

$N = mg\cos\theta$ を代入して:

$$ma = mg\sin\theta - \mu' mg\cos\theta$$

両辺を $m$ で割ると:

$$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$$

📐 滑り下りの加速度

$$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$$

※ 加速度は質量 $m$ に依存しない。$\sin\theta > \mu'\cos\theta$ のとき $a > 0$ で物体は加速する。等号のとき等速運動。
⚠️ 落とし穴:$a < 0$ になったら?

$\sin\theta < \mu'\cos\theta$(つまり $\tan\theta < \mu'$)のとき、計算上 $a < 0$ になります。

✕ 誤:$a < 0$ だから斜面を上るように加速する

○ 正:$a < 0$ は「そもそも滑り下りない」ことを意味する。物体は静止したままである

$\tan\theta < \mu'$ のとき、静止摩擦力が重力の斜面成分を支えるため、物体は静止します。

🔬 深掘り:加速度が質量によらない理由

加速度 $a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$ に質量 $m$ が含まれていません。

これは、重力 $mg$、垂直抗力 $mg\cos\theta$、動摩擦力 $\mu' mg\cos\theta$ のすべてが質量に比例するためです。運動方程式の両辺を $m$ で割ると、$m$ が消えます。

ガリレオの落下法則(質量によらず同じ加速度で落下する)と同じ構造が、斜面上の摩擦を含む運動にも現れます。

3滑り上がりの運動方程式

物体に初速を与えて斜面上向きに打ち出した場合を考えます。 物体は斜面を上りながら減速し、やがて一瞬静止します。

摩擦力の向きが逆になる

滑り上がりでは運動方向が斜面上向きなので、動摩擦力は斜面下向きにはたらきます。 重力の斜面成分(下向き)と動摩擦力(下向き)が同じ向きにはたらくため、減速が大きくなります。

▷ 滑り上がりの運動方程式の導出

斜面上向きを正として運動方程式を立てると:

$$ma = -mg\sin\theta - \mu' mg\cos\theta$$

(重力の斜面成分も摩擦力も、運動の正の向きと逆なので負)

$$a = -g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$

加速度の大きさは:

$$|a| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$

📐 滑り上がりの加速度(大きさ)

$$|a_{\text{上り}}| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$

※ 滑り下りの加速度 $a_{\text{下り}} = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$ と比較すると、上りの方が減速が大きい。
💡 ここが本質:上りと下りの加速度の大きさは異なる

滑り上がり:$|a| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$ …重力と摩擦が同じ向き

滑り下り:$|a| = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$ …重力と摩擦が逆向き

この非対称性が摩擦のある斜面の本質です。上りでは急激に減速し、下りではゆっくり加速します。初速を与えて打ち上げた物体が元の位置に戻るとき、戻りの速さは打ち上げ時より遅くなります

上りから下りへの切り替わり

物体が斜面を上りきって一瞬静止した後、再び滑り下りるかどうかは $\tan\theta$ と $\mu'$ の大小関係で決まります。

  • $\tan\theta > \mu'$ のとき:静止後、滑り下り始める
  • $\tan\theta \leq \mu'$ のとき:静止後、そのまま止まる(静止摩擦力が支える)
⚠️ 落とし穴:上りの式をそのまま下りに使う

上りで求めた加速度 $a = -g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$ をそのまま下りに適用してはいけません。

✕ 誤:上りの運動方程式を下りにもそのまま使う

○ 正:速度がゼロになった瞬間に摩擦力の向きが反転するので、運動方程式を立て直す

上りと下りは別々の運動として扱い、速度ゼロの点で接続します。

4滑り出す条件と静止摩擦

粗い斜面上に物体を置いたとき、物体が滑り出すかどうかは静止摩擦力の最大値で決まります。

滑り出す条件の導出

物体が静止しているとき、斜面に平行な方向のつりあいより:

$$f = mg\sin\theta$$

この静止摩擦力 $f$ が最大静止摩擦力 $f_{\max} = \mu N = \mu mg\cos\theta$ を超えると物体は滑り出します。

📐 滑り出す条件

$$mg\sin\theta > \mu mg\cos\theta$$

$$\tan\theta > \mu$$

※ $\mu$ は静止摩擦係数。この条件は質量 $m$ によらない。斜面の角度と摩擦係数だけで滑り出すかどうかが決まる。
🔬 深掘り:摩擦角

$\tan\theta_0 = \mu$ を満たす角度 $\theta_0$ を摩擦角と呼びます。

斜面の角度がちょうど摩擦角に等しいとき、物体はぎりぎりつりあいます。これを利用して、斜面の角度を徐々に大きくし、物体が滑り始める角度を測定すれば、静止摩擦係数を実験的に求めることができます。

$$\mu = \tan\theta_0$$

まとめ:3つの場合分け

条件 物体の状態 摩擦力
$\tan\theta < \mu$ 静止(滑らない) 静止摩擦力 $f = mg\sin\theta$
$\tan\theta = \mu$ ぎりぎり静止 最大静止摩擦力 $f = \mu mg\cos\theta$
$\tan\theta > \mu$ 滑り下りる 動摩擦力 $f' = \mu' mg\cos\theta$
⚠️ 落とし穴:$\mu$ と $\mu'$ の混同

滑り出す条件には静止摩擦係数 $\mu$ を使い、滑り出した後の運動方程式には動摩擦係数 $\mu'$ を使います。

✕ 誤:滑り出す条件に $\mu'$ を使う

○ 正:滑り出す条件は $\tan\theta > \mu$(静止摩擦係数)、運動中の加速度は $\mu'$(動摩擦係数)で計算

一般に $\mu > \mu'$(静止摩擦係数の方が大きい)なので、滑り出した瞬間に加速度が生じます。

5この章を俯瞰する

摩擦のある斜面は、力の分解・摩擦力・運動方程式が組み合わさった総合問題です。

つながりマップ

  • ← M-2-7 平面上の力のつりあい:斜面座標の取り方と力の分解の基本がここで活きる。
  • ← M-2-9 静止摩擦力・M-2-10 動摩擦力:摩擦力の基本知識をここで運動方程式に組み込む。
  • ← M-3-4 滑らかな斜面の運動方程式:摩擦なしの場合の拡張として、摩擦項が加わる。
  • → M-3-6 糸でつながれた2物体の運動:斜面上の物体に糸を付けて引く問題へ発展。
  • → 第4章 仕事とエネルギー:摩擦力がする仕事(エネルギーの損失)を扱う。

📋まとめ

  • 粗い斜面では垂直抗力 $N = mg\cos\theta$、動摩擦力 $f' = \mu' mg\cos\theta$
  • 滑り下り:$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$。重力と摩擦が逆向き
  • 滑り上がり:$|a| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$。重力と摩擦が同じ向き
  • 上りの方が減速が大きい → 上りと下りの加速度の大きさは異なる
  • 滑り出す条件:$\tan\theta > \mu$(静止摩擦係数)
  • 加速度は質量 $m$ によらない(重力・抗力・摩擦力すべてが $m$ に比例するため)

確認テスト

Q1. 角度 $\theta$ の粗い斜面を物体が滑り下りるときの加速度を求めてください。動摩擦係数を $\mu'$ とします。

▶ クリックして解答を表示$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$。重力の斜面成分から動摩擦力を引いたものが合力。

Q2. 物体が斜面を滑り上がっているとき、動摩擦力はどちら向きにはたらきますか。

▶ クリックして解答を表示斜面の下向き。動摩擦力は常に運動の向きと逆向きにはたらくため。

Q3. 物体が粗い斜面上で滑り出す条件を不等式で書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta > \mu$($\mu$ は静止摩擦係数)。斜面の傾きが摩擦角を超えると滑り出す。

Q4. 滑り上がりの加速度の大きさと滑り下りの加速度の大きさでは、どちらが大きいですか。理由も述べてください。

▶ クリックして解答を表示滑り上がりの方が大きい。上りでは重力と摩擦力が同じ向き($\sin\theta + \mu'\cos\theta$)、下りでは逆向き($\sin\theta - \mu'\cos\theta$)になるため。

8入試問題演習

摩擦のある斜面の運動方程式を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-5-1 A 基礎 斜面摩擦

角度 $30°$ の粗い斜面上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を置いたところ、物体は斜面を滑り下りた。動摩擦係数を $\mu' = 0.20$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 垂直抗力の大きさを求めよ。

(2) 動摩擦力の大きさを求めよ。

(3) 物体の加速度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $N \approx 17.0\,\text{N}$

(2) $f' \approx 3.4\,\text{N}$

(3) $a \approx 3.2\,\text{m/s}^2$

解説

(1) $N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 17.0\,\text{N}$

(2) $f' = \mu' N = 0.20 \times 17.0 \approx 3.4\,\text{N}$

(3) $a = g(\sin 30° - \mu'\cos 30°) = 9.8(0.50 - 0.20 \times 0.866) \approx 9.8 \times 0.327 \approx 3.2\,\text{m/s}^2$

採点ポイント
  • 垂直抗力を $mg\cos\theta$ で求める(2点)
  • 動摩擦力を $\mu' N$ で求める(2点)
  • 運動方程式を正しく立てる(3点)
  • 数値計算が正しい(3点)

B 発展レベル

3-5-2 B 発展 滑り上がり計算

角度 $\theta = 30°$ の粗い斜面の下端から、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体に初速 $v_0 = 5.0\,\text{m/s}$ を与えて斜面上向きに打ち出した。動摩擦係数 $\mu' = 0.30$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 斜面を滑り上がっているときの加速度の大きさを求めよ。

(2) 物体が最高点に達するまでの時間を求めよ。

(3) 最高点までの距離を求めよ。

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解答

(1) $|a| \approx 7.4\,\text{m/s}^2$

(2) $t \approx 0.68\,\text{s}$

(3) $L \approx 1.7\,\text{m}$

解説

(1) $|a| = g(\sin 30° + \mu'\cos 30°) = 9.8(0.50 + 0.30 \times 0.866) \approx 9.8 \times 0.760 \approx 7.4\,\text{m/s}^2$

(2) 最高点で速度が0になるので $v_0 = |a| \cdot t$ より $t = \frac{v_0}{|a|} = \frac{5.0}{7.4} \approx 0.68\,\text{s}$

(3) $L = v_0 t - \frac{1}{2}|a|t^2 = 5.0 \times 0.68 - \frac{1}{2} \times 7.4 \times 0.68^2 \approx 3.4 - 1.7 \approx 1.7\,\text{m}$

採点ポイント
  • 滑り上がり時の摩擦力の向き(下向き)を正しく設定(3点)
  • 加速度を正しく求める(3点)
  • 等加速度運動の公式を正しく使う(4点)

C 応用レベル

3-5-3 C 応用 上りと下り論述

角度 $\theta$ の粗い斜面の下端から物体を初速 $v_0$ で打ち上げた。動摩擦係数を $\mu'$ とし、$\tan\theta > \mu'$ が成り立つとする。物体が最高点に達した後、再び下端に戻ったときの速さ $v_1$ を求め、$v_1 < v_0$ となることを示せ。

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解答

$$v_1 = v_0 \sqrt{\dfrac{\sin\theta - \mu'\cos\theta}{\sin\theta + \mu'\cos\theta}}$$

$\mu' > 0$ のとき分母 $>$ 分子 $> 0$ より、$v_1 < v_0$。

解説

上り:加速度 $a_1 = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$(減速方向)。最高点までの距離を $L$ とすると、$v_0^2 = 2a_1 L$ より $L = \dfrac{v_0^2}{2a_1}$

下り:加速度 $a_2 = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$(加速方向)。距離 $L$ を滑り下りたときの速さ $v_1$ は $v_1^2 = 2a_2 L$

$L$ を代入すると $v_1^2 = 2a_2 \cdot \dfrac{v_0^2}{2a_1} = \dfrac{a_2}{a_1} v_0^2$

$$v_1 = v_0\sqrt{\frac{a_2}{a_1}} = v_0\sqrt{\frac{\sin\theta - \mu'\cos\theta}{\sin\theta + \mu'\cos\theta}}$$

$\mu' > 0$ かつ $\cos\theta > 0$ より $\mu'\cos\theta > 0$ なので、$\sin\theta + \mu'\cos\theta > \sin\theta - \mu'\cos\theta > 0$

よって $\dfrac{a_2}{a_1} < 1$ となり $v_1 < v_0$ が示された。摩擦によってエネルギーが失われるため、戻りの速さは元の速さより小さい。

採点ポイント
  • 上りと下りで運動方程式を正しく立て直す(各3点)
  • 等加速度運動の公式で $L$ を介して接続する(3点)
  • $v_1 < v_0$ を不等式で示す(3点)