滑らかな斜面での運動方程式は $ma = mg\sin\theta$ と単純でした。
しかし現実の斜面には摩擦があります。摩擦力が加わると加速度はどう変わるのか?
ここでは動摩擦力を含む運動方程式を立て、滑り上がりと滑り下りで加速度がどう異なるかを明らかにします。
角度 $\theta$ の粗い斜面上に質量 $m$ の物体を置きます。 物体に働く力は次の3つです。
斜面に平行な方向を $x$ 軸(下りを正)、垂直な方向を $y$ 軸(斜面から離れる向きを正)に取ります。
斜面に垂直な方向は加速度がゼロなので、つりあいの式から垂直抗力が求まります。
$$N = mg\cos\theta$$
動摩擦力の大きさは $f' = \mu' N = \mu' mg\cos\theta$ です。 向きは物体の運動方向と逆向きに働くので、滑り下りと滑り上がりで向きが変わることに注意してください。
動摩擦力は常に運動の向きと逆にはたらきます。
斜面を滑り下りているとき → 摩擦力は斜面上向き(運動を妨げる)
斜面を滑り上がっているとき → 摩擦力は斜面下向き(運動を妨げる)
この向きの違いにより、滑り下りと滑り上がりでは運動方程式が異なり、加速度の大きさも変わります。
物体が斜面を滑り下りている場合を考えます。 運動方向は斜面下向きなので、動摩擦力は斜面上向きにはたらきます。
斜面下向きを正として運動方程式を立てます。
斜面に平行な方向(下向きを正):
$$ma = mg\sin\theta - \mu' N$$
$N = mg\cos\theta$ を代入して:
$$ma = mg\sin\theta - \mu' mg\cos\theta$$
両辺を $m$ で割ると:
$$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$$
$$a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$$
$\sin\theta < \mu'\cos\theta$(つまり $\tan\theta < \mu'$)のとき、計算上 $a < 0$ になります。
✕ 誤:$a < 0$ だから斜面を上るように加速する
○ 正:$a < 0$ は「そもそも滑り下りない」ことを意味する。物体は静止したままである
$\tan\theta < \mu'$ のとき、静止摩擦力が重力の斜面成分を支えるため、物体は静止します。
加速度 $a = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$ に質量 $m$ が含まれていません。
これは、重力 $mg$、垂直抗力 $mg\cos\theta$、動摩擦力 $\mu' mg\cos\theta$ のすべてが質量に比例するためです。運動方程式の両辺を $m$ で割ると、$m$ が消えます。
ガリレオの落下法則(質量によらず同じ加速度で落下する)と同じ構造が、斜面上の摩擦を含む運動にも現れます。
物体に初速を与えて斜面上向きに打ち出した場合を考えます。 物体は斜面を上りながら減速し、やがて一瞬静止します。
滑り上がりでは運動方向が斜面上向きなので、動摩擦力は斜面下向きにはたらきます。 重力の斜面成分(下向き)と動摩擦力(下向き)が同じ向きにはたらくため、減速が大きくなります。
斜面上向きを正として運動方程式を立てると:
$$ma = -mg\sin\theta - \mu' mg\cos\theta$$
(重力の斜面成分も摩擦力も、運動の正の向きと逆なので負)
$$a = -g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$
加速度の大きさは:
$$|a| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$
$$|a_{\text{上り}}| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$$
滑り上がり:$|a| = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$ …重力と摩擦が同じ向き
滑り下り:$|a| = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$ …重力と摩擦が逆向き
この非対称性が摩擦のある斜面の本質です。上りでは急激に減速し、下りではゆっくり加速します。初速を与えて打ち上げた物体が元の位置に戻るとき、戻りの速さは打ち上げ時より遅くなります。
物体が斜面を上りきって一瞬静止した後、再び滑り下りるかどうかは $\tan\theta$ と $\mu'$ の大小関係で決まります。
上りで求めた加速度 $a = -g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$ をそのまま下りに適用してはいけません。
✕ 誤:上りの運動方程式を下りにもそのまま使う
○ 正:速度がゼロになった瞬間に摩擦力の向きが反転するので、運動方程式を立て直す
上りと下りは別々の運動として扱い、速度ゼロの点で接続します。
粗い斜面上に物体を置いたとき、物体が滑り出すかどうかは静止摩擦力の最大値で決まります。
物体が静止しているとき、斜面に平行な方向のつりあいより:
$$f = mg\sin\theta$$
この静止摩擦力 $f$ が最大静止摩擦力 $f_{\max} = \mu N = \mu mg\cos\theta$ を超えると物体は滑り出します。
$$mg\sin\theta > \mu mg\cos\theta$$
$$\tan\theta > \mu$$
$\tan\theta_0 = \mu$ を満たす角度 $\theta_0$ を摩擦角と呼びます。
斜面の角度がちょうど摩擦角に等しいとき、物体はぎりぎりつりあいます。これを利用して、斜面の角度を徐々に大きくし、物体が滑り始める角度を測定すれば、静止摩擦係数を実験的に求めることができます。
$$\mu = \tan\theta_0$$
| 条件 | 物体の状態 | 摩擦力 |
|---|---|---|
| $\tan\theta < \mu$ | 静止(滑らない) | 静止摩擦力 $f = mg\sin\theta$ |
| $\tan\theta = \mu$ | ぎりぎり静止 | 最大静止摩擦力 $f = \mu mg\cos\theta$ |
| $\tan\theta > \mu$ | 滑り下りる | 動摩擦力 $f' = \mu' mg\cos\theta$ |
滑り出す条件には静止摩擦係数 $\mu$ を使い、滑り出した後の運動方程式には動摩擦係数 $\mu'$ を使います。
✕ 誤:滑り出す条件に $\mu'$ を使う
○ 正:滑り出す条件は $\tan\theta > \mu$(静止摩擦係数)、運動中の加速度は $\mu'$(動摩擦係数)で計算
一般に $\mu > \mu'$(静止摩擦係数の方が大きい)なので、滑り出した瞬間に加速度が生じます。
摩擦のある斜面は、力の分解・摩擦力・運動方程式が組み合わさった総合問題です。
Q1. 角度 $\theta$ の粗い斜面を物体が滑り下りるときの加速度を求めてください。動摩擦係数を $\mu'$ とします。
Q2. 物体が斜面を滑り上がっているとき、動摩擦力はどちら向きにはたらきますか。
Q3. 物体が粗い斜面上で滑り出す条件を不等式で書いてください。
Q4. 滑り上がりの加速度の大きさと滑り下りの加速度の大きさでは、どちらが大きいですか。理由も述べてください。
摩擦のある斜面の運動方程式を入試形式で確認しましょう。
角度 $30°$ の粗い斜面上に質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を置いたところ、物体は斜面を滑り下りた。動摩擦係数を $\mu' = 0.20$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 垂直抗力の大きさを求めよ。
(2) 動摩擦力の大きさを求めよ。
(3) 物体の加速度を求めよ。
(1) $N \approx 17.0\,\text{N}$
(2) $f' \approx 3.4\,\text{N}$
(3) $a \approx 3.2\,\text{m/s}^2$
(1) $N = mg\cos 30° = 2.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 17.0\,\text{N}$
(2) $f' = \mu' N = 0.20 \times 17.0 \approx 3.4\,\text{N}$
(3) $a = g(\sin 30° - \mu'\cos 30°) = 9.8(0.50 - 0.20 \times 0.866) \approx 9.8 \times 0.327 \approx 3.2\,\text{m/s}^2$
角度 $\theta = 30°$ の粗い斜面の下端から、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体に初速 $v_0 = 5.0\,\text{m/s}$ を与えて斜面上向きに打ち出した。動摩擦係数 $\mu' = 0.30$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 斜面を滑り上がっているときの加速度の大きさを求めよ。
(2) 物体が最高点に達するまでの時間を求めよ。
(3) 最高点までの距離を求めよ。
(1) $|a| \approx 7.4\,\text{m/s}^2$
(2) $t \approx 0.68\,\text{s}$
(3) $L \approx 1.7\,\text{m}$
(1) $|a| = g(\sin 30° + \mu'\cos 30°) = 9.8(0.50 + 0.30 \times 0.866) \approx 9.8 \times 0.760 \approx 7.4\,\text{m/s}^2$
(2) 最高点で速度が0になるので $v_0 = |a| \cdot t$ より $t = \frac{v_0}{|a|} = \frac{5.0}{7.4} \approx 0.68\,\text{s}$
(3) $L = v_0 t - \frac{1}{2}|a|t^2 = 5.0 \times 0.68 - \frac{1}{2} \times 7.4 \times 0.68^2 \approx 3.4 - 1.7 \approx 1.7\,\text{m}$
角度 $\theta$ の粗い斜面の下端から物体を初速 $v_0$ で打ち上げた。動摩擦係数を $\mu'$ とし、$\tan\theta > \mu'$ が成り立つとする。物体が最高点に達した後、再び下端に戻ったときの速さ $v_1$ を求め、$v_1 < v_0$ となることを示せ。
$$v_1 = v_0 \sqrt{\dfrac{\sin\theta - \mu'\cos\theta}{\sin\theta + \mu'\cos\theta}}$$
$\mu' > 0$ のとき分母 $>$ 分子 $> 0$ より、$v_1 < v_0$。
上り:加速度 $a_1 = g(\sin\theta + \mu'\cos\theta)$(減速方向)。最高点までの距離を $L$ とすると、$v_0^2 = 2a_1 L$ より $L = \dfrac{v_0^2}{2a_1}$
下り:加速度 $a_2 = g(\sin\theta - \mu'\cos\theta)$(加速方向)。距離 $L$ を滑り下りたときの速さ $v_1$ は $v_1^2 = 2a_2 L$
$L$ を代入すると $v_1^2 = 2a_2 \cdot \dfrac{v_0^2}{2a_1} = \dfrac{a_2}{a_1} v_0^2$
$$v_1 = v_0\sqrt{\frac{a_2}{a_1}} = v_0\sqrt{\frac{\sin\theta - \mu'\cos\theta}{\sin\theta + \mu'\cos\theta}}$$
$\mu' > 0$ かつ $\cos\theta > 0$ より $\mu'\cos\theta > 0$ なので、$\sin\theta + \mu'\cos\theta > \sin\theta - \mu'\cos\theta > 0$
よって $\dfrac{a_2}{a_1} < 1$ となり $v_1 < v_0$ が示された。摩擦によってエネルギーが失われるため、戻りの速さは元の速さより小さい。