第3章 運動の法則(物理基礎)

アトウッドの実験装置
─ 2物体の加速度と張力

定滑車に糸をかけ、その両端に異なる質量のおもりを吊るす——これがアトウッドの機械(Atwood's machine)です。
18世紀にジョージ・アトウッドが重力加速度を精密に測定するために考案した実験装置ですが、
現代の入試でも定番中の定番です。ここで運動方程式の連立を完全にマスターしましょう。

1アトウッドの機械とは

アトウッドの機械は、軽い定滑車に軽い伸びない糸をかけ、両端に質量の異なる2つのおもり($m_1$ と $m_2$、$m_1 > m_2$)を吊るした装置です。

手を離すと、重い方の $m_1$ が下がり、軽い方の $m_2$ が上がります。 糸は伸びないので、2つのおもりは同じ大きさの加速度で運動します。

なぜ「実験装置」なのか

自由落下の加速度 $g \approx 9.8\,\text{m/s}^2$ は速すぎて、直接測定するのが難しいです。 アトウッドの機械では、2つのおもりの質量を近づけることで加速度を小さくし、ゆっくりとした運動にして測定を容易にします。

💡 ここが本質:アトウッドの機械 = 「ゆっくりした落下」

$m_1$ と $m_2$ が近い値のとき、加速度は $g$ よりはるかに小さくなります。

たとえば $m_1 = 1.1\,\text{kg}$、$m_2 = 1.0\,\text{kg}$ なら加速度はわずか $\frac{g}{21} \approx 0.47\,\text{m/s}^2$。

自由落下の約 $\frac{1}{20}$ の加速度なので、ストップウォッチでも十分に時間を計れます。

🔬 深掘り:歴史的背景

ジョージ・アトウッド(1746-1807)は英国ケンブリッジ大学の数学者です。1784年にこの装置を発表しました。

当時は精密な加速度センサーや高速カメラはありませんでした。アトウッドの機械は、重力加速度を間接的かつ精密に測定する画期的な方法でした。

現代でも、物理実験の教材として広く使われています。

2加速度と張力の公式導出

質量 $m_1 > m_2$ のおもりが糸でつながり、定滑車を通して吊るされています。 $m_1$ が下がり、$m_2$ が上がる向きを正とします。

各おもりの運動方程式

おもり $m_1$(下向きが正):

$$m_1 a = m_1 g - T \quad \cdots ①$$

おもり $m_2$(上向きが正):

$$m_2 a = T - m_2 g \quad \cdots ②$$

▷ 加速度の導出

①+②(辺々加える):

$$m_1 a + m_2 a = m_1 g - T + T - m_2 g$$

$$(m_1 + m_2)a = (m_1 - m_2)g$$

$$a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}\,g$$

📐 アトウッドの機械の加速度

$$a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}\,g$$

※ $m_1 > m_2$ のとき $a > 0$($m_1$ が下がる向き)。質量差が駆動力、質量和が慣性。
▷ 張力の導出

①より $T = m_1 g - m_1 a = m_1(g - a)$

$a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}g$ を代入:

$$T = m_1 g\left(1 - \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}\right) = m_1 g \cdot \frac{2m_2}{m_1 + m_2}$$

$$T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}\,g$$

📐 アトウッドの機械の張力

$$T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}\,g$$

※ 張力は $m_1 g$ より小さく、$m_2 g$ より大きい:$m_2 g < T < m_1 g$。つまり糸は、重い方を支えきれず、軽い方を引っ張り上げる。
⚠️ 落とし穴:「張力 = 重い方の重力」と考える

おもりが加速しているとき、張力は重力と等しくありません。

✕ 誤:$T = m_1 g$(重い方の重力と等しい)

○ 正:$T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}g$(両方の質量で決まる)

$T = m_1 g$ となるのは加速度がゼロ($m_1 = m_2$)のときだけです。加速している場合は必ず $T < m_1 g$ かつ $T > m_2 g$ です。

3公式の物理的意味

加速度の解釈

$a = \dfrac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}\,g$ を読み解きましょう。

  • 分子 $m_1 - m_2$:質量差 = 系を動かす「駆動力」の源(重力差 $(m_1 - m_2)g$)
  • 分母 $m_1 + m_2$:全質量 = 系全体の慣性
  • $g$ の係数 $\frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}$:常に $0$ 以上 $1$ 未満 → $a < g$
💡 ここが本質:極限で確認する

公式の正しさは極限値で確認できます。

$m_1 = m_2$ のとき:$a = 0$(つりあって動かない)✓

$m_2 = 0$ のとき:$a = g$($m_1$ が自由落下)✓

$m_1 \gg m_2$ のとき:$a \approx g$(ほぼ自由落下)✓

$m_1 \approx m_2$ のとき:$a \approx 0$(ゆっくり動く)✓

このように極限を確認する習慣は、公式を覚えるよりずっと大切です。

張力の解釈

$T = \dfrac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}\,g$ は、$m_1$ と $m_2$ の調和平均に $g$ を掛けた形です。

🔬 深掘り:調和平均との関係

2つの数 $a$, $b$ の調和平均は $\frac{2ab}{a+b}$ で定義されます。

アトウッドの機械の張力は $T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}g$(調和平均 $\times g$)です。

調和平均は常に相加平均 $\frac{m_1 + m_2}{2}$ 以下なので、$T \leq \frac{m_1 + m_2}{2}g$。

つまり張力は「平均的な重力」よりも常に小さいことがわかります。これは加速運動による見かけの軽さを反映しています。

滑車にかかる力

定滑車の軸には、糸が両側から引っ張る力が合わさって下向きにかかります。

📐 滑車の軸にかかる力

$$F_{\text{軸}} = 2T = \frac{4m_1 m_2}{m_1 + m_2}\,g$$

※ 定滑車の左右で張力は等しいため、軸にかかる下向きの力は $2T$。天井がこの力を支える。
⚠️ 落とし穴:滑車にかかる力を $(m_1 + m_2)g$ とする

おもりが加速しているとき、滑車にかかる力は $(m_1 + m_2)g$ ではありません。

✕ 誤:$F_{\text{軸}} = (m_1 + m_2)g$

○ 正:$F_{\text{軸}} = 2T = \frac{4m_1 m_2}{m_1 + m_2}g < (m_1 + m_2)g$

おもりが加速しているぶん、張力は重力より小さくなるため、滑車にかかる力も小さくなります。$F = (m_1 + m_2)g$ が成り立つのは $m_1 = m_2$(静止状態)のときだけです。

4重力加速度の実験的測定

アトウッドの機械を使って重力加速度 $g$ を測定する方法を考えます。

実験の手順

  1. 質量 $m_1$ と $m_2$($m_1 > m_2$)のおもりを糸で吊るす
  2. 静かに手を離し、おもりの運動を観察する
  3. おもりが距離 $d$ を移動するのにかかる時間 $t$ を測定する
  4. $d = \frac{1}{2}at^2$ から加速度 $a$ を求める
  5. $a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}g$ を変形して $g$ を求める
📐 重力加速度の測定公式

$$g = \frac{m_1 + m_2}{m_1 - m_2}\,a = \frac{m_1 + m_2}{m_1 - m_2} \cdot \frac{2d}{t^2}$$

※ $m_1$ と $m_2$ の差を小さくすると加速度が小さくなり、$t$ が長くなって測定しやすくなる。ただし差が小さすぎると摩擦や空気抵抗の影響が無視できなくなる。
▷ 具体的な数値例

$m_1 = 110\,\text{g}$、$m_2 = 100\,\text{g}$、$d = 0.50\,\text{m}$、$t = 1.5\,\text{s}$ のとき:

$$a = \frac{2d}{t^2} = \frac{2 \times 0.50}{1.5^2} = \frac{1.0}{2.25} \approx 0.44\,\text{m/s}^2$$

$$g = \frac{m_1 + m_2}{m_1 - m_2} \cdot a = \frac{210}{10} \times 0.44 = 21 \times 0.44 \approx 9.3\,\text{m/s}^2$$

真の値 $9.8\,\text{m/s}^2$ との差は滑車の摩擦や空気抵抗によるものです。

💡 ここが本質:「間接測定」の考え方

直接測定が困難な物理量を、他の測定可能な量から間接的に求めることを間接測定と呼びます。

アトウッドの機械では、$g$ を直接測る代わりに、質量・距離・時間という測定しやすい量から $g$ を算出しています。

この「測定しにくい量を測定しやすい量に変換する」発想は、物理実験全般に通じる重要な考え方です。

🔬 深掘り:誤差の分析

この実験で $g$ が真の値より小さく出る主な原因:

1. 滑車の摩擦:摩擦が運動を妨げ、実際の加速度が理論値より小さくなる。

2. 滑車の慣性:滑車の回転の慣性を無視しているが、実際には滑車も回転させる必要がある。

3. 空気抵抗:おもりの速度が大きくなると無視できなくなる。

より精密に測定するには、これらの補正が必要です。

5この章を俯瞰する

アトウッドの機械は運動方程式の連立の典型問題であると同時に、物理実験の基本的な考え方を学ぶ教材です。

つながりマップ

  • ← M-3-6 糸でつながれた2物体の運動:2物体の連立方程式の手法をここで完成させる。
  • ← M-3-7 滑車を使った問題:定滑車の基本知識がアトウッドの機械の前提。
  • → 第4章 仕事とエネルギー:アトウッドの機械をエネルギー保存で解く方法を学ぶ。
  • → 第5章 運動量と力積:糸が切れた場合の衝突問題などへ発展。
  • → 物理実験:間接測定・誤差分析の基本をここで実践する。

📋まとめ

  • アトウッドの機械:定滑車に糸をかけ、2つのおもりを吊るす装置
  • 加速度:$a = \dfrac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}g$(質量差が駆動力、質量和が慣性)
  • 張力:$T = \dfrac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}g$(調和平均 $\times g$)
  • $m_2 g < T < m_1 g$:張力はどちらの重力とも等しくない
  • $m_1 \approx m_2$ にすると加速度が小さくなり、$g$ の精密測定に使える
  • 極限で公式を確認する習慣をつける($m_1 = m_2$、$m_2 = 0$ など)

確認テスト

Q1. アトウッドの機械で、2つのおもりの加速度の公式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}g$($m_1 > m_2$ のとき、$m_1$ が下がる方向が正)

Q2. $m_1 = m_2$ のとき、加速度と張力はどうなりますか。

▶ クリックして解答を表示$a = 0$(静止またはつりあい)、$T = mg$(各おもりの重力と等しい)。

Q3. アトウッドの機械で、糸の張力は重い方のおもりの重力より大きいですか、小さいですか。

▶ クリックして解答を表示小さい。$T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}g < m_1 g$(重いおもりが下に加速するため、張力は重力を完全には支えない)。

Q4. アトウッドの機械で重力加速度を測定するとき、$m_1$ と $m_2$ の差を小さくする利点は何ですか。

▶ クリックして解答を表示加速度が小さくなり運動がゆっくりになるため、時間の測定が容易になる。ただし差が小さすぎると摩擦の影響が相対的に大きくなる。

8入試問題演習

アトウッドの機械を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-8-1 A 基礎 アトウッド計算

軽い定滑車に軽い糸をかけ、一端に質量 $3.0\,\text{kg}$、他端に質量 $2.0\,\text{kg}$ のおもりをつけて静かに放した。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) おもりの加速度を求めよ。

(2) 糸の張力を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $a = 1.96\,\text{m/s}^2$

(2) $T = 23.5\,\text{N}$

解説

(1) $a = \frac{m_1 - m_2}{m_1 + m_2}g = \frac{3.0 - 2.0}{3.0 + 2.0} \times 9.8 = \frac{1.0}{5.0} \times 9.8 = 1.96\,\text{m/s}^2$

(2) $T = \frac{2m_1 m_2}{m_1 + m_2}g = \frac{2 \times 3.0 \times 2.0}{5.0} \times 9.8 = \frac{12.0}{5.0} \times 9.8 = 2.4 \times 9.8 = 23.5\,\text{N}$

確認:$m_2 g = 19.6 < 23.5 < 29.4 = m_1 g$ ✓

採点ポイント
  • 各おもりの運動方程式を正しく立てる(各3点)
  • 加速度・張力を正しく求める(各2点)

B 発展レベル

3-8-2 B 発展 アトウッド応用計算

アトウッドの機械で、$m_1 = 600\,\text{g}$、$m_2 = 400\,\text{g}$ のおもりを同じ高さから静かに放した。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) おもりの加速度を求めよ。

(2) 滑車の軸にかかる力を求めよ。

(3) $m_1$ が $0.80\,\text{m}$ 下降したときの速さを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $a = 1.96\,\text{m/s}^2$

(2) $F = 9.41\,\text{N}$

(3) $v = 1.77\,\text{m/s}$

解説

(1) $a = \frac{0.60 - 0.40}{0.60 + 0.40} \times 9.8 = \frac{0.20}{1.00} \times 9.8 = 1.96\,\text{m/s}^2$

(2) $T = \frac{2 \times 0.60 \times 0.40}{1.00} \times 9.8 = 0.48 \times 9.8 = 4.70\,\text{N}$

滑車にかかる力:$F = 2T = 9.41\,\text{N}$

確認:$(m_1 + m_2)g = 1.00 \times 9.8 = 9.8\,\text{N} > 9.41\,\text{N}$ ✓(加速中なので軽くなる)

(3) $v^2 = 2ad$ より $v = \sqrt{2 \times 1.96 \times 0.80} = \sqrt{3.136} \approx 1.77\,\text{m/s}$

採点ポイント
  • 加速度の公式を正しく使う(2点)
  • 滑車にかかる力 $= 2T$ を理解(3点)
  • 等加速度運動の公式を使える(3点)
  • 数値計算が正しい(2点)

C 応用レベル

3-8-3 C 応用 $g$ の測定論述

アトウッドの機械で重力加速度 $g$ を測定する実験を行う。質量 $m_1 = 550\,\text{g}$、$m_2 = 450\,\text{g}$ のおもりを用い、静かに放したところ、おもりが $d = 1.0\,\text{m}$ 移動するのに $t = 1.5\,\text{s}$ かかった。

(1) おもりの加速度を求めよ。

(2) 重力加速度 $g$ の実験値を求めよ。

(3) 実験値が真の値 $9.8\,\text{m/s}^2$ より小さくなる原因を2つ述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $a \approx 0.89\,\text{m/s}^2$

(2) $g \approx 8.9\,\text{m/s}^2$

(3) 滑車の軸の摩擦、滑車の回転の慣性(空気抵抗、糸の質量も可)

解説

(1) 初速度 $0$ から距離 $d$ を時間 $t$ で移動したので:

$d = \frac{1}{2}at^2$ → $a = \frac{2d}{t^2} = \frac{2 \times 1.0}{1.5^2} = \frac{2.0}{2.25} \approx 0.89\,\text{m/s}^2$

(2) $g = \frac{m_1 + m_2}{m_1 - m_2} \cdot a = \frac{550 + 450}{550 - 450} \times 0.89 = \frac{1000}{100} \times 0.89 = 10 \times 0.89 = 8.9\,\text{m/s}^2$

(3) 実験値 $8.9 < 9.8$(真値)となる原因:

原因1:滑車の軸の摩擦 — 摩擦が運動を妨げるため、実際の加速度が理論値より小さくなる。

原因2:滑車の回転の慣性 — 滑車自体も回転加速する必要があるため、おもりの加速度が減る。理論では滑車を質量ゼロと仮定しているため、この効果は理論値に含まれない。

採点ポイント
  • 等加速度運動の公式から $a$ を求める(2点)
  • $g$ の公式を正しく変形・適用する(3点)
  • 誤差の原因を物理的に説明する(各2点、計4点)