雨の日、まっすぐ降る雨の中を走ると、雨が斜めに顔に当たります。
止まっていれば真上から降るだけなのに、走ることで雨の「見え方」が変わるのです。
平面上の相対速度は、このような日常の不思議をベクトルの引き算で解き明かします。
前の記事で学んだ「相対速度 = 引き算」の考え方を、平面に拡張します。 一直線上では数値の引き算で済みましたが、平面上ではベクトルの引き算になります。
AからみたBの相対速度:
$$\vec{v_{BA}} = \vec{v_B} - \vec{v_A}$$
成分表示では、
$$v_{BA,x} = v_{B,x} - v_{A,x}, \quad v_{BA,y} = v_{B,y} - v_{A,y}$$
$\vec{v_B} - \vec{v_A}$ は、$\vec{v_A}$ と $\vec{v_B}$ を同じ始点から描いたとき、$\vec{v_A}$ の先端から $\vec{v_B}$ の先端に向かう矢印です。
この図を描けば、相対速度の大きさと向きが一目で分かります。 問題を解くときは、まず2つの速度ベクトルを同じ始点から描き、引き算の矢印を書き入れましょう。
$\vec{v_B} - \vec{v_A}$ の矢印は「Aの先端からBの先端へ」です。逆に描くと $\vec{v_A} - \vec{v_B}$ になります。
✕ 誤:$\vec{v_B}$ の先端から $\vec{v_A}$ の先端へ矢印を引く
○ 正:$\vec{v_A}$ の先端から $\vec{v_B}$ の先端へ矢印を引く(「引く側の先端」が始点)
$\vec{v_{BA}} = \vec{v_B} - \vec{v_A}$ を変形すると $\vec{v_B} = \vec{v_A} + \vec{v_{BA}}$ です。
これは「Bの地面に対する速度 = Aの速度 + AからみたBの相対速度」を意味します。 つまり相対速度は速度の合成の逆操作であり、合成と分解と相対速度は三位一体の概念です。
川の流れと船の問題は、平面上の速度合成・相対速度の代表的な題材です。 船が静水上で出せる速度と川の流速を合成して、岸から見た実際の速度を求めます。
川幅 $d$ の川を、静水上の速さ $v_s$ の船で渡ります。 川の流速を $v_r$ とします。 船が川に対して垂直に(対岸に向かって)進むとき、岸から見た船の速度は2つのベクトルの合成です。
船が川に対して垂直に進むとき、岸から見た速さは
$$v = \sqrt{v_s^2 + v_r^2}$$
渡河にかかる時間は
$$t = \frac{d}{v_s}$$
流される距離は
$$L = v_r \times t = \frac{v_r \cdot d}{v_s}$$
川を渡る時間は、川に垂直な速度成分だけで決まります。
✕ 誤:$t = d / \sqrt{v_s^2 + v_r^2}$(合成速度で割る)
○ 正:$t = d / v_s$(川に垂直な成分で割る)
流速は船を下流に運ぶだけで、対岸に近づく速さには影響しません。
流されずに対岸の真正面に着くには、上流側に船首を傾ける必要があります。 流速を打ち消すように、上流方向の速度成分を $v_r$ にします。
船首を上流に角度 $\theta$ だけ傾けると、$v_s \sin\theta = v_r$ を満たす角度で流れを打ち消せます。 このとき対岸に向かう速度成分は $v_s \cos\theta = \sqrt{v_s^2 - v_r^2}$ です。
船の速さが流速より小さい場合、$\sin\theta = v_r / v_s > 1$ となり、流れを完全に打ち消すことは不可能です。
○ 正:$v_s < v_r$ のとき、どの向きに船首を向けても必ず下流に流されます。この場合は「流される量を最小にする角度」を求める問題になります。
「最短時間で渡る」と「最短距離で渡る」は異なる問題です。
最短時間:船首を対岸に向ける($t = d/v_s$、ただし流される)
最短距離:船首を上流に傾けて真正面に着く(距離 $d$、時間は長くなる)
雨が鉛直に降っているとき、走ると雨が斜めに当たります。 これは、自分から見た雨の相対速度が斜めになるからです。
雨が鉛直下向きに速さ $v_r$ で降っているとき、静止している人にとって雨はまっすぐ上から降ってきます。 傘は真上にさせば十分です。
人が水平方向に速さ $v_p$ で走ると、雨の相対速度は $\vec{v}_{\text{雨,相}} = \vec{v}_{\text{雨}} - \vec{v}_{\text{人}}$ です。
鉛直下向きの雨の速度から水平方向の人の速度を引くと、相対速度は斜めになります。 傘は前方に傾けなければ濡れてしまいます。
鉛直に降る雨(速さ $v_r$)の中を、水平に速さ $v_p$ で走るとき、
雨の相対速度の大きさ:$$v = \sqrt{v_r^2 + v_p^2}$$
鉛直方向からの傘の傾き角 $\theta$:$$\tan\theta = \frac{v_p}{v_r}$$
鉛直下向きを正の $y$ 方向、人の進行方向を正の $x$ 方向とします。
雨の速度 $\vec{v}_{\text{雨}} = (0,\, v_r)$、人の速度 $\vec{v}_{\text{人}} = (v_p,\, 0)$
相対速度 $\vec{v}_{\text{相}} = \vec{v}_{\text{雨}} - \vec{v}_{\text{人}} = (-v_p,\, v_r)$
大きさは $\sqrt{v_p^2 + v_r^2}$、鉛直からの角度は $\tan\theta = v_p / v_r$ です。
相対速度の計算は、「自分を止めて、周りが動く世界に変換する」操作です。
走っている人が「雨はどう見えるか?」を考えるとき、人を静止させて雨だけが動く世界をつくります。 そこでの雨の速度が相対速度であり、傘を傾ける方向を教えてくれます。
実際の雨は風の影響で斜めに降ることが多いです。風速 $\vec{v}_w$ があるとき、地面から見た雨の速度は $\vec{v}_{\text{雨}} + \vec{v}_w$ になります。
この場合でも、人から見た雨の相対速度は $(\vec{v}_{\text{雨}} + \vec{v}_w) - \vec{v}_{\text{人}}$ です。 ベクトルの引き算の原理は同じで、登場するベクトルが増えるだけです。
平面上の相対速度は、速度の合成・分解と表裏一体です。 この考え方は投射運動や、後に学ぶ円運動でも活用されます。
Q1. 川幅 $60\,\text{m}$、流速 $3\,\text{m/s}$ の川を、静水上の速さ $4\,\text{m/s}$ の船が垂直に渡るとき、渡河時間を求めてください。
Q2. Q1の状況で、船が到着するまでに流される距離を求めてください。
Q3. 鉛直に降る雨(速さ $5\,\text{m/s}$)の中を $5\,\text{m/s}$ で走るとき、傘を鉛直から何度傾ければよいですか。
平面上の相対速度を入試形式で確認しましょう。
川幅 $80\,\text{m}$ の川を、静水上の速さ $5.0\,\text{m/s}$ の船が対岸に向かって垂直に進む。川の流速は $3.0\,\text{m/s}$ である。
(1) 岸から見た船の速さを求めよ。
(2) 渡河にかかる時間を求めよ。
(3) 到着地点は出発地点の真正面からどれだけ下流か。
(1) $\sqrt{34} \approx 5.8\,\text{m/s}$
(2) $16\,\text{s}$
(3) $48\,\text{m}$
(1) $v = \sqrt{5.0^2 + 3.0^2} = \sqrt{34} \approx 5.8\,\text{m/s}$
(2) 渡河時間は川に垂直な成分で決まる。$t = 80 / 5.0 = 16\,\text{s}$
(3) 流される距離 $L = 3.0 \times 16 = 48\,\text{m}$
川幅 $120\,\text{m}$、流速 $3.0\,\text{m/s}$ の川を、静水上の速さ $5.0\,\text{m/s}$ の船で渡り、出発地点の真正面に到着したい。
(1) 船首を上流に何度傾ければよいか。$\sin\theta$ の値で答えよ。
(2) 渡河にかかる時間を求めよ。
(1) $\sin\theta = 0.60$
(2) $30\,\text{s}$
(1) 流速を打ち消す条件:$v_s \sin\theta = v_r$ より $\sin\theta = 3.0/5.0 = 0.60$
(2) 対岸方向の速度成分:$v_s \cos\theta = 5.0 \times \sqrt{1 - 0.36} = 5.0 \times 0.80 = 4.0\,\text{m/s}$
渡河時間:$t = 120/4.0 = 30\,\text{s}$
風のない日に、雨が鉛直に速さ $6.0\,\text{m/s}$ で降っている。人が水平に速さ $v_p$ で走ると、雨が鉛直から $30°$ 傾いて見えた。
(1) 人の速さ $v_p$ を求めよ。
(2) 人が走る速さを2倍にすると、雨は鉛直から何度傾いて見えるか。$\tan$ の値で答えよ。
(1) $v_p = 2\sqrt{3} \approx 3.5\,\text{m/s}$
(2) $\tan\theta' = \dfrac{2\sqrt{3}}{3} \approx 1.15$
(1) $\tan 30° = v_p / 6.0$ より $v_p = 6.0 \tan 30° = 6.0 \times \frac{1}{\sqrt{3}} = \frac{6.0}{\sqrt{3}} = 2\sqrt{3} \approx 3.5\,\text{m/s}$
(2) 速さが2倍になると $v_p' = 2 \times 2\sqrt{3} = 4\sqrt{3}\,\text{m/s}$
$\tan\theta' = 4\sqrt{3}/6.0 = \frac{2\sqrt{3}}{3} \approx 1.15$