第5章 平面内の運動

相対速度(平面上)
─ 川の流れと船・雨と傘

雨の日、まっすぐ降る雨の中を走ると、雨が斜めに顔に当たります。
止まっていれば真上から降るだけなのに、走ることで雨の「見え方」が変わるのです。
平面上の相対速度は、このような日常の不思議をベクトルの引き算で解き明かします。

1平面上の相対速度 ─ ベクトルの引き算

前の記事で学んだ「相対速度 = 引き算」の考え方を、平面に拡張します。 一直線上では数値の引き算で済みましたが、平面上ではベクトルの引き算になります。

📐 平面上の相対速度

AからみたBの相対速度:

$$\vec{v_{BA}} = \vec{v_B} - \vec{v_A}$$

成分表示では、

$$v_{BA,x} = v_{B,x} - v_{A,x}, \quad v_{BA,y} = v_{B,y} - v_{A,y}$$

※ ベクトルの引き算は「$\vec{v_B}$ の先端から $\vec{v_A}$ の先端を結ぶ矢印」とも解釈できる。
💡 ここが本質:ベクトルの引き算の図形的意味

$\vec{v_B} - \vec{v_A}$ は、$\vec{v_A}$ と $\vec{v_B}$ を同じ始点から描いたとき、$\vec{v_A}$ の先端から $\vec{v_B}$ の先端に向かう矢印です。

この図を描けば、相対速度の大きさと向きが一目で分かります。 問題を解くときは、まず2つの速度ベクトルを同じ始点から描き、引き算の矢印を書き入れましょう。

⚠️ 落とし穴:引き算の矢印の向きを逆に描く

$\vec{v_B} - \vec{v_A}$ の矢印は「Aの先端からBの先端へ」です。逆に描くと $\vec{v_A} - \vec{v_B}$ になります。

✕ 誤:$\vec{v_B}$ の先端から $\vec{v_A}$ の先端へ矢印を引く

○ 正:$\vec{v_A}$ の先端から $\vec{v_B}$ の先端へ矢印を引く(「引く側の先端」が始点)

💡 ここが本質:合成と相対速度は表裏一体

$\vec{v_{BA}} = \vec{v_B} - \vec{v_A}$ を変形すると $\vec{v_B} = \vec{v_A} + \vec{v_{BA}}$ です。

これは「Bの地面に対する速度 = Aの速度 + AからみたBの相対速度」を意味します。 つまり相対速度は速度の合成の逆操作であり、合成と分解と相対速度は三位一体の概念です。

2川を渡る船の問題

川の流れと船の問題は、平面上の速度合成・相対速度の代表的な題材です。 船が静水上で出せる速度と川の流速を合成して、岸から見た実際の速度を求めます。

基本設定

川幅 $d$ の川を、静水上の速さ $v_s$ の船で渡ります。 川の流速を $v_r$ とします。 船が川に対して垂直に(対岸に向かって)進むとき、岸から見た船の速度は2つのベクトルの合成です。

📐 川を渡る船の合成速度

船が川に対して垂直に進むとき、岸から見た速さは

$$v = \sqrt{v_s^2 + v_r^2}$$

渡河にかかる時間は

$$t = \frac{d}{v_s}$$

流される距離は

$$L = v_r \times t = \frac{v_r \cdot d}{v_s}$$

※ 渡河時間は川幅を「川に垂直な速度成分」で割って求める。流速は渡河時間に影響しない。
⚠️ 落とし穴:渡河時間の計算に合成速度を使ってしまう

川を渡る時間は、川に垂直な速度成分だけで決まります。

✕ 誤:$t = d / \sqrt{v_s^2 + v_r^2}$(合成速度で割る)

○ 正:$t = d / v_s$(川に垂直な成分で割る)

流速は船を下流に運ぶだけで、対岸に近づく速さには影響しません。

対岸の真正面に着きたい場合

流されずに対岸の真正面に着くには、上流側に船首を傾ける必要があります。 流速を打ち消すように、上流方向の速度成分を $v_r$ にします。

船首を上流に角度 $\theta$ だけ傾けると、$v_s \sin\theta = v_r$ を満たす角度で流れを打ち消せます。 このとき対岸に向かう速度成分は $v_s \cos\theta = \sqrt{v_s^2 - v_r^2}$ です。

⚠️ 落とし穴:$v_s < v_r$ のケースを見落とす

船の速さが流速より小さい場合、$\sin\theta = v_r / v_s > 1$ となり、流れを完全に打ち消すことは不可能です。

○ 正:$v_s < v_r$ のとき、どの向きに船首を向けても必ず下流に流されます。この場合は「流される量を最小にする角度」を求める問題になります。

⚠️ 落とし穴:最短時間と最短距離を混同する

「最短時間で渡る」と「最短距離で渡る」は異なる問題です。

最短時間:船首を対岸に向ける($t = d/v_s$、ただし流される)

最短距離:船首を上流に傾けて真正面に着く(距離 $d$、時間は長くなる)

3雨と傘の問題

雨が鉛直に降っているとき、走ると雨が斜めに当たります。 これは、自分から見た雨の相対速度が斜めになるからです。

静止している場合

雨が鉛直下向きに速さ $v_r$ で降っているとき、静止している人にとって雨はまっすぐ上から降ってきます。 傘は真上にさせば十分です。

走っている場合

人が水平方向に速さ $v_p$ で走ると、雨の相対速度は $\vec{v}_{\text{雨,相}} = \vec{v}_{\text{雨}} - \vec{v}_{\text{人}}$ です。

鉛直下向きの雨の速度から水平方向の人の速度を引くと、相対速度は斜めになります。 傘は前方に傾けなければ濡れてしまいます。

📐 雨の相対速度と傘の角度

鉛直に降る雨(速さ $v_r$)の中を、水平に速さ $v_p$ で走るとき、

雨の相対速度の大きさ:$$v = \sqrt{v_r^2 + v_p^2}$$

鉛直方向からの傘の傾き角 $\theta$:$$\tan\theta = \frac{v_p}{v_r}$$

※ $\theta$ は鉛直方向から前方(進行方向)への傾き角。走れば走るほど傘を前に倒す必要がある。
▷ 雨の相対速度の導出

鉛直下向きを正の $y$ 方向、人の進行方向を正の $x$ 方向とします。

雨の速度 $\vec{v}_{\text{雨}} = (0,\, v_r)$、人の速度 $\vec{v}_{\text{人}} = (v_p,\, 0)$

相対速度 $\vec{v}_{\text{相}} = \vec{v}_{\text{雨}} - \vec{v}_{\text{人}} = (-v_p,\, v_r)$

大きさは $\sqrt{v_p^2 + v_r^2}$、鉛直からの角度は $\tan\theta = v_p / v_r$ です。

💡 ここが本質:相対速度で「自分の世界」をつくる

相対速度の計算は、「自分を止めて、周りが動く世界に変換する」操作です。

走っている人が「雨はどう見えるか?」を考えるとき、人を静止させて雨だけが動く世界をつくります。 そこでの雨の速度が相対速度であり、傘を傾ける方向を教えてくれます。

🔬 深掘り:風がある場合の雨

実際の雨は風の影響で斜めに降ることが多いです。風速 $\vec{v}_w$ があるとき、地面から見た雨の速度は $\vec{v}_{\text{雨}} + \vec{v}_w$ になります。

この場合でも、人から見た雨の相対速度は $(\vec{v}_{\text{雨}} + \vec{v}_w) - \vec{v}_{\text{人}}$ です。 ベクトルの引き算の原理は同じで、登場するベクトルが増えるだけです。

4この章を俯瞰する

平面上の相対速度は、速度の合成・分解と表裏一体です。 この考え方は投射運動や、後に学ぶ円運動でも活用されます。

つながりマップ

  • ← M-5-1 速度の合成と分解:相対速度はベクトルの引き算。合成(足し算)の逆操作。
  • ← M-5-2 相対速度(一直線上):一直線上の引き算を、平面のベクトル引き算に拡張した。
  • → M-5-4 水平投射:水平方向と鉛直方向を独立に扱う考え方は、速度の分解そのもの。
  • → 円運動:観測者が回転している場合の相対運動では、遠心力やコリオリ力が現れる。

📋まとめ

  • 平面上の相対速度はベクトルの引き算で求まる。$\vec{v_{BA}} = \vec{v_B} - \vec{v_A}$
  • 図では $\vec{v_A}$ の先端から $\vec{v_B}$ の先端への矢印が相対速度を表す
  • 川の問題:渡河時間は川に垂直な成分だけで決まり、流速は時間に影響しない
  • 真正面に着くには上流に船首を傾ける。$\sin\theta = v_r / v_s$ で角度が決まる
  • 雨の問題:走ると雨が斜めに見える。傘の傾き角は $\tan\theta = v_p / v_r$
  • 相対速度と速度の合成は表裏一体。$\vec{v_B} = \vec{v_A} + \vec{v_{BA}}$

確認テスト

Q1. 川幅 $60\,\text{m}$、流速 $3\,\text{m/s}$ の川を、静水上の速さ $4\,\text{m/s}$ の船が垂直に渡るとき、渡河時間を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$t = 60 / 4 = 15\,\text{s}$。流速は渡河時間に影響しません。

Q2. Q1の状況で、船が到着するまでに流される距離を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$L = 3 \times 15 = 45\,\text{m}$

Q3. 鉛直に降る雨(速さ $5\,\text{m/s}$)の中を $5\,\text{m/s}$ で走るとき、傘を鉛直から何度傾ければよいですか。

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta = 5/5 = 1$ より $\theta = 45°$。進行方向に $45°$ 傾けます。

7入試問題演習

平面上の相対速度を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

5-3-1 A 基礎 川の流れ 計算

川幅 $80\,\text{m}$ の川を、静水上の速さ $5.0\,\text{m/s}$ の船が対岸に向かって垂直に進む。川の流速は $3.0\,\text{m/s}$ である。

(1) 岸から見た船の速さを求めよ。

(2) 渡河にかかる時間を求めよ。

(3) 到着地点は出発地点の真正面からどれだけ下流か。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\sqrt{34} \approx 5.8\,\text{m/s}$

(2) $16\,\text{s}$

(3) $48\,\text{m}$

解説

(1) $v = \sqrt{5.0^2 + 3.0^2} = \sqrt{34} \approx 5.8\,\text{m/s}$

(2) 渡河時間は川に垂直な成分で決まる。$t = 80 / 5.0 = 16\,\text{s}$

(3) 流される距離 $L = 3.0 \times 16 = 48\,\text{m}$

B 発展レベル

5-3-2 B 発展 真正面に到着 論述

川幅 $120\,\text{m}$、流速 $3.0\,\text{m/s}$ の川を、静水上の速さ $5.0\,\text{m/s}$ の船で渡り、出発地点の真正面に到着したい。

(1) 船首を上流に何度傾ければよいか。$\sin\theta$ の値で答えよ。

(2) 渡河にかかる時間を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\sin\theta = 0.60$

(2) $30\,\text{s}$

解説

(1) 流速を打ち消す条件:$v_s \sin\theta = v_r$ より $\sin\theta = 3.0/5.0 = 0.60$

(2) 対岸方向の速度成分:$v_s \cos\theta = 5.0 \times \sqrt{1 - 0.36} = 5.0 \times 0.80 = 4.0\,\text{m/s}$

渡河時間:$t = 120/4.0 = 30\,\text{s}$

採点ポイント
  • 流速を打ち消す条件の式を正しく立てる(3点)
  • $\sin\theta$ を正しく求める(2点)
  • 対岸方向の速度成分を正しく求める(3点)
  • 渡河時間を正しく計算する(2点)

C 応用レベル

5-3-3 C 応用 雨と傘 論述

風のない日に、雨が鉛直に速さ $6.0\,\text{m/s}$ で降っている。人が水平に速さ $v_p$ で走ると、雨が鉛直から $30°$ 傾いて見えた。

(1) 人の速さ $v_p$ を求めよ。

(2) 人が走る速さを2倍にすると、雨は鉛直から何度傾いて見えるか。$\tan$ の値で答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v_p = 2\sqrt{3} \approx 3.5\,\text{m/s}$

(2) $\tan\theta' = \dfrac{2\sqrt{3}}{3} \approx 1.15$

解説

(1) $\tan 30° = v_p / 6.0$ より $v_p = 6.0 \tan 30° = 6.0 \times \frac{1}{\sqrt{3}} = \frac{6.0}{\sqrt{3}} = 2\sqrt{3} \approx 3.5\,\text{m/s}$

(2) 速さが2倍になると $v_p' = 2 \times 2\sqrt{3} = 4\sqrt{3}\,\text{m/s}$

$\tan\theta' = 4\sqrt{3}/6.0 = \frac{2\sqrt{3}}{3} \approx 1.15$

採点ポイント
  • 相対速度の式を正しく立てる(3点)
  • $\tan 30°$ の値を正しく使う(2点)
  • 速さを2倍にした場合の $\tan$ を正しく求める(3点)
  • 有効数字を適切に処理する(2点)