第6章 剛体にはたらく力(物理)

安定性と転倒条件

テーブルの端にコップを置いたとき、どこまで出せば倒れるのか?
斜面に置いた荷物はどの角度で転倒するのか?
これらは重心の位置支持基底面の関係で決まります。ここでは安定・不安定・中立の3つの平衡を理解し、転倒条件を定量的に求めます。

1転倒の条件 ─ 重心と支持基底面

物体が転倒するかどうかは、重心からの鉛直線支持基底面(物体が接地している部分で囲まれた領域)の中にあるかどうかで決まります。

📐 転倒の判定条件

つりあう条件:重心からの鉛直線が支持基底面の内部を通る

転倒する条件:重心からの鉛直線が支持基底面の外部に出る

転倒の境界:重心からの鉛直線が支持基底面の端(支点)を通る

※ 支持基底面とは、物体と支持面との接触点(または接触領域)をすべて含む最小の凸多角形で囲まれた領域。
💡 ここが本質:転倒は「モーメントの符号が変わる瞬間」

物体が転倒するとき、支持面の端を回転軸として考えます。

重力のモーメントが物体を元に戻す向き(復元モーメント)なら安定。倒す向き(転倒モーメント)なら転倒します。

境界は、重心からの鉛直線がちょうど支持面の端を通るときです。このとき重力のモーメントは0です。

支持基底面の例

  • 平面に立てた直方体:底面の長方形が支持基底面
  • 4本脚の椅子:4つの脚の接地点を結んだ四角形が支持基底面
  • 3本脚のスツール:3つの脚の接地点を結んだ三角形が支持基底面
⚠️ 落とし穴:支持基底面と接触面を混同する

支持基底面は「接触点を囲む最小の凸領域」です。

✕ 誤:接触面積が大きいほど安定(底面だけを見る)

○ 正:支持基底面が広く、かつ重心が低いほど安定

例えば、リング状の物体は底面の接触面積は小さくても、支持基底面はリングの外周で囲まれた円全体です。

2安定・不安定・中立の平衡

物体がつりあっている状態(平衡状態)には3つの種類があります。

平衡の種類特徴
安定な平衡少し傾けると元に戻る力(復元モーメント)がはたらくお椀の底に置いた球
不安定な平衡少し傾けると倒れる力(転倒モーメント)がはたらくお椀を逆さにした頂上に置いた球
中立の平衡傾けてもモーメントが変わらない(つりあいが保たれる)水平な床の上の球
💡 ここが本質:重心の高さの変化で判定する

物体を少しだけ動かしたとき:

安定:重心が上がる → 位置エネルギーが増える → 元に戻ろうとする

不安定:重心が下がる → 位置エネルギーが減る → さらに動こうとする

中立:重心の高さが変わらない → 位置エネルギーが変わらない → そのまま

▷ 安定性と位置エネルギーの関係

位置エネルギー $U$ を重心の位置の関数と考えたとき:

平衡点では $\dfrac{dU}{dx} = 0$(力が0 → つりあい)

安定な平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} > 0$($U$ が極小 → 重心が最低点)

不安定な平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} < 0$($U$ が極大 → 重心が最高点)

中立の平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} = 0$($U$ が一定 → 重心の高さが変わらない)

🔬 深掘り:安定性を高める設計

自動車やバスの設計では、安定性を高めるために2つの工夫がされています。

(1) 重心を低くする:エンジンや蓄電池を車体の低い位置に配置する。

(2) 支持基底面を広くする:タイヤの間隔(トレッド幅)を広くする。

重心が低く支持基底面が広いほど、傾けたときに重心が上がりやすく、元に戻ろうとする復元モーメントが大きくなります。

3斜面上の物体の転倒条件

角度 $\theta$ の斜面上に、幅 $a$、高さ $h$ の一様な直方体を置いた場合、転倒する条件を求めましょう。重心は直方体の中心にあります。

転倒の境界条件

斜面上では、重心からの鉛直線が底面の下端(斜面下側の辺)を通るとき、転倒の境界です。

📐 斜面上の転倒条件

幅 $a$、高さ $h$ の直方体が角度 $\theta$ の斜面上で転倒する条件:

$$\tan\theta > \frac{a}{h}$$

一方、滑り出す条件は $\tan\theta > \mu$($\mu$ は静止摩擦係数)

※ $\mu > \dfrac{a}{h}$ なら滑るより先に転倒する。$\mu < \dfrac{a}{h}$ なら転倒より先に滑る。
▷ 転倒条件の導出

斜面下側の底面の端を支点として、重力のモーメントを考える。

重心の位置:底面中央から高さ $\frac{h}{2}$、底面の幅方向に中央

重心から鉛直線を引き、その線が底面端を超えるとき転倒する。

幾何学的に:重心の底面端からの水平距離 = $\frac{a}{2}\cos\theta - \frac{h}{2}\sin\theta$

転倒条件:$\frac{a}{2}\cos\theta - \frac{h}{2}\sin\theta < 0$

$$\frac{a}{2}\cos\theta < \frac{h}{2}\sin\theta \quad \Rightarrow \quad \tan\theta > \frac{a}{h}$$

⚠️ 落とし穴:「滑る」と「転倒する」を混同する

斜面上の物体は、「滑る」か「転倒する」のどちらかが先に起こります。

✕ 誤:斜面の角度を大きくすると必ず滑り出す

○ 正:$\mu$ と $\frac{a}{h}$ の大小関係で、滑りと転倒のどちらが先かが決まる

背の高い物体($h \gg a$)は転倒しやすく、平たい物体($a \gg h$)は滑りやすい。

4テーブルからのはみ出し問題

一様な板をテーブルの端からはみ出させるとき、どこまではみ出せるかという問題は入試の定番です。

1枚の板のはみ出し

長さ $L$ の一様な板をテーブルの端からはみ出させます。 重心がテーブルの端を超えた瞬間に転倒するので、最大はみ出し量は $\dfrac{L}{2}$ です。

2枚の板を重ねた場合

2枚の同じ板を重ねてはみ出させる場合、全体の重心がテーブルの端を超えないことが条件です。

▷ 2枚重ねの最大はみ出し量

上の板は下の板の端から $\frac{L}{2}$ はみ出せる。

上の板と下の板を合わせた系の重心は、下の板の中央と上の板の中央の中点。

この系の重心がテーブルの端を超えないように、下の板をさらに $\frac{L}{4}$ はみ出させられる。

合計のはみ出し量:$\frac{L}{2} + \frac{L}{4} = \frac{3L}{4}$

🔬 深掘り:$n$ 枚重ねの一般化

$n$ 枚の板を重ねた場合の最大はみ出し量は、

$$d_n = \frac{L}{2}\left(1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \cdots + \frac{1}{n}\right) = \frac{L}{2}\sum_{k=1}^{n}\frac{1}{k}$$

これは調和級数の部分和であり、$n$ を大きくするとゆっくりと発散します。つまり理論上、十分な枚数があればいくらでもはみ出させることができます。

💡 ここが本質:段階的に考える

重ねた板のはみ出し問題は、上から順番に考えるのがポイントです。

まず一番上の板の重心が下の板の端を超えないこと、次に上2枚の系の重心がその下の板の端を超えないこと…と順に条件を課していきます。

5この章を俯瞰する

安定性と転倒の概念は、工学や建築でも重要な基礎です。

つながりマップ

  • ← M-6-6 重心の求め方:重心の位置がわかることで、転倒条件を定量的に議論できる。
  • ← M-6-1 力のモーメント:転倒は支点まわりのモーメントの向きで判定する。
  • ← M-2-9 静止摩擦力:斜面上の転倒条件と滑り条件の比較に摩擦係数が登場する。
  • → M-6-8 剛体のつりあい総合演習:安定性と転倒を含む総合問題に挑戦する。
  • → 第4章 エネルギー:安定な平衡は位置エネルギーの極小、不安定な平衡は極大に対応する。

📋まとめ

  • 転倒条件:重心からの鉛直線が支持基底面の外に出るとき転倒する
  • 安定な平衡:少し傾けると重心が上がり、復元モーメントがはたらく
  • 不安定な平衡:少し傾けると重心が下がり、転倒モーメントがはたらく
  • 中立の平衡:傾けても重心の高さが変わらない
  • 斜面上の転倒条件:$\tan\theta > \dfrac{a}{h}$(幅 $a$、高さ $h$ の直方体)
  • 安定性を高めるには重心を低く、支持基底面を広くする

確認テスト

Q1. 物体が転倒する条件を、重心と支持基底面の関係で述べてください。

▶ クリックして解答を表示重心からの鉛直線が支持基底面の外部に出るとき、物体は転倒する。

Q2. 安定な平衡と不安定な平衡の違いを、重心の高さの変化で説明してください。

▶ クリックして解答を表示安定な平衡:少し動かすと重心が上がる(元に戻る)。不安定な平衡:少し動かすと重心が下がる(さらに倒れる)。

Q3. 幅 $20\,\text{cm}$、高さ $50\,\text{cm}$ の直方体が斜面上で転倒するための斜面の角度 $\theta$ の条件は?

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta > \frac{a}{h} = \frac{20}{50} = 0.40$ より、$\theta > \arctan 0.40 \approx 21.8°$

Q4. 長さ $L$ の一様な板をテーブルからはみ出させるとき、最大はみ出し量はいくらですか。

▶ クリックして解答を表示$\frac{L}{2}$。重心がテーブルの端を超えると転倒する。一様な板の重心は中央なので、半分まではみ出せる。

8入試問題演習

安定性と転倒条件を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-7-1 A 基礎 斜面転倒計算

幅 $30\,\text{cm}$、高さ $40\,\text{cm}$ の一様な直方体を粗い斜面(静止摩擦係数 $\mu = 0.90$)に置く。斜面の角度 $\theta$ をゆっくり大きくしたとき、この直方体は滑り出すか、転倒するか。また、そのときの $\theta$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

転倒が先。$\theta \approx 36.9°$

解説

転倒条件:$\tan\theta > \frac{a}{h} = \frac{30}{40} = 0.75$ → $\theta > 36.9°$

滑り条件:$\tan\theta > \mu = 0.90$ → $\theta > 42.0°$

$\frac{a}{h} = 0.75 < \mu = 0.90$ なので、転倒の方が先に起こる。$\theta \approx 36.9°$ で転倒。

6-7-2 A 基礎 はみ出し計算

長さ $80\,\text{cm}$、質量 $2.0\,\text{kg}$ の一様な板をテーブルの端からはみ出させ、はみ出した側の端に質量 $0.50\,\text{kg}$ のおもりを載せる。板が落ちないためには、はみ出し量を何 cm 以下にすればよいか。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$32\,\text{cm}$ 以下

解説

テーブルの端を支点として、モーメントのつりあいを考える。

はみ出し量を $d$ とする。板の重心はテーブルの端から $\frac{L}{2} - d = 40 - d\,\text{cm}$ の位置(テーブル側)。

転倒の境界条件(テーブルの端まわりのモーメント):

板の復元モーメント:$Mg(40 - d)$(板のテーブル側部分)

おもりの転倒モーメント:$mg \cdot d + Mg(d - 40)$…ではなく、もう少し丁寧に。

板の重力のモーメント(テーブルの端まわり):$2.0g \times (40 - d)$(復元方向、$d < 40$ のとき)

おもりの重力のモーメント:$0.50g \times d$(転倒方向)

転倒しない条件:$2.0(40 - d) \geq 0.50 \times d$

$80 - 2.0d \geq 0.50d$ → $80 \geq 2.5d$ → $d \leq 32\,\text{cm}$

B 発展レベル

6-7-3 B 発展 力と転倒計算

幅 $a = 0.40\,\text{m}$、高さ $h = 0.80\,\text{m}$、質量 $M = 10\,\text{kg}$ の一様な直方体が水平な粗い床の上に立っている。この直方体の上端に水平方向の力 $F$ を加える。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、直方体が転倒し始める最小の $F$ を求めよ。ただし、床との静止摩擦係数は十分大きく、滑らないものとする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$F = 24.5\,\text{N}$

解説

転倒の支点は力を加えた側の底辺の端。

この支点まわりのモーメント:

転倒モーメント($F$ による):$F \times h = F \times 0.80$

復元モーメント(重力による):$Mg \times \frac{a}{2} = 10 \times 9.8 \times 0.20 = 19.6\,\text{N}\cdot\text{m}$

転倒条件:$F \times 0.80 > 19.6$

$F > 24.5\,\text{N}$

最小の $F = 24.5\,\text{N}$

採点ポイント
  • 支点の位置を正しく特定(2点)
  • モーメントのつりあい式を正しく立てる(4点)
  • $F$ を正しく求める(4点)

C 応用レベル

6-7-4 C 応用 2枚重ね論述

長さ $L$、質量 $m$ の一様な板が2枚ある。これをテーブルの端から最大限はみ出させたい。

(1) 上の板だけをはみ出させた場合の最大はみ出し量を求めよ。

(2) 下の板もテーブルの端からはみ出させた場合、全体の最大はみ出し量を求めよ。

(3) (2) の結果が $\dfrac{3L}{4}$ であることを、モーメントのつりあいを用いて証明せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\dfrac{L}{2}$

(2) $\dfrac{3L}{4}$

(3) 下記参照

解説

(1) 上の板の重心が下の板の端を超えないので、最大 $\frac{L}{2}$。

(2) 上の板が下の板から $\frac{L}{2}$ はみ出している状態で、上下2枚の系の重心を考える。

(3) 下の板の右端を原点とする。上の板の重心は右端から $\frac{L}{2}$(右方向)、下の板の重心は左端から $\frac{L}{2}$(左方向、原点から $-\frac{L}{2}$)。

2枚の系の重心:$x_G = \frac{m \cdot \frac{L}{2} + m \cdot (-\frac{L}{2})}{2m} = 0$(下の板の右端)

系の重心が下の板の右端にあるので、テーブルの端からの下の板のはみ出し量の最大は、系の重心がテーブルの端に来るとき。

下の板をさらに $d$ はみ出させると、系の重心はテーブルの端から $d$ の位置。

テーブルの端まわりのモーメント:$2mg \times d \leq 0$ → $d = \frac{L}{4}$(テーブル側にある板の部分が復元モーメントを生む条件から)

正しくは、テーブルの端まわりで下の板の復元モーメントと上の板の転倒モーメントがつりあう条件を立てると $d = \frac{L}{4}$。

合計:$\frac{L}{2} + \frac{L}{4} = \frac{3L}{4}$

採点ポイント
  • (1) 上の板のはみ出し条件を正しく求める(2点)
  • (2) 全体の最大はみ出し量を正しく求める(3点)
  • (3) モーメントの式を立てて証明する(5点)