テーブルの端にコップを置いたとき、どこまで出せば倒れるのか?
斜面に置いた荷物はどの角度で転倒するのか?
これらは重心の位置と支持基底面の関係で決まります。ここでは安定・不安定・中立の3つの平衡を理解し、転倒条件を定量的に求めます。
物体が転倒するかどうかは、重心からの鉛直線が支持基底面(物体が接地している部分で囲まれた領域)の中にあるかどうかで決まります。
つりあう条件:重心からの鉛直線が支持基底面の内部を通る
転倒する条件:重心からの鉛直線が支持基底面の外部に出る
転倒の境界:重心からの鉛直線が支持基底面の端(支点)を通る
物体が転倒するとき、支持面の端を回転軸として考えます。
重力のモーメントが物体を元に戻す向き(復元モーメント)なら安定。倒す向き(転倒モーメント)なら転倒します。
境界は、重心からの鉛直線がちょうど支持面の端を通るときです。このとき重力のモーメントは0です。
支持基底面は「接触点を囲む最小の凸領域」です。
✕ 誤:接触面積が大きいほど安定(底面だけを見る)
○ 正:支持基底面が広く、かつ重心が低いほど安定
例えば、リング状の物体は底面の接触面積は小さくても、支持基底面はリングの外周で囲まれた円全体です。
物体がつりあっている状態(平衡状態)には3つの種類があります。
| 平衡の種類 | 特徴 | 例 |
|---|---|---|
| 安定な平衡 | 少し傾けると元に戻る力(復元モーメント)がはたらく | お椀の底に置いた球 |
| 不安定な平衡 | 少し傾けると倒れる力(転倒モーメント)がはたらく | お椀を逆さにした頂上に置いた球 |
| 中立の平衡 | 傾けてもモーメントが変わらない(つりあいが保たれる) | 水平な床の上の球 |
物体を少しだけ動かしたとき:
安定:重心が上がる → 位置エネルギーが増える → 元に戻ろうとする
不安定:重心が下がる → 位置エネルギーが減る → さらに動こうとする
中立:重心の高さが変わらない → 位置エネルギーが変わらない → そのまま
位置エネルギー $U$ を重心の位置の関数と考えたとき:
平衡点では $\dfrac{dU}{dx} = 0$(力が0 → つりあい)
安定な平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} > 0$($U$ が極小 → 重心が最低点)
不安定な平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} < 0$($U$ が極大 → 重心が最高点)
中立の平衡:$\dfrac{d^2U}{dx^2} = 0$($U$ が一定 → 重心の高さが変わらない)
自動車やバスの設計では、安定性を高めるために2つの工夫がされています。
(1) 重心を低くする:エンジンや蓄電池を車体の低い位置に配置する。
(2) 支持基底面を広くする:タイヤの間隔(トレッド幅)を広くする。
重心が低く支持基底面が広いほど、傾けたときに重心が上がりやすく、元に戻ろうとする復元モーメントが大きくなります。
角度 $\theta$ の斜面上に、幅 $a$、高さ $h$ の一様な直方体を置いた場合、転倒する条件を求めましょう。重心は直方体の中心にあります。
斜面上では、重心からの鉛直線が底面の下端(斜面下側の辺)を通るとき、転倒の境界です。
幅 $a$、高さ $h$ の直方体が角度 $\theta$ の斜面上で転倒する条件:
$$\tan\theta > \frac{a}{h}$$
一方、滑り出す条件は $\tan\theta > \mu$($\mu$ は静止摩擦係数)
斜面下側の底面の端を支点として、重力のモーメントを考える。
重心の位置:底面中央から高さ $\frac{h}{2}$、底面の幅方向に中央
重心から鉛直線を引き、その線が底面端を超えるとき転倒する。
幾何学的に:重心の底面端からの水平距離 = $\frac{a}{2}\cos\theta - \frac{h}{2}\sin\theta$
転倒条件:$\frac{a}{2}\cos\theta - \frac{h}{2}\sin\theta < 0$
$$\frac{a}{2}\cos\theta < \frac{h}{2}\sin\theta \quad \Rightarrow \quad \tan\theta > \frac{a}{h}$$
斜面上の物体は、「滑る」か「転倒する」のどちらかが先に起こります。
✕ 誤:斜面の角度を大きくすると必ず滑り出す
○ 正:$\mu$ と $\frac{a}{h}$ の大小関係で、滑りと転倒のどちらが先かが決まる
背の高い物体($h \gg a$)は転倒しやすく、平たい物体($a \gg h$)は滑りやすい。
一様な板をテーブルの端からはみ出させるとき、どこまではみ出せるかという問題は入試の定番です。
長さ $L$ の一様な板をテーブルの端からはみ出させます。 重心がテーブルの端を超えた瞬間に転倒するので、最大はみ出し量は $\dfrac{L}{2}$ です。
2枚の同じ板を重ねてはみ出させる場合、全体の重心がテーブルの端を超えないことが条件です。
上の板は下の板の端から $\frac{L}{2}$ はみ出せる。
上の板と下の板を合わせた系の重心は、下の板の中央と上の板の中央の中点。
この系の重心がテーブルの端を超えないように、下の板をさらに $\frac{L}{4}$ はみ出させられる。
合計のはみ出し量:$\frac{L}{2} + \frac{L}{4} = \frac{3L}{4}$
$n$ 枚の板を重ねた場合の最大はみ出し量は、
$$d_n = \frac{L}{2}\left(1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{3} + \cdots + \frac{1}{n}\right) = \frac{L}{2}\sum_{k=1}^{n}\frac{1}{k}$$
これは調和級数の部分和であり、$n$ を大きくするとゆっくりと発散します。つまり理論上、十分な枚数があればいくらでもはみ出させることができます。
重ねた板のはみ出し問題は、上から順番に考えるのがポイントです。
まず一番上の板の重心が下の板の端を超えないこと、次に上2枚の系の重心がその下の板の端を超えないこと…と順に条件を課していきます。
安定性と転倒の概念は、工学や建築でも重要な基礎です。
Q1. 物体が転倒する条件を、重心と支持基底面の関係で述べてください。
Q2. 安定な平衡と不安定な平衡の違いを、重心の高さの変化で説明してください。
Q3. 幅 $20\,\text{cm}$、高さ $50\,\text{cm}$ の直方体が斜面上で転倒するための斜面の角度 $\theta$ の条件は?
Q4. 長さ $L$ の一様な板をテーブルからはみ出させるとき、最大はみ出し量はいくらですか。
安定性と転倒条件を入試形式で確認しましょう。
幅 $30\,\text{cm}$、高さ $40\,\text{cm}$ の一様な直方体を粗い斜面(静止摩擦係数 $\mu = 0.90$)に置く。斜面の角度 $\theta$ をゆっくり大きくしたとき、この直方体は滑り出すか、転倒するか。また、そのときの $\theta$ を求めよ。
転倒が先。$\theta \approx 36.9°$
転倒条件:$\tan\theta > \frac{a}{h} = \frac{30}{40} = 0.75$ → $\theta > 36.9°$
滑り条件:$\tan\theta > \mu = 0.90$ → $\theta > 42.0°$
$\frac{a}{h} = 0.75 < \mu = 0.90$ なので、転倒の方が先に起こる。$\theta \approx 36.9°$ で転倒。
長さ $80\,\text{cm}$、質量 $2.0\,\text{kg}$ の一様な板をテーブルの端からはみ出させ、はみ出した側の端に質量 $0.50\,\text{kg}$ のおもりを載せる。板が落ちないためには、はみ出し量を何 cm 以下にすればよいか。
$32\,\text{cm}$ 以下
テーブルの端を支点として、モーメントのつりあいを考える。
はみ出し量を $d$ とする。板の重心はテーブルの端から $\frac{L}{2} - d = 40 - d\,\text{cm}$ の位置(テーブル側)。
転倒の境界条件(テーブルの端まわりのモーメント):
板の復元モーメント:$Mg(40 - d)$(板のテーブル側部分)
おもりの転倒モーメント:$mg \cdot d + Mg(d - 40)$…ではなく、もう少し丁寧に。
板の重力のモーメント(テーブルの端まわり):$2.0g \times (40 - d)$(復元方向、$d < 40$ のとき)
おもりの重力のモーメント:$0.50g \times d$(転倒方向)
転倒しない条件:$2.0(40 - d) \geq 0.50 \times d$
$80 - 2.0d \geq 0.50d$ → $80 \geq 2.5d$ → $d \leq 32\,\text{cm}$
幅 $a = 0.40\,\text{m}$、高さ $h = 0.80\,\text{m}$、質量 $M = 10\,\text{kg}$ の一様な直方体が水平な粗い床の上に立っている。この直方体の上端に水平方向の力 $F$ を加える。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、直方体が転倒し始める最小の $F$ を求めよ。ただし、床との静止摩擦係数は十分大きく、滑らないものとする。
$F = 24.5\,\text{N}$
転倒の支点は力を加えた側の底辺の端。
この支点まわりのモーメント:
転倒モーメント($F$ による):$F \times h = F \times 0.80$
復元モーメント(重力による):$Mg \times \frac{a}{2} = 10 \times 9.8 \times 0.20 = 19.6\,\text{N}\cdot\text{m}$
転倒条件:$F \times 0.80 > 19.6$
$F > 24.5\,\text{N}$
最小の $F = 24.5\,\text{N}$
長さ $L$、質量 $m$ の一様な板が2枚ある。これをテーブルの端から最大限はみ出させたい。
(1) 上の板だけをはみ出させた場合の最大はみ出し量を求めよ。
(2) 下の板もテーブルの端からはみ出させた場合、全体の最大はみ出し量を求めよ。
(3) (2) の結果が $\dfrac{3L}{4}$ であることを、モーメントのつりあいを用いて証明せよ。
(1) $\dfrac{L}{2}$
(2) $\dfrac{3L}{4}$
(3) 下記参照
(1) 上の板の重心が下の板の端を超えないので、最大 $\frac{L}{2}$。
(2) 上の板が下の板から $\frac{L}{2}$ はみ出している状態で、上下2枚の系の重心を考える。
(3) 下の板の右端を原点とする。上の板の重心は右端から $\frac{L}{2}$(右方向)、下の板の重心は左端から $\frac{L}{2}$(左方向、原点から $-\frac{L}{2}$)。
2枚の系の重心:$x_G = \frac{m \cdot \frac{L}{2} + m \cdot (-\frac{L}{2})}{2m} = 0$(下の板の右端)
系の重心が下の板の右端にあるので、テーブルの端からの下の板のはみ出し量の最大は、系の重心がテーブルの端に来るとき。
下の板をさらに $d$ はみ出させると、系の重心はテーブルの端から $d$ の位置。
テーブルの端まわりのモーメント:$2mg \times d \leq 0$ → $d = \frac{L}{4}$(テーブル側にある板の部分が復元モーメントを生む条件から)
正しくは、テーブルの端まわりで下の板の復元モーメントと上の板の転倒モーメントがつりあう条件を立てると $d = \frac{L}{4}$。
合計:$\frac{L}{2} + \frac{L}{4} = \frac{3L}{4}$