第9章 単振動

鉛直ばね振り子
─ つりあいの位置からの振動

天井からばねでおもりを吊るし、少し引いて手を離す。
重力が加わるのに、周期の公式は水平の場合と全く同じ。
この「不思議な一致」の裏には、座標の取り方に隠された巧みな工夫があります。
つりあいの位置を原点にする、それだけで重力が式から消えるのです。

1鉛直ばね振り子の設定

天井にばね定数 $k$ のばねの上端を固定し、下端に質量 $m$ のおもりをつけます。 おもりが静止しているとき、ばねは自然長より $d$ だけ伸びています。

つりあいの条件

おもりが静止しているとき、ばねの弾性力と重力がつりあっています。 下向きを正にとると、

$$mg = kd$$

したがって $d = \dfrac{mg}{k}$ です。 この位置がつりあいの位置です。

⚠️ 落とし穴:自然長の位置とつりあいの位置を混同する

鉛直ばね振り子では、この2つは異なります。

✕ 誤:「振動の中心 = ばねの自然長の位置」

○ 正:「振動の中心 = おもりが静止する位置(自然長 + $d$)」

自然長の位置ではばねの力はゼロですが、重力がはたらいています。 つりあいの位置は自然長から $d = mg/k$ だけ下がった点です。

2つりあいの位置を原点にとる

つりあいの位置を原点にとり、下向きを正として変位を $X$ とします。 このとき、おもりの位置はつりあいの位置から $X$ だけずれた点にあります。

▷ 重力が消える仕組み

おもりがつりあいの位置から $X$ だけ下にいるとき、 ばねは自然長から $d + X$ だけ伸びています。

運動方程式(下向き正):

$$ma = mg - k(d + X)$$

$$= mg - kd - kX$$

つりあいの条件 $mg = kd$ より $mg - kd = 0$ なので、

$$ma = -kX$$

$$a = -\frac{k}{m}X$$

重力の項 $mg$ とつりあい位置でのばねの力 $kd$ が完全に相殺されました。

💡 ここが本質:つりあいの位置を原点にすれば重力が消える

つりあいの位置からの変位 $X$ で運動方程式を書くと、 重力の項は定数項 $kd$ と相殺され、$a = -\dfrac{k}{m}X$ だけが残ります。

これは水平ばね振り子と全く同じ形です。 したがって、角振動数も周期も水平の場合と同じになります。

💡 ここが本質:「座標変換」で問題を簡単にする

自然長を原点にとると運動方程式に重力の定数項が残ってしまいます。 つりあいの位置を原点にとるだけで、その定数項が消え、問題がシンプルになります。

この「座標のとり方で式を簡単にする」テクニックは、 物理のあらゆる場面で使われる重要な考え方です。

3周期は水平の場合と同じ

$a = -\dfrac{k}{m}X$ は単振動の運動方程式です。 したがって、鉛直ばね振り子の周期は水平の場合と同じ式で表されます。

📐 鉛直ばね振り子の周期

$$T = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k}}$$

※ 水平ばね振り子と同じ式。重力の影響は周期に現れない

つりあいの伸び $d = mg/k$ を使って書き直すこともできます。 $m/k = d/g$ なので、

📐 つりあいの伸びを使った表現

$$T = 2\pi\sqrt{\frac{d}{g}}$$

※ $d$:つりあいの位置でのばねの伸び [$\text{m}$]。$k$ や $m$ が不明でも使える
⚠️ 落とし穴:$T = 2\pi\sqrt{d/g}$ を単振り子の公式と混同する

単振り子の周期は $T = 2\pi\sqrt{l/g}$($l$ は糸の長さ)です。 形が似ていますが、意味は異なります。

✕ 誤:「$d$ は糸の長さのようなもの」

○ 正:「$d$ はつりあい時のばねの伸びであり、糸の長さとは無関係」

⚠️ 落とし穴:「重力があるから周期が変わる」と誤解する

✕ 誤:「鉛直だから周期は水平より長い/短い」

○ 正:「周期は全く同じ。重力はつりあいの位置を変えるだけで、振動の周期には影響しない」

重力は復元力の「傾き」($k/m$)を変えません。 つりあいの位置をずらすだけです。

4自然長からの変位で考える場合

問題によっては、自然長の位置からの変位 $y$ で考える必要があることもあります。 その場合、運動方程式は $ma = mg - ky$ となり、定数項が残ります。

しかし $X = y - d$(つりあいの位置からの変位)と置き換えれば、 先ほどと同じ $ma = -kX$ に帰着します。 最終的にはどちらの座標を使っても同じ結果になります。

ばねが縮む場合の注意

振幅がつりあいの伸び $d$ より大きいと、 おもりがつりあいの位置より上に $d$ 以上移動し、ばねが自然長より縮みます。

ばねが縮んでもフックの法則が成り立つ限り、単振動は続きます。 ただし、ばねがおもりから離れてしまう(圧縮側で力を伝えられない)場合は、 その時点で単振動の条件が崩れます。

🔬 深掘り:ばねが離れる条件

上端を固定したばねにおもりを吊るす場合、ばねが自然長より短くなると ばねはおもりを「押す」ことになります。 ばねがおもりに接着されていなければ、この瞬間におもりはばねから離れます。

離れる条件は $A > d$(振幅がつりあいの伸びより大きい)です。 離れた後、おもりは放物運動(自由落下)に移行します。

5この章を俯瞰する

鉛直ばね振り子のポイントは「つりあいの位置を基準にする」という座標の工夫でした。 この考え方は他の単振動の問題にも応用できます。

つながりマップ

  • ← M-9-3 水平ばね振り子:水平では自然長 = つりあい位置だが、鉛直ではずれる。
  • → M-9-5 単振り子:こちらも「つりあいの位置」を中心に振動する。近似が必要。
  • → M-9-6 エネルギー:重力の位置エネルギーも含めたエネルギー保存を扱う。
  • → M-9-7 浮力による単振動:「定数項の相殺」が同じ方法で現れる。

📋まとめ

  • 鉛直ばね振り子ではつりあいの位置を原点にとることが最重要
  • つりあいの条件 $mg = kd$ を使うと、重力の項が相殺される
  • 運動方程式は $a = -\dfrac{k}{m}X$ となり、水平の場合と同じ形
  • 周期 $T = 2\pi\sqrt{m/k}$ は水平ばね振り子と同じ。重力は周期に影響しない
  • つりあいの伸びを使うと $T = 2\pi\sqrt{d/g}$ とも書ける
  • 振幅 $A > d$ の場合、ばねが自然長より縮み、接着されていなければ離れることがある

確認テスト

Q1. 鉛直ばね振り子の周期は、水平ばね振り子と比べてどうなりますか。

▶ クリックして解答を表示同じです。$T = 2\pi\sqrt{m/k}$ に重力は影響しません。

Q2. ばね定数 $k = 49\,\text{N/m}$ のばねにおもりを吊るしたら、$0.10\,\text{m}$ 伸びてつりあいました。おもりの質量を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$mg = kd$ より $m = \dfrac{kd}{g} = \dfrac{49 \times 0.10}{9.8} = 0.50\,\text{kg}$

Q3. つりあいの伸びが $d = 0.025\,\text{m}$ のとき、鉛直ばね振り子の周期を求めてください。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

▶ クリックして解答を表示$T = 2\pi\sqrt{\dfrac{d}{g}} = 2\pi\sqrt{\dfrac{0.025}{9.8}} = 2\pi \times 0.0505 \approx 0.32\,\text{s}$

Q4. 鉛直ばね振り子で、つりあいの位置を原点にとるとなぜ重力が消えるのですか。

▶ クリックして解答を表示重力 $mg$ とつりあい位置でのばねの力 $kd$ が等しく逆向きなので、相殺されるためです。残るのは変位 $X$ に比例する復元力 $-kX$ だけです。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

9-4-1 A 基礎 つりあいの伸び 計算

ばね定数 $k = 200\,\text{N/m}$ のばねを天井に固定し、質量 $m = 1.0\,\text{kg}$ のおもりを吊るした。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) つりあいの位置でのばねの伸び $d$ を求めよ。

(2) おもりをつりあいの位置から下に $0.030\,\text{m}$ 引いて離した。周期を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $d = 0.049\,\text{m}$

(2) $T = 2\pi\sqrt{\dfrac{1.0}{200}} \approx 0.44\,\text{s}$

解説

(1) $d = \dfrac{mg}{k} = \dfrac{1.0 \times 9.8}{200} = 0.049\,\text{m}$

(2) $T = 2\pi\sqrt{\dfrac{m}{k}} = 2\pi\sqrt{\dfrac{1.0}{200}} = 2\pi \times 0.0707 \approx 0.44\,\text{s}$

別解:$T = 2\pi\sqrt{\dfrac{d}{g}} = 2\pi\sqrt{\dfrac{0.049}{9.8}} = 2\pi\sqrt{0.005} \approx 0.44\,\text{s}$

B 発展レベル

9-4-2 B 発展 運動方程式の立式 論述

天井に固定したばね(ばね定数 $k$)に質量 $m$ のおもりを吊るした。おもりの位置をばねの自然長の下端を原点とし、下向きを正にとって $y$ とする。つりあいの位置からの変位 $X = y - d$($d$ はつりあいの伸び)を用いて、運動方程式を $a = -\omega^2 X$ の形に変形し、$\omega$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\omega = \sqrt{\dfrac{k}{m}}$

解説

おもりの運動方程式:$ma = mg - ky = mg - k(X + d)$

$= mg - kd - kX$

つりあいの条件 $mg = kd$ を代入:$ma = -kX$

$a = -\dfrac{k}{m}X = -\omega^2 X$

したがって $\omega = \sqrt{\dfrac{k}{m}}$

採点ポイント
  • 自然長からの変位で運動方程式を正しく立てる(3点)
  • つりあいの条件を用いて定数項を消去する(3点)
  • $\omega$ を正しく求める(2点)

C 応用レベル

9-4-3 C 応用 ばねからの離脱 思考力

ばね定数 $k = 100\,\text{N/m}$ のばねを天井に固定し、質量 $m = 0.50\,\text{kg}$ のおもりを載せて(接着せずに)つりあわせた。おもりをつりあいの位置から下に $A$ だけ引いて離した。おもりがばねから離れないための $A$ の条件を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$A \leq 0.049\,\text{m}$

解説

つりあいの伸び $d = \dfrac{mg}{k} = \dfrac{0.50 \times 9.8}{100} = 0.049\,\text{m}$

おもりが上端(つりあいの位置から上に $A$)に達したとき、 ばねの伸びは $d - A$ です。

ばねから離れない条件は $d - A \geq 0$、すなわち $A \leq d = 0.049\,\text{m}$

$A > d$ になると、上端でばねが自然長より短くなり、 接着されていないおもりはばねから離れて自由落下に移行します。

採点ポイント
  • つりあいの伸び $d$ を求める(2点)
  • 上端でのばねの伸びが $d - A$ であることを示す(3点)
  • $A \leq d$ を条件として導く(3点)