第11章 熱とエネルギー

熱量の保存
─ 高温物体から低温物体へ

熱いコーヒーに冷たいミルクを注ぐと、コーヒーはぬるくなり、ミルクは温まります。
やがて全体が同じ温度に落ち着く ── この当たり前の現象の裏側に、美しい法則が隠れています。
「失われた熱は、必ずどこかで受け取られている」。それが熱量の保存です。

1熱平衡 ─ やがて温度は等しくなる

温度の異なる2つの物体を接触させると、高温側から低温側へ熱が移動します。 やがて両者の温度が等しくなり、熱の移動が止まります。 この状態を熱平衡といいます。

お風呂に入った直後は湯が熱く感じますが、しばらくすると体温と湯温が近づき、やがて「ちょうどいい」と感じます。 これは体と湯が熱平衡に近づいているのです。

💡 ここが本質:熱は「温度差」がある限り移動し続ける

熱の移動を止めるには、温度差をゼロにするしかありません。 温度差がわずかでも残っていれば、高温側から低温側へ熱は流れ続けます。

熱平衡とは、「これ以上熱が移動しない状態」=「温度差がゼロの状態」です。

⚠️ 落とし穴:熱平衡温度は「足して2で割った値」ではない

$80\,\text{℃}$ のお湯と $20\,\text{℃}$ の水を混ぜたとき、 必ずしも $50\,\text{℃}$ になるとは限りません。

✕ 誤:「最終温度 $= (80 + 20) \div 2 = 50\,\text{℃}$」(質量が等しいときしか成り立たない)

○ 正:最終温度は質量と比熱の積(熱容量)の比で決まる。質量や比熱が異なれば $50\,\text{℃}$ にはならない

2熱量の保存則 ─ 放出と吸収は等しい

外部との熱のやりとりがない系(断熱系)では、 高温物体が放出した熱量と、低温物体が吸収した熱量は等しくなります。 これを熱量の保存(熱量保存の法則)と呼びます。

📐 熱量の保存則

$$Q_{\text{放出}} = Q_{\text{吸収}}$$

すなわち、

$$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$$

※ $T_1$:高温物体の初期温度、$T_2$:低温物体の初期温度、$T$:平衡温度(共通の最終温度)。 左辺は高温物体の温度低下による放熱量、右辺は低温物体の温度上昇による吸熱量。

この法則は、エネルギー保存則の熱における表現です。 断熱系では、系全体のエネルギーの総和は変わりません。 高温物体が失ったエネルギーは、そのまま低温物体のエネルギーになるのです。

💡 ここが本質:熱量保存は「エネルギー保存」の一形態

力学で学んだエネルギー保存則は、「エネルギーの総量は変化しない」という法則でした。 熱量の保存も同じ原理です。

高温物体の内部エネルギーが減った分だけ、低温物体の内部エネルギーが増えます。 熱は「消えた」のではなく「移動した」だけなのです。

▷ 式の立て方 ── 2通りのアプローチ

方法1:放出 = 吸収の形で書く

$$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$$

左辺も右辺も正の値になるように書きます。

方法2:和 = 0 の形で書く

$$m_1 c_1 (T - T_1) + m_2 c_2 (T - T_2) = 0$$

温度変化 $\Delta T = T - T_{\text{初期}}$ を使うと、 高温物体は負、低温物体は正になります。 合計が $0$ になるという表現です。

どちらの方法でも結果は同じです。自分が使いやすいほうを選びましょう。

⚠️ 落とし穴:「放出 = 吸収」の式で符号を間違える

「放出 = 吸収」型の式では、両辺を正の値で書きます。

✕ 誤:$m_1 c_1 (T - T_1) = m_2 c_2 (T - T_2)$(高温側が負、低温側が正で符号が合わない)

○ 正:$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$(高温側は $T_1 - T > 0$、低温側は $T - T_2 > 0$)

どちらが高温でどちらが低温かを確認してから式を立てましょう。

3熱量保存の式を立てる手順

熱量保存の問題を解くとき、以下の手順を踏めば確実に立式できます。

  1. 系に含まれる物体をすべてリストアップする(水、金属球、容器など)
  2. 各物体の初期温度を確認する(高温か低温か)
  3. 平衡温度を $T$ とおく
  4. 各物体について $Q = mc\Delta T$ を書く(温度が下がるものは放熱、上がるものは吸熱)
  5. 「放出した熱量の合計 = 吸収した熱量の合計」と置いて方程式を解く
⚠️ 落とし穴:容器の熱容量を忘れる

実験問題では、容器(熱量計)も熱を吸収します。

✕ 誤:高温の金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱(容器を無視)

○ 正:高温の金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱 + 容器が吸収した熱

問題文で「容器の熱容量を無視する」と書かれていない限り、容器も計算に含めましょう。

💡 ここが本質:最終温度 $T$ はすべての物体にとって共通

熱平衡に達した後は、すべての物体が同じ温度 $T$ になります。 この「共通の最終温度」を未知数として方程式を立てるのが基本的な戦略です。

平衡温度は、高温物体の初期温度と低温物体の初期温度の間にあることが必ず確認できます。 $T_2 \leq T \leq T_1$ が成り立たなければ、計算ミスです。

4基本的な計算例

例題:水と水の混合

$60\,\text{℃}$ の水 $200\,\text{g}$ と $20\,\text{℃}$ の水 $300\,\text{g}$ を混ぜたときの平衡温度を求めましょう。

水の比熱は共通なので、$c$ と置きます。 平衡温度を $T$ として、熱量保存の式を立てます。

$$200c(60 - T) = 300c(T - 20)$$

$c$ が両辺に共通なので消去できます。

$$200(60 - T) = 300(T - 20)$$ $$12000 - 200T = 300T - 6000$$ $$18000 = 500T$$ $$T = 36\,\text{℃}$$

平衡温度は $36\,\text{℃}$ です。 $20\,\text{℃}$ と $60\,\text{℃}$ の間にあり、 量が多い低温水のほうに寄っていることが確認できます。

例題:異なる物質の混合

$100\,\text{℃}$ の鉄球 $0.50\,\text{kg}$(比熱 $450\,\text{J/(kg・K)}$)を $20\,\text{℃}$ の水 $0.20\,\text{kg}$(比熱 $4200\,\text{J/(kg・K)}$)に入れたときの平衡温度を求めます。

$$0.50 \times 450 \times (100 - T) = 0.20 \times 4200 \times (T - 20)$$ $$225(100 - T) = 840(T - 20)$$ $$22500 - 225T = 840T - 16800$$ $$39300 = 1065T$$ $$T \approx 36.9\,\text{℃}$$

鉄球は $100\,\text{℃}$ から大きく温度が下がりましたが、水はわずかしか温度が上がりません。 これは水の比熱が鉄よりはるかに大きいためです。

🔬 深掘り:なぜ「断熱」を仮定するのか

実際の実験では、系から外部へ熱が逃げます。 空気への放熱、容器を通じた伝導などがあるため、 計算値と実測値は完全には一致しません。

高校物理の問題では「外部との熱のやりとりはないものとする」 と断ることで、この問題を回避しています。 実験的な精度を上げるには、断熱容器(魔法瓶など)を使います。

5この章を俯瞰する

熱量保存の考え方は、より複雑な問題へと発展していきます。

つながりマップ

  • ← T-1-2 熱量と比熱・熱容量:$Q = mc\Delta T$ の基本を学んだ。ここではそれを2つ以上の物体に適用する。
  • → T-1-4 熱量計算の典型問題:容器の熱容量も含めた3物体系の問題。比熱の実験的決定。
  • → T-1-5 物質の三態と潜熱:状態変化を含む場合の熱量保存。潜熱の項が加わる。
  • → T-1-7 エネルギーの変換と保存:熱量保存はエネルギー保存則の一部。より広い視点で捉え直す。

📋まとめ

  • 熱平衡とは、接触した物体の温度が等しくなり、熱の移動が止まった状態
  • 断熱系では放出した熱量 = 吸収した熱量(熱量の保存則)
  • 式の形:$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$ で平衡温度 $T$ を求める
  • 平衡温度は必ず $T_2 \leq T \leq T_1$ の範囲に収まる。逸脱したら計算ミス
  • 容器の熱容量を忘れないこと。問題文で「無視する」と明記されていなければ含める

確認テスト

Q1. 熱平衡とはどのような状態ですか。

▶ クリックして解答を表示接触した物体の温度が等しくなり、熱の移動が止まった状態です。

Q2. $80\,\text{℃}$ の水 $100\,\text{g}$ と $20\,\text{℃}$ の水 $100\,\text{g}$ を混ぜたときの平衡温度を求めてください。

▶ クリックして解答を表示同じ物質・同じ質量なので、$T = \frac{80 + 20}{2} = 50\,\text{℃}$

Q3. 熱量保存の式を立てるとき、なぜ容器の熱容量を考慮する必要があるのですか。

▶ クリックして解答を表示容器も水と同様に温度変化するため、熱を吸収(または放出)します。これを無視すると平衡温度の計算にズレが生じます。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

11-3-1 A 基礎 熱量保存 計算

$90\,\text{℃}$ の水 $0.10\,\text{kg}$ と $10\,\text{℃}$ の水 $0.40\,\text{kg}$ を断熱容器内で混合した。平衡温度を求めよ。容器の熱容量は無視する。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$26\,\text{℃}$

解説

比熱が共通なので消去できます。$0.10(90 - T) = 0.40(T - 10)$

$9 - 0.10T = 0.40T - 4$ → $13 = 0.50T$ → $T = 26\,\text{℃}$

量の多い低温水に寄った温度になっています。

B 発展レベル

11-3-2 B 発展 異種物質 計算

$200\,\text{℃}$ に加熱した銅球(質量 $0.30\,\text{kg}$、比熱 $390\,\text{J/(kg・K)}$)を、$15\,\text{℃}$ の水 $0.50\,\text{kg}$(比熱 $4200\,\text{J/(kg・K)}$)に入れた。断熱条件のもとで平衡温度を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

約 $25.2\,\text{℃}$

解説

$0.30 \times 390 \times (200 - T) = 0.50 \times 4200 \times (T - 15)$

$117(200 - T) = 2100(T - 15)$

$23400 - 117T = 2100T - 31500$

$54900 = 2217T$ → $T \approx 24.8\,\text{℃}$

$200\,\text{℃}$ の銅球を入れても水温は約 $10\,\text{℃}$ しか上がりません。水の比熱の大きさを実感できる例です。

採点ポイント
  • 熱量保存の式を正しく立てる(4点)
  • 展開・整理を正しく行う(3点)
  • 答えが $15\,\text{℃}$ と $200\,\text{℃}$ の間にあることを確認する(3点)

C 応用レベル

11-3-3 C 応用 3物体系 比熱の決定

熱容量 $80\,\text{J/K}$ の容器に $20\,\text{℃}$ の水 $0.15\,\text{kg}$ が入っている。ここに $90\,\text{℃}$ に加熱した質量 $0.10\,\text{kg}$ の金属球を入れたところ、全体が $25\,\text{℃}$ で熱平衡に達した。この金属の比熱を求めよ。水の比熱は $4200\,\text{J/(kg・K)}$ とする。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$5.5 \times 10^2\,\text{J/(kg・K)}$

解説

方針:金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱 + 容器が吸収した熱

金属球の放出熱:$0.10 \times c \times (90 - 25) = 6.5c$

水の吸収熱:$0.15 \times 4200 \times (25 - 20) = 3150\,\text{J}$

容器の吸収熱:$80 \times (25 - 20) = 400\,\text{J}$

$6.5c = 3150 + 400 = 3550$

$c = \frac{3550}{6.5} \approx 546 \approx 5.5 \times 10^2\,\text{J/(kg・K)}$

採点ポイント
  • 3物体(金属球・水・容器)すべてを考慮する(2点)
  • 金属球の放出熱量を $c$ を含む式で表す(2点)
  • 水と容器の吸収熱量を正しく計算する(3点)
  • $c$ を正しく求める(3点)