熱いコーヒーに冷たいミルクを注ぐと、コーヒーはぬるくなり、ミルクは温まります。
やがて全体が同じ温度に落ち着く ── この当たり前の現象の裏側に、美しい法則が隠れています。
「失われた熱は、必ずどこかで受け取られている」。それが熱量の保存です。
温度の異なる2つの物体を接触させると、高温側から低温側へ熱が移動します。 やがて両者の温度が等しくなり、熱の移動が止まります。 この状態を熱平衡といいます。
お風呂に入った直後は湯が熱く感じますが、しばらくすると体温と湯温が近づき、やがて「ちょうどいい」と感じます。 これは体と湯が熱平衡に近づいているのです。
熱の移動を止めるには、温度差をゼロにするしかありません。 温度差がわずかでも残っていれば、高温側から低温側へ熱は流れ続けます。
熱平衡とは、「これ以上熱が移動しない状態」=「温度差がゼロの状態」です。
$80\,\text{℃}$ のお湯と $20\,\text{℃}$ の水を混ぜたとき、 必ずしも $50\,\text{℃}$ になるとは限りません。
✕ 誤:「最終温度 $= (80 + 20) \div 2 = 50\,\text{℃}$」(質量が等しいときしか成り立たない)
○ 正:最終温度は質量と比熱の積(熱容量)の比で決まる。質量や比熱が異なれば $50\,\text{℃}$ にはならない
外部との熱のやりとりがない系(断熱系)では、 高温物体が放出した熱量と、低温物体が吸収した熱量は等しくなります。 これを熱量の保存(熱量保存の法則)と呼びます。
$$Q_{\text{放出}} = Q_{\text{吸収}}$$
すなわち、
$$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$$
この法則は、エネルギー保存則の熱における表現です。 断熱系では、系全体のエネルギーの総和は変わりません。 高温物体が失ったエネルギーは、そのまま低温物体のエネルギーになるのです。
力学で学んだエネルギー保存則は、「エネルギーの総量は変化しない」という法則でした。 熱量の保存も同じ原理です。
高温物体の内部エネルギーが減った分だけ、低温物体の内部エネルギーが増えます。 熱は「消えた」のではなく「移動した」だけなのです。
方法1:放出 = 吸収の形で書く
$$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$$
左辺も右辺も正の値になるように書きます。
方法2:和 = 0 の形で書く
$$m_1 c_1 (T - T_1) + m_2 c_2 (T - T_2) = 0$$
温度変化 $\Delta T = T - T_{\text{初期}}$ を使うと、 高温物体は負、低温物体は正になります。 合計が $0$ になるという表現です。
どちらの方法でも結果は同じです。自分が使いやすいほうを選びましょう。
「放出 = 吸収」型の式では、両辺を正の値で書きます。
✕ 誤:$m_1 c_1 (T - T_1) = m_2 c_2 (T - T_2)$(高温側が負、低温側が正で符号が合わない)
○ 正:$m_1 c_1 (T_1 - T) = m_2 c_2 (T - T_2)$(高温側は $T_1 - T > 0$、低温側は $T - T_2 > 0$)
どちらが高温でどちらが低温かを確認してから式を立てましょう。
熱量保存の問題を解くとき、以下の手順を踏めば確実に立式できます。
実験問題では、容器(熱量計)も熱を吸収します。
✕ 誤:高温の金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱(容器を無視)
○ 正:高温の金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱 + 容器が吸収した熱
問題文で「容器の熱容量を無視する」と書かれていない限り、容器も計算に含めましょう。
熱平衡に達した後は、すべての物体が同じ温度 $T$ になります。 この「共通の最終温度」を未知数として方程式を立てるのが基本的な戦略です。
平衡温度は、高温物体の初期温度と低温物体の初期温度の間にあることが必ず確認できます。 $T_2 \leq T \leq T_1$ が成り立たなければ、計算ミスです。
$60\,\text{℃}$ の水 $200\,\text{g}$ と $20\,\text{℃}$ の水 $300\,\text{g}$ を混ぜたときの平衡温度を求めましょう。
水の比熱は共通なので、$c$ と置きます。 平衡温度を $T$ として、熱量保存の式を立てます。
$$200c(60 - T) = 300c(T - 20)$$
$c$ が両辺に共通なので消去できます。
$$200(60 - T) = 300(T - 20)$$ $$12000 - 200T = 300T - 6000$$ $$18000 = 500T$$ $$T = 36\,\text{℃}$$
平衡温度は $36\,\text{℃}$ です。 $20\,\text{℃}$ と $60\,\text{℃}$ の間にあり、 量が多い低温水のほうに寄っていることが確認できます。
$100\,\text{℃}$ の鉄球 $0.50\,\text{kg}$(比熱 $450\,\text{J/(kg・K)}$)を $20\,\text{℃}$ の水 $0.20\,\text{kg}$(比熱 $4200\,\text{J/(kg・K)}$)に入れたときの平衡温度を求めます。
$$0.50 \times 450 \times (100 - T) = 0.20 \times 4200 \times (T - 20)$$ $$225(100 - T) = 840(T - 20)$$ $$22500 - 225T = 840T - 16800$$ $$39300 = 1065T$$ $$T \approx 36.9\,\text{℃}$$
鉄球は $100\,\text{℃}$ から大きく温度が下がりましたが、水はわずかしか温度が上がりません。 これは水の比熱が鉄よりはるかに大きいためです。
実際の実験では、系から外部へ熱が逃げます。 空気への放熱、容器を通じた伝導などがあるため、 計算値と実測値は完全には一致しません。
高校物理の問題では「外部との熱のやりとりはないものとする」 と断ることで、この問題を回避しています。 実験的な精度を上げるには、断熱容器(魔法瓶など)を使います。
熱量保存の考え方は、より複雑な問題へと発展していきます。
Q1. 熱平衡とはどのような状態ですか。
Q2. $80\,\text{℃}$ の水 $100\,\text{g}$ と $20\,\text{℃}$ の水 $100\,\text{g}$ を混ぜたときの平衡温度を求めてください。
Q3. 熱量保存の式を立てるとき、なぜ容器の熱容量を考慮する必要があるのですか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
$90\,\text{℃}$ の水 $0.10\,\text{kg}$ と $10\,\text{℃}$ の水 $0.40\,\text{kg}$ を断熱容器内で混合した。平衡温度を求めよ。容器の熱容量は無視する。
$26\,\text{℃}$
比熱が共通なので消去できます。$0.10(90 - T) = 0.40(T - 10)$
$9 - 0.10T = 0.40T - 4$ → $13 = 0.50T$ → $T = 26\,\text{℃}$
量の多い低温水に寄った温度になっています。
$200\,\text{℃}$ に加熱した銅球(質量 $0.30\,\text{kg}$、比熱 $390\,\text{J/(kg・K)}$)を、$15\,\text{℃}$ の水 $0.50\,\text{kg}$(比熱 $4200\,\text{J/(kg・K)}$)に入れた。断熱条件のもとで平衡温度を求めよ。
約 $25.2\,\text{℃}$
$0.30 \times 390 \times (200 - T) = 0.50 \times 4200 \times (T - 15)$
$117(200 - T) = 2100(T - 15)$
$23400 - 117T = 2100T - 31500$
$54900 = 2217T$ → $T \approx 24.8\,\text{℃}$
$200\,\text{℃}$ の銅球を入れても水温は約 $10\,\text{℃}$ しか上がりません。水の比熱の大きさを実感できる例です。
熱容量 $80\,\text{J/K}$ の容器に $20\,\text{℃}$ の水 $0.15\,\text{kg}$ が入っている。ここに $90\,\text{℃}$ に加熱した質量 $0.10\,\text{kg}$ の金属球を入れたところ、全体が $25\,\text{℃}$ で熱平衡に達した。この金属の比熱を求めよ。水の比熱は $4200\,\text{J/(kg・K)}$ とする。
$5.5 \times 10^2\,\text{J/(kg・K)}$
方針:金属球が放出した熱 = 水が吸収した熱 + 容器が吸収した熱
金属球の放出熱:$0.10 \times c \times (90 - 25) = 6.5c$
水の吸収熱:$0.15 \times 4200 \times (25 - 20) = 3150\,\text{J}$
容器の吸収熱:$80 \times (25 - 20) = 400\,\text{J}$
$6.5c = 3150 + 400 = 3550$
$c = \frac{3550}{6.5} \approx 546 \approx 5.5 \times 10^2\,\text{J/(kg・K)}$