波は「山」と「谷」が広がっていく現象ですが、波面がどのように次の瞬間の位置へ移動するのかを、統一的に説明する方法があります。
17世紀のオランダの物理学者ホイヘンスが提唱したホイヘンスの原理は、反射・屈折・回折といった波の振る舞いをすべて説明できる、極めて強力な考え方です。
水面に石を落とすと、同心円状の波紋が広がります。この波紋の各円を波面(wave front)と呼びます。 波面とは、同じ位相の点を連ねた面のことです。たとえば「山の頂上」を結んだ線は波面の一つです。
波面に対して垂直な方向が、その点での波の進行方向を示します。これを波線(ray)と呼びます。
波面:同位相の点を連ねた面(曲面または平面)
波線:波面に垂直な線。波の進行方向を示す
ホイヘンスの考え方では、波面上の各点が新たな波源となり、そこから球面状に広がる小さな波を出すと考えます。 この小さな波を素元波(elementary wavelet)と呼びます。
素元波は、波面上のすべての点から同時に発生し、同じ速さで四方八方に広がります。 次の瞬間の波面は、これらの素元波の包絡面(envelope)として得られます。
ホイヘンスの原理の核心は、波面上の各点をミニチュアの波源とみなすことです。個々の素元波は球面波ですが、それらが無数に重なり合うことで、次の瞬間の波面が形成されます。
この考え方を使えば、波が直進する理由も、曲がる理由(屈折・回折)も統一的に説明できます。
ホイヘンスの原理を正確に述べると次のようになります。
波面上の各点を新たな波源とみなし、そこから素元波(球面波)が発生する。
時間 $\Delta t$ 後の新しい波面は、各素元波が半径 $v\Delta t$($v$ は波の速さ)だけ広がった球面の包絡面(共通接線)として得られる。
「包絡面」とは、無数の素元波(小さな球面)に共通に接する面のことです。 直感的には、素元波たちの「最前線」をなぞった面と考えればよいでしょう。
波面上に点 A, B, C, ... を取り、それぞれから半径 $v\Delta t$ の素元波を描きます。 これらの素元波すべてに共通に接する面が、$\Delta t$ 後の新しい波面です。
素元波は球面状に広がるので、前方だけでなく後方にも広がるはずです。しかし実際の波は後ろに戻りません。
✕ 誤:素元波が後方にも波面を作るから、波は後ろにも進む
○ 正:後方の素元波は互いに打ち消し合い、前方の包絡面のみが有効な波面となる
これはホイヘンス自身も完全には説明できず、後にフレネルが干渉の理論で補完しました(ホイヘンス-フレネルの原理)。
ホイヘンスの原理をフレネルが発展させ、素元波の振幅は進行方向で最大、後方で0になるという「傾斜因子」を導入しました。
これにより、後方への波が生じない理由が数学的に説明されます。高校物理では前方の包絡面だけを考えれば十分です。
ホイヘンスの原理を使って、代表的な2種類の波面の伝播を確認しましょう。
点波源から出る波の波面は球面波(2次元では円形波)です。 球面波面上の各点から素元波を描くと、包絡面はより半径の大きい球面になります。
波源から十分離れると、球面の曲率が小さくなり、波面はほぼ平面とみなせるようになります。 これが球面波から平面波への遷移です。
波面が平面である波を平面波と呼びます。 平面波の波面上の各点から素元波を描くと、包絡面は元の波面を平行移動した平面になります。
つまり、均質な媒質中では平面波はいつまでも平面波のまま直進します。 これは日常の経験(光がまっすぐ進む、遠くの音が方向を保って聞こえる)と一致します。
球面波:波面が球面(2Dでは円)。点波源から発生する。波源からの距離 $r$ に応じて振幅は $\dfrac{1}{r}$ に減衰(3D)
平面波:波面が平面。均質媒質中で直進する。振幅は変化しない(理想的な場合)
平面波が直進することは「当たり前」に見えますが、ホイヘンスの原理から論理的に導けます。
平面波の波面上の各点から等しい半径の素元波を描くと、その包絡面は元の波面に平行な平面になります。波面が平行移動するということは、波が直進していることに他なりません。
波源から距離 $r$ の球面の面積は $4\pi r^2$ です。
エネルギー保存より、球面を通過するエネルギーの総量は一定なので、単位面積あたりのエネルギー(強度 $I$)は
$$I \propto \frac{1}{r^2}$$
波の強度は振幅の2乗に比例するので、振幅 $A$ は
$$A \propto \frac{1}{r}$$
これが球面波の振幅が距離に反比例して減衰する理由です。
ホイヘンスの原理の真価は、波の反射・屈折・回折を統一的に説明できる点にあります。 ここでは概要を紹介し、詳細は次の記事以降で扱います。
平面波が壁に斜めに入射する場合、壁に先に到達した点から素元波が発生します。 壁に到達するタイミングのずれを考慮して素元波の包絡面を描くと、反射波の波面が得られます。 この作図から入射角=反射角が導かれます。
波が速さの異なる媒質に進入するとき、各素元波の広がる速さが変わります。 媒質I(速さ $v_1$)から媒質II(速さ $v_2$)へ入射すると、$v_2 < v_1$ なら素元波の半径が小さくなり、波面の向きが変わります。 これが屈折であり、スネルの法則がホイヘンスの原理から導かれます。
波がスリット(狭い隙間)を通過するとき、スリット内の波面上の限られた点だけが素元波を出します。 そのため包絡面が曲面となり、波が障害物の裏側に回り込みます。 波長がスリットの幅と同程度のとき、回折が顕著になります。
「波が回折するなら、なぜ光はまっすぐ進むのか?」という疑問を持つ人がいます。
✕ 誤:光は波だから常に回り込むはず
○ 正:日常の障害物は光の波長(約 $400$〜$700\,\text{nm}$)に比べて桁違いに大きいため、回折はごくわずか
回折が顕著になるのは、障害物の大きさが波長と同程度のときです。
ホイヘンスの原理は幾何光学(反射・屈折)から波動光学(回折・干渉)まで幅広く適用できます。
光のヤングの実験やニュートンリングなど、干渉現象を理解する基礎にもなっています。波の性質を統一的に捉える上で、ホイヘンスの原理は極めて重要な概念です。
ホイヘンスの原理は、波の伝播に関するあらゆる現象を統一的に理解するための基盤です。
Q1. 波面とは何ですか。波線との関係も述べてください。
Q2. ホイヘンスの原理において、素元波の半径はどのように決まりますか。
Q3. 球面波の振幅が距離 $r$ に対してどのように変化するか述べてください。
Q4. ホイヘンスの原理で、平面波が直進することをどのように説明しますか。
ホイヘンスの原理と波面の伝播を入試形式で確認しましょう。
水面上を速さ $v = 2.0\,\text{m/s}$ で伝わる平面波がある。ある瞬間の波面上に点 A, B, C を取る。$\Delta t = 0.50\,\text{s}$ 後の波面をホイヘンスの原理を用いて作図する方法を説明せよ。
各点から半径 $r = v\Delta t = 2.0 \times 0.50 = 1.0\,\text{m}$ の素元波(円)を描き、それらの前方の共通接線(包絡線)を引く。これが $0.50\,\text{s}$ 後の波面である。
ホイヘンスの原理の基本的な適用です。
① 元の波面上に複数の点(A, B, C, ...)を取る。
② 各点を中心に半径 $r = v\Delta t = 1.0\,\text{m}$ の円(素元波)を描く。
③ 素元波の前方側の共通接線を引く。この接線が新しい波面。
平面波なので、新しい波面は元の波面に平行な直線になります。
点波源から球面波が速さ $v = 340\,\text{m/s}$ で広がっている。波源からの距離が $r_1 = 1.0\,\text{m}$ の点での振幅を $A_0$ とするとき、距離 $r_2 = 10\,\text{m}$ の点での振幅はいくらか。
$A = \dfrac{A_0}{10} = 0.10\,A_0$
球面波の振幅は波源からの距離に反比例します。
$$A \propto \frac{1}{r}$$
よって $\dfrac{A}{A_0} = \dfrac{r_1}{r_2} = \dfrac{1.0}{10} = 0.10$
したがって $A = 0.10\,A_0$(振幅は 10 分の 1 になる)。
媒質I(波の速さ $v_1$)から媒質II(波の速さ $v_2 < v_1$)に平面波が斜めに入射する。ホイヘンスの原理を用いて、波面の向きが変わる(屈折する)理由を説明せよ。
媒質IIでは素元波の広がる速さが $v_2 < v_1$ に減少するため、素元波の半径が小さくなる。境界面に先に到達した点から出る素元波は半径が小さく、後から到達した点の素元波は半径がさらに小さいため、包絡面(新しい波面)の向きが変わる。
境界面に波面が斜めに入射すると、波面の一端が先に境界面に到達します。
先に到達した点 A では、媒質II中を速さ $v_2$ で素元波が広がり始めます。
少し遅れて点 B が境界面に到達し、そこからも素元波が出ます。
$v_2 < v_1$ なので、媒質II中の素元波の半径は媒質I中より小さくなります。この結果、包絡面の向きが変わり、波の進行方向が法線に近づきます。
点波源から音が球面波として広がっている。波源からの距離 $r_1 = 2.0\,\text{m}$ の点で音の強度が $I_1 = 1.0\,\text{W/m}^2$ であった。
(1) 波源からの距離 $r_2 = 6.0\,\text{m}$ の点での音の強度 $I_2$ を求めよ。
(2) この点での振幅は、$r_1$ の点での振幅の何倍か。
(3) 波源の出力(単位時間あたりに放出するエネルギー)$P$ を求めよ。
(1) $I_2 \approx 0.11\,\text{W/m}^2$
(2) $\dfrac{1}{3}$ 倍
(3) $P \approx 50\,\text{W}$
(1) 球面波の強度は距離の2乗に反比例するから、
$$I_2 = I_1 \left(\frac{r_1}{r_2}\right)^2 = 1.0 \times \left(\frac{2.0}{6.0}\right)^2 = 1.0 \times \frac{1}{9} \approx 0.11\,\text{W/m}^2$$
(2) 振幅は距離に反比例するから、
$$\frac{A_2}{A_1} = \frac{r_1}{r_2} = \frac{2.0}{6.0} = \frac{1}{3}$$
(3) 波源の出力は球面全体を通過するエネルギーなので、
$$P = I_1 \times 4\pi r_1^2 = 1.0 \times 4\pi \times (2.0)^2 = 16\pi \approx 50\,\text{W}$$