塀の向こう側にいる人の声が聞こえるのに、姿は見えない──この違いは、音と光の波長の違いから生じます。
波が障害物の裏側に回り込む現象を回折と呼びます。回折が起こるかどうかは、波長と障害物の大きさの関係で決まります。
回折(diffraction)とは、波が障害物やスリット(狭い隙間)の端で曲がり、障害物の裏側にまで回り込む現象です。
防波堤の隙間を通った水面波が港の内部全体に広がったり、壁の向こう側の人の声が聞こえたりするのは、回折の典型例です。
回折:波が障害物やスリットの端で進行方向が曲がり、幾何学的な影の領域にまで波が到達する現象
粒子であれば障害物の影にまっすぐ影ができるだけですが、波は回り込みます。回折は波であることの証拠の一つです。
歴史的にも、光の回折は「光は波である」ことを示す重要な実験事実でした。
回折が顕著に起こるかどうかは、波長 $\lambda$ と障害物(またはスリット)の大きさ $d$ の比で決まります。
$\lambda \gtrsim d$(波長が障害物と同程度以上)のとき、回折が顕著に起こる
$\lambda \ll d$(波長が障害物より非常に小さい)のとき、回折はほとんど起こらず、波はほぼ直進する
| 波の種類 | 波長の目安 | 日常の障害物に対する回折 |
|---|---|---|
| 音波 | $0.017\,\text{m}$〜$17\,\text{m}$ | 非常に顕著(壁、柱、ドアの大きさと同程度) |
| 水面波 | 数 cm〜数 m | 顕著(防波堤の隙間で観察しやすい) |
| 可視光 | $400$〜$700\,\text{nm}$ | ほぼ起こらない(日常の障害物は巨大すぎる) |
| 電波(AM) | 数百 m | 非常に顕著(ビルの裏でもラジオが聞こえる) |
光も厳密には回折しています。しかし日常スケールでは影響が極めて小さいだけです。
✕ 誤:光は回折しない
○ 正:光も回折するが、波長が極めて短いため日常スケールでは目立たない
光のスリット実験(幅 $0.1\,\text{mm}$ 程度)では回折が観察でき、光が波であることが確認できます。
回折はホイヘンスの原理を使って自然に説明できます。
平面波がスリット(幅 $d$)に到達すると、スリット内の波面上の各点から素元波が発生します。 スリットの外側には障害物があるため、そこからは素元波が出ません。
スリットの幅が波長より十分大きい($d \gg \lambda$)場合、中央付近の素元波が支配的で、包絡面は元の平面波とほぼ同じ向きになります。回折はわずかです。
スリットの幅が波長と同程度($d \approx \lambda$)の場合、素元波の数が限られるため、包絡面が大きく曲がり、波はスリットの裏側に大きく広がります。
障害物の端でも同様の回折が起こります。障害物がない側の波面から出た素元波が、障害物の裏側にも部分的に到達します。
スリット幅 $d$ と波長 $\lambda$ の関係による回折パターンの変化:
$d \gg \lambda$ のとき:スリット内に非常に多くの素元波源があり、それらの包絡面はほぼ平面。回折角は非常に小さく、波はほぼ直進する。
$d \approx \lambda$ のとき:スリット内の素元波源が少なく、包絡面が球面に近づく。スリットがあたかも一つの点波源のように振る舞い、波が半球状に広がる。
$d \ll \lambda$ のとき:波はスリットをほとんど通過できない(スリットが狭すぎる場合)。通過できる場合は、点波源とほぼ同じ円形波面が生じる。
回折を理解するキーワードは $\lambda / d$(波長とスリット幅の比)です。
$\lambda / d$ が大きいほど回折が顕著になり、波は大きく回り込みます。$\lambda / d$ が小さいほど波は直進に近づきます。
この比率を意識すれば、「音は壁の裏に回り込むが光は回り込まない」理由がすぐに理解できます。
人の声の波長は約 $0.5$〜$3\,\text{m}$ です。ドアの幅(約 $0.8\,\text{m}$)、壁の角、柱の直径と同程度のため、音は壁の裏に容易に回り込みます。 隣の部屋の会話が壁越しに聞こえるのは、音の回折(および壁の振動を通じた透過)のためです。
港の入り口(数 m〜数十 m)に波長数 m の波が入射すると、港内部に波が回り込みます。 防波堤の設計では、この回折を考慮して港内の波の高さを見積もる必要があります。
AM ラジオの電波は波長が数百 m であり、ビルや山の裏側にも容易に回り込みます。 一方、FM ラジオや携帯電話の電波は波長が短い(数十 cm〜数 m)ため、ビルの影では受信しにくくなることがあります。
光の回折は日常では目立ちませんが、精密光学では重要です。顕微鏡や望遠鏡のレンズの開口で光が回折するため、無限に拡大しても解像度には限界があります。
この限界を「回折限界」と呼び、分解能は $\lambda / D$($D$:レンズの口径)に比例します。波長が短いほど、口径が大きいほど、細かいものが見えます。
✕ 誤:波が曲がる現象はすべて屈折である
○ 正:屈折は媒質の速さの違いで波が曲がる現象。回折は障害物の端で波が回り込む現象
屈折と回折は原因が異なります。屈折は「速さの変化」、回折は「波面の制限」が原因です。
回折は反射・屈折と並ぶ波の三大性質の一つであり、波であることの証拠です。
Q1. 回折とはどのような現象ですか。
Q2. 回折が顕著に起こるのは、波長 $\lambda$ とスリット幅 $d$ がどのような関係にあるときですか。
Q3. 塀の向こう側の人の声は聞こえるのに姿は見えないのはなぜですか。
Q4. ホイヘンスの原理で回折をどのように説明しますか。
波の回折を入試形式で確認しましょう。
波長 $0.50\,\text{m}$ の水面波が、幅 $0.60\,\text{m}$ のスリットと幅 $10\,\text{m}$ のスリットをそれぞれ通過する。どちらのスリットの方が回折が顕著に起こるか、理由とともに答えよ。
幅 $0.60\,\text{m}$ のスリットの方が回折が顕著に起こる。
回折は波長 $\lambda$ とスリット幅 $d$ が同程度のとき顕著になります。
幅 $0.60\,\text{m}$ のスリット:$\lambda/d = 0.50/0.60 \approx 0.83$(同程度)→ 回折が顕著
幅 $10\,\text{m}$ のスリット:$\lambda/d = 0.50/10 = 0.050$(波長 $\ll$ スリット幅)→ 回折はわずか
音速を $340\,\text{m/s}$ として、振動数 $340\,\text{Hz}$ の音と振動数 $3400\,\text{Hz}$ の音の波長をそれぞれ求めよ。幅 $1.0\,\text{m}$ のドアを通るとき、どちらの音がより大きく回折するか答えよ。
$340\,\text{Hz}$:$\lambda = 1.0\,\text{m}$、$3400\,\text{Hz}$:$\lambda = 0.10\,\text{m}$
$340\,\text{Hz}$ の音の方がより大きく回折する。
$\lambda = v/f$ より、
$340\,\text{Hz}$:$\lambda = 340/340 = 1.0\,\text{m}$
$3400\,\text{Hz}$:$\lambda = 340/3400 = 0.10\,\text{m}$
ドアの幅 $d = 1.0\,\text{m}$ と比較すると、$340\,\text{Hz}$ は $\lambda/d = 1.0$、$3400\,\text{Hz}$ は $\lambda/d = 0.10$。
$\lambda/d$ が大きい $340\,\text{Hz}$ の方が回折が顕著です。低い音ほどドアの裏に回り込みやすいのです。
AM ラジオ(波長 約 $300\,\text{m}$)はビルの陰でも受信できるが、テレビの地上波(波長 約 $0.5\,\text{m}$)はビルの陰では受信が悪くなることがある。この違いを回折の観点から説明せよ。
AM ラジオの波長(約 $300\,\text{m}$)はビルの大きさ(数十 m)より十分長いため、回折が顕著に起こりビルの裏にも電波が回り込む。一方、テレビ地上波の波長(約 $0.5\,\text{m}$)はビルより非常に短いため、回折がほとんど起こらずビルの影で受信が悪くなる。
回折の顕著さは $\lambda/d$ で決まります。
AM ラジオ:$\lambda/d \approx 300/30 = 10$(波長 $\gg$ ビルの幅)→ 大きく回折
テレビ地上波:$\lambda/d \approx 0.5/30 \approx 0.017$(波長 $\ll$ ビルの幅)→ ほぼ直進
幅 $d$ の単スリットに波長 $\lambda$ の平面波が垂直に入射する。スリットの裏側のスクリーン上で回折パターンが観察される。
(1) $d = 10\lambda$ の場合と $d = \lambda$ の場合で、スクリーン上の回折パターンの広がりはどちらが大きいか。理由とともに答えよ。
(2) 回折が実質的に無視できるのは、$d$ と $\lambda$ がどのような関係にあるときか。
(1) $d = \lambda$ の方が回折パターンの広がりが大きい。$\lambda/d$ が大きいほど回折角が大きくなるため。
(2) $d \gg \lambda$($\lambda/d \ll 1$)のとき。
(1) 回折の広がりは $\lambda/d$ に比例します。
$d = 10\lambda$ のとき:$\lambda/d = 0.1$ → 小さな回折角
$d = \lambda$ のとき:$\lambda/d = 1$ → 大きな回折角(ほぼ半球状に広がる)
したがって $d = \lambda$ の場合の方が広がりが大きい。
(2) $d \gg \lambda$ のとき回折角は非常に小さくなり、波はほぼ直進します。実用的には $d > 100\lambda$ 程度で回折は無視できます。