第28章 原子の構造

エネルギー準位
─ 光の放出と吸収

原子が特定の色の光だけを出したり吸収したりするのはなぜでしょうか。
その答えは、エネルギー準位にあります。原子内の電子は飛び飛びのエネルギーしかとれず、 準位間の遷移に対応する光だけがやり取りされるのです。
エネルギー準位図の読み方をマスターすれば、スペクトルの問題は怖くありません。

1エネルギー準位図の読み方

エネルギー準位図は、原子がとりうるエネルギーの値を横線で表した図です。 水素原子の場合、各準位のエネルギーは $E_n = -13.6/n^2\,\text{eV}$ で与えられます。

図では、下に行くほどエネルギーが低く(マイナスの値が大きく)、上に行くほどエネルギーが高くなります。 最も低い準位($n = 1$、$E = -13.6\,\text{eV}$)が基底状態、 それより高い準位($n \geq 2$)が励起状態です。

$n \to \infty$ のとき $E = 0$ で、これは電子が原子核から完全に離れた状態(電離状態)に対応します。

📐 水素原子のエネルギー準位

$$E_n = -\frac{13.6}{n^2}\,\text{eV} \quad (n = 1, 2, 3, \ldots)$$

$E_1 = -13.6\,\text{eV}$、$E_2 = -3.40\,\text{eV}$、$E_3 = -1.51\,\text{eV}$、$E_4 = -0.850\,\text{eV}$

※ 準位間のエネルギー差は $n$ が大きくなるほど小さくなり、$n \to \infty$ で間隔はゼロに近づく(準位が密集する)。
💡 ここが本質:エネルギー準位図は「はしご」

エネルギー準位図は、電子が昇り降りする「はしご」のようなものです。

電子ははしごの段の上にしか立てない(段と段の間には存在できない)。降りるときは光を出し、昇るときは光を吸収します。はしごの段の間隔が光のエネルギー(色)を決めるのです。

⚠️ 落とし穴:準位の間隔が等間隔だと思い込む

✕ 誤:$n = 1$ から $n = 2$ のエネルギー差と、$n = 2$ から $n = 3$ のエネルギー差は同じ

○ 正:$E_2 - E_1 = 10.2\,\text{eV}$ だが $E_3 - E_2 = 1.89\,\text{eV}$ で、間隔は大きく異なる

準位間隔は $n$ が大きくなるほど急速に狭くなります。エネルギー準位図では実際の間隔を反映して描きましょう。

2光の放出 ─ 遷移とスペクトル系列

電子が高い準位 $n$ から低い準位 $m$ に遷移するとき、エネルギー差に等しい光子が放出されます。 この光子のエネルギーは $h\nu = E_n - E_m$ です。

水素のスペクトル系列

遷移先の準位 $m$ によって、スペクトル系列が分類されます。

系列名遷移先 $m$遷移元 $n$波長域
ライマン系列$1$$2, 3, 4, \ldots$紫外線
バルマー系列$2$$3, 4, 5, \ldots$可視光・近紫外
パッシェン系列$3$$4, 5, 6, \ldots$赤外線
📐 リュードベリの公式

$$\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right) \quad (n > m)$$

※ $R$:リュードベリ定数 $\approx 1.097 \times 10^7\,\text{m}^{-1}$。この公式はボーアモデル以前に経験的に発見されていたが、ボーアモデルで理論的に導出された。

スペクトル線の数え方

$n$ の準位にある多数の水素原子が遷移する場合、放出されうるスペクトル線の最大本数は、 $n$ 個の準位から2つを選ぶ組み合わせで、

📐 スペクトル線の最大本数

$$\text{最大本数} = {}_nC_2 = \frac{n(n-1)}{2}$$

※ 例:$n = 4$ なら ${}_4C_2 = 6$ 本。ただし、1個の原子からは1回の遷移で1本の光しか出せない。多数の原子が同時に存在するときの最大本数。
⚠️ 落とし穴:1個の原子から同時に複数の光が出ると思う

✕ 誤:$n = 4$ の原子1個から6本のスペクトル線が同時に出る

○ 正:1個の原子は1回の遷移で1本の光しか出さない。${}_4C_2 = 6$ は多数の原子からなる集団が出しうるスペクトル線の最大本数

たとえば $n = 4$ の原子は、まず $4 \to 3$ に遷移して1本目の光を出し、次に $3 \to 1$ に遷移して2本目の光を出す、というように段階的に遷移します。

3光の吸収と励起

原子は、エネルギー準位の差にぴったり等しいエネルギーをもつ光子を吸収して、低い準位から高い準位に遷移できます。 この過程を励起といいます。

たとえば、基底状態($n = 1$)の水素原子に $10.2\,\text{eV}$ の光子が当たると、 電子は $n = 2$ に遷移します($E_2 - E_1 = -3.40 - (-13.6) = 10.2\,\text{eV}$)。

💡 ここが本質:吸収は「ぴったり」でなければ起こらない

エネルギー準位の差とちょうど一致するエネルギーの光子だけが吸収されます。

たとえば $11.0\,\text{eV}$ の光子は、$E_2 - E_1 = 10.2\,\text{eV}$ とも $E_3 - E_1 = 12.1\,\text{eV}$ とも一致しないため、吸収されずに通過します。これが、特定の波長の光だけを吸収する吸収スペクトル(暗線)の原因です。

電離と連続スペクトル

基底状態の水素原子に $13.6\,\text{eV}$ 以上のエネルギーの光子が当たると、電子は原子核から完全に離れます。 これを電離(イオン化)といいます。 イオン化エネルギーを超える余分なエネルギーは、飛び出した電子の運動エネルギーになります。

電離状態($E > 0$)では、電子のエネルギーは連続的な値をとれます。 そのため、$13.6\,\text{eV}$ 以上のすべてのエネルギーの光子が吸収され、連続スペクトルが現れます。

⚠️ 落とし穴:電離にはちょうど $13.6\,\text{eV}$ が必要と思い込む

✕ 誤:$13.6\,\text{eV}$ の光子でなければ電離は起こらない

○ 正:$13.6\,\text{eV}$ 以上のエネルギーをもつ光子であれば電離が起こる。余りは電子の運動エネルギーになる

束縛状態への遷移(吸収)は「ぴったり一致」が必要ですが、電離の場合は「以上」でよい点に注意しましょう。

🔬 深掘り:吸収スペクトルとフラウンホーファー線

太陽の光を分光器で観察すると、連続スペクトルの中に多数の暗線(フラウンホーファー線)が見えます。

これは太陽の表面から出た白色光が、太陽大気中の水素やヘリウムなどの原子に特定の波長だけ吸収されるためです。暗線の位置を調べることで、太陽大気の組成がわかります。

4蛍光灯・レーザーとエネルギー準位

エネルギー準位の概念は、現代の技術にも深く関わっています。

蛍光灯

蛍光灯では、水銀原子の電子が電気エネルギーで励起され、基底状態に戻るときに紫外線を放出します。 管の内壁に塗られた蛍光物質がこの紫外線を吸収し、可視光に変換して発光します。

レーザー

レーザー(LASER)は、多数の原子が同時に同じ遷移を起こすことで、 位相のそろった強い光を放出するしくみです。 これを誘導放出と呼びます。

誘導放出では、外部から入った光子と同じ振動数・同じ位相・同じ方向の光子が放出されるため、 光が増幅されます。レーザー光は干渉性が高く、通信や加工、医療などに広く応用されています。

💡 ここが本質:自然放出と誘導放出

自然放出:励起状態の原子が自発的に遷移し、ランダムな方向に光子を放出する。蛍光灯や太陽光はこの仕組み。

誘導放出:外部から光子が入射すると、同じエネルギーの光子がもう1つ放出される。レーザーの原理。位相と方向がそろった「コヒーレント光」になる。

5この章を俯瞰する

エネルギー準位は、原子物理学の最も基本的な概念です。

つながりマップ

  • ← A-2-3 ボーアの原子模型:量子条件からエネルギー準位 $E_n = -13.6/n^2$ が導かれた。
  • ← 光の粒子性:光子のエネルギー $E = h\nu$ が振動数条件の基礎。
  • → X線の発生:高エネルギーの電子が原子の内殻準位に遷移するときX線が放出される。
  • → 蛍光・レーザー:励起と誘導放出のメカニズムがエネルギー準位で理解できる。
  • → A-2-5 原子の構造 総合演習:ここまで学んだ内容を総合的に確認する。

📋まとめ

  • エネルギー準位は原子がとりうるエネルギーを表す。$E_n = -13.6/n^2\,\text{eV}$(水素原子)
  • 電子が高い準位から低い準位に遷移するとき光子を放出する。$h\nu = E_n - E_m$
  • 遷移先 $m$ の値でスペクトル系列が決まる。ライマン($m=1$, 紫外)、バルマー($m=2$, 可視)、パッシェン($m=3$, 赤外)
  • 光の吸収はエネルギー準位の差とぴったり一致する光子だけで起こる
  • $13.6\,\text{eV}$ 以上のエネルギーで電離が起こる。余分なエネルギーは電子の運動エネルギーになる
  • スペクトル線の最大本数は ${}_nC_2 = n(n-1)/2$ で求まる

確認テスト

Q1. バルマー系列はどの準位への遷移に対応しますか。また、その波長域は何ですか。

▶ クリックして解答を表示$n \geq 3$ から $m = 2$ への遷移。波長域は可視光(および近紫外線)。

Q2. $n = 5$ の準位にある多数の水素原子から放出されうるスペクトル線は最大何本ですか。

▶ クリックして解答を表示${}_5C_2 = \dfrac{5 \times 4}{2} = 10$ 本。

Q3. 基底状態の水素原子に $11.0\,\text{eV}$ の光子を照射しました。吸収されますか。

▶ クリックして解答を表示吸収されない。$E_2 - E_1 = 10.2\,\text{eV}$、$E_3 - E_1 = 12.1\,\text{eV}$ であり、$11.0\,\text{eV}$ はどの準位差とも一致しない。

Q4. 電離状態ではエネルギーが連続的になるのはなぜですか。

▶ クリックして解答を表示電離状態では電子は原子核に束縛されていないため、運動エネルギーは任意の正の値をとれる。よって全エネルギーは $E \geq 0$ の連続的な値をとる。

8入試問題演習

エネルギー準位に関する入試形式の問題です。

A 基礎レベル

2-4-1 A 基礎 スペクトル系列知識

水素原子のスペクトル系列について、次の空欄を埋めよ。

$n \geq 2$ から $m = 1$ への遷移を( ア )系列といい、( イ )線の領域に現れる。$n \geq 3$ から $m = 2$ への遷移を( ウ )系列といい、( エ )の領域に現れる。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

ア:ライマン イ:紫外 ウ:バルマー エ:可視光

解説

ライマン系列($m = 1$)はエネルギー差が大きいため紫外線領域。バルマー系列($m = 2$)は可視光領域に現れ、歴史的に最も早く発見されました。パッシェン系列($m = 3$)は赤外線領域です。

B 発展レベル

2-4-2 B 発展 波長計算

リュードベリ定数を $R = 1.10 \times 10^7\,\text{m}^{-1}$ とする。バルマー系列のうち最も波長が長いスペクトル線($n = 3 \to m = 2$)の波長を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\lambda \approx 656\,\text{nm}$(赤色)

解説

$\dfrac{1}{\lambda} = R\left(\dfrac{1}{2^2} - \dfrac{1}{3^2}\right) = 1.10 \times 10^7 \times \left(\dfrac{1}{4} - \dfrac{1}{9}\right)$

$= 1.10 \times 10^7 \times \dfrac{9 - 4}{36} = 1.10 \times 10^7 \times \dfrac{5}{36}$

$= 1.528 \times 10^6\,\text{m}^{-1}$

$\lambda = \dfrac{1}{1.528 \times 10^6} = 6.54 \times 10^{-7}\,\text{m} \approx 656\,\text{nm}$

これは $H_\alpha$ 線と呼ばれ、水素のスペクトル中で最も有名な赤色の輝線です。

採点ポイント
  • リュードベリの公式を正しく適用する(3点)
  • $1/4 - 1/9 = 5/36$ を正しく計算する(2点)
  • 波長を正しく求める(3点)
  • 可視光の赤色であることに言及する(2点)

C 応用レベル

2-4-3 C 応用 電離計算・論述

水素原子が $n = 2$ の励起状態にあるとき、次の問いに答えよ。

(1) この状態から電離させるために必要な最小エネルギーを求めよ。

(2) $5.00\,\text{eV}$ のエネルギーをもつ光子がこの原子に吸収された。電離後の電子の運動エネルギーを求めよ。

(3) $n = 2$ の状態から放出されうるスペクトル線は何本か。また、そのスペクトル系列を答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $3.40\,\text{eV}$

(2) $1.60\,\text{eV}$

(3) 1本(ライマン系列の $L_\alpha$ 線)

解説

(1) $n = 2$ の電離エネルギー $= |E_2| = |-3.40| = 3.40\,\text{eV}$

(2) $5.00 - 3.40 = 1.60\,\text{eV}$ が電子の運動エネルギーになる。電離の場合はエネルギーが「以上」であれば吸収される。

(3) $n = 2$ から遷移できる低い準位は $n = 1$ のみ。したがってスペクトル線は1本だけで、$n = 2 \to n = 1$ の遷移はライマン系列の $L_\alpha$ 線。

採点ポイント
  • (1) $E_2 = -3.40\,\text{eV}$ から電離エネルギーを正しく求める(2点)
  • (2) 余分なエネルギーが運動エネルギーになることを正しく説明する(3点)
  • (3) 遷移先を正しく列挙し、系列名を答える(3点)