原子が特定の色の光だけを出したり吸収したりするのはなぜでしょうか。
その答えは、エネルギー準位にあります。原子内の電子は飛び飛びのエネルギーしかとれず、
準位間の遷移に対応する光だけがやり取りされるのです。
エネルギー準位図の読み方をマスターすれば、スペクトルの問題は怖くありません。
エネルギー準位図は、原子がとりうるエネルギーの値を横線で表した図です。 水素原子の場合、各準位のエネルギーは $E_n = -13.6/n^2\,\text{eV}$ で与えられます。
図では、下に行くほどエネルギーが低く(マイナスの値が大きく)、上に行くほどエネルギーが高くなります。 最も低い準位($n = 1$、$E = -13.6\,\text{eV}$)が基底状態、 それより高い準位($n \geq 2$)が励起状態です。
$n \to \infty$ のとき $E = 0$ で、これは電子が原子核から完全に離れた状態(電離状態)に対応します。
$$E_n = -\frac{13.6}{n^2}\,\text{eV} \quad (n = 1, 2, 3, \ldots)$$
$E_1 = -13.6\,\text{eV}$、$E_2 = -3.40\,\text{eV}$、$E_3 = -1.51\,\text{eV}$、$E_4 = -0.850\,\text{eV}$
エネルギー準位図は、電子が昇り降りする「はしご」のようなものです。
電子ははしごの段の上にしか立てない(段と段の間には存在できない)。降りるときは光を出し、昇るときは光を吸収します。はしごの段の間隔が光のエネルギー(色)を決めるのです。
✕ 誤:$n = 1$ から $n = 2$ のエネルギー差と、$n = 2$ から $n = 3$ のエネルギー差は同じ
○ 正:$E_2 - E_1 = 10.2\,\text{eV}$ だが $E_3 - E_2 = 1.89\,\text{eV}$ で、間隔は大きく異なる
準位間隔は $n$ が大きくなるほど急速に狭くなります。エネルギー準位図では実際の間隔を反映して描きましょう。
電子が高い準位 $n$ から低い準位 $m$ に遷移するとき、エネルギー差に等しい光子が放出されます。 この光子のエネルギーは $h\nu = E_n - E_m$ です。
遷移先の準位 $m$ によって、スペクトル系列が分類されます。
| 系列名 | 遷移先 $m$ | 遷移元 $n$ | 波長域 |
|---|---|---|---|
| ライマン系列 | $1$ | $2, 3, 4, \ldots$ | 紫外線 |
| バルマー系列 | $2$ | $3, 4, 5, \ldots$ | 可視光・近紫外 |
| パッシェン系列 | $3$ | $4, 5, 6, \ldots$ | 赤外線 |
$$\frac{1}{\lambda} = R\left(\frac{1}{m^2} - \frac{1}{n^2}\right) \quad (n > m)$$
$n$ の準位にある多数の水素原子が遷移する場合、放出されうるスペクトル線の最大本数は、 $n$ 個の準位から2つを選ぶ組み合わせで、
$$\text{最大本数} = {}_nC_2 = \frac{n(n-1)}{2}$$
✕ 誤:$n = 4$ の原子1個から6本のスペクトル線が同時に出る
○ 正:1個の原子は1回の遷移で1本の光しか出さない。${}_4C_2 = 6$ は多数の原子からなる集団が出しうるスペクトル線の最大本数
たとえば $n = 4$ の原子は、まず $4 \to 3$ に遷移して1本目の光を出し、次に $3 \to 1$ に遷移して2本目の光を出す、というように段階的に遷移します。
原子は、エネルギー準位の差にぴったり等しいエネルギーをもつ光子を吸収して、低い準位から高い準位に遷移できます。 この過程を励起といいます。
たとえば、基底状態($n = 1$)の水素原子に $10.2\,\text{eV}$ の光子が当たると、 電子は $n = 2$ に遷移します($E_2 - E_1 = -3.40 - (-13.6) = 10.2\,\text{eV}$)。
エネルギー準位の差とちょうど一致するエネルギーの光子だけが吸収されます。
たとえば $11.0\,\text{eV}$ の光子は、$E_2 - E_1 = 10.2\,\text{eV}$ とも $E_3 - E_1 = 12.1\,\text{eV}$ とも一致しないため、吸収されずに通過します。これが、特定の波長の光だけを吸収する吸収スペクトル(暗線)の原因です。
基底状態の水素原子に $13.6\,\text{eV}$ 以上のエネルギーの光子が当たると、電子は原子核から完全に離れます。 これを電離(イオン化)といいます。 イオン化エネルギーを超える余分なエネルギーは、飛び出した電子の運動エネルギーになります。
電離状態($E > 0$)では、電子のエネルギーは連続的な値をとれます。 そのため、$13.6\,\text{eV}$ 以上のすべてのエネルギーの光子が吸収され、連続スペクトルが現れます。
✕ 誤:$13.6\,\text{eV}$ の光子でなければ電離は起こらない
○ 正:$13.6\,\text{eV}$ 以上のエネルギーをもつ光子であれば電離が起こる。余りは電子の運動エネルギーになる
束縛状態への遷移(吸収)は「ぴったり一致」が必要ですが、電離の場合は「以上」でよい点に注意しましょう。
太陽の光を分光器で観察すると、連続スペクトルの中に多数の暗線(フラウンホーファー線)が見えます。
これは太陽の表面から出た白色光が、太陽大気中の水素やヘリウムなどの原子に特定の波長だけ吸収されるためです。暗線の位置を調べることで、太陽大気の組成がわかります。
エネルギー準位の概念は、現代の技術にも深く関わっています。
蛍光灯では、水銀原子の電子が電気エネルギーで励起され、基底状態に戻るときに紫外線を放出します。 管の内壁に塗られた蛍光物質がこの紫外線を吸収し、可視光に変換して発光します。
レーザー(LASER)は、多数の原子が同時に同じ遷移を起こすことで、 位相のそろった強い光を放出するしくみです。 これを誘導放出と呼びます。
誘導放出では、外部から入った光子と同じ振動数・同じ位相・同じ方向の光子が放出されるため、 光が増幅されます。レーザー光は干渉性が高く、通信や加工、医療などに広く応用されています。
自然放出:励起状態の原子が自発的に遷移し、ランダムな方向に光子を放出する。蛍光灯や太陽光はこの仕組み。
誘導放出:外部から光子が入射すると、同じエネルギーの光子がもう1つ放出される。レーザーの原理。位相と方向がそろった「コヒーレント光」になる。
エネルギー準位は、原子物理学の最も基本的な概念です。
Q1. バルマー系列はどの準位への遷移に対応しますか。また、その波長域は何ですか。
Q2. $n = 5$ の準位にある多数の水素原子から放出されうるスペクトル線は最大何本ですか。
Q3. 基底状態の水素原子に $11.0\,\text{eV}$ の光子を照射しました。吸収されますか。
Q4. 電離状態ではエネルギーが連続的になるのはなぜですか。
エネルギー準位に関する入試形式の問題です。
水素原子のスペクトル系列について、次の空欄を埋めよ。
$n \geq 2$ から $m = 1$ への遷移を( ア )系列といい、( イ )線の領域に現れる。$n \geq 3$ から $m = 2$ への遷移を( ウ )系列といい、( エ )の領域に現れる。
ア:ライマン イ:紫外 ウ:バルマー エ:可視光
ライマン系列($m = 1$)はエネルギー差が大きいため紫外線領域。バルマー系列($m = 2$)は可視光領域に現れ、歴史的に最も早く発見されました。パッシェン系列($m = 3$)は赤外線領域です。
リュードベリ定数を $R = 1.10 \times 10^7\,\text{m}^{-1}$ とする。バルマー系列のうち最も波長が長いスペクトル線($n = 3 \to m = 2$)の波長を求めよ。
$\lambda \approx 656\,\text{nm}$(赤色)
$\dfrac{1}{\lambda} = R\left(\dfrac{1}{2^2} - \dfrac{1}{3^2}\right) = 1.10 \times 10^7 \times \left(\dfrac{1}{4} - \dfrac{1}{9}\right)$
$= 1.10 \times 10^7 \times \dfrac{9 - 4}{36} = 1.10 \times 10^7 \times \dfrac{5}{36}$
$= 1.528 \times 10^6\,\text{m}^{-1}$
$\lambda = \dfrac{1}{1.528 \times 10^6} = 6.54 \times 10^{-7}\,\text{m} \approx 656\,\text{nm}$
これは $H_\alpha$ 線と呼ばれ、水素のスペクトル中で最も有名な赤色の輝線です。
水素原子が $n = 2$ の励起状態にあるとき、次の問いに答えよ。
(1) この状態から電離させるために必要な最小エネルギーを求めよ。
(2) $5.00\,\text{eV}$ のエネルギーをもつ光子がこの原子に吸収された。電離後の電子の運動エネルギーを求めよ。
(3) $n = 2$ の状態から放出されうるスペクトル線は何本か。また、そのスペクトル系列を答えよ。
(1) $3.40\,\text{eV}$
(2) $1.60\,\text{eV}$
(3) 1本(ライマン系列の $L_\alpha$ 線)
(1) $n = 2$ の電離エネルギー $= |E_2| = |-3.40| = 3.40\,\text{eV}$
(2) $5.00 - 3.40 = 1.60\,\text{eV}$ が電子の運動エネルギーになる。電離の場合はエネルギーが「以上」であれば吸収される。
(3) $n = 2$ から遷移できる低い準位は $n = 1$ のみ。したがってスペクトル線は1本だけで、$n = 2 \to n = 1$ の遷移はライマン系列の $L_\alpha$ 線。