第10章 万有引力

第二宇宙速度(脱出速度)
─ 地球の重力を振り切る

第一宇宙速度は地球を「周回する」ための速度でした。
では、地球の重力圏を完全に脱出するにはどのくらいの速さが必要でしょうか。
エネルギー保存の法則から導かれる第二宇宙速度 $v_2 = \sqrt{2gR} \approx 11.2\,\text{km/s}$ を理解しましょう。

1第二宇宙速度(脱出速度)とは

地表から打ち上げた物体が、地球の重力圏を脱出して無限遠に到達するために必要な最小の速さを第二宇宙速度(second cosmic velocity)または脱出速度(escape velocity)といいます。

「脱出」とは、無限遠($r \to \infty$)で速度が0以上になることを意味します。最小の場合は無限遠で速度がちょうど0になります。

💡 ここが本質:エネルギーの観点

脱出条件は「力学的エネルギーの合計が0以上」です。

万有引力の位置エネルギーは $U = -\dfrac{GMm}{r}$ で常に負。運動エネルギー $K = \dfrac{1}{2}mv^2$ は常に正。

$K + U \geq 0$ が脱出条件で、等号のとき最小速度(脱出速度)になります。

2エネルギー保存からの導出

地表($r = R$)で速さ $v_2$ で打ち上げ、無限遠($r \to \infty$)で速さ0になる条件を考えます。

力学的エネルギー保存則

地表でのエネルギー = 無限遠でのエネルギー

$$\frac{1}{2}mv_2^2 + \left(-\frac{GMm}{R}\right) = 0 + 0$$

$$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{GMm}{R}$$

$GM = gR^2$ を代入すると、

📐 第二宇宙速度(脱出速度)

$$v_2 = \sqrt{\frac{2GM}{R}} = \sqrt{2gR}$$

※ $g = 9.8\,\text{m/s}^2$、$R = 6.4 \times 10^6\,\text{m}$ を代入すると $v_2 \approx 11.2\,\text{km/s}$
▷ なぜ無限遠で $U = 0$ なのか

万有引力の位置エネルギーは $U(r) = -\dfrac{GMm}{r}$ と定義されます(無限遠を基準 $U(\infty) = 0$)。

$r$ が大きくなると $U$ は $0$ に近づきます。$r = \infty$ で $U = 0$ です。

この定義では、位置エネルギーは常に負であることに注意してください。地球に束縛された物体の力学的エネルギーは負になります。

⚠️ 落とし穴:$mgh$ を使ってはいけない

地表付近の重力の位置エネルギー $mgh$ は、高度が地球の半径より十分小さいときの近似です。

✕ 誤:$\frac{1}{2}mv_2^2 = mgh$($h$ を無限大にする?)

○ 正:$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{GMm}{R}$(万有引力の位置エネルギーを使う)

宇宙規模の問題では必ず $U = -GMm/r$ を使いましょう。

3第一宇宙速度との関係

第一宇宙速度 $v_1 = \sqrt{gR}$ と第二宇宙速度 $v_2 = \sqrt{2gR}$ を比較すると、

📐 $v_1$ と $v_2$ の関係

$$v_2 = \sqrt{2}\,v_1 \approx 1.41\,v_1$$

※ $v_1 \approx 7.9\,\text{km/s}$、$v_2 \approx 11.2\,\text{km/s}$。脱出に必要な速さは周回速度のわずか $\sqrt{2}$ 倍。
💡 ここが本質:$\sqrt{2}$ 倍の意味

$v_2 = \sqrt{2}\,v_1$ という関係は偶然ではありません。

円軌道の運動エネルギーは $K = \frac{1}{2}mv_1^2 = \frac{GMm}{2R}$ で、これは位置エネルギーの絶対値 $|U| = \frac{GMm}{R}$ のちょうど半分です。

脱出には $K = |U|$ が必要なので、エネルギーが2倍 → 速さは $\sqrt{2}$ 倍。

宇宙速度意味公式数値
第一宇宙速度 $v_1$地表すれすれの周回速度$\sqrt{gR}$$\approx 7.9\,\text{km/s}$
第二宇宙速度 $v_2$地球からの脱出速度$\sqrt{2gR}$$\approx 11.2\,\text{km/s}$

4応用:他の天体の脱出速度

脱出速度の公式 $v_2 = \sqrt{2gR}$ は任意の天体で使えます。

月からの脱出速度

$$v_2 = \sqrt{2 \times 1.6 \times 1.7 \times 10^6} \approx 2.3\,\text{km/s}$$

力学的エネルギーによる運動の分類

地表で速さ $v$ で打ち上げたとき、力学的エネルギー $E = \frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{R}$ の正負で運動が分類できます。

  • $E < 0$($v < v_2$):束縛状態。物体は楕円軌道(または地球に落下)
  • $E = 0$($v = v_2$):放物線軌道。無限遠で速度 0
  • $E > 0$($v > v_2$):双曲線軌道。無限遠でも速度が残る
🔬 深掘り:第三宇宙速度

太陽系からの脱出に必要な速度を第三宇宙速度といい、約 $16.7\,\text{km/s}$ です(地球の公転速度を利用した場合の地表からの速さは約 $16.7\,\text{km/s}$)。

惑星探査機ボイジャー1号は、木星・土星の重力を利用して太陽系脱出速度を得ました。

⚠️ 落とし穴:脱出速度に質量は無関係

$v_2 = \sqrt{2gR}$ に物体の質量 $m$ は含まれません。

✕ 誤:重い物体は脱出に大きな速度が必要

○ 正:脱出速度は質量に依存しない(ただし、脱出に必要なエネルギーは質量に比例する)

5この章を俯瞰する

第二宇宙速度は、万有引力のポテンシャルエネルギーとエネルギー保存則の直接的な応用です。

つながりマップ

  • ← M-10-4 万有引力の位置エネルギー:$U = -GMm/r$ を使う。無限遠基準の位置エネルギー。
  • ← M-10-5 第一宇宙速度:$v_2 = \sqrt{2}\,v_1$ の関係。周回と脱出のエネルギー差。
  • ← M-5 力学的エネルギー保存則:保存力のもとでのエネルギー保存がそのまま宇宙スケールに適用。
  • → M-10-7 人工衛星の軌道:$v_1 < v < v_2$ のとき楕円軌道になる。

📋まとめ

  • 第二宇宙速度は地球の重力圏を脱出する最小速度
  • $v_2 = \sqrt{2gR} \approx 11.2\,\text{km/s}$
  • エネルギー保存則:$\frac{1}{2}mv_2^2 = \frac{GMm}{R}$ から導出
  • 第一宇宙速度との関係:$v_2 = \sqrt{2}\,v_1$
  • $E < 0$:束縛(楕円)、$E = 0$:脱出(放物線)、$E > 0$:脱出(双曲線)
  • 脱出速度は物体の質量によらない

確認テスト

Q1. 第二宇宙速度の公式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示$v_2 = \sqrt{2gR} = \sqrt{2GM/R}$

Q2. 第一宇宙速度と第二宇宙速度の比は?

▶ クリックして解答を表示$v_2/v_1 = \sqrt{2} \approx 1.41$

Q3. 脱出条件をエネルギーの式で書いてください。

▶ クリックして解答を表示$\frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{R} \geq 0$(力学的エネルギーが0以上)

Q4. 万有引力の位置エネルギーの式で、なぜ $mgh$ ではなく $-GMm/r$ を使うのですか。

▶ クリックして解答を表示$mgh$ は $h \ll R$ の近似式。宇宙規模の問題では重力が距離の2乗に反比例することを正確に扱う $-GMm/r$ を使う必要がある。

8入試問題演習

第二宇宙速度を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

10-6-1 A 基礎 導出計算

地球の半径 $R = 6.4 \times 10^6\,\text{m}$、$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、第二宇宙速度を求めよ。また、第一宇宙速度の何倍か答えよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$v_2 \approx 11.2\,\text{km/s}$、第一宇宙速度の $\sqrt{2} \approx 1.41$ 倍。

解説

$v_2 = \sqrt{2gR} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 6.4 \times 10^6} = \sqrt{1.254 \times 10^8} \approx 1.12 \times 10^4\,\text{m/s} = 11.2\,\text{km/s}$

$v_2 / v_1 = \sqrt{2gR}/\sqrt{gR} = \sqrt{2}$

10-6-2 A 基礎 エネルギー論述

エネルギー保存則を用いて、第二宇宙速度の公式 $v_2 = \sqrt{2gR}$ を導出せよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

地表 $\frac{1}{2}mv_2^2 - \frac{GMm}{R} = 0$(無限遠で $K = U = 0$)。$GM = gR^2$ を代入して $v_2 = \sqrt{2gR}$。

解説

脱出条件は無限遠で速度が0以上。最小速度は $v_\infty = 0$ のとき。

$\frac{1}{2}mv_2^2 + \left(-\frac{GMm}{R}\right) = 0$ より $v_2^2 = \frac{2GM}{R} = 2gR$

B 発展レベル

10-6-3 B 発展 高度 $h$ からの脱出計算

地表から高度 $h = R$(地球の半径と同じ)の位置から物体を打ち出す。この位置からの脱出速度を求めよ。$v_2 = \sqrt{2gR}$ を用いて表せ。

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解答

$v = \dfrac{v_2}{\sqrt{2}} = \sqrt{gR} = v_1$

解説

高度 $h = R$ の位置では中心からの距離は $2R$。

$\frac{1}{2}mv^2 - \frac{GMm}{2R} = 0$ より $v = \sqrt{\frac{GM}{R}} = \sqrt{gR}$

$= \frac{1}{\sqrt{2}}\sqrt{2gR} = \frac{v_2}{\sqrt{2}}$

面白いことに、高度 $R$ からの脱出速度は地表での第一宇宙速度 $v_1 = \sqrt{gR}$ に等しくなります。

採点ポイント
  • 出発点の距離を $2R$ と正しく設定(3点)
  • エネルギー保存の式を正しく立てる(4点)
  • $v_2$ を用いた表記が正しい(3点)
10-6-4 B 発展 無限遠での速さ計算

地表から速さ $v_0 = 15\,\text{km/s}$ で打ち上げた物体が無限遠に達したときの速さを求めよ。$v_2 = 11.2\,\text{km/s}$ とする。

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解答

$v_\infty \approx 10.0\,\text{km/s}$

解説

エネルギー保存:$\frac{1}{2}mv_0^2 - \frac{GMm}{R} = \frac{1}{2}mv_\infty^2$

$v_\infty^2 = v_0^2 - \frac{2GM}{R} = v_0^2 - v_2^2 = 15^2 - 11.2^2 = 225 - 125.4 = 99.6$

$v_\infty = \sqrt{99.6} \approx 10.0\,\text{km/s}$

採点ポイント
  • エネルギー保存の式を正しく立てる(4点)
  • $v_2^2 = 2GM/R$ を使う(3点)
  • 計算が正しい(3点)

C 応用レベル

10-6-5 C 応用 天体比較論述

ある惑星の半径は地球の2倍、質量は地球の8倍である。この惑星の表面における第一宇宙速度と第二宇宙速度を、地球の値 $v_1$、$v_2$ を用いて表せ。

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解答

第一宇宙速度 $= 2v_1$、第二宇宙速度 $= 2v_2$

解説

惑星の表面重力 $g' = \dfrac{GM'}{R'^2} = \dfrac{G \cdot 8M}{(2R)^2} = \dfrac{8GM}{4R^2} = 2g$

第一宇宙速度:$v_1' = \sqrt{g'R'} = \sqrt{2g \cdot 2R} = 2\sqrt{gR} = 2v_1$

第二宇宙速度:$v_2' = \sqrt{2}\,v_1' = 2\sqrt{2}\sqrt{gR} = 2\sqrt{2gR} = 2v_2$

別解:$v_2' = \sqrt{2g'R'} = \sqrt{2 \cdot 2g \cdot 2R} = \sqrt{8gR} = 2\sqrt{2gR} = 2v_2$

採点ポイント
  • 表面重力を正しく求める(3点)
  • 第一宇宙速度を正しく求める(3点)
  • 第二宇宙速度を正しく求める(4点)