斜面の角度、長さ、形状はさまざまです。急な斜面、ゆるやかな斜面、曲がった斜面……。
しかしエネルギー保存則を使えば、高さの差さえわかれば速さが求まります。
斜面の形によらないこの普遍性が、エネルギー保存則の最大の強みです。
滑らかな(摩擦のない)斜面を滑り降りる質量 $m$ の物体を考えます。高さ $h$ の位置から静かに放したとき、斜面の底での速さはいくらでしょうか。
$$\frac{1}{2}mv_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + mgh_2$$
高さ $h$ の位置から静かに放す($v_1 = 0$)と、底($h_2 = 0$)での速さは、
$$mgh = \frac{1}{2}mv^2 \quad \therefore\quad v = \sqrt{2gh}$$
この結果は、自由落下で高さ $h$ から落ちたときの速さとまったく同じです。
高さ $h$ の位置から静止状態で出発した物体が、高さ $0$ の位置に到達したときの速さは、経路によらず $v = \sqrt{2gh}$ です。
斜面を滑り降りても、自由落下でも、曲がった滑り台を滑っても、到達速さは同じ。これがエネルギー保存則の威力です。
仕事の定義は $W = F \cdot d \cdot \cos\alpha$($\alpha$ は力と変位のなす角)です。
垂直抗力は斜面に垂直、物体の変位は斜面に平行なので、$\alpha = 90°$、$\cos 90° = 0$ より仕事は $0$ です。
仕事をしない力は、力学的エネルギーを変化させません。これが垂直抗力を無視してよい理由です。
重力による位置エネルギー $mgh$ の $h$ は、基準点からの高さです。基準点をどこに取るかは自由ですが、問題を解きやすくする工夫が大切です。
重力による位置エネルギーに使うのは鉛直方向の高さ $h$ であり、斜面に沿った長さ $l$ ではありません。
✕ 誤:$mgl$(斜面の長さを使う)
○ 正:$mgh$(鉛直方向の高さを使う)
斜面の角度が $\theta$、斜面の長さが $l$ のとき、高さは $h = l\sin\theta$ です。
斜面の角度 $\theta$ と斜面に沿った距離 $l$ が与えられている場合、鉛直方向の高さの差は次の式で求められます。
$$h = l\sin\theta$$
エネルギー保存則で実際に意味を持つのは、位置エネルギーの差($mgh_1 - mgh_2$)です。基準点を変えると $h_1$ と $h_2$ の値は変わりますが、その差 $h_1 - h_2$ は変わりません。
これが「基準点はどこでもよい」理由です。最終的な答えは基準点の取り方に依存しません。
エネルギー保存則の最大の利点は、経路の詳細を知る必要がないことです。
高さ $h$ の地点Aから高さ $0$ の地点Bへ、滑らかな面に沿って物体が滑り降りるとします。A→Bの経路が直線でも、曲線でも、S字カーブでも、到達速さは $v = \sqrt{2gh}$ で同じです。
重力は保存力であり、保存力がする仕事は始点と終点だけで決まり、経路によりません。
これがエネルギー保存則の根本的な理由です。斜面の角度が途中で変わっても、カーブしていても、高さの差だけで速さが決まります。
同じ問題を運動方程式で解こうとすると、斜面の角度が途中で変わる場合は、区間ごとに方程式を立てなければなりません。曲線斜面ではさらに複雑です。
エネルギー保存則なら、途中の経路を一切気にせず、始点と終点の状態だけで答えが出ます。
エネルギー保存は「速さ」を求めるのに強力ですが、「加速度」や「力」を求めるのには使えません。
速さや高さを求めたい → エネルギー保存則
加速度や力を求めたい → 運動方程式
両方を適切に使い分けることが、力学の問題を効率的に解くカギです。
斜面の途中の任意の位置での速さも、エネルギー保存則で求められます。その位置の高さがわかれば十分です。
✕ 誤:途中の速さは運動方程式で求めるしかない
○ 正:途中の位置を新しい「終点」とみなして、エネルギー保存を適用すればよい
斜面のエネルギー保存でよく出る問題パターンを整理しましょう。
高さ $h$ の滑らかな斜面の頂上から静かに物体を放す。底での速さは $v = \sqrt{2gh}$。質量 $m$ にも斜面の角度 $\theta$ にもよらないことに注意。
斜面の底で速さ $v_0$ で物体を滑らせた。物体が到達する最高点の高さは、
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = mgh \quad \therefore\quad h = \frac{v_0^2}{2g}$$
角度の異なる2つの斜面がV字型に接続されている場合、一方の斜面を滑り降りた物体が、他方の斜面をどこまで上がるかを求めます。摩擦がなければ、元の高さまで上がるのがポイントです。
摩擦のない場合、一方の斜面の高さ $h_1$ から出発した物体は、他方の斜面で高さ $h_1$ まで到達する。
$$mgh_1 = mgh_2 \quad \therefore\quad h_2 = h_1$$
摩擦がない面を滑る物体は、出発時と同じ高さまで必ず戻ります。これは振り子と同じ原理です。
斜面の角度、本数、曲がり方がどうであっても、摩擦がなければ出発時の高さに戻る。このシンプルな事実がエネルギー保存則の本質です。
斜面でのエネルギー保存は、ジェットコースター問題、振り子の問題など、多くの応用に直結します。
Q1. 滑らかな斜面の頂上(高さ $h$)から静かに物体を放したとき、底での速さを求めよ。
Q2. 斜面の角度 $30°$、斜面に沿った距離 $4.0\,\text{m}$ のとき、鉛直方向の高さはいくらか。
Q3. 経路の形が違っても到達速さが同じになるのはなぜか。
Q4. 垂直抗力が物体に仕事をしない理由を説明せよ。
斜面でのエネルギー保存を入試形式で確認しましょう。
滑らかで角度 $30°$ の斜面を、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体が斜面に沿って $6.0\,\text{m}$ 滑り降りた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 物体が下がった鉛直方向の高さを求めよ。
(2) 斜面の底での物体の速さを求めよ。
(1) $h = 3.0\,\text{m}$
(2) $v \approx 7.7\,\text{m/s}$
(1) $h = l\sin 30° = 6.0 \times 0.50 = 3.0\,\text{m}$
(2) エネルギー保存より $mgh = \frac{1}{2}mv^2$
$$v = \sqrt{2gh} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 3.0} = \sqrt{58.8} \approx 7.7\,\text{m/s}$$
滑らかな斜面の底で速さ $8.0\,\text{m/s}$ で物体を斜面に沿って上向きに滑らせた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、物体が到達する最高点の高さを求めよ。
$h \approx 3.3\,\text{m}$
底を基準として、エネルギー保存則を適用する。最高点では $v = 0$。
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = mgh$$
$$h = \frac{v_0^2}{2g} = \frac{8.0^2}{2 \times 9.8} = \frac{64}{19.6} \approx 3.3\,\text{m}$$
斜面の角度にもよらないことに注意。
角度 $45°$ の滑らかな斜面Aと角度 $30°$ の滑らかな斜面Bが底で接続されている。斜面Aの高さ $5.0\,\text{m}$ の位置から質量 $2.0\,\text{kg}$ の物体を静かに放す。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 底を通過するときの物体の速さを求めよ。
(2) 物体は斜面Bをどこまで上がるか。斜面Bに沿った距離で答えよ。
(1) $v \approx 9.9\,\text{m/s}$
(2) 斜面Bに沿って $10\,\text{m}$
(1) $v = \sqrt{2gh} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 5.0} = \sqrt{98} \approx 9.9\,\text{m/s}$
(2) 摩擦がないので、物体は元の高さ $h = 5.0\,\text{m}$ まで上がる。
斜面Bの角度は $30°$ なので、斜面に沿った距離は
$$l = \frac{h}{\sin 30°} = \frac{5.0}{0.50} = 10\,\text{m}$$
角度が異なると斜面に沿った距離は異なるが、到達する高さは同じであることがポイント。
高さ $H$ の滑らかな斜面の頂上から静かに小球を放した。斜面の底は水平面に滑らかにつながっており、水平面の右端は高さ $H$ の崖になっている。小球は崖の端から水平に飛び出す。$g$ を重力加速度として、次の問いに答えよ。
(1) 崖の端での小球の速さを $H$, $g$ で表せ。
(2) 崖の端を飛び出してから地面に着くまでの時間を求めよ。
(3) 地面に着いた瞬間の小球の速さを、エネルギー保存則を用いて $H$, $g$ で表せ。
(4) (3)の結果が斜面の角度に依存しないことを、物理的に説明せよ。
(1) $v_0 = \sqrt{2gH}$
(2) $t = \sqrt{\dfrac{2H}{g}}$
(3) $v = 2\sqrt{gH}$
(4) 出発点と着地点の高低差が $2H$ で一定であり、エネルギー保存則では経路(斜面の角度)は結果に影響しないため。
(1) 斜面頂上(高さ $H$)→ 底(高さ $0$)のエネルギー保存:
$$mgH = \frac{1}{2}mv_0^2 \quad \Rightarrow \quad v_0 = \sqrt{2gH}$$
(2) 崖から水平投射。鉛直方向:$H = \frac{1}{2}gt^2$ より $t = \sqrt{2H/g}$
(3) 斜面頂上(高さ $2H$)→ 地面(高さ $0$)のエネルギー保存:
$$mg \cdot 2H = \frac{1}{2}mv^2$$
$$v = \sqrt{4gH} = 2\sqrt{gH}$$
(4) エネルギー保存則は始点と終点の高さの差のみで決まり、途中の経路(斜面→水平面→放物線)には依存しない。始点が高さ $2H$、終点が高さ $0$ で、その差は常に $2H$ なので、斜面の角度は結果に影響しない。