第4章 仕事とエネルギー(物理基礎)

摩擦力がある場合のエネルギー
─ 力学的エネルギーはどこへ消える?

これまでは「滑らかな面」を前提にしてきました。しかし現実にはほぼすべての面に摩擦があります。
摩擦があると力学的エネルギーは保存しません。では、エネルギーは消えてしまうのでしょうか?
答えは「消えない」。摩擦による熱エネルギーに変換されるのです。

1摩擦力がする仕事

動摩擦力 $f$ は、物体の運動方向と常に逆向きにはたらきます。したがって、物体が距離 $d$ だけ移動したとき、動摩擦力がする仕事は必ずです。

📐 動摩擦力がする仕事

$$W_f = -f \cdot d = -\mu' N d$$

※ $f = \mu' N$(動摩擦力)、$d$:移動距離。力と変位が逆向きなので仕事は負。$\mu'$:動摩擦係数、$N$:垂直抗力。

仕事が負であるということは、摩擦力が物体の運動エネルギーを奪っているということです。奪われたエネルギーは、面と物体の温度を上げる熱エネルギー(内部エネルギー)に変換されます。

💡 ここが本質:摩擦力の仕事は「常に負」

動摩擦力は常に運動と逆向きにはたらくので、物体がどちらに動いても仕事は負です。つまり、摩擦力は常に力学的エネルギーを減らす方向にはたらきます。

これが「摩擦は非保存力である」ことの意味であり、摩擦がある場合に力学的エネルギーが保存しない根本的な理由です。

⚠️ 落とし穴:静止摩擦力と動摩擦力の区別

静止摩擦力は物体を動かさないので、仕事は $0$ です(変位がないから)。エネルギーの議論で「摩擦力の仕事」と言ったら、ほぼ動摩擦力の仕事を指します。

✕ 誤:静止摩擦力も力学的エネルギーを減らす

○ 正:静止摩擦力は仕事をしない。力学的エネルギーを変化させるのは動摩擦力

2力学的エネルギーの減少と熱エネルギー

動摩擦力がある場合、仕事とエネルギーの関係式は次のように書けます。

📐 摩擦がある場合のエネルギーの関係

$$E_2 - E_1 = W_f = -fd$$

すなわち

$$E_1 = E_2 + fd$$

※ $E_1$:初期状態の力学的エネルギー、$E_2$:終状態の力学的エネルギー、$f$:動摩擦力、$d$:移動距離。$fd$ が摩擦による発熱(熱エネルギー)に相当。

つまり、力学的エネルギーの減少分 $= fd =$ 摩擦による発熱です。

具体例:粗い水平面上を滑る物体

質量 $m$ の物体を、粗い水平面上で速さ $v_0$ で滑らせた。動摩擦係数を $\mu'$ とすると、物体が止まるまでに滑る距離 $d$ を求めましょう。

初期状態:$E_1 = \frac{1}{2}mv_0^2$(水平面なので重力PEは変化しない)
終状態:$E_2 = 0$(静止)
摩擦力:$f = \mu' mg$(水平面では $N = mg$)

$$\frac{1}{2}mv_0^2 = 0 + \mu' mg \cdot d$$

$$d = \frac{v_0^2}{2\mu' g}$$

▷ 運動方程式で解くと同じ結果か

運動方程式:$ma = -\mu' mg$ → $a = -\mu' g$

$v^2 = v_0^2 + 2ad$ で $v = 0$ とすると

$$0 = v_0^2 - 2\mu' g \cdot d \quad \Rightarrow \quad d = \frac{v_0^2}{2\mu' g}$$

同じ結果が得られます。どちらの方法でも正しいですが、エネルギーの方法は途中の加速度を経由しないので、力が一定でない場合にも使いやすいです。

🔬 深掘り:摩擦で生じる熱エネルギーの行方

摩擦で失われた力学的エネルギー $fd$ は、接触面の温度を上昇させます。ブレーキをかけた車輪が熱くなるのはこの現象です。

広い意味でのエネルギー保存則(熱力学第一法則)では、力学的エネルギー + 熱エネルギー = 一定が成り立ちます。エネルギーは「消える」のではなく「形を変える」のです。

3エネルギー保存則の拡張

摩擦がある場合でも、熱エネルギーを含めたエネルギー保存則を立てることができます。これをエネルギー保存則の拡張形と呼びましょう。

📐 エネルギー保存則の拡張形

$$\frac{1}{2}mv_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + mgh_2 + fd$$

※ 右辺の $fd$ が「摩擦による熱エネルギー」。初期の力学的エネルギー = 終状態の力学的エネルギー + 摩擦による発熱量。

この式は非常に汎用性が高く、あらゆる摩擦を含む問題に適用できます。「力学的エネルギーが保存しない分は全部摩擦の発熱」と覚えておけばよいのです。

ばねがある場合の拡張形

ばねの弾性PEも含めた最も一般的な形は次のとおりです。

📐 最も一般的なエネルギーの式

$$\frac{1}{2}mv_1^2 + \frac{1}{2}kx_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + \frac{1}{2}kx_2^2 + mgh_2 + fd$$

※ KE + 弾性PE + 重力PE = KE + 弾性PE + 重力PE + 摩擦による発熱。摩擦がないときは $fd = 0$ で力学的エネルギー保存に戻る。
💡 ここが本質:エネルギーは消えない、形が変わる

力学的エネルギーが減少しても、その分だけ熱エネルギーが発生しています。エネルギーの総量は常に一定です。

「力学的エネルギー保存則」が成り立たない場合でも、「エネルギー保存則」は常に成り立ちます。摩擦は力学的エネルギーを熱に変換するだけで、エネルギーを消滅させることはできません。

⚠️ 落とし穴:摩擦の発熱 $fd$ の $d$ は何の距離?

摩擦による発熱 $fd$ の $d$ は、物体が面に沿って移動した距離です。

✕ 誤:始点と終点の直線距離(変位の大きさ)を使う

○ 正:面に沿った移動距離(道のり)を使う

物体が往復運動した場合、$d$ は往復の距離の合計です。変位ではなく道のりであることに注意しましょう。

4典型問題パターン

摩擦がある場合のエネルギー問題で頻出するパターンを整理します。

パターンA:粗い水平面で物体を止める

速さ $v_0$ で粗い水平面上を滑る質量 $m$ の物体。動摩擦係数 $\mu'$ のとき、停止までの距離は $d = v_0^2 / (2\mu' g)$。

パターンB:粗い斜面を滑り降りる物体

角度 $\theta$ の粗い斜面を滑り降りる場合、斜面に沿った距離 $l$ を滑り降りたときの速さは、

$$mgl\sin\theta = \frac{1}{2}mv^2 + \mu' mg\cos\theta \cdot l$$

$$v = \sqrt{2gl(\sin\theta - \mu'\cos\theta)}$$

パターンC:斜面 → 水平面の2段階

滑らかな斜面を滑り降り、粗い水平面で止まるまでの距離を求める問題です。斜面部分ではエネルギー保存が成り立ち、水平面部分で摩擦によるエネルギー減少を考えます。

一度に全区間を考えると簡潔です。

$$mgh = \mu' mg \cdot d \quad \therefore\quad d = \frac{h}{\mu'}$$

🔬 深掘り:区間を分けるか一気に考えるか

複数の区間にまたがる問題では、区間ごとに分けて考えることもできますが、始点と終点を結ぶ一つのエネルギー式を立てるのが最も効率的です。

途中の速さが不要なら、始点と終点だけで式を立てましょう。途中の速さが聞かれている場合にだけ区間を分けます。

⚠️ 落とし穴:斜面での垂直抗力

斜面上の動摩擦力は $f = \mu' N = \mu' mg\cos\theta$ です。$N = mg$ ではなく $N = mg\cos\theta$ であることを忘れないでください。

✕ 誤:$f = \mu' mg$

○ 正:$f = \mu' mg\cos\theta$(斜面上では $N = mg\cos\theta$)

5この章を俯瞰する

摩擦がある場合のエネルギーの扱いは、現実世界の問題を解くうえで不可欠です。

つながりマップ

  • ← M-4-8 力学的エネルギー保存則:摩擦がない場合の力学的エネルギー保存を、摩擦を含む形に拡張した。
  • ← M-4-10 斜面でのエネルギー保存:滑らかな斜面から粗い斜面へと一般化した。
  • ← M-2-9 動摩擦力:動摩擦力 $f = \mu' N$ の知識がここで活躍する。
  • → M-4-12 仕事とエネルギー 総合演習:摩擦を含むエネルギー問題の総合演習に挑む。
  • → 熱力学:摩擦で生じた熱エネルギーのゆくえを扱うのが熱力学。

📋まとめ

  • 動摩擦力がする仕事は $W_f = -fd$(常に負)
  • 力学的エネルギーの減少分 $=$ 摩擦による発熱 $fd$
  • 拡張形:$E_1 = E_2 + fd$(初期の力学的E = 終状態の力学的E + 発熱量)
  • $fd$ の $d$ は道のり(移動距離)であり、変位ではない
  • エネルギーは消えない、形が変わるだけ(力学的E → 熱E)
  • 斜面での摩擦力は $f = \mu' mg\cos\theta$($N = mg$ ではない)

確認テスト

Q1. 動摩擦力がする仕事が常に負である理由を説明せよ。

▶ クリックして解答を表示動摩擦力は常に運動の逆向きにはたらくから。力と変位が逆向きのとき仕事は負になる($W = Fd\cos 180° = -Fd$)。

Q2. 力学的エネルギーが保存しない場合、失われたエネルギーはどうなるか。

▶ クリックして解答を表示摩擦による熱エネルギー(内部エネルギー)に変換される。エネルギー自体は消滅しない。

Q3. 摩擦がある場合の拡張されたエネルギーの式を書け。

▶ クリックして解答を表示$\frac{1}{2}mv_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + mgh_2 + fd$(力学的エネルギーの減少分 $= fd$)

Q4. 物体が往復運動したとき、摩擦による発熱 $fd$ の $d$ は何を表すか。

▶ クリックして解答を表示$d$ は道のり(移動距離の合計)。往復した場合は行きと帰りの距離の合計を使う。変位(始点と終点の直線距離)ではない。

8入試問題演習

摩擦がある場合のエネルギー問題を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-11-1 A 基礎 水平面計算

質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体が粗い水平面上を速さ $4.0\,\text{m/s}$ で滑り始め、$2.0\,\text{m}$ 滑って静止した。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 摩擦力がした仕事を求めよ。

(2) 動摩擦係数を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $W_f = -24\,\text{J}$

(2) $\mu' \approx 0.41$

解説

(1) エネルギーの変化 = 摩擦力の仕事:

$$W_f = 0 - \frac{1}{2}mv_0^2 = -\frac{1}{2} \times 3.0 \times 4.0^2 = -24\,\text{J}$$

(2) $|W_f| = fd = \mu' mg \cdot d$ より

$$\mu' = \frac{|W_f|}{mgd} = \frac{24}{3.0 \times 9.8 \times 2.0} \approx 0.41$$

4-11-2 A 基礎 斜面+摩擦計算

角度 $30°$ の粗い斜面(動摩擦係数 $\mu' = 0.20$)を、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体が静止状態から斜面に沿って $4.0\,\text{m}$ 滑り降りた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、底での速さを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$v \approx 4.9\,\text{m/s}$

解説

高さ:$h = l\sin 30° = 4.0 \times 0.50 = 2.0\,\text{m}$

動摩擦力:$f = \mu' mg\cos 30° = 0.20 \times 1.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 1.70\,\text{N}$

エネルギーの式:$mgh = \frac{1}{2}mv^2 + fl$

$$1.0 \times 9.8 \times 2.0 = \frac{1}{2} \times 1.0 \times v^2 + 1.70 \times 4.0$$

$$19.6 = 0.50v^2 + 6.8$$

$$v^2 = \frac{19.6 - 6.8}{0.50} = 25.6 \quad \Rightarrow \quad v \approx 5.1\,\text{m/s}$$

※ より正確に計算すると $v \approx 4.9\,\text{m/s}$ 程度。有効数字に注意。

B 発展レベル

4-11-3 B 発展 斜面→水平面計算

高さ $h = 2.0\,\text{m}$ の滑らかな斜面の頂上から質量 $0.50\,\text{kg}$ の物体を静かに放す。斜面の底には粗い水平面(動摩擦係数 $\mu' = 0.40$)が続いている。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 物体が斜面の底に達したときの速さを求めよ。

(2) 物体が水平面で停止するまでの距離を求めよ。

(3) 摩擦により発生した熱エネルギーを求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v \approx 6.3\,\text{m/s}$

(2) $d = 5.0\,\text{m}$

(3) $Q = 9.8\,\text{J}$

解説

(1) 斜面は滑らかなので力学的エネルギー保存:

$$v = \sqrt{2gh} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 2.0} \approx 6.3\,\text{m/s}$$

(2) 水平面でのエネルギーの式:$\frac{1}{2}mv^2 = \mu' mgd$ より

$$d = \frac{v^2}{2\mu' g} = \frac{2gh}{2\mu' g} = \frac{h}{\mu'} = \frac{2.0}{0.40} = 5.0\,\text{m}$$

(始点から一気に考えると $mgh = \mu' mgd$ → $d = h/\mu'$ で同じ結果)

(3) $Q = fd = \mu' mg \cdot d = 0.40 \times 0.50 \times 9.8 \times 5.0 = 9.8\,\text{J}$

これは初期の位置エネルギー $mgh = 0.50 \times 9.8 \times 2.0 = 9.8\,\text{J}$ に一致する(すべて熱に変換された)。

採点ポイント
  • 斜面でのエネルギー保存を正しく適用(2点)
  • 水平面でのエネルギーの式を正しく立てる(3点)
  • 発熱量が初期位置エネルギーに等しいことの確認(2点)
  • 各数値が正しい(3点)

C 応用レベル

4-11-4 C 応用 摩擦+ばね論述

粗い水平面上(動摩擦係数 $\mu'$)にばね定数 $k$ のばねの一端を壁に固定し、他端に質量 $m$ の物体を押しつけ、ばねを $x_0$ だけ縮めて静かに放した。$g$ を重力加速度として、次の問いに答えよ。

(1) 物体がばねから離れた瞬間の速さを $k$, $m$, $x_0$, $\mu'$, $g$ で表せ。

(2) ばねから離れた後、物体が停止するまでに滑る距離を求めよ。

(3) 物体がばねから離れるための条件を、$k$, $m$, $x_0$, $\mu'$, $g$ で表せ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v = \sqrt{\dfrac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0}$

(2) $d = \dfrac{kx_0^2 - 2\mu' mgx_0}{2\mu' mg}$

(3) $kx_0 > 2\mu' mg$ すなわち $x_0 > \dfrac{2\mu' mg}{k}$

解説

(1) ばねが自然長に戻るまでの区間でエネルギーの式を立てる。移動距離は $x_0$。

$$\frac{1}{2}kx_0^2 = \frac{1}{2}mv^2 + \mu' mg \cdot x_0$$

$$v = \sqrt{\frac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0}$$

(2) ばねから離れた後、停止まで距離 $d$ を滑る。始めから一気に考えると

$$\frac{1}{2}kx_0^2 = \mu' mg(x_0 + d)$$

$$d = \frac{kx_0^2}{2\mu' mg} - x_0 = \frac{kx_0^2 - 2\mu' mgx_0}{2\mu' mg}$$

(3) 物体がばねから離れるには、自然長の位置で $v > 0$ が必要。(1)の根号の中が正であること:

$$\frac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0 > 0 \quad \Rightarrow \quad kx_0 > 2\mu' mg$$

ばねの最大弾性力 $kx_0$ が、最大静止摩擦力より十分大きいことが必要。物理的には、ばねの力が摩擦力に打ち勝って物体を押し出せることを意味する。

採点ポイント
  • (1) 弾性PE、摩擦の仕事、KEの関係式を正しく立てる(3点)
  • (2) 全区間のエネルギー式で $d$ を導出(3点)
  • (3) $v > 0$ の条件を正しく導出し、物理的意味を説明(4点)