これまでは「滑らかな面」を前提にしてきました。しかし現実にはほぼすべての面に摩擦があります。
摩擦があると力学的エネルギーは保存しません。では、エネルギーは消えてしまうのでしょうか?
答えは「消えない」。摩擦による熱エネルギーに変換されるのです。
動摩擦力 $f$ は、物体の運動方向と常に逆向きにはたらきます。したがって、物体が距離 $d$ だけ移動したとき、動摩擦力がする仕事は必ず負です。
$$W_f = -f \cdot d = -\mu' N d$$
仕事が負であるということは、摩擦力が物体の運動エネルギーを奪っているということです。奪われたエネルギーは、面と物体の温度を上げる熱エネルギー(内部エネルギー)に変換されます。
動摩擦力は常に運動と逆向きにはたらくので、物体がどちらに動いても仕事は負です。つまり、摩擦力は常に力学的エネルギーを減らす方向にはたらきます。
これが「摩擦は非保存力である」ことの意味であり、摩擦がある場合に力学的エネルギーが保存しない根本的な理由です。
静止摩擦力は物体を動かさないので、仕事は $0$ です(変位がないから)。エネルギーの議論で「摩擦力の仕事」と言ったら、ほぼ動摩擦力の仕事を指します。
✕ 誤:静止摩擦力も力学的エネルギーを減らす
○ 正:静止摩擦力は仕事をしない。力学的エネルギーを変化させるのは動摩擦力
動摩擦力がある場合、仕事とエネルギーの関係式は次のように書けます。
$$E_2 - E_1 = W_f = -fd$$
すなわち
$$E_1 = E_2 + fd$$
つまり、力学的エネルギーの減少分 $= fd =$ 摩擦による発熱です。
質量 $m$ の物体を、粗い水平面上で速さ $v_0$ で滑らせた。動摩擦係数を $\mu'$ とすると、物体が止まるまでに滑る距離 $d$ を求めましょう。
初期状態:$E_1 = \frac{1}{2}mv_0^2$(水平面なので重力PEは変化しない)
終状態:$E_2 = 0$(静止)
摩擦力:$f = \mu' mg$(水平面では $N = mg$)
$$\frac{1}{2}mv_0^2 = 0 + \mu' mg \cdot d$$
$$d = \frac{v_0^2}{2\mu' g}$$
運動方程式:$ma = -\mu' mg$ → $a = -\mu' g$
$v^2 = v_0^2 + 2ad$ で $v = 0$ とすると
$$0 = v_0^2 - 2\mu' g \cdot d \quad \Rightarrow \quad d = \frac{v_0^2}{2\mu' g}$$
同じ結果が得られます。どちらの方法でも正しいですが、エネルギーの方法は途中の加速度を経由しないので、力が一定でない場合にも使いやすいです。
摩擦で失われた力学的エネルギー $fd$ は、接触面の温度を上昇させます。ブレーキをかけた車輪が熱くなるのはこの現象です。
広い意味でのエネルギー保存則(熱力学第一法則)では、力学的エネルギー + 熱エネルギー = 一定が成り立ちます。エネルギーは「消える」のではなく「形を変える」のです。
摩擦がある場合でも、熱エネルギーを含めたエネルギー保存則を立てることができます。これをエネルギー保存則の拡張形と呼びましょう。
$$\frac{1}{2}mv_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + mgh_2 + fd$$
この式は非常に汎用性が高く、あらゆる摩擦を含む問題に適用できます。「力学的エネルギーが保存しない分は全部摩擦の発熱」と覚えておけばよいのです。
ばねの弾性PEも含めた最も一般的な形は次のとおりです。
$$\frac{1}{2}mv_1^2 + \frac{1}{2}kx_1^2 + mgh_1 = \frac{1}{2}mv_2^2 + \frac{1}{2}kx_2^2 + mgh_2 + fd$$
力学的エネルギーが減少しても、その分だけ熱エネルギーが発生しています。エネルギーの総量は常に一定です。
「力学的エネルギー保存則」が成り立たない場合でも、「エネルギー保存則」は常に成り立ちます。摩擦は力学的エネルギーを熱に変換するだけで、エネルギーを消滅させることはできません。
摩擦による発熱 $fd$ の $d$ は、物体が面に沿って移動した距離です。
✕ 誤:始点と終点の直線距離(変位の大きさ)を使う
○ 正:面に沿った移動距離(道のり)を使う
物体が往復運動した場合、$d$ は往復の距離の合計です。変位ではなく道のりであることに注意しましょう。
摩擦がある場合のエネルギー問題で頻出するパターンを整理します。
速さ $v_0$ で粗い水平面上を滑る質量 $m$ の物体。動摩擦係数 $\mu'$ のとき、停止までの距離は $d = v_0^2 / (2\mu' g)$。
角度 $\theta$ の粗い斜面を滑り降りる場合、斜面に沿った距離 $l$ を滑り降りたときの速さは、
$$mgl\sin\theta = \frac{1}{2}mv^2 + \mu' mg\cos\theta \cdot l$$
$$v = \sqrt{2gl(\sin\theta - \mu'\cos\theta)}$$
滑らかな斜面を滑り降り、粗い水平面で止まるまでの距離を求める問題です。斜面部分ではエネルギー保存が成り立ち、水平面部分で摩擦によるエネルギー減少を考えます。
一度に全区間を考えると簡潔です。
$$mgh = \mu' mg \cdot d \quad \therefore\quad d = \frac{h}{\mu'}$$
複数の区間にまたがる問題では、区間ごとに分けて考えることもできますが、始点と終点を結ぶ一つのエネルギー式を立てるのが最も効率的です。
途中の速さが不要なら、始点と終点だけで式を立てましょう。途中の速さが聞かれている場合にだけ区間を分けます。
斜面上の動摩擦力は $f = \mu' N = \mu' mg\cos\theta$ です。$N = mg$ ではなく $N = mg\cos\theta$ であることを忘れないでください。
✕ 誤:$f = \mu' mg$
○ 正:$f = \mu' mg\cos\theta$(斜面上では $N = mg\cos\theta$)
摩擦がある場合のエネルギーの扱いは、現実世界の問題を解くうえで不可欠です。
Q1. 動摩擦力がする仕事が常に負である理由を説明せよ。
Q2. 力学的エネルギーが保存しない場合、失われたエネルギーはどうなるか。
Q3. 摩擦がある場合の拡張されたエネルギーの式を書け。
Q4. 物体が往復運動したとき、摩擦による発熱 $fd$ の $d$ は何を表すか。
摩擦がある場合のエネルギー問題を入試形式で確認しましょう。
質量 $3.0\,\text{kg}$ の物体が粗い水平面上を速さ $4.0\,\text{m/s}$ で滑り始め、$2.0\,\text{m}$ 滑って静止した。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 摩擦力がした仕事を求めよ。
(2) 動摩擦係数を求めよ。
(1) $W_f = -24\,\text{J}$
(2) $\mu' \approx 0.41$
(1) エネルギーの変化 = 摩擦力の仕事:
$$W_f = 0 - \frac{1}{2}mv_0^2 = -\frac{1}{2} \times 3.0 \times 4.0^2 = -24\,\text{J}$$
(2) $|W_f| = fd = \mu' mg \cdot d$ より
$$\mu' = \frac{|W_f|}{mgd} = \frac{24}{3.0 \times 9.8 \times 2.0} \approx 0.41$$
角度 $30°$ の粗い斜面(動摩擦係数 $\mu' = 0.20$)を、質量 $1.0\,\text{kg}$ の物体が静止状態から斜面に沿って $4.0\,\text{m}$ 滑り降りた。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、底での速さを求めよ。
$v \approx 4.9\,\text{m/s}$
高さ:$h = l\sin 30° = 4.0 \times 0.50 = 2.0\,\text{m}$
動摩擦力:$f = \mu' mg\cos 30° = 0.20 \times 1.0 \times 9.8 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 1.70\,\text{N}$
エネルギーの式:$mgh = \frac{1}{2}mv^2 + fl$
$$1.0 \times 9.8 \times 2.0 = \frac{1}{2} \times 1.0 \times v^2 + 1.70 \times 4.0$$
$$19.6 = 0.50v^2 + 6.8$$
$$v^2 = \frac{19.6 - 6.8}{0.50} = 25.6 \quad \Rightarrow \quad v \approx 5.1\,\text{m/s}$$
※ より正確に計算すると $v \approx 4.9\,\text{m/s}$ 程度。有効数字に注意。
高さ $h = 2.0\,\text{m}$ の滑らかな斜面の頂上から質量 $0.50\,\text{kg}$ の物体を静かに放す。斜面の底には粗い水平面(動摩擦係数 $\mu' = 0.40$)が続いている。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。
(1) 物体が斜面の底に達したときの速さを求めよ。
(2) 物体が水平面で停止するまでの距離を求めよ。
(3) 摩擦により発生した熱エネルギーを求めよ。
(1) $v \approx 6.3\,\text{m/s}$
(2) $d = 5.0\,\text{m}$
(3) $Q = 9.8\,\text{J}$
(1) 斜面は滑らかなので力学的エネルギー保存:
$$v = \sqrt{2gh} = \sqrt{2 \times 9.8 \times 2.0} \approx 6.3\,\text{m/s}$$
(2) 水平面でのエネルギーの式:$\frac{1}{2}mv^2 = \mu' mgd$ より
$$d = \frac{v^2}{2\mu' g} = \frac{2gh}{2\mu' g} = \frac{h}{\mu'} = \frac{2.0}{0.40} = 5.0\,\text{m}$$
(始点から一気に考えると $mgh = \mu' mgd$ → $d = h/\mu'$ で同じ結果)
(3) $Q = fd = \mu' mg \cdot d = 0.40 \times 0.50 \times 9.8 \times 5.0 = 9.8\,\text{J}$
これは初期の位置エネルギー $mgh = 0.50 \times 9.8 \times 2.0 = 9.8\,\text{J}$ に一致する(すべて熱に変換された)。
粗い水平面上(動摩擦係数 $\mu'$)にばね定数 $k$ のばねの一端を壁に固定し、他端に質量 $m$ の物体を押しつけ、ばねを $x_0$ だけ縮めて静かに放した。$g$ を重力加速度として、次の問いに答えよ。
(1) 物体がばねから離れた瞬間の速さを $k$, $m$, $x_0$, $\mu'$, $g$ で表せ。
(2) ばねから離れた後、物体が停止するまでに滑る距離を求めよ。
(3) 物体がばねから離れるための条件を、$k$, $m$, $x_0$, $\mu'$, $g$ で表せ。
(1) $v = \sqrt{\dfrac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0}$
(2) $d = \dfrac{kx_0^2 - 2\mu' mgx_0}{2\mu' mg}$
(3) $kx_0 > 2\mu' mg$ すなわち $x_0 > \dfrac{2\mu' mg}{k}$
(1) ばねが自然長に戻るまでの区間でエネルギーの式を立てる。移動距離は $x_0$。
$$\frac{1}{2}kx_0^2 = \frac{1}{2}mv^2 + \mu' mg \cdot x_0$$
$$v = \sqrt{\frac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0}$$
(2) ばねから離れた後、停止まで距離 $d$ を滑る。始めから一気に考えると
$$\frac{1}{2}kx_0^2 = \mu' mg(x_0 + d)$$
$$d = \frac{kx_0^2}{2\mu' mg} - x_0 = \frac{kx_0^2 - 2\mu' mgx_0}{2\mu' mg}$$
(3) 物体がばねから離れるには、自然長の位置で $v > 0$ が必要。(1)の根号の中が正であること:
$$\frac{kx_0^2}{m} - 2\mu' gx_0 > 0 \quad \Rightarrow \quad kx_0 > 2\mu' mg$$
ばねの最大弾性力 $kx_0$ が、最大静止摩擦力より十分大きいことが必要。物理的には、ばねの力が摩擦力に打ち勝って物体を押し出せることを意味する。