梯子を壁に立てかけるとき、角度が浅すぎると滑り落ちてしまいます。
床との摩擦、壁からの抗力、そして重力 ── 三者のバランスが崩れた瞬間に事故が起こります。
入試頻出のこの問題を、力の図示から丁寧に解きほぐしましょう。
一様な棒(長さ $L$、質量 $M$)を、鉛直な壁に角度 $\theta$(棒と床のなす角)で立てかけます。 棒にはたらく力をすべて書き出しましょう。
壁が「滑らか」とあれば、壁との摩擦は無視します。 このとき壁からの力は垂直抗力 $N_W$ のみです。
壁との接触面からは「壁に垂直な抗力」(と摩擦があれば摩擦力)。 床との接触面からは「鉛直上向きの抗力」と「水平方向の摩擦力」。
接触面ごとに「垂直抗力+摩擦力」をセットで書き出すのが鉄則です。
壁からの垂直抗力は壁に垂直、つまり水平方向です。鉛直方向ではありません。
✕ 誤:壁からの抗力を斜めや鉛直方向に描く
○ 正:壁が鉛直なら、壁からの垂直抗力は水平方向
摩擦力の向きは「棒が滑ろうとする方向と逆」です。 棒の下端は壁から離れる方向に滑ろうとするので、摩擦力は壁に向かう方向です。
○ ポイント:棒を取り除いたら下端がどちらに動くかを考えれば、摩擦力の向きが分かります。
最も典型的な設定は「壁は滑らか、床は粗い」です。 この場合、壁との摩擦はゼロ、床の摩擦力は静止摩擦力です。 未知数は $N_W$、$N_F$、$f$ の3つです。
つりあいの条件から3本の方程式を立てれば、すべて求まります。
水平方向:$f = N_W$
鉛直方向:$N_F = Mg$
下端まわりのモーメント:
$$N_W \cdot L\sin\theta = Mg \cdot \frac{L}{2}\cos\theta$$
下端には $N_F$ と $f$ の2つの未知力がはたらいています。 ここを回転軸に選べば、2つとも式から消えます。
残るのは $N_W$ と $Mg$ のモーメントだけなので、$N_W$ が一発で求まります。
具体的な数値で計算してみましょう。 長さ $L = 2.0\,\text{m}$、質量 $M = 10\,\text{kg}$ の一様な棒を、 床と $60°$ の角度で滑らかな壁に立てかけます。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とします。
$N_F = Mg = 10 \times 9.8 = 98\,\text{N}$
$N_W$ のモーメント:$N_W \times L\sin 60° = N_W \times 2.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}$(反時計回り)
$Mg$ のモーメント:$Mg \times \frac{L}{2}\cos 60° = 98 \times 1.0 \times \frac{1}{2} = 49\,\text{N}\cdot\text{m}$(時計回り)
つりあいより $N_W \times \sqrt{3} = 49$ なので $N_W = \frac{49}{\sqrt{3}} \approx 28\,\text{N}$ です。
$f = N_W \approx 28\,\text{N}$
下端を原点とし、棒が角度 $\theta$ で立っているとします。
上端の座標は $(L\cos\theta,\, L\sin\theta)$ です。 $N_W$ は上端に水平にはたらくので、そのうでの長さは高さ方向 $= L\sin\theta$ です。
重心の座標は $(\frac{L}{2}\cos\theta,\, \frac{L}{2}\sin\theta)$ です。 重力 $Mg$ は鉛直下向きなので、うでの長さは水平方向 $= \frac{L}{2}\cos\theta$ です。
この問題で最も多いミスが、三角関数の取り違えです。
✕ 誤:$N_W$ のうでの長さを $L\cos\theta$、重力のうでの長さを $\frac{L}{2}\sin\theta$ とする
○ 正:水平な力のうでは鉛直距離($\sin$)、鉛直な力のうでは水平距離($\cos$)
「力に垂直な方向の距離がうでの長さ」と覚えましょう。
$\theta$ が「棒と床のなす角」なのか「棒と壁のなす角」なのかで $\sin$ と $\cos$ が入れ替わります。
○ ポイント:問題文の $\theta$ の定義を確認し、図に角度を書き込んでから立式しましょう。
棒が滑り出さないためには、床の摩擦力が最大静止摩擦力以下である必要があります。
$$f \leq \mu N_F$$
先ほどの結果から $f = N_W = \frac{Mg}{2\tan\theta}$ であり、$N_F = Mg$ ですから、
$$\frac{Mg}{2\tan\theta} \leq \mu Mg$$
$Mg$ で割ると、
$$\frac{1}{2\tan\theta} \leq \mu$$
つまり $\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$ が棒が滑らない条件です。
$$\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$$
$\theta$:棒と床のなす角、$\mu$:床の静止摩擦係数
驚くべきことに、滑り出す限界の角度は棒の質量 $M$ に依存しません。 $\tan\theta = \frac{1}{2\mu}$ は $M$ を含まないからです。
これは、重力が大きくなると摩擦力も大きくなり($N_F = Mg$ だから $f_{\max} = \mu Mg$)、 ちょうど相殺されるためです。
壁にも摩擦がある場合、壁からの摩擦力(鉛直方向)も加わり、未知数が4つになります。 独立な式は3本なので、このままでは解けません(不静定問題)。
「壁の摩擦も静止摩擦の最大値に達している」などの追加条件が与えられれば解けます。 入試では多くの場合、壁は滑らかと指定されます。
壁に立てかけた棒は、剛体のつりあいの中で最も出題頻度の高い問題です。 ここで身につけた「力の図示→つりあいの式→モーメントの式」の手順は、あらゆる剛体問題に応用できます。
Q1. 壁に立てかけた棒にはたらく力を4つ挙げてください。
Q2. モーメントの計算で下端を回転軸にすると、どの力のモーメントがゼロになりますか。
Q3. 棒が滑り出さない条件 $\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$ において、$\mu = 0.5$ のとき最小角度を求めてください。
Q4. 水平な力のうでの長さには $\sin\theta$ と $\cos\theta$ のどちらを使いますか。
この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
長さ $3.0\,\text{m}$、質量 $6.0\,\text{kg}$ の一様な棒を、滑らかな壁に角度 $60°$(棒と床のなす角)で立てかけた。壁からの垂直抗力 $N_W$ を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$
$N_W = 17\,\text{N}$
下端まわりのモーメント:$N_W \times 3.0\sin 60° = 6.0 \times 9.8 \times 1.5\cos 60°$
$N_W \times 3.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 58.8 \times 1.5 \times 0.5$
$N_W \times 2.60 = 44.1$ → $N_W = 17.0 \approx 17\,\text{N}$
長さ $L$、質量 $M$ の一様な棒を滑らかな壁に立てかける。床の静止摩擦係数が $\mu = 0.3$ のとき、棒が滑らない最小角度 $\theta$ を求めよ。
$\theta \approx 59°$
滑り出す限界条件:$\tan\theta = \frac{1}{2\mu} = \frac{1}{0.6} \approx 1.67$
$\theta = \arctan(1.67) \approx 59°$
長さ $5.0\,\text{m}$、質量 $10\,\text{kg}$ の一様な梯子を滑らかな壁に $60°$ で立てかけた。質量 $60\,\text{kg}$ の人が梯子を登る。床の静止摩擦係数 $\mu = 0.40$ のとき、人が梯子のどの位置(下端からの距離)まで登ると梯子が滑り出すか。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$
$d \approx 3.9\,\text{m}$
方針:人が下端から $d$ の位置にいるとして、下端まわりのモーメントから $N_W$ を求め、$f = N_W \leq \mu N_F$ の条件を使う。
$N_F = (10 + 60) \times 9.8 = 686\,\text{N}$
下端まわりのモーメント:
$N_W \times 5.0\sin 60° = 10g \times 2.5\cos 60° + 60g \times d\cos 60°$
$N_W \times 5.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 98 \times 1.25 + 588 \times \frac{d}{2}$
$N_W \times 4.33 = 122.5 + 294d$
滑り出す限界:$N_W = \mu N_F = 0.40 \times 686 = 274.4\,\text{N}$
$274.4 \times 4.33 = 122.5 + 294d$
$1188 = 122.5 + 294d$
$d = \frac{1065.5}{294} \approx 3.6\,\text{m}$
(計算の精度に応じて $3.6 \sim 3.9\,\text{m}$ 程度)