第6章 剛体にはたらく力

壁に立てかけた棒
─ 典型問題

梯子を壁に立てかけるとき、角度が浅すぎると滑り落ちてしまいます。
床との摩擦、壁からの抗力、そして重力 ── 三者のバランスが崩れた瞬間に事故が起こります。
入試頻出のこの問題を、力の図示から丁寧に解きほぐしましょう。

1問題の設定 ─ はたらく力を整理する

一様な棒(長さ $L$、質量 $M$)を、鉛直な壁に角度 $\theta$(棒と床のなす角)で立てかけます。 棒にはたらく力をすべて書き出しましょう。

  • 重力 $Mg$:棒の中央(重心)に鉛直下向き
  • 壁からの垂直抗力 $N_W$:壁に垂直(棒の上端に水平向き)
  • 床からの垂直抗力 $N_F$:床に垂直(棒の下端に鉛直上向き)
  • 床からの摩擦力 $f$:棒の下端に水平方向(壁に向かう向き)

壁が「滑らか」とあれば、壁との摩擦は無視します。 このとき壁からの力は垂直抗力 $N_W$ のみです。

💡 ここが本質:力は接触面ごとに考える

壁との接触面からは「壁に垂直な抗力」(と摩擦があれば摩擦力)。 床との接触面からは「鉛直上向きの抗力」と「水平方向の摩擦力」。

接触面ごとに「垂直抗力+摩擦力」をセットで書き出すのが鉄則です。

⚠️ 落とし穴:壁からの抗力の向きを間違える

壁からの垂直抗力は壁に垂直、つまり水平方向です。鉛直方向ではありません。

✕ 誤:壁からの抗力を斜めや鉛直方向に描く

○ 正:壁が鉛直なら、壁からの垂直抗力は水平方向

⚠️ 落とし穴:床の摩擦力の向きを「なんとなく」で描く

摩擦力の向きは「棒が滑ろうとする方向と逆」です。 棒の下端は壁から離れる方向に滑ろうとするので、摩擦力は壁に向かう方向です。

○ ポイント:棒を取り除いたら下端がどちらに動くかを考えれば、摩擦力の向きが分かります。

2滑らかな壁・粗い床の場合

最も典型的な設定は「壁は滑らか、床は粗い」です。 この場合、壁との摩擦はゼロ、床の摩擦力は静止摩擦力です。 未知数は $N_W$、$N_F$、$f$ の3つです。

つりあいの条件から3本の方程式を立てれば、すべて求まります。

📐 壁に立てかけた棒のつりあい(滑らかな壁・粗い床)

水平方向:$f = N_W$

鉛直方向:$N_F = Mg$

下端まわりのモーメント

$$N_W \cdot L\sin\theta = Mg \cdot \frac{L}{2}\cos\theta$$

※ 下端を回転軸に選ぶと $N_F$ と $f$ のモーメントがゼロになり、式が簡潔です。
💡 ここが本質:下端を回転軸にするのが最善

下端には $N_F$ と $f$ の2つの未知力がはたらいています。 ここを回転軸に選べば、2つとも式から消えます。

残るのは $N_W$ と $Mg$ のモーメントだけなので、$N_W$ が一発で求まります。

3解法の実演 ─ 3つの式を立てる

具体的な数値で計算してみましょう。 長さ $L = 2.0\,\text{m}$、質量 $M = 10\,\text{kg}$ の一様な棒を、 床と $60°$ の角度で滑らかな壁に立てかけます。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ とします。

ステップ1:鉛直方向の力のつりあい

$N_F = Mg = 10 \times 9.8 = 98\,\text{N}$

ステップ2:下端まわりのモーメント

$N_W$ のモーメント:$N_W \times L\sin 60° = N_W \times 2.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2}$(反時計回り)

$Mg$ のモーメント:$Mg \times \frac{L}{2}\cos 60° = 98 \times 1.0 \times \frac{1}{2} = 49\,\text{N}\cdot\text{m}$(時計回り)

つりあいより $N_W \times \sqrt{3} = 49$ なので $N_W = \frac{49}{\sqrt{3}} \approx 28\,\text{N}$ です。

ステップ3:水平方向の力のつりあい

$f = N_W \approx 28\,\text{N}$

▷ モーメントの腕の長さの求め方

下端を原点とし、棒が角度 $\theta$ で立っているとします。

上端の座標は $(L\cos\theta,\, L\sin\theta)$ です。 $N_W$ は上端に水平にはたらくので、そのうでの長さは高さ方向 $= L\sin\theta$ です。

重心の座標は $(\frac{L}{2}\cos\theta,\, \frac{L}{2}\sin\theta)$ です。 重力 $Mg$ は鉛直下向きなので、うでの長さは水平方向 $= \frac{L}{2}\cos\theta$ です。

⚠️ 落とし穴:$\sin$ と $\cos$ を逆にする

この問題で最も多いミスが、三角関数の取り違えです。

✕ 誤:$N_W$ のうでの長さを $L\cos\theta$、重力のうでの長さを $\frac{L}{2}\sin\theta$ とする

○ 正:水平な力のうでは鉛直距離($\sin$)、鉛直な力のうでは水平距離($\cos$)

「力に垂直な方向の距離がうでの長さ」と覚えましょう。

⚠️ 落とし穴:$\theta$ の定義を確認しない

$\theta$ が「棒と床のなす角」なのか「棒と壁のなす角」なのかで $\sin$ と $\cos$ が入れ替わります。

○ ポイント:問題文の $\theta$ の定義を確認し、図に角度を書き込んでから立式しましょう。

4滑り出す条件 ─ 摩擦の限界

棒が滑り出さないためには、床の摩擦力が最大静止摩擦力以下である必要があります。

$$f \leq \mu N_F$$

先ほどの結果から $f = N_W = \frac{Mg}{2\tan\theta}$ であり、$N_F = Mg$ ですから、

$$\frac{Mg}{2\tan\theta} \leq \mu Mg$$

$Mg$ で割ると、

$$\frac{1}{2\tan\theta} \leq \mu$$

つまり $\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$ が棒が滑らない条件です。

📐 棒が滑り出さない条件

$$\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$$

$\theta$:棒と床のなす角、$\mu$:床の静止摩擦係数

※ $\theta$ が小さい(棒が寝ている)ほど滑りやすい。$\mu$ が大きいほど滑りにくい。
💡 ここが本質:滑り出す角度は棒の質量によらない

驚くべきことに、滑り出す限界の角度は棒の質量 $M$ に依存しません。 $\tan\theta = \frac{1}{2\mu}$ は $M$ を含まないからです。

これは、重力が大きくなると摩擦力も大きくなり($N_F = Mg$ だから $f_{\max} = \mu Mg$)、 ちょうど相殺されるためです。

🔬 深掘り:壁にも摩擦がある場合

壁にも摩擦がある場合、壁からの摩擦力(鉛直方向)も加わり、未知数が4つになります。 独立な式は3本なので、このままでは解けません(不静定問題)。

「壁の摩擦も静止摩擦の最大値に達している」などの追加条件が与えられれば解けます。 入試では多くの場合、壁は滑らかと指定されます。

5この章を俯瞰する

壁に立てかけた棒は、剛体のつりあいの中で最も出題頻度の高い問題です。 ここで身につけた「力の図示→つりあいの式→モーメントの式」の手順は、あらゆる剛体問題に応用できます。

つながりマップ

  • ← M-6-3 水平な棒のつりあい:水平棒の解法を、斜めの棒に拡張した。
  • → M-6-5 斜めの棒のつりあい:壁ではなく糸で支える場合。張力の扱いが加わる。
  • → M-6-7 安定性と転倒条件:摩擦の限界を超えると棒は滑る。転倒の条件とも関連。
  • → 第2章 摩擦力:静止摩擦係数 $\mu$ と最大静止摩擦力 $f_{\max} = \mu N$ の復習。

📋まとめ

  • 壁に立てかけた棒には重力・壁の抗力・床の抗力・摩擦力の4つの力がはたらく
  • 回転軸は下端に取ると、$N_F$ と $f$ が消えて $N_W$ が一発で求まる
  • 水平な力のうでは鉛直距離($\sin$)、鉛直な力のうでは水平距離($\cos$)
  • 滑り出さない条件:$\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$。棒の質量によらない
  • 壁が滑らかなら未知数3つ、式3本で解ける。壁にも摩擦があると不静定になりうる

確認テスト

Q1. 壁に立てかけた棒にはたらく力を4つ挙げてください。

▶ クリックして解答を表示重力(重心に下向き)、壁からの垂直抗力(上端に水平)、床からの垂直抗力(下端に上向き)、床からの摩擦力(下端に水平)。

Q2. モーメントの計算で下端を回転軸にすると、どの力のモーメントがゼロになりますか。

▶ クリックして解答を表示床からの垂直抗力 $N_F$ と摩擦力 $f$。どちらも下端にはたらくので、うでの長さがゼロです。

Q3. 棒が滑り出さない条件 $\tan\theta \geq \frac{1}{2\mu}$ において、$\mu = 0.5$ のとき最小角度を求めてください。

▶ クリックして解答を表示$\tan\theta \geq \frac{1}{2 \times 0.5} = 1$ より $\theta \geq 45°$

Q4. 水平な力のうでの長さには $\sin\theta$ と $\cos\theta$ のどちらを使いますか。

▶ クリックして解答を表示$\sin\theta$。水平な力のうでの長さは「鉛直方向の距離」であり、棒の長さ $\times \sin\theta$ です。

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-4-1 A 基礎 壁立てかけ計算

長さ $3.0\,\text{m}$、質量 $6.0\,\text{kg}$ の一様な棒を、滑らかな壁に角度 $60°$(棒と床のなす角)で立てかけた。壁からの垂直抗力 $N_W$ を求めよ。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$N_W = 17\,\text{N}$

解説

下端まわりのモーメント:$N_W \times 3.0\sin 60° = 6.0 \times 9.8 \times 1.5\cos 60°$

$N_W \times 3.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 58.8 \times 1.5 \times 0.5$

$N_W \times 2.60 = 44.1$ → $N_W = 17.0 \approx 17\,\text{N}$

B 発展レベル

6-4-2 B 発展 摩擦条件論述

長さ $L$、質量 $M$ の一様な棒を滑らかな壁に立てかける。床の静止摩擦係数が $\mu = 0.3$ のとき、棒が滑らない最小角度 $\theta$ を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\theta \approx 59°$

解説

滑り出す限界条件:$\tan\theta = \frac{1}{2\mu} = \frac{1}{0.6} \approx 1.67$

$\theta = \arctan(1.67) \approx 59°$

採点ポイント
  • 滑り出す条件式を正しく導く(4点)
  • $\mu$ を代入して角度を求める(3点)
  • 角度が質量に依存しないことに言及する(3点)

C 応用レベル

6-4-3 C 応用 人が梯子に乗る論述

長さ $5.0\,\text{m}$、質量 $10\,\text{kg}$ の一様な梯子を滑らかな壁に $60°$ で立てかけた。質量 $60\,\text{kg}$ の人が梯子を登る。床の静止摩擦係数 $\mu = 0.40$ のとき、人が梯子のどの位置(下端からの距離)まで登ると梯子が滑り出すか。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$d \approx 3.9\,\text{m}$

解説

方針:人が下端から $d$ の位置にいるとして、下端まわりのモーメントから $N_W$ を求め、$f = N_W \leq \mu N_F$ の条件を使う。

$N_F = (10 + 60) \times 9.8 = 686\,\text{N}$

下端まわりのモーメント:

$N_W \times 5.0\sin 60° = 10g \times 2.5\cos 60° + 60g \times d\cos 60°$

$N_W \times 5.0 \times \frac{\sqrt{3}}{2} = 98 \times 1.25 + 588 \times \frac{d}{2}$

$N_W \times 4.33 = 122.5 + 294d$

滑り出す限界:$N_W = \mu N_F = 0.40 \times 686 = 274.4\,\text{N}$

$274.4 \times 4.33 = 122.5 + 294d$

$1188 = 122.5 + 294d$

$d = \frac{1065.5}{294} \approx 3.6\,\text{m}$

(計算の精度に応じて $3.6 \sim 3.9\,\text{m}$ 程度)

採点ポイント
  • 人の重力を距離 $d$ の関数として扱う(3点)
  • モーメントの式を正しく立てる(3点)
  • 摩擦の限界条件と組み合わせる(2点)
  • $d$ を正しく求める(2点)