第8章 円運動と慣性力

鉛直面内の円運動
─ 糸がたるむ条件

前の記事ではレール(ジェットコースター型)を扱いました。今度はで結ばれた物体の鉛直面内の円運動を考えます。
糸はレールと違い「押す」ことができません。張力 $T$ が $0$ になった瞬間に糸はたるみ、物体は円軌道を離れて放物運動に移行します。
「糸」と「棒」の違いも整理しながら、たるむ条件を見極めましょう。

1糸と棒の違い

鉛直面内の円運動で、物体を支える手段が「糸」か「棒(剛体棒)」かによって、問題の性質が大きく変わります。

棒(剛体棒)
力の方向 引く方向のみ($T \geq 0$) 引く・押すどちらも可($T$ は正負どちらも可)
たるみ $T = 0$ でたるむ たるまない
最高点で回りきる条件 $v_{\text{top}} \geq \sqrt{gr}$ $v_{\text{top}} \geq 0$(最高点で止まってもOK)
💡 ここが本質:糸は「引く」しかできない

糸の張力は常に $T \geq 0$ です。糸は物体を引くことはできても、押すことはできません。

棒は圧縮力(押す力)も伝えられるので、$T < 0$(中心から離れる向きの力)も可能です。そのため棒の場合は最高点で速度が $0$ でも問題ありません。

⚠️ 落とし穴:糸と棒の条件を混同する

✕ 誤:棒でつないだ場合も最高点で $v \geq \sqrt{gr}$ が必要

○ 正:棒なら $v_{\text{top}} = 0$ でもよい。最高点での最小速度条件は糸のときだけ

問題文で「糸」か「棒(軽い剛体棒)」かを必ず確認してください。

2糸の鉛直円運動 ─ 運動方程式

長さ $l$ の糸の一端を固定点 O に、もう一端に質量 $m$ の小球をつけて鉛直面内で振り回します。 最低点から中心角 $\theta$ の位置を考えます。

向心方向(中心 O に向かう方向)について運動方程式を立てます。

📐 角度 $\theta$ の位置での運動方程式

$$T - mg\cos\theta = \frac{mv^2}{l}$$

※ $\theta$ は最低点からの中心角。$T$ は張力(中心向き)。$mg\cos\theta$ は重力の向心方向成分(中心から離れる向き)。$l$ は糸の長さ(=円の半径)。

最高点($\theta = 180°$)での式

$\theta = 180°$ のとき $\cos 180° = -1$ なので、

$$T + mg = \frac{mv_{\text{top}}^2}{l}$$

これはジェットコースター型と同じ形です($N$ が $T$ に置き換わっただけ)。

最低点($\theta = 0°$)での式

$\theta = 0°$ のとき $\cos 0° = 1$ なので、

$$T_{\text{bot}} - mg = \frac{mv_{\text{bot}}^2}{l}$$

▷ 一般の角度でのエネルギー保存則

最低点を基準にすると、角度 $\theta$ の位置の高さは $h = l(1-\cos\theta)$ です。

エネルギー保存則:

$$\frac{1}{2}mv_{\text{bot}}^2 = \frac{1}{2}mv^2 + mgl(1-\cos\theta)$$

$$v^2 = v_{\text{bot}}^2 - 2gl(1-\cos\theta)$$

これを運動方程式に代入すると、任意の $\theta$ での張力 $T$ が求まります。

3糸がたるむ条件($T = 0$)

糸がたるむのは張力が $0$ になる瞬間です。運動方程式とエネルギー保存則を連立して、糸がたるむ位置と条件を求めましょう。

運動方程式 $T - mg\cos\theta = \dfrac{mv^2}{l}$ で $T = 0$ とおくと、

$$-mg\cos\theta = \frac{mv^2}{l} \quad \Longrightarrow \quad v^2 = -gl\cos\theta$$

$v^2 \geq 0$ なので $\cos\theta \leq 0$、つまり $\theta \geq 90°$ の範囲(上半分)でのみ糸はたるみえます。

📐 糸がたるむ角度の決定

エネルギー保存則 $v^2 = v_{\text{bot}}^2 - 2gl(1-\cos\theta)$ と $T = 0$ の条件 $v^2 = -gl\cos\theta$ を連立すると、

$$-gl\cos\theta = v_{\text{bot}}^2 - 2gl(1-\cos\theta)$$

整理して、

$$\cos\theta = \frac{2}{3} - \frac{v_{\text{bot}}^2}{3gl}$$

※ 糸がたるまずに回りきるには $\theta = 180°$(最高点)でも $T \geq 0$ が必要。$\cos 180° = -1$ を代入すると $v_{\text{bot}} \geq \sqrt{5gl}$ が得られます。
💡 ここが本質:$T = 0$ の2つの意味

$T = 0$ は (1) 糸がたるむ限界条件を与え、同時に (2) そのときの速度と位置の関係も決定します。

$T = 0$ の運動方程式とエネルギー保存則の2式を連立するのが、この問題の定石です。

⚠️ 落とし穴:たるむ位置は最高点とは限らない

✕ 誤:糸がたるむのは最高点だけ

○ 正:速度が不十分なら、最高点に達する前($90° < \theta < 180°$)でたるむ

初速が $\sqrt{5gl}$ 未満のとき、物体は最高点に届かずに途中でたるみます。たるむ角度は上の式で求められます。

4たるんだ後の放物運動

糸がたるんだ瞬間($T = 0$)、物体は円軌道を離れて放物運動(斜方投射)に移行します。

放物運動の初速度

たるんだ瞬間の物体の速度は、円の接線方向を向いています。 角度 $\theta$ の位置では、速度は水平から $(90° - \theta)$ の方向です。

  • 水平成分:$v\cos(90° - \theta) = v\sin\theta$(ただし向きに注意)
  • 鉛直成分:$v\sin(90° - \theta) = v\cos\theta$(ただし上向きかどうかは位置による)
🔬 深掘り:たるんだ後の最高到達点

糸がたるんだ後、物体は放物運動をします。鉛直方向の速度が $0$ になる点が放物運動の最高点です。

たるんだ瞬間の速さ $v = \sqrt{-gl\cos\theta}$ と角度の情報から、放物運動の最高到達点を計算できます。

この最高到達点は、糸がたるんだ位置の高さより上にくることがあります(鉛直方向に上向きの速度成分があるとき)。

💡 ここが本質:2段階で考える

糸がたるむ問題は2段階に分けて解きます。

第1段階(円運動):$T = 0$ の条件+エネルギー保存 → たるむ位置と速さを求める

第2段階(放物運動):たるんだ位置・速さを初期条件として斜方投射の式を使う

⚠️ 落とし穴:たるんだ後も円運動を続けると思い込む

✕ 誤:糸がたるんでも物体は円軌道上を動き続ける

○ 正:糸がたるんだ瞬間、拘束力がなくなり放物運動に移行する

糸がたるんだ後、物体に働く力は重力だけです。したがって放物運動(鉛直投射または斜方投射)をします。

5この章を俯瞰する

糸がたるむ問題は、円運動とエネルギー保存則の融合問題として入試で最頻出のテーマの一つです。

つながりマップ

  • ← M-8-5 ジェットコースター型:レールの $N = 0$ と糸の $T = 0$ は同じ構造。糸は「引くだけ」の拘束条件が加わる。
  • ← 第4章 放物運動:糸がたるんだ後の運動は放物運動の知識がそのまま活きる。
  • ← 第5章 力学的エネルギー保存則:たるむ位置の特定にエネルギー保存が不可欠。
  • → M-8-7 バンクのある円運動:力の分解と円運動の組み合わせに発展する。
  • → 第9章 単振動:振り子の運動は糸の鉛直円運動の微小角度バージョン。

📋まとめ

  • 糸は引くことしかできない($T \geq 0$)。棒は押す力も伝えられる
  • 角度 $\theta$ の運動方程式:$T - mg\cos\theta = mv^2/l$
  • 糸がたるむ条件:$T = 0$ → $v^2 = -gl\cos\theta$
  • たるむ角度:$\cos\theta = \dfrac{2}{3} - \dfrac{v_{\text{bot}}^2}{3gl}$
  • 回りきる条件:最低点で $v_{\text{bot}} \geq \sqrt{5gl}$
  • 糸がたるんだ後は放物運動(接線方向の速度が初速度)

確認テスト

Q1. 糸と棒の鉛直円運動の違いを、最高点での条件の観点から説明してください。

▶ クリックして解答を表示糸は $T \geq 0$ のため最高点で $v \geq \sqrt{gl}$ が必要。棒は圧縮力も伝えられるので $v = 0$ でもよい。

Q2. 糸がたるむ($T = 0$)のは、中心角がどの範囲のときですか。

▶ クリックして解答を表示$\theta \geq 90°$(上半分)。$T = 0$ のとき $v^2 = -gl\cos\theta \geq 0$ より $\cos\theta \leq 0$。

Q3. 糸の長さ $l$ の振り子で、最低点から初速 $v_0$ で打ち出す。回りきるために必要な $v_0$ の最小値は?

▶ クリックして解答を表示$v_0 = \sqrt{5gl}$(最高点で $T = 0$ かつエネルギー保存を使う)

Q4. 糸がたるんだ後、物体はどのような運動をしますか。

▶ クリックして解答を表示放物運動(斜方投射)。糸の拘束がなくなり、重力のみが働くため。初速度は円の接線方向。

8入試問題演習

糸がたるむ条件を入試形式で確認しましょう。

A 基礎レベル

8-6-1 A 基礎 回りきる条件計算

長さ $l = 0.80\,\text{m}$ の糸の先に質量 $m = 0.20\,\text{kg}$ の小球をつけ、鉛直面内で回す。$g = 9.8\,\text{m/s}^2$ として、次の問いに答えよ。

(1) 最高点で糸がたるまないための最小速度を求めよ。

(2) (1)の条件で回すとき、最低点での糸の張力を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $v_{\text{top}} = \sqrt{gl} = \sqrt{9.8 \times 0.80} = 2.8\,\text{m/s}$

(2) $T_{\text{bot}} = 6mg = 6 \times 0.20 \times 9.8 = 11.8\,\text{N}$

解説

(1) 最高点で $T = 0$ とおくと $mg = \dfrac{mv_{\text{top}}^2}{l}$ → $v_{\text{top}} = \sqrt{gl} \approx 2.8\,\text{m/s}$

(2) エネルギー保存で最低点の速さ:$v_{\text{bot}}^2 = v_{\text{top}}^2 + 4gl = gl + 4gl = 5gl$

最低点の運動方程式:$T_{\text{bot}} - mg = \dfrac{mv_{\text{bot}}^2}{l} = \dfrac{m \cdot 5gl}{l} = 5mg$

$T_{\text{bot}} = 6mg = 6 \times 0.20 \times 9.8 = 11.8\,\text{N}$

B 発展レベル

8-6-2 B 発展 たるむ位置計算

長さ $l$ の糸の先に小球をつけ、最低点から速さ $v_0 = 2\sqrt{gl}$ で打ち出した。糸がたるむ位置(中心角 $\theta$)を求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\cos\theta = -\dfrac{2}{3}$ すなわち $\theta \approx 131.8°$

解説

$\cos\theta = \dfrac{2}{3} - \dfrac{v_0^2}{3gl} = \dfrac{2}{3} - \dfrac{4gl}{3gl} = \dfrac{2}{3} - \dfrac{4}{3} = -\dfrac{2}{3}$

$\cos\theta = -\dfrac{2}{3}$ なので $\theta = \arccos\left(-\dfrac{2}{3}\right) \approx 131.8°$

最高点($180°$)より手前で糸がたるむことがわかります。

採点ポイント
  • $T = 0$ の条件と運動方程式を正しく連立する(4点)
  • エネルギー保存則を正しく使う(3点)
  • 正しい角度を求める(3点)

C 応用レベル

8-6-3 C 応用 放物運動論述

長さ $l$ の糸の先に質量 $m$ の小球をつけ、最低点から速さ $v_0 = 2\sqrt{gl}$ で打ち出した。糸がたるんだ後、小球が到達する最高点の高さを、固定点 O からの距離で求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

固定点 O より $\dfrac{l}{27}$ 上の高さ

解説

第1段階:たるむ位置の特定

前問より $\cos\theta = -\dfrac{2}{3}$、$\sin\theta = \dfrac{\sqrt{5}}{3}$

たるむ位置の高さ(最低点から):$h_1 = l(1-\cos\theta) = l\left(1+\dfrac{2}{3}\right) = \dfrac{5l}{3}$

たるむときの速さ:$v^2 = -gl\cos\theta = \dfrac{2gl}{3}$

第2段階:放物運動

たるんだ瞬間の速度は接線方向。鉛直上向きの速度成分:

$v_y = v\cos\theta \cdot (\text{符号に注意})$

正確には、$\theta$ の位置での接線方向速度の鉛直成分は $v\sin(\theta - 90°) = -v\cos\theta = v \cdot \dfrac{2}{3}$(上向き)

$v_y^2 = v^2 \cos^2\theta = \dfrac{2gl}{3} \cdot \dfrac{4}{9} = \dfrac{8gl}{27}$

放物運動での追加上昇:$\Delta h = \dfrac{v_y^2}{2g} = \dfrac{8gl}{27 \cdot 2g} = \dfrac{4l}{27}$

最高点の高さ(最低点から):$h_1 + \Delta h = \dfrac{5l}{3} + \dfrac{4l}{27} = \dfrac{45l + 4l}{27} = \dfrac{49l}{27}$

固定点 O は最低点から $l$ の高さなので、O からの高さは $\dfrac{49l}{27} - l = \dfrac{49l - 27l}{27} = \dfrac{22l}{27}$

固定点 O の上方 $\dfrac{22l}{27}$ に到達します(O から小球までの距離ではなく、O からの鉛直距離)。

採点ポイント
  • たるむ位置と速さを正しく求める(3点)
  • 接線方向速度の鉛直成分を正しく計算する(3点)
  • 放物運動の最高点を正しく求める(2点)
  • 固定点 O からの高さに換算する(2点)