第13章 気体分子の運動

理想気体の内部エネルギー
─ 温度だけで決まる

お湯を沸かすとき、私たちは「エネルギーを与えている」と言います。
では、与えたエネルギーはどこに蓄えられるのでしょうか。
その答えが「内部エネルギー」です。
理想気体の内部エネルギーは温度だけで決まるという重要な性質を学びます。

1内部エネルギーとは何か

物体が全体として静止していても、内部の分子は激しく運動しています。 この分子の運動エネルギーと、分子間の位置エネルギーの合計を内部エネルギーと呼びます。

理想気体では分子間力を無視するため、位置エネルギーはゼロです。 したがって、内部エネルギーは分子の運動エネルギーの合計のみです。

💡 ここが本質:理想気体の内部エネルギーは運動エネルギーだけ

実在の気体では分子間力による位置エネルギーも内部エネルギーに含まれます。 しかし理想気体では分子間力がゼロなので、

内部エネルギー $U$ = 全分子の運動エネルギーの合計

この単純さが、理想気体の計算を容易にしています。

⚠️ 落とし穴:内部エネルギーと熱を混同する

✕ 誤:「気体が持っている熱が内部エネルギー」

○ 正:「内部エネルギーは状態量であり、気体が持っているエネルギー。熱は移動するエネルギーの形態」

「熱」は温度差によって移動するエネルギーを指す用語です。 気体が「熱を持っている」とは言いません。

2単原子分子理想気体の内部エネルギー

ヘリウム(He)やアルゴン(Ar)のような単原子分子の理想気体を考えます。 単原子分子には回転や振動の運動がないため、並進運動だけをもちます。

内部エネルギーの導出

前の記事で導いた $\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_BT$ を使います。 $N$ 個の分子の運動エネルギーの合計が内部エネルギー $U$ です。

▷ 単原子分子理想気体の内部エネルギー

$$U = N \cdot \frac{1}{2}m\overline{v^2} = N \cdot \frac{3}{2}k_BT = \frac{3}{2}Nk_BT$$

$Nk_B = nR$($n$:モル数、$R$:気体定数)を用いると、

$$U = \frac{3}{2}nRT$$

📐 単原子分子理想気体の内部エネルギー

$$U = \frac{3}{2}nRT$$

※ $n$:モル数 [mol]、$R = 8.31\,\text{J/(mol・K)}$:気体定数、$T$:絶対温度 [K]
💡 ここが本質:内部エネルギーは温度だけの関数

$U = \frac{3}{2}nRT$ には体積 $V$ も圧力 $p$ も含まれていません

理想気体の内部エネルギーは、温度 $T$ のみで決まります。 同じ温度であれば、体積や圧力がどう変わっても内部エネルギーは変化しません。

この性質は等温変化($\Delta T = 0$ → $\Delta U = 0$)の理解に不可欠です。

⚠️ 落とし穴:「体積が変わればエネルギーも変わる」と思い込む

✕ 誤:「気体を圧縮すると密度が上がるから内部エネルギーも増える」

○ 正:「等温で圧縮しても温度が変わらなければ内部エネルギーは不変」

体積が変わっても、温度が一定なら $U$ は変わりません。 ただし実際の圧縮では温度が変わることもあるので注意が必要です。

3多原子分子の場合 ─ 自由度と内部エネルギー

窒素($\text{N}_2$)や酸素($\text{O}_2$)のような2原子分子は、並進だけでなく回転もします。 分子の運動の種類が増えると、エネルギーの蓄え方も増えます。

自由度とエネルギー等分配則

分子の運動の独立な成分の数を自由度と呼びます。 エネルギー等分配則によれば、各自由度に $\frac{1}{2}k_BT$ のエネルギーが配分されます。

分子の種類 並進の自由度 回転の自由度 合計自由度 1分子のエネルギー
単原子分子(He, Ar) 3 0 3 $\frac{3}{2}k_BT$
2原子分子($\text{N}_2$, $\text{O}_2$) 3 2 5 $\frac{5}{2}k_BT$
📐 理想気体の内部エネルギー(一般形)

自由度 $f$ の理想気体の内部エネルギーは、

$$U = \frac{f}{2}nRT$$

単原子分子:$f = 3$ → $U = \frac{3}{2}nRT$

2原子分子:$f = 5$ → $U = \frac{5}{2}nRT$

※ 高校物理では主に単原子分子を扱いますが、2原子分子も出題されます
⚠️ 落とし穴:2原子分子で $\frac{3}{2}nRT$ を使ってしまう

問題文で「窒素」「酸素」「水素」などと指定されたら2原子分子です。

✕ 誤:「$\text{N}_2$ の内部エネルギーは $U = \frac{3}{2}nRT$」

○ 正:「$\text{N}_2$ は2原子分子で自由度5。$U = \frac{5}{2}nRT$」

問題文に「単原子分子理想気体」と明記されていなければ、注意が必要です。

🔬 深掘り:振動の自由度はどこへ?

2原子分子には結合方向の振動の自由度もあります。 振動を含めると自由度は7になるはずですが、常温では振動は凍結されています。

量子力学によると、振動のエネルギー準位の間隔が $k_BT$ より大きい場合、 振動は励起されません。高温(数千K以上)になると振動も寄与し始めます。

4内部エネルギーの変化 $\Delta U$

熱力学では、内部エネルギーそのものよりも、その変化量 $\Delta U$ が重要です。 気体の温度が $T_1$ から $T_2$ に変化したとき、内部エネルギーの変化は次のようになります。

📐 内部エネルギーの変化

$$\Delta U = \frac{f}{2}nR\Delta T$$

単原子分子:$\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T$

2原子分子:$\Delta U = \frac{5}{2}nR\Delta T$

※ $\Delta T = T_2 - T_1$:温度変化 [K]

各状態変化での $\Delta U$

  • 等温変化($\Delta T = 0$):$\Delta U = 0$。内部エネルギーは変化しない
  • 定積変化:体積一定。$\Delta U = \frac{f}{2}nR\Delta T$
  • 定圧変化:圧力一定。$\Delta U$ は同じ式で計算できる
  • 断熱変化:$Q = 0$ なので $\Delta U = -W$。仕事分だけ温度が変わる
💡 ここが本質:$\Delta U$ は経路によらない

内部エネルギーは状態量です。 始状態と終状態の温度だけで $\Delta U$ が決まります。

どのような経路(定積、定圧、断熱など)を通ったかに関係なく、 $\Delta T$ が同じなら $\Delta U$ も同じです。

一方、熱 $Q$ と仕事 $W$ は経路に依存します。この違いは第14章で重要になります。

⚠️ 落とし穴:$\Delta T$ の符号を間違える

✕ 誤:「温度が $300\,\text{K}$ から $200\,\text{K}$ に下がった。$\Delta T = 100\,\text{K}$」

○ 正:「$\Delta T = 200 - 300 = -100\,\text{K}$。$\Delta U$ も負(内部エネルギー減少)」

温度が下がれば $\Delta T < 0$、$\Delta U < 0$ です。符号に注意しましょう。

🔬 深掘り:実在気体の内部エネルギー

実在の気体では分子間力があるため、内部エネルギーは温度だけでなく体積にも依存します。 気体を急膨張させると温度が下がる(ジュール・トムソン効果)のはこのためです。

理想気体ではジュール・トムソン効果は起こりません。 高圧の気体や臨界点近くでは実在気体の効果が顕著になります。

5この章を俯瞰する

内部エネルギーは熱力学第一法則の中心的な概念です。 ここで学んだ $U = \frac{f}{2}nRT$ は、すべての状態変化の計算の基礎となります。

つながりマップ

  • ← T-3-2 圧力の導出:$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_BT$ が内部エネルギーの出発点。
  • → T-3-4 分子の速さ:内部エネルギーと二乗平均速度の関係。
  • → T-4-1 熱力学第一法則:$Q = \Delta U + W$ で内部エネルギーの変化が中心的役割を果たす。
  • → T-4-6 モル比熱:$\Delta U$ と温度変化の比がモル比熱の定義に直結する。

📋まとめ

  • 内部エネルギーは分子の運動エネルギーと位置エネルギーの合計。理想気体では運動エネルギーのみ
  • 単原子分子理想気体:$U = \frac{3}{2}nRT$、2原子分子:$U = \frac{5}{2}nRT$
  • 理想気体の内部エネルギーは温度だけで決まり、体積や圧力には依存しない
  • 内部エネルギーの変化は $\Delta U = \frac{f}{2}nR\Delta T$。状態量なので経路によらない
  • 等温変化では $\Delta T = 0$ なので $\Delta U = 0$

確認テスト

Q1. 理想気体の内部エネルギーが温度だけで決まる理由を述べてください。

▶ クリックして解答を表示理想気体では分子間力がないため位置エネルギーがゼロ。内部エネルギーは分子の運動エネルギーの合計のみであり、$\frac{1}{2}m\overline{v^2} = \frac{3}{2}k_BT$ から温度のみに依存します。

Q2. $2\,\text{mol}$ の単原子分子理想気体が $300\,\text{K}$ にあるとき、内部エネルギーを求めてください。$R = 8.31\,\text{J/(mol・K)}$

▶ クリックして解答を表示$U = \frac{3}{2}nRT = \frac{3}{2} \times 2 \times 8.31 \times 300 = 7479\,\text{J} \approx 7.5 \times 10^3\,\text{J}$

Q3. 2原子分子理想気体の自由度と内部エネルギーの式を書いてください。

▶ クリックして解答を表示自由度 $f = 5$(並進3 + 回転2)。$U = \frac{5}{2}nRT$

8入試問題演習

この記事で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-3-1 A 基礎 内部エネルギー 計算

$3\,\text{mol}$ の単原子分子理想気体の温度が $200\,\text{K}$ から $500\,\text{K}$ に上昇した。内部エネルギーの変化 $\Delta U$ を求めよ。$R = 8.31\,\text{J/(mol・K)}$

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\Delta U = 1.12 \times 10^4\,\text{J} \approx 11.2\,\text{kJ}$

解説

$\Delta U = \frac{3}{2}nR\Delta T = \frac{3}{2} \times 3 \times 8.31 \times (500 - 200) = \frac{3}{2} \times 3 \times 8.31 \times 300 = 11219\,\text{J}$

B 発展レベル

3-3-2 B 発展 等温変化 論述

$1\,\text{mol}$ の単原子分子理想気体が、温度 $T$ を一定に保ちながら体積 $V_1$ から $V_2$($V_2 > V_1$)に等温膨張した。このとき内部エネルギーの変化 $\Delta U$ を求め、その理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

$\Delta U = 0$

解説

理想気体の内部エネルギーは $U = \frac{3}{2}nRT$ であり、温度のみに依存する。等温変化では $\Delta T = 0$ であるから $\Delta U = \frac{3}{2}nR \times 0 = 0$。

体積が変化しても温度が一定であれば、分子1個の平均運動エネルギー $\frac{3}{2}k_BT$ は変わらず、全分子の運動エネルギーの合計も不変である。

採点ポイント
  • $\Delta U = 0$ と正しく答える(3点)
  • 理想気体の $U$ が温度のみの関数であることに言及(3点)
  • 分子レベルの説明(運動エネルギー不変)を加える(2点)

C 応用レベル

3-3-3 C 応用 2原子分子 計算・論述

$2\,\text{mol}$ の2原子分子理想気体(自由度5)が、温度 $T_1 = 300\,\text{K}$ から $T_2 = 600\,\text{K}$ に変化した。次の問いに答えよ。$R = 8.31\,\text{J/(mol・K)}$

(1) 内部エネルギーの変化 $\Delta U$ を求めよ。

(2) 同じ温度変化を単原子分子理想気体 $2\,\text{mol}$ で行った場合の $\Delta U$ と比較し、差が生じる理由を述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) $\Delta U = 1.25 \times 10^4\,\text{J}$

(2) 単原子分子の場合 $\Delta U = 7.5 \times 10^3\,\text{J}$。2原子分子の方が大きい

解説

(1) $\Delta U = \frac{5}{2}nR\Delta T = \frac{5}{2} \times 2 \times 8.31 \times 300 = 12465\,\text{J} \approx 1.25 \times 10^4\,\text{J}$

(2) 単原子分子:$\Delta U = \frac{3}{2} \times 2 \times 8.31 \times 300 = 7479\,\text{J} \approx 7.5 \times 10^3\,\text{J}$

2原子分子は回転の自由度が2つ加わり、自由度が5になる。エネルギー等分配則により各自由度に $\frac{1}{2}k_BT$ が配分されるため、同じ温度変化でもより多くのエネルギーが必要になる。

採点ポイント
  • 自由度5を正しく用いて $\Delta U$ を計算(3点)
  • 単原子分子の $\Delta U$ を正しく計算して比較(3点)
  • 自由度の違いとエネルギー等分配則に言及(4点)